ブレードバッテリーで電気バス需要の拡大に応える
2023年11月14日、BYDジャパンが東京都内で記者発表会を開催し、日本向けに開発された中型電気バス『J7(ジェイセブン)』の予約受付を2024年1月1日から開始することを発表しました。価格は3650万円(税別)。納車開始は2025年秋を予定しています。
J7のサイズは、全長8,990mm、車幅2,300mm、全高3,255mmで、定員は61名。容量192.5kWhのリン酸鉄リチウムイオンバッテリー(LFP)を搭載して、一充電航続距離は250km(乗車率65%、エアコン使用なしの場合)とアナウンスされました。2.3m幅の車体は日本向けだけに用意された仕様となり、2.3m幅に対応した左右独立型アクスルは日本のために開発されたものです。
充電は最大出力90kWのCHAdeMO(チャデモ)規格の急速充電に対応します。従来の電気バスでは交流(AC)電源によるタイプ2の普通充電に対応している車種もありましたが、発表会で製品説明を行ったBYDジャパン副社長の花田晋作氏に確認したところ「導入するバス事業者の設備設置負担を合理的にするためにも、ブレードバッテリー搭載型のモデルはチャデモ規格に一本化した」とのこと。192.5kWhのバッテリーに90kW出力で充電すれば、おおむね2時間もあれば残量(SOC)80%程度以上に回復できるでしょうから、日々の運用に問題はないでしょう。
三元系(NMC)に比べてエネルギー密度が低いとされるLFPバッテリーの短所を補いつつ、シャシー強度の向上などにも貢献する工夫を凝らしたBYD独自開発の「ブレードバッテリー」を採用しているのもJ7の特長です。バッテリー搭載スペースを効率化できるブレードバッテリーの採用により、車室後部のフルフラット化と高い航続距離性能を両立できたことがアピールされました。
ブレードバッテリーはBYDが日本で展開する ATTO3、DOLPHIN、SEAL といった乗用車EVのすべての車種でも採用されています。三元系に比べて安価でありながら、耐久性や安全性に優れるLFPの実用性を高めたブレードバッテリーが、電気自動車の車種拡大やコストパフォーマンス向上に貢献していることを実感します。
BYDジャパンでは、すでにブレードバッテリーを搭載した小型電気バス『J6』と、大型電気バス『K8』を日本で発売しています。今回のJ7の発売により、ブレードバッテリーを搭載した高性能な電気バスのフルラインナップが揃ったことになります。
そもそも、バスの車両はバス会社ごとに細かな仕様が異なりオーダーメイド的なところがありますが、J7には乗降するドアが2枚の都市型と、ドアを1枚にして座席を増やした郊外型を用意する予定になっています。
2030年に保有台数の30%を電動化の目標も
J7の販売目標台数などは明示されませんでした。とはいえ、日本国内の路線バス会社が保有するバスが約6万台であり、大型が約7割の4.2万台、中型が約2割で1.2万台、小型が約1割の0.6万台であるという現状を提示。問い合わせを受けている路線バス事業者からは「2030年までに保有台数の30%を電動化する」という具体的な目標を聞いており、6万台の30%として、2030年までにおよそ9,000〜1万8,000台程度の市場規模となるだろう」という見通し、また「日本の公共交通であるバスの電動化は2023年から2024年が本格的なスタートになる」(ともに花田副社長)という見解が示されました。
保有するバスは一気に電動化されるわけではなく、減価償却を終えた車両から徐々に切り替えていくことになるのでしょうが、BYDによるフルラインナップが揃ったことで、日本のバスも着実に電動化が進んでいくことが見込まれます。
発表会の冒頭で行われたBYDジャパン劉学亮社長のプレゼンテーションでは、現在、日本国内で27都道府県で153台のBYDの電気バスが導入されていて、70%以上のシェアを誇っていること。また、BYDではバスやタクシーといった公共交通を担うEVに早くから注力しており、6大陸、70以上の国と地域、400以上の都市でBYDの電気バスやEVタクシーが活躍していることがアピールされました。
プレゼンテーション後の質疑応答で、日本でもEVモーターズジャパン(関連記事アーカイブ)やいすゞなどEVバスを発表し展開するメーカーが増えつつある市場環境の変化をどう捉えているかという質問に対して、花田副社長は「電気バスへの認知度向上を促進する動きであり歓迎している」と、世界のEVバス市場で大きなシェアを誇る「横綱」として受けて立つ貫禄の回答でした。
また、花田副社長のプレゼンテーションでは、2026年にはブレードバッテリーや「6in1(乗用車で8in1とされているのと同様の機構)」のパワーモジュールなどを組み込んだ「e-Platform 3.0」を採用したJ7を投入することも発表されました。e-Platform 3.0によって、40%の低重心化、18%の剛性アップ、9%のシャシー軽量化などが実現するとのこと。
現行モデル納車開始の翌年には登場することになりますが、e-Platform 3.0であるからといって「高価に設定することは考えていない」(花田副社長)ということでした。e-Platform 3.0には製造工程の合理化というメリットもあるので、2026年のJ7はバス事業者にとってよりコストパフォーマンスが高い魅力的な中型電気バスになるかも知れません。
電気バスで社会のストレスを減らしていく
発表会は、まず劉社長が「TECHNOLOGY-GREEN-FUTURE=技術の力で緑豊かな未来へ」「地球の温度を1℃下げる」と目標を掲げるBYDの取り組みや公共交通電動化へのスタンスなどを説明。後半で花田副社長がJ7の具体的な解説を行う流れで行われました。この記事のまとめとして、劉社長がプレゼンテーションの最後に紹介した2つのエピソードを紹介しておきます。
ひとつ目は、2018年、BYDの電気バスを導入する会津へ行った時のこと。新幹線の郡山駅でバスに乗り換えて会津へ向かう際、駅前のバス乗り場で古いバスばかりが出している排気ガスの臭いが印象に残っており、バスを待っているのは高齢の方ばかりなのに、古いバスはノンステップにもなっておらず、郡山から会津へのバスには乗る人もほとんどいなかったとのこと。日本の地方社会、公共交通の現実を知り「私たちにできるのは、日本社会に合う電気バスを作ること」という思いを強くしたというエピソードです。
ふたつ目は、2021年に埼玉のバス会社を訪問した際に、その会社の社長さんから「長年勤めているドライバーさんから、ありがとうと感謝の言葉を受けた」と聞いた話です。なぜ「ありがとう」なのか。そのドライバーさんは、路線の起点となる駅前で客待ちの間、エアコンを作動させるためにエンジンを掛けたまま待機していると周辺の住民などから音や排気ガスへのクレームが来る。かといってエンジンを切ってエアコンを消すと、今度は乗客からクレームが来る。それがずっとストレスになっていた。でも、自分が担当する路線が電気バスになったことで、長年のストレスから解放された。だから、ありがとうございます、というエピソードでした。
バスがEVになることのメリットは、待機時のエアコンだけではないでしょう。静粛性や加速のスムーズさ、エネルギーコストの低減や再生可能エネルギー転換への貢献、非常用電源としての活用など、いろんな点で社会のストレスを軽減していくツールになる可能性があります。
BYDジャパンの前向きな展開を応援するのとともに、日本のバスメーカーにもさらに頑張ってほしいと思います。より多くのバス会社が、少しでも早く、少しでも多くの電気バスを導入してくれることを期待しています。
取材・文/寄本 好則