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テスラが日本でFSDのテスト走行開始で「何が起こるのか」TOCJ代表理事の安川さんに聞いてみた

テスラが日本でFSDのテスト走行開始で「何が起こるのか」TOCJ代表理事の安川さんに聞いてみた

テスラジャパンが、完全自動運転を目指して開発が進めているFSD(Supervised)のテスト走行を日本で本格的に開始したことを発表しました。はたして何が起ころうとしているのか。どんな期待をするべきなのか。正しく期待するためにテスラオーナーズクラブジャパン代表理事の安川洋さんに聞いてみました。

目次

そもそも、テスラの「FSD」って何なのか?

2025年8月20日、テスラジャパンがXの公式アカウントで「FSD (Supervised)のテスト走行を本格開始」として、日本国内でFSDの公道テストを開始したことを発表しました。

でも、最近は販売好調とはいえ日本ではまだまだテスラへの理解が進んでいないのが現状です。いったい、何が起ころうとしているのか。EVsmartブログ創設者にして、テスラオーナーズクラブジャパン(TOCJ)代表理事の安川洋さんに、今何が起きていて、今後に向けて何を期待するべきなのか、FSDの基礎知識を聞いてみました。

「FSD」とはテスラの先進運転支援機能のこと

テスラジャパンのプレスリリースより引用。

FSDは「Full Self Driving」の略。直訳すると「完全自動運転」なので、今回のテスト開始のニュースに「いよいよ日本でも完全自動運転が実現するのか!」と歓喜している人がいるかも知れません。

でも「テスラのFSD、つまりフルセルフドライビングや、テスラ車購入の際にオプションで選択するフルセルフドライビングケイパビリティというのは、FSDというテスラが提供する機能の名称であって、完全な自動運転機能という意味ではないんです」と安川さん。テスラジャパンのXポストで「Supervised=監督付き」と注記されているように、人間のドライバーの監視が必要な運転支援機能であり、自動運転の区分でいうと「レベル2」ということになります。

まず、モデル3のオプション設定を例に、テスラ車の運転支援機能を段階的に理解しておきましょう。

●ベーシック オートパイロット(標準装備)
オートステアリングと、アダプティブクルーズコントロールを備えたベーシックな先進運転支援機能。これには緊急自動ブレーキなどの安全機能が無料で含まれています。

●エンハンスト オートパイロット(¥436,000)
オートステアリングが有効なときに高速道路走行中のウインカーを出すと自動で車線変更する「オートレーンチェンジ」などの機能が追加されます。アプリを使って駐車場で自車を呼び寄せる「アクチュアリー スマートサモン」が利用できるハードウェアは搭載されているものの、日本ではまだ制約が多く、北米などと同様の機能は利用できません。

●フルセルフドライビング ケイパビリティ(¥871,000)
エンハンスト オートパイロットの機能に加え、信号機や交通標識の認識と車両コントロール、市街地でのオートステアリングや、ナビゲート オン オートパイロットなどを利用する権利。ソフトウェアが完成、認可されたらFSDの全ての機能が利用できるようになる、予定。

つまり、「FSD (Supervised)のテスト走行開始」というニュースが意味するのは、オプション価格約87万円の「フルセルフドライビング ケイパビリティ」が、いよいよ日本でもちゃんと機能するようになる、かも知れない、ということだと理解しておきましょう。

ちなみに、北米ではすでにケイパビリティという呼び名がなくなり、フルセルフドライビング(スーパーバイズド)という名称になったようです。おそらく今後、日本での機能名もこっちに統一されるのではないかと思われます。

FSDのオプションはテスラへのお布施だった?

「イーロンがFSDと言い始めたのは、2016年くらいからだったと記憶しています。完全自動運転を目指したHW(ハードウェア)2を搭載して、最初はモービルアイっていうイスラエルの会社のシステムを使おうとしたけど、イーロンは内製にこだわる人でもあって、ケンカ別れしちゃった。私が2017年に買ったモデルXはそのHW2でしたけど、まだオートパイロットすらちゃんと動かない状況でした。

つまり、HW2でいずれ完全自動運転ができるようになります。ただし、まだソフトウェアができてないのでちょっと待ってね、ということですね。当時、FSDオプションの価格は今ほど高価ではなかったですが、私を含めて、日本でも多くのテスラオーナーが『いつかは』に期待してFSDオプションを購入しました」(安川さん。以下同)

安川洋さん

2017年に購入したモデルXは、その後のOTAアップデートでオートパイロットが使えるようになったそうですが、購入当初の数ヶ月はACCも何もない状態で、普通に手動で運転していたとのこと。

その後、テスラ車が搭載する自動運転システムはHW3、HW4へと進化。

「イーロンはHW2でレベル4の完全自動運転が実現できると思っていたんでしょうね。でも、開発を進めてみたらどんどん沼にはまっていって、ディープラーニング(深層学習)の権威であるアンドレイ・カーパシーさんをAIチームのディレクターに呼び寄せた。そのカーパシーさんが自動運転のセンサーはカメラだけでいいという考えだったこともあって、テスラの自動運転システムはカメラだけになったという経緯ですね」

【関連記事】
テスラの「完全自動運転をAIチームディレクターが解説」を翻訳とともに解説(2021年8月15日)

FSD=完全自動運転ではないといいつつ、完全自動運転の実現を目指した最先端のチャレンジを続けるテスラ。フルセルフドライビング ケイパビリティの安くはないオプション料金は、テスラのビジョンと計画の実現を応援するお布施のようなものと考えていいのかも知れません。

テスラのFSDってレベル2だから大したことはない?

アメリカなどではすでに一般ユーザーに提供されている現段階でのテスラの「FSD」、その実力はどうなんでしょう。

「アメリカでFSDに1000km以上も乗った日本人はまだ少なくて、私とテスカスさんぐらいかも知れないと思いますけど(笑)。私自身は、ロサンゼルスに3週間くらい滞在した際に、たっぷりFSDを体感しました。混み合った駐車場とかで、これはどうだ? といろいろ試してみましたよ」と安川さん。

テスラのFSDって、しょせんレベル2なんでしょ? と侮っている方は、テスカスさんがEVsmartのYouTubeチャンネルにFSDを体験した動画をアップしているので、ぜひチェックしてみることをオススメします。

なるほど、テスラのFSDはドライバーの監視必須の「レベル2」ではありますが、ドライバーはアクセルやブレーキはおろか、ステアリングに触れることもなく、約250kmを「完全自動運転」感覚で走りきっていることがわかります。

「実際に体験してみた感想として、テスラの自動運転は結構アグレッシブな運転をする印象でした。たとえば、車線変更する時に何車線も一気にグワーと行くんです。人間は2つの目で確認しているけど、テスラは8つのカメラで複数車線のクルマの動きを同時に把握して計算してる。まさにスーパーヒューマンなんですね」

まだ発展途上だし、ドライバー監視付きが条件の「Supervised」ではありますが、テスラのFSDは完全自動運転に近いレベルに達しているといっていいのではないでしょうか。

「ビジョンオンリー」の自動運転は危ういのか?

テスラの最新工場Giga Texasのスーパーコンピューター群。

完全自動運転実現のアプローチには、今、大きく分けて2つの流れが存在しています。

① LiDARセンサーと高精度マップ情報にルールベースを組み合わせる方法。
② カメラの映像情報をもとにAIが判断や運転操作を行う「E2E」と呼ばれる方法。

まず ① の方法で代表的なのが、カリフォルニア州ロサンゼルスやテキサス州オースチンなどでレベル4自動運転タクシーの商用サービスを展開している Waymo です。一方で、テスラは「ビジョンオンリー」とも呼ばれる ② の方向を目指しています。

テスラのFSDが今も Supervised であるのに対して、Waymo はレベル4の商用サービスで実績を積み上げていることから、 LiDAR などのセンサーを使わないテスラの自動運転実現に懐疑的な意見を目にすることもあります。

「LiDAR はあったほうがいいのかどうか。まさに議論されているところですね。カメラとLiDAR、両方使ったほうが安全に決まってるでしょという意見がある一方で、判断材料が2つあるとむしろ危ないという意見もある。つまり、テスラが膨大な自社車両からのカメラ情報を積み上げて構築してきたニューラルネットワークと、LiDAR は全く別のネットワークだということですね。別々の信号でも統合して判断できるようにトレーニングすればいいだけのことではないかとも思いますけど、テスラのニューラルネットワークに LiDAR はフィードできないと明言する情報もあるから、やってみた人がいて、おそらくできなかったのでしょう。

もしかすると、何年か後には統合できるようになるのかも知れません。いずれにしても、今は Waymo もテスラもそれぞれの方法で実績を積み上げているところ。ユーザーとしては、どっちも頑張れよ、ってことですよね」

日本は規制が厳しすぎる?

テスラのFSDをはじめとして、自動運転がなかなか広がらないのは、日本の規制が厳しいからという見方もあります。

「そんなことはないと思いますよ。少なくともきちんとデータを揃えて申請すれば自動運転の試験はできるし、自動運転バスなども走っています。とはいえ、EU 基準の規制では自動運転はなかなか実現しないだろうとは感じます。たとえば、レベル2の話ですけど、15秒ごとにハンドルを握り直せとか、ユーザーは誰もそんなこと望んでません。何かあったときに自動車メーカーを免責するがための規制ですよね。

レベル2とかレベル4という区分も、要するに責任の所在の違いです。個人的な考えですけど、自動運転を本当に普及させていくためには、事故が起きた時に誰が責任を取るかということではなくて、責任をどう処理するのかが重要ではないでしょうか。
●ちゃんとインベスティゲーション(調査)する。
●改善してもう二度と起こらないようにする。
●被害者の補償。

この3つを必ずセットで考えて制度化していく必要がある。ところが『メーカーの責任でしょ』で終わっていたら、自動運転の普及どころではありません」

安川さんは「事故のデータをシェアリングして分析し、たとえば1万分の1の確率で死亡事故が起きたから、あなたの保険料は300円ですとか、自動運転に合わせた新しい仕組みを作ればいいじゃないですか」とも指摘します。実際、2023年のFSDによる事故率は100万マイルあたり0.21件で、人が運転する全車両の1.49件のおよそ7分の1であったことをテスラが公表したデータもあります。より安全なモーターリゼーション社会を実現するためにも自動運転技術が大切です。

イーロンのビジョンは火星移住を見据えている

提供元:Tesla, Inc.

いずれにしても、公道でのテスト走行を本格的に開始したように、日本へのFSD導入にテスラ(ジャパン)が加速し始めたのは間違いありません。

「今、マイカーはHW4のモデルXで、僕は毎日どのくらいのデータ通信をしたかチェックしています。すると、今年の春くらいからデータ通信量が急増しています。昨日も9GBくらいのデータをもっていきました。このデータ量は、間違いなく動画をもっていってるのだと思います。しかも、9GBというのは1分2分の長さじゃないですよね。

ここ1年ほど、イーロンはトランプさんに明け暮れてたけど、ようやく日本に目を向け始めたということではないでしょうか。今までアメリカではFSDも順調に進化してきたけど、日本に導入しようとすると案外とやらなきゃいけないことがたくさんあってびっくりしている感じなのだろうと推察しています」

左側通行と右側通行など、日本とアメリカの道路事情は異なります。「赤信号で矢印が出るのは世界中でおそらく日本だけ。あれも判断がなかなか難しいというか、学習が必要になるでしょう」など、日本の交通事情に合わせて、膨大な運転データを蓄積してAIの学習を深めることが必要です。

「いずれにしても、テスラ、そしてイーロンのビジョンとして、すべての道は火星に繋がるんですよ。サイバートラックみたいな頑丈な電気自動車が、勝手にオプティマス乗せて、勝手に工場とか家とか水道インフラとかを作っていく。だから、そもそも人の監督が必要なレベル2の自動運転にはそんなに興味はないはずです。イーロンには、火星移住の実現という大きなビジョンがあって、実際的なテスラという会社のなかで具体的なプロダクトとして、できることをひとつひとつ潰していっているのだと思っています」

いやはや、壮大。

先日公表された「マスタープラン4」で、テスラは「sustainable abundance=持続可能な豊かさ」の実現を進化したミッションとして明示しました(関連記事)。これからさらに、どんな夢を見せてくれるのか。まずは、日本でのFSD (Supervised)ローンチを楽しみに待ちたいと思います。

取材・文/寄本 好則

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この記事を書いた人

兵庫県但馬地方出身。旅雑誌などを経て『週刊SPA!』や『日経エンタテインメント!』の連載などライターとして活動しつつ編集プロダクションを主宰。近年はウェブメディアを中心に電気自動車と環境&社会課題を中心とした取材と情報発信を展開している。剣道四段。著書に『電気自動車で幸せになる』『EV時代の夜明け』(Kindle)『旬紀行―「とびきり」を味わうためだけの旅』(扶桑社)などがある。日本EVクラブのメンバーとして、2013年にはEVスーパーセブンで日本一周急速充電の旅を達成した。

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