BYD『シーガル』はアフリカ自動車産業のゲームチェンジャーとなるか

BYDが発表した小型電気自動車『シーガル』への注目度が世界中で高まっています。小型で手頃な価格のEVが、アフリカの自動車事情のゲームチェンジャーになるかも知れません。アメリカのメディア『Clean Technica』から全文翻訳でお届けします。

BYD『シーガル』はアフリカ自動車産業のゲームチェンジャーとなるか

【元記事】 The BYD Seagull Could Be A Game-Changer For Africa’s Automotive Sector by Remeredzai Joseph Kuhudzai on 『Clean Technica

アフリカの自動車販売は中古車が中心だった

電気自動車(EV)への移行が世界中で進んでいます。過去14年間で累計2,500万台以上のEVが世界で販売されましたが、その内訳を見ると昨年だけで1,300万台が販売されています。そして、そのほとんどは中国、欧州、米国市場におけるものです。国際エネルギー機関(IEA)の報告書によると、IEA 2050年ネットゼロ構想に従えば、2030年には世界で3億台以上のEVが存在することになります。また同年には、新車販売台数の60%をEVが占めるようになると言われています。

10億人超の人口を擁するアフリカ全体の新車販売台数は、世界販売台数の約1%にとどまります。その結果、アフリカのほとんどの国々における自動車普及率は非常に低い状況です。人口1,000人あたりの自動車保有台数が100台を超える国は、ほんの一握りで、大半の国は50台以下です。一方、韓国やドイツでは、人口1,000人あたりの自動車保有台数は500台を超えています。さらに、シーメンス・シュティフトゥングの調査によると、米国では800台近くとかなり高い普及率になっています。

しかし、新車販売台数だけではアフリカの全容は見えてきません。というのも、アフリカ諸国に輸入される自動車の90%以上は中古車だからです。可処分所得が低いこと、手頃な金利水準の長期ローンやリースのプログラムがないことなどから、アフリカ諸国の消費者のほとんどは新車を購入することができません。多くの人は、日本やヨーロッパなどから輸入された中古車を選びます。例えば8年落ちの中古車であれば、より手の届く価格で購入することができます。車種、年式、走行距離、各国の関税や各種税金にもよりますが、小型ハッチバックなど最も人気のある輸入中古車の価格は約6,000ドルから14,000ドルです。その他、ミッドサイズセダンやコンパクトSUVなど一般的な中古車は、12,000ドルから22,000ドル前後です。

アフリカにおける輸入中古車の急増は、ジンバブエなどの自動車組立て産業を衰退させ、その他の業界の組立工場の成長を失速させています。ジンバブエでは、最盛期には様々なタイプの乗用車を20,000台以上生産していましたが、組立工場に関わっていた多くの関連工場が閉鎖を余儀なくされ、多くの人が職を失いました。その一方で、中古車は年間約10万台輸入されています。他のアフリカ諸国も同じような状況です。新車のエンジン車と8年落ちのエンジン車の価格差は大きいことから、中古車の輸入・販売ビジネスが勢いを増していたのです。このアフリカの自動車市場に今、大きな変化が訪れようとしています。

新車も手頃な『シーガル』がアフリカ市場を変える可能性

中国やインドの小型でお手頃なEVは、アフリカ市場に参入して市場破壊をする大きな可能性を秘めています。航続距離250km以上の、都市型EVの新車が1万~1万4,000ドルの価格帯で販売されれば、実質200km以上走れて1万ドル前後のEV新車と、8,000ドル程の8年落ち小型ハッチバックガソリン車の比較になります。そもそもEVは総保有コストが低いという利点がありますが、さらに新車の小型EVの価格が、輸入中古車とほぼ同等になれば、アフリカの自動車産業でこれまでにない大きな変革が起きるかもしれません。

アフリカでは年間5万台以上の中古車を輸入している国が幾つもあります。仮に20カ国だとすると、少なくとも年間100万台が輸入されていることになります。 そのうち3割が小型車セグメントであれば、少なくとも年間30万台という計算になり、十分ビジネスが見込めるマーケットと言えるでしょう。

この30万台をノックダウン生産にして現地で組み立てれば、現地生産の部品の割合も徐々に増やしていくことが出来ます。これによって得られる潜在的利益は、アフリカ諸国にとって非常に大きなものになるでしょう。例えば以下のようなメリットがあります。

●組立て工場の新規建設及び既存工場拡大による雇用創出
●関連ビジネスおよび関連部品メーカーの拡大・発展
●地域資源の活用
●新規産業における労働者のスキルアップ・育成
●さまざまな研究開発分野における現地の大学、専門学校、研究機関との提携
●EVの普及による化石燃料の輸入の減少、ならびに貴重な外貨の節約
●EVの本格的な普及による、柔軟なオートローンプラットフォームの形成ならびに、充実した保証に担保された革新的ビジネスモデルの促進。現在アフリカでは、中古車は保証がされていません。
●ライドシェアのドライバーやレンタカーなどフリート事業者は車の運用コストが削減されるため、フリートの注文が増加
●EV用分散型太陽光充電などの相乗効果が見込める事業の成長促進

アフリカ市場の需要を満たすのに十分な大規模生産ができることが前提となりますが、業界に新たな流れを作り出すことができるのは中国EV大手、BYDの「シーガル」でしょう。シーガルは、30.7kWhのリン酸鉄(LFP)バッテリーと55kW(75hp)のモーターを搭載した小型BEVです。中国では今四半期末に発売される予定で、現地販売価格は8,700ドル(117万円)となる見込みです。つまり、BYDのオーシャンシリーズのもう一つの人気モデル「ドルフィン」の一つ下のセグメントに相当するのです。先日、中国ではピンク色のシーガルも目撃されています。サイズは全長3,780mm、全幅1,715mm、全高1,540mm、ホイールベースは2,500mmです。30.7 kWhのLFPバッテリーを搭載した5ドア小型ハッチバックの新車がBYDからたったの9000ドルで販売される? これは本当にゲームチェンジャーになるでしょう。

シーガルのような小型で手頃な価格の車を大量生産して世界販売するという戦略では、おそらくBYDが最も良い位置につけていると言えます。BYDは海外展開施策を加速させており、昨年は主要モデルの1つ、ATTOを複数の市場でローンチしました。さらに今年は、より手頃な価格の小型ハッチバック、ドルフィンも、さらに多くの国で上市予定です。BYDが今後シーガルをどのように展開するのか、また近い将来どの市場で販売するのか気になるところです。BYDの動きによっては、今後多くの国でEVの普及が加速するでしょう。

翻訳/池田 篤史(翻訳アトリエ)

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この記事の著者


					池田 篤史

池田 篤史

1976年大阪生まれ。0歳で渡米。以後、日米を行ったり来たりしながら大学卒業後、自動車業界を経て2002年に翻訳家に転身。国内外の自動車メーカーやサプライヤーの通訳・翻訳を手掛ける。2016年にテスラを購入以来、ブログやYouTubeなどでEVの普及活動を始める。

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