トランプ大統領がオバマ時代の燃費基準を凍結へ

米トランプ政権は2019年7月12日、オバマ前政権が決めた温室効果ガス削減が目的である自動車の「燃費基準」を凍結する最終案を公表するようです。トランプ政権の見解では、これによって自動車産業は10億ドル(1077億円)を節約できますが、温室効果ガス排出などの環境への影響は限定的だとしています。

トランプ大統領がオバマ時代の燃費基準を凍結へ

オバマ政権の燃費基準を覆す方針のトランプ政権

ドナルド・トランプ米大統領は、前政権のバラク・オバマ大統領が決めた、自動車が年を追って達成しなければならない燃費基準を凍結する最終案を公表する方針を明らかにしたとロイター(2019年7月16日)などが伝えています。

自動車大国アメリカ、3つや4つのレーンを持つ高速道路は見慣れた風景だ。したがってクルマの数も膨大。環境保護団体や環境に配慮する州政府は、燃費基準が凍結されると呼吸器疾患が悪化すると心配している。

これまで、自動車産業は燃費基準の達成におよそ10億ドル(1077億円あまり)の「コンプライアンス・コスト」が必要となると試算されてきましたが、この分がほぼ節約できることになります。

自動車産業や「米・運輸省道路交通安全局(NHTSA: National Highway Traffic Safety Administration)」は、環境への影響は「たいしたことはない」という論調です。本当に大丈夫でしょうか。イランとの核合意が良い例ですが、トランプ政権が、前オバマ政権の決定を次から次へとひっくり返すことはよく知られていますが、今回もそうした「こだわり」が感じられると批判するメディアが見受けられます。

オバマ政権の燃費基準

バラク・オバマ大統領が定めた基準は、「2012年モデルから2016年モデル」の車輌が対象となるもので、最終的に「2016年時点」で「平均燃費35.5マイル/ガロン: 35.5MPG(およそ15km/リッター:15km/L)」を目指していました。この間に燃費を「毎年5%以上」改善して、「18億バレル(2,862万リッター)の石油」を節約し、「9億トンの温室効果ガス(GHG: Greenhouse Gas)」を削減することを想定していたものです。

バラク・オバマ前アメリカ大統領。オバマ氏の公式Twitterより転載。

これによってもたらされるものは、現存する自動車のうち「1億7,700万台」を道路から除去するのと同じ効果、または「194ヶ所の石炭火力発電所」を閉鎖するのに匹敵する効果と考えられました。

オバマ政権のこの燃費基準は2007年に議会を通過した「CAFEの基準」である「2020年に平均燃費35MPG(およそ14.8km/L)」という達成基準を「4年前倒し」する画期的な内容でした。

オバマ政権の基準ではこうです。

乗用車:2012年 27.5MPG(11.6km/L)
→ 2016年 39MPG(16.5km/L)

大型を除くトラック:2012年 23.1MPG (9.8km/L)
→ 2016年 30MPG(12.7km/L)

この画期的な政策は、従来より厳格な燃費基準を導入して、運輸省(DOT: Department of Transport)、環境保護省(EPA: Environment Protection Agency)、世界の主要な自動車メーカー、自動車労働組合(UAW: United Auto Workers)、環境保護団体、世界的環境先進地カリフォルニアの州政府、その他の州政府との間で前例のない協力関係を築くという公約に沿ったものでした。

トランプ路線から何が得られるか

トランプ政権の今回の「凍結」については、昨年(2018年)以前にも「伏線」がありました。いくつかの州政府や環境保護団体が、オバマ政権の燃費基準を見直す動きを見せるトランプ政権に対して、複数の訴訟を起こしていました。一例としては、2017年9月、3つの環境団体と、ニューヨークやカリフォルニアを含むいくつかの州は、オバマ政権の燃費規制を保留にしたとして、NHTSAを訴えました。

カリフォルニア州と環境保護団体がトランプ政権の燃費基準凍結方針に対して訴訟を起こしたときの場面。アメリカの非営利公共放送ネットワーク「PBS」のサイトより転載。
カリフォルニア州と環境保護団体がトランプ政権の燃費基準凍結方針に対して訴訟を起こしたときの場面。アメリカの非営利公共放送ネットワーク「PBS」のサイトより転載。

それらが一段落したのを見計らって、トランプ大統領は2018年に「オバマ政権の燃費基準の凍結」を提案しました。オバマ基準を放置すると「10億ドルの負担は、自動車産業だけでなく、結果的に消費者にものしかかる」と言うのが理由です。

EPAが2019年3月に行った「2017年の燃費基準を満たせた自動車メーカーは13社中3社だけだった」という発表と、「近い将来、基準達成と費用対効果を両立できなくなる可能性は充分に考えられる」とした指摘も、トランプ大統領には追い風になった面があります。インドのタタ(Tata Motors)が所有するジャガー・ランドローバー(Jaguar Land Rover) やダイムラー(Daimler AG)のような高級自動車メーカーをはじめ、一部のメーカーは燃費要件を満たしきれない代償として罰金を支払ってきました。また今年2月には、フィアット・クライスラー(Fiat Chrysler)はロイターの取材に対して「2018年に、2016年モデルの燃費要件を満たさなかったために、7,700万ドル(83億円強)の民事罰金を支払った」と語っています。もちろん、フィアット・クライスラーはトランプ政権の凍結の決定を歓迎しています。

環境保護団体は、米国の燃費基準に関する罰金は過去40年以上のあいだに、1997年の5ドル(540円)から5.50(600円)ドルにわずか1回しか増やされていないため、増加を維持するよう政権に要求しています。自動車産業を甘やかし過ぎだ、との批判があります。

今回のトランプ政権による燃費達成基準の凍結は、一時的には自動車産業にも消費者にも利益になるでしょう。しかし、ノルウェーやオランダと並んで、世界的な環境保護のフロント・ランナーであるカリフォルニア州がアメリカ合衆国には存在します。

カリフォルニア州が黙って従うとは考え難いです。政権側でもこれを予想していて、2018年8月には、カリフォルニア州から、「独自の自動車排出ガス規制を設定する権利」を剥奪することを提案しています。

凍結が終わったあと、アメリカの自動車産業は世界の自動車産業と充分に渡り合って行けるでしょうか。いずれ、今回の「選択の結果」を、アメリカの自動車産業と消費者が甘んじて受ける時が必ず来ます。「終わりの始まり」でないと良いのですが……。

(箱守知己)

この記事のコメント(新着順)2件

  1. せっかくの署名記事
    記事の日付がおっきくて最後に筆者の略歴リンクなりがあるとなおよいと思います。

    1. しろう様、サジェスチョンをいただき、ありがとうございます!著者ページ必要ですよね。検討させていただきます。

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この記事の著者


					箱守 知己

箱守 知己

1961年生まれ。青山学院大学、東京学芸大学大学院教育学研究科、アメリカ・ワシントン大学(文科省派遣)。職歴は、団体職員(日本放送協会、独立行政法人国立大学)、地方公務員(東京都)、国家公務員(文部教官)、大学非常勤講師、私学常勤・非常勤講師、一般社団法人「電動車輌推進サポート協会(EVSA:Electric Vehicle Support Association)」理事。EVOC(EVオーナーズクラブ)副代表。一般社団法人「CHAdeMO協議会」広報ディレクター。 電気自動車以外の分野では、高等学校検定教科書執筆、大修館書店「英語教育ハンドブック(高校編)」、旺文社「傾向と対策〜国立大学リスニング」・「国立大学二次試験&私立大学リスニング」ほか。

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