スポーツ走行に適したコクピット
IONIQ 5 Nに、ヘルメットをかぶり運転席に乗り込む。シート位置の調整(前後、背もたれ角度、ハイトアジャスター)は電動ではないが、大した問題ではない。それよりもこのクルマ専用シートの形状が素晴らしい。座面の前側が持ち上げられており、ブレーキング時の減速Gを太もも全体で受け止められるようになっている。
背もたれもサイドサポートが適度に張り出しており、コーナリング時に上体を支えてくれる。そのおかげで3点式シートベルトでのサーキット走行でも体がきちんと固定されて、安定したドライビングを維持できる。ホールド性能に不満は無かった。
シートハイトアジャスターを一番下に下げると、IONIQ 5の通常モデルよりも、頭上空間は6.5cm広く14cmが確保されている(筆者の実測値)ので、ヘルメットを装着しても天井との間には余裕があった。
このシートは、ヒーターに加えベンチレーション機能も付いているため、サーキット走行中に暑くなったドライバーの冷却も手助けしてくれる。ICEでサーキット走行中にエアコンを使用する事は、激しく上下するエンジン回転に合わせてエアコンコンプレッサーも回されるため、躊躇してしまうがBEVは気兼ねなく使えるのがいいと感じた。
さらに、このクルマのために新設されたセンターコンソールは、コーナリング時の旋回Gに対して膝で踏ん張れるようニーパッドが貼られている。実際に袖ヶ浦の1コーナー、3から4コーナー、最終コーナーの右コーナーでその効果を実感できた。
プロペラシャフトやマフラーを通す必要がないBEVは、IONIQ 5の通常モデルや日産アリアのようにセンターコンソールがなく、前席間でウォークスルーができるほどの空間を有するモデルもある。その利点を失ってでも「走り」に対する性能を高めたヒョンデ Nの開発陣には脱帽だ。
しかもこのセンターコンソールは、ニーパッドの機能だけでなく、USB充電とスマホのワイヤレス充電に加え、駐車時に重宝するカメラ機能の呼び出しスイッチなども設けられていて、通常モデルの利便性を損なっていない。
確かな操作性と音による楽しさの追加
スーパー耐久でヒョンデのレーシングマシンを駆っていたレーシングドライバーによる先導でコースイン。筆者は袖ヶ浦を軽自動車の耐久レースで走ったことがあったので、一応のライン取りは把握していたが、立ち上がり加速やコーナリングスピードは、もちろんIONIQ 5 Nがはるかに上回る。
全開加速とブレーキング、コーナリングスピードを上げていくことにより「ラップタイムを縮めたい」と思わせるサーキット走行の醍醐味を、わずか6周の走行だったがIONIQ 5 Nは存分に味わわせてくれた。
左の複合コーナーである5、6、7コーナーでは、275/35R21サイズのピレリPゼロのグリップ力もあり、ハイスピードコーナリングが最高に楽しい。以前R35 GT-Rの全開加速で頭の血が後ろに寄る感覚を体験したことがある。IONIQ 5 Nはこのコーナーで血が頭の右に寄る感覚を実感させてくれた。それほどの旋回Gだった。
今回のサーキット走行をさらに楽しくしてくれたのが「N Active Sound+」による音の演出だ。この機能はIgnition/Evolution/Supersonicの3種類から選択可能。車内はもちろん、ボンネットとリヤバンパーあたりに設置された車外のスピーカーからも音を出している。
Ignitionは、ICEの『エラントラ N』などに搭載される2リッターターボのエンジン音がベースになっている。コーナー進入時にブレーキングしながらシフトダウンすると、リヤから「バフバフバフ!」とバブリング音を轟かせるなど、ドライバーの気分を上げてくれる。
この日、袖ヶ浦に到着した時に、「コースで何かいい音をさせたエンジン車が走っているな」と思ったら、IONIQ 5 Nだった。このクルマを初めて見た人は、これが実は電気自動車で、あの音はスピーカーから出していると言われたら、きっと驚くだろう。N Active Sound+はそのくらい違和感がなく素晴らしい出来だった。
サスペンションのセッティングも絶妙だった。基本的には平滑な路面の袖ヶ浦だが、右のヘアピンである9コーナーの手前に段差があり、軽の耐久レースではこの段差を軽くジャンプしドスンと着地するという具合だった。しかしIONIQ 5 Nは、サスペンションストロークでこの段差をいなし、快適にクリアしてくれる。
これはきっと「N」の由来にもなっているニュルブルクリンク・ノルドシュライフェでの開発の成果だろう。グリーン・ヘルとの異名を持つニュルは、低ミューで路面のうねりも大きく、ジャンプスポットもある。硬すぎる足ではタイヤと路面が設置する時間が減り、グリップしない、トラクションも得られない、つまりまともに走れず、タイムも伸びないという特性のクルマになってしまうからだ。
富士スピードウェイを1分59秒の実力
IONIQ 5の通常モデルで最も重いラウンジAWDグレードの車重は2100kgだ。そしてIONIQ 5 Nは、さらに100kgほど重くなっているそうだ。そんなヘビー級のマシンは、650馬力(478kW)を10秒間だけ炸裂させる「N Grin Boost」をホームストレートで2回使用した6周の走行を終えても、ブレーキは同じ制動力をキープ、モーターやバッテリーが高温になり、出力が制限されることもなかった。
ブレーキについては、フロントに4ピストンのキャリパーと400mmのローターを装備し、制動力の強化が図られている。さらにヒョンデは、BEVならではの特徴を活かし、なんと0.6Gまでのブレーキングを前後モーターによる回生のみで行っている。
0.6Gの減速は、一般的なドライバーのフルブレーキレベルだそうで、その際にこのクルマは最大320kWでエネルギーを回収している。つまり0.6Gまでのブレーキングは、メカニカルブレーキを一切使わず、ゆえに熱によるブレーキの諸問題が発生する訳もなく、かつ高出力で回収した電力によって航続距離を伸ばしているのだ。
モーターとバッテリーの温度管理についても、オイルクーラーは20%、バッテリークーラーは70%、冷却性能を向上させた。国内のサーキットテストで、筑波サーキットを30周、富士スピードウェイを20周、連続周回しても問題が出なかったそうだ。
ちなみに日本仕様のセッティングを担当したヒョンデのエンジニアによる最速タイムは、筑波サーキット(TC2000)では1分3秒、富士スピードウェイ(国際レーシングコース)では1分59秒を記録したという。
それぞれのサーキットでアタックしたことがある方には、この速さがわかるはず。プロのレーシングドライバーではない彼が叩き出したタイムは、「N」に与えられたとてつもないポテンシャルを証明している。
人間の体力とクルマのバッテリー、どちらが最初に切れるか。そんな新たな「クルマとの勝負」を楽しませてくれそうなほどの速さを、IONIQ 5 Nは実現している。
レクサスは『RZ450e』に空力スペシャル仕様の「F SPORT Performance」(関連記事)を投入、日産もアリアにNISMOの力作『アリアNISMO』(関連記事)を追加する。そしてヒョンデはIONIQ 5 Nで新しいBEVの可能性を提示してくれた。
どのモデルも各メーカーの信念が注ぎ込まれている。BEVの走りにも多様性が生まれて、楽しい時代に入ってきた。特にIONIQ 5 Nは「EVは音が無いからつまらない」という方にぜひ体験して欲しい。
今回のメディア・トラック・デイで、Nブランドマネージメント室 室長のパク・ジューン氏が「スペックや数字よりも、まず楽しむことが一番重要だ」と語っていた。その言葉通り、サーキットにいたほとんどの人が笑顔でこのクルマを楽しんでいた。この状況を作ってくれたことこそが、このクルマの本当の実力かもしれない。
取材・文/烏山 大輔