次期トランプ政権とイーロンマスクの影響力/加速するテクノロジー進化とEVシフトの行方

トランプ氏が圧勝で制した米大統領選。イーロン・マスク氏の応援でEVへの姿勢が軟化したとされる一方で、脱炭素政策に懐疑的であることは変わらないとも伝えられています。はたしてアメリカのEVシフトはどうなるのか。コンサルタントの前田謙一郎氏が読み解きます。

次期トランプ政権とイーロンマスクの影響力/加速するテクノロジー進化とEVシフトの行方

※冒頭画像はGrok-2 miniで作成。

増大するイーロン・マスクの影響力

今月初めのアメリカ大統領選は多くの人が固唾を飲んで見守った選挙ではなかっただろうか。選挙前、多くの米大手メディアは接戦を報じていたが、蓋を開けてみるとドナルド・トランプ前大統領が激戦州をことごとく制覇し、カマラ・ハリス副大統領に予想以上の票差で勝利。選挙中の激しい饒舌戦を終えて、現政権は次期トランプ政権へのスムースな移行を約束、現在は新チームの人事作業が活発化している。

11月14日にはトランプ次期大統領がイーロン・マスクを政府効率化省(Department of Government Efficiency)のトップに、同じく起業家で元共和党大統領候補のヴィヴェック・ラマスワミとともに起用することを発表した。

選挙中にイーロンはトランプ大統領候補を資金やメディアにおいてサポートし、選挙で選ばれてはいないが、アメリカで最も強い影響力を持つ一人となった。今回はこれまでイーロンがどのように政治活動に関わってきたか、そして次期政権の政策がもたらすテスラやEV産業への影響について考えてみたい。

前回のトランプ政権時に経済諮問委員会の一人として選ばれていたイーロンであるが、2017年に当時の政権はアメリカをパリ協定から正式に脱退させることを発表、抗議のためイーロンは委員会を脱退した。その後、トランプ次期大統領は間接的にイーロンのビジネスにある程度の賞賛を送ることはあったが直接的な関係はなかった。

一方、政治的には中道穏健派であったイーロンは今年途中から深く選挙に関わるようになった。3月にはフロリダでトランプと朝食を一緒にしたという報道があったが、当時は「大統領選挙では誰にも寄付はしない」と否定するコメントを出し、政治的に偏りたくないとしていた。しかし、裏ではすでにバイデン政権を倒すため戦略を話し合っていたのではないだろうか。そして、7月にペンシルベニア州バトラーでの集会で襲撃事件が起きた後は公に支持を開始し、政治活動を始めた。

10月に再びバトラーで行われた集会では、イーロンがステージに上がり、聴衆に投票への登録を呼びかけた。世界トップクラスの資産家であり、数々のビジネスを展開する起業家の参加はメディアから注目を浴びるようになる。選挙集会への参加だけでなく、トランプの再選を支援するためアメリカPAC(America Political Action Committee)を設立、集まった資金は主にキャンバシング活動に使われていた。10月にはその額が1億1800万ドル以上に増加していたと報じられている。

選挙後はトランプ次期大統領の私邸でもあるMar-a-Lago(マー・ア・ラゴ)に滞在し、トランプ新政権の人事に関する議論に参加。人選に対する意見を述べたり、政権移行プロセスとチーム編成に大きな影響を与えているようだ。同時に世界のリーダーとの電話会議に同席し、一部では「トランプ家の名誉メンバー」になったとも言われているように、イーロンの影響力は非常に顕著になってきた。

アメリカは大統領選挙を通して、この南アフリカ出身の事業家を、想像を絶する地位にまで押し上げ、史上最も強力な民間人を作り上げたように思う。イーロンはトランプ次期政権の中心人物として、自動車産業や宇宙産業だけでなく、彼自身のXの力によって世界中の情報の流れに影響力を持つであろう。大統領選後、テスラの株価は大幅に上昇しており、投資家がイーロンの政治的コネクションをビジネスに活かすことの期待を反映している。

機中でマクドナルドを食べるトランプ次期大統領、イーロン・マスク、ロバート・ケネディ・ジュニアたちのXポストを引用しておく。

トランプ次期大統領とEV産業

イーロンの資金的なサポートや選挙を通して築かれた個人的な関係は、トランプ次期大統領の気候温暖化に対する懐疑的な見方や石油・ガス産業への強い支持、EVの義務付けに対する態度に一定の変化をもたらしている。選挙中にはテスラの革新性やスペースXの活躍など、イーロンとそのビジネスを多くのスピーチで賞賛しており、拡大するEV市場における新しい製造業分野や安全保障に関わる宇宙産業をサポートすることで、経済ナショナリズムに沿った利益をもたらすであろうと考えている。

トランプ次期大統領はパリ協定からの離脱の際に、「協定がアメリカ経済に不利であり、他国(特に中国やインド)に比べて不平等な負担を課している」と述べていたように、地球温暖化に対する科学的議論を無視するというよりも、経済的負担やアメリカの競争力に対する懸念などが政策の根底にある。従来の石油・ガス産業の支持は彼の経済ナショナリズム戦略の一環であり、外国エネルギーへの依存を減らすことや国内雇用の早出、安全保障と紐付いていた。そしてEVの航続距離への懸念や産業への悪影響、EVシフトへの義務付けなどに反対してきた。現在はEVに反対しているわけではないことを示唆する発言を行い、ガソリン車を含む多様な自動車市場を支持する姿勢を打ち出している。

バイデン政権の大きな失策の一つに、イーロンとテスラの電気自動車産業における貢献度を認識せず、組み入れなかったことが挙げられる。電動化推進を強力に進めていたバイデン政権は、2021年にホワイトハウスでEVサミットを開催。しかしながら、従来のGMやフォード、クライスラーの幹部は呼ばれたが、イーロンとテスラは呼ばれなかった。当時テスラはすでにその3社を合わせた台数の何倍ものEVを売っていた(2021年当時、テスラは30万台以上を世界でデリバリー、前述3社は量産ですら苦労していた)。上記の従来メーカーは多くのUAW(全米自動車労働組合)の組合員を雇っており、伝統的に彼らは民主党の支持基盤であると共に、あからさまにEVサミットが電動化のプロモーション以上の意図で政治に使われていた。

世界の電気自動車産業はテスラが牽引しており、同時にアメリカ発の自動車メーカーとして成功したフォード以来のブランドである。そのようなアメリカを代表する会社のリーダーから不信感を持たれるのは今考えてみても痛手だった。選挙を振り返ってみても、これはイーロンが共和党やトランプ前大統領をサポートする一つのきっかけであったように思う。


バイデン大統領のインフラ投資と雇用法(Infrastructure Investment and Jobs Act)に関するGM工場でのスピーチ。

新政策が及ぼすテスラや他メーカーへの影響

トランプ新政権の政策変更は多岐にわたる影響をもたらすと予測できる。従来メーカーにとって経済的インセンティブが減少し、規制が緩和されると、即座にEVシェア目標を達成するプレッシャーから解放され投資や戦略の変更を見直す可能性が高い。しかしながら、中国をはじめとするグローバル市場では今後も電動化は加速していくため、競争力を維持するために補助金無しでコスト競争力を保つイノベーションには引き続き投資を行う必要がある。以前よりトランプ次期大統領は新政権が始まったら、初日にEVの販売目標設定などの義務(EV Mandate)は撤廃するとしていた。実際に11月14日にはトランプ政権がEV購入に対する7500ドル(約117万円)相当の税額控除を廃止する計画だと、Bloombergが報じテスラを含む電気自動車メーカーの株価が下落した。

しかしながら、これまでイーロンが述べていたように、この変更によって困るのは安価で利益の出るEV製造に苦心している従来および新興メーカーで、テスラのようなEV大手企業は競争優位性を高めるであろう。

ポイントは「競争力があるEVをアメリカ市場に送り込めるかどうか」ということになるはずだ。前回の第3四半期決算発表時に、テスラは車両の売上原価(Cost of Goods Sold)が3万5100ドルと過去最高レベルまで低減したことを明らかにしている。また、来年にもロボタクシーと同じプラットフォームを使う安価な小型EVを発表する予定で、ギガ・プレスやアンボックスドプロセスなどの製造革命を通して引き続きインセンティブがなくとも競争力のあるEVを投入できるよう開発を進めている。

テスラのギガプレス機(画像:Tesla)。

輸入EVへの関税についても同様だ。主に中国製EVメーカーに適用される関税政策においては、BYDのような低価格競合車の参入を減らし、テスラの競争優位がさらに高まる。EVインセンティブを含むインフレ削減法(IRA)の撤廃は立法の性質上、完全に行うのは難しいという見方もあるが、いずれにおいてもテスラの優位性は今後も加速していくように思われる。

テスラがこの新しい政治環境の中で受けるポジティブな影響の一つに「Deregulation」、規制緩和による自動運転承認プロセスの迅速化がある。テスラは目下のところ、単なる自動車会社から脱却し、AIテクノロジーカンパニーとして成長を遂げているが、今後の中核ビジネスになるのがFSD(Full Self Driving、完全自律運転)を使った「ロボタクシーサービス」や、そのカメラやセンサー技術を応用した人型ロボット「オプティマス」である。10月10日の「We, Robot」イベントにおいてロボタクシーやロボバンによるデモ、そしてオプティマスの様々な実演でテスラの描く未来が理解できた人は多いのではないだろうか。

規制緩和によりロボタクシー普及は加速するか(画像:Tesla)。

先日の第3四半期決算発表の中で、イーロンは2025年第2四半期から第3四半期にかけて、FSDが人間の運転よりも安全になるとの予測を語った。FSD V13では、V12.5と比較して5倍から6倍の介入間隔の改善がなされるとも述べている。このように、テスラのFSD完全自動運転の一番の障壁はテクノロジー課題でなく、当局による認可にある。そして、トランプ政権の規制緩和の恩恵を受けることで、ここにかかる時間やコストは確実に削減されると予測される。

すでにその規制緩和の動きは始まっているようだ。11月17日にBloombergはトランプ次期大統領の移行チームのメンバーが、完全自動運転車のための連邦規制フレームワークを運輸省の優先事項とする計画を周囲のアドバイザーたちに話していると報じた。アメリカの国家道路交通安全局(NHTSA)は現在、例外措置の下でメーカーが年間2,500台の自動運転車を展開することを許可しているが、これを10万台に引き上げる立法努力は未だ成功していない。この新たな規制が人間の操作を必要としない車の普及をより拡大することができれば、テスラだけでなくウェイモなどにも多大な恩恵をもたらすであろう。

Waymoはヒョンデと複数年にわたる戦略的パートナーシップを締結した(画像:Waymo)。

決算発表のQ&Aにおいて、イーロンはUnsupervised FSD(監視下にないFSD、現在はSupervised)はカルフォルニア州とテキサス州で2025年から一部のモデル3とモデルYで可能になる予定だと語っていた。おそらくこの発言については、選挙予測も踏まえて大体の目星はついていたのではないか。いずれにせよ、新しいトランプ政権が投資や事業拡大を促し、時には経済活動を阻害しうる過度の官僚主義が見直すことにより、アメリカのテクノロジー開発が数年先まで加速することは間違いない。

マクロ視点では自動車産業はどの国においても基幹産業であり、その強さは国家の経済力に直結する。MAGA(Make America Great Again)として強いアメリカや経済回復を訴えるトランプにとって、テスラのような新しい「Made in America」ブランドは今後アメリカが世界をテクノロジーや経済で牽引するためにも保護・成長促進させるべき会社になる。バイデン政権下では全く発言権がなかったイーロンだが、トランプ政権ではより直接的に政策に影響を与える立場になるであろう。それは自動車だけでなく彼の持つスペースXが行う宇宙産業やxAIのようなAIテクノロジー分野での規制に関しても同様だ。トランプ勝利が決まった後、テスラ株だけでなく、NVIDIAなど半導体関連の株価もこれに影響を受けて上昇した。

Kennedy Space Centerからの打ち上げに成功したFalcon Heavy (画像:SpaceX)。

来年1月からの新政権下においてEV産業や自動車メーカーがどのように対応するか、そして自動運転のようなテクノロジーの進展、さらにはイーロンが率いる政府効率化省の行方にも注目していきたい。

文/前田 謙一郎

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この記事の著者


					前田 謙一郎

前田 謙一郎

テスラ、ポルシェなど外資系自動車メーカーで執行役員などを経験後、2023年Undertones Consulting株式会社を設立。自動車会社を中心に電動化やブランディングのコンサルティングを行いながら、世界の自動車業界動向、EVやAI、マーケティング等に関してメディア登壇や講演、執筆を行う。上智大学経済学部を卒業、オランダの現地企業でインターン、ベルギーで富士通とトヨタの合弁会社である富士通テンに入社。2008年に帰国後、複数の自動車会社に勤務。2016年からテスラでシニア・マーケティングマネージャー、2020年よりポルシェ・ジャパン マーケティング&CRM部 執行役員。テスラではModel 3の国内立ち上げ、ポルシェではEVタイカンの日本導入やMLB大谷翔平選手とのアンバサダー契約を結ぶなど、日本の自動車業界において電動化やマーケティングで実績を残す。

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