達成してきたマイルストーンの数々を見ると、テスラのイノベーションのペースと、EV業界の進歩の速さに改めて驚かされます。
巨大工場の竣工
2019年1月テスラは中国に新たな工場「ギガ上海」を建て始め、12月には初期ロットがラインオフ、2020年3月には量産が始まりました。イーロン氏はそのスピード感をアピール。日本の自動車工場だと、基本プラットフォームの設計が済んでいたとしても最低2年はかかると言われているため、いかに速いかが分かります。
通常、中国では自動車分野に対して外資出資比率制限があり、50%を超える出資が認められていませんが、テスラは国外自動車メーカーとして初の100%外国資本の会社です。
現在、第2期工事が進められており、広さは現在の2倍になって、最終的には年間生産能力100万台を達成する見込みです。
新商品の量産
2019年3月に発表されてからちょうど1年、2020年の3月にモデルYの納車が北米で始まりました。モデル3と75%の部品を共有するため、モデル3で得た経験を活かして素早く量産化にこぎつけたことがアピールされました。
一方で、長らく生産量が伸びなかったソーラールーフもついに増加傾向に転じ、1ワットあたりわずか$1.49(既存屋根にパネルを乗せるタイプ)と、日本の一般的なソーラーパネルと比較して半額程度で販売しています。
価格が安いことに加え、パワーウォール(定置型バッテリー)やテスラ車と連動(車両からの給電は不可)して運用できることも魅力です。
安定した成長
コロナ禍で工場が一時操業停止していましたが、それでもなんとか通年で黒字を達成しました。これは都合の良い会計解釈で無理やり黒字にしたのではなく、一般的に公正とされる会計原則(GAAP)での黒字です。
年間を通して黒字であることは、S&P 500に組み入れられるための条件の1つです。S&P 500に入るメリットは長くなるので省略しますが、長年利益をすべて成長に回していたアマゾンが2005年に組み入れられているので、テスラもそう遠くないうちに入れてもらえるものと私は思っています。
フリーキャッシュフローも安定しており、上海、ベルリン、テキサスで同時進行している工場の建設費用調達に役立ちます。
過去4期の販売台数成長率は、テスラだけが15%を超え、他社は軒並みマイナス10%~25%でした。コロナの影響を受けなかった2019年で見ると、テスラは50%成長したことになります。これはモデル3の増産によるところが大きく、2020年はモデルYの増産+上海工場の本格稼働によって引き続き30~40%の成長が予測されています。
成長中の会社と成熟した既存メーカーを単純には比較できないですが、いずれにせよテスラは今後も大きく成長を続けることが見込まれます。
各種レポート
昨年度から、テスラはインパクト・レポート(当該ページにリンク)を発表しています。環境への影響、製品の影響、サプライチェーンへの影響、社員や社風への影響という4つのカテゴリーでの、自社のパフォーマンスを振り返り、良かった点、改善できる点などを分析したものです。
安全面においては、様々な衝突安全テストで最高評価を与えられており、また、そもそも事故に遭いにくいよう、オートパイロットを代表とするアクティブ・セーフティ機能群も備えています。
工場内での労働災害発生率も格段に下がっており、2018年の初めと比較して5分の1まで減らし、大手メーカーの平均より約5%安全な労働環境になりました。
オートパイロットの見直し
上記のレポートの他、テスラ車の事故率や車両火災のデータもセーフティ・レポートとして四半期ごとに発表されています。イーロン氏のプレゼンでは、アメリカの平均事故率と比較して、オートパイロットを作動させた車の事故率は7分の1。今後はオートパイロットの機能をさらに高めていき、人身事故の確率を業界平均の10分の1にするとのことが示されました。
そのために、これまで開発してきたソフトウェアを見直して、根底から書き換えることになりました。これまでは8つのカメラの静止画に対して「これは車、これは車線」とラベリングをしていたのですが、新しい方式では8つのカメラを統合して一連の動画としてラベリングをします。
おそらく大幅に処理能力の上がった自動運転用コンピューター、通称ハードウェア・スリー(HW3)に合わせてアプローチを変えたのだと思います。新しいバージョンのソフトウェアは早ければ1ヶ月後にベータテスターに配布される見通しで、運が良ければ一般ユーザーにもクリスマスプレゼントとして順次配信されるのではないかと私は睨んでいます。
テスラの競合優位性
テスラの成功の要因はエンジニアリング、ものづくり、ソフトウェアにあります。特にものづくりは難しく、イーロン・マスクは「プロトタイプ作りは簡単で、それを量産する工場は10倍から100倍難しい」と指摘しました。もちろんこれは、ルーシッド・エアやリヴィアンR1Tを始めとする、新興のEVスタートアップ企業が相次いで発表したプロトタイプに対する牽制だと思いますが、ちゃんとライバルとして意識しているのですね。
ソフトウェアに関しては、車載コンピューターはもちろんのこと、工場のソフトウェアについても、これまでデトロイトに求められていた能力ではなく、シリコンバレーのタイプが求められます。大手メーカーも積極的にエンジニアをシリコンバレー等に留学に出しており、今後はGAFAなど自動車とは関係のない業界とも有能なエンジニアの取り合いが加速します。
現在、テスラは世界の3箇所で同時に巨大工場建設を進めており、新たに様々な製造技術が導入されます。従って、ドイツで作られるモデルYは見た目こそカリフォルニアと同じですが、より効率化された生産方法が用いられるそうです。さらに、工場自体の建設方法もプレハブ化して、工期を大幅に短縮するとのこと。テキサス工場に関しては、毎日上空からドローンで進捗確認をしているユーチューバー(Jeff Roberts氏のYouTubeチャンネルにリンク)もいるので、ぜひ、刻々と変わる様子をチェックしてみてください。
最後に、「3メガワットアワー(MWh)のオールインワン蓄電池も発表したよ!」とさらっと紹介して株主総会は終わりましたが、実はこの製品、停電時に瞬時に立ち上がり、安定して電力を供給できる優れものです。高価で排ガスも大量に吐き出す尖頭負荷発電所を廃業に追い込めるだけでなく、高速で電力を売買するアルゴリズムによって、まるでウォール街の超高速取引のようにお金を生み出します。
結びにイーロン・マスク氏は「将来、歴史の中でテスラはどう社会に貢献したのだろう?と考えた時に、その答えは持続可能な社会への移行を何年加速させたか、が成功を測る物差しになるだろう」と述べています。化石燃料への依存からいつかは脱却しなければいけないのなら、先延ばしにせず我々も今から取り組むべきだと感じた株主総会でした。
トリビアネタもまとめておきました。
イベントの中継を見ながら気づいたこと、小ネタなどをまとめておきます。
① 元GPIF理事の水野弘道さんの背景は、テスラ青山ショールームですね。
② 新型コロナウイルス対策として、ソーシャルディスタンスを取るために、参加者は用意されたモデルYに乗っていた。
③ イーロン・マスクのTシャツがカーボンナノワイヤー模様。
新型バッテリーの負極に使用されると噂されていたハイテク素材ですが、残念ながら特にカーボンナノワイヤーについて触れる場面はありませんでした。まだ研究中なのか、ただのブラフなのか…
④ ギガ上海は2018年までは広大なスイカ畑だった。
⑤ ステージの上手にSemiや新型ロードスター、Cybertruck、ATVなどが並んでいた。
⑥ モデルSプラッド(Plaid)のタイムアタック映像をよく見ると、ステアリングがモデル3のものだった。
テスラの今後、ますます目が離せません。
(文/池田 篤史)