健常者と競うラリーで初優勝!
青木拓磨選手といえば、幼少期から兄弟揃ってポケバイのレースをはじめ、国内のロードレースはもちろん、1990年代には2輪ロードレース世界選手権(WGP)で活躍。伝説のライダーとして、長男の宣篤、三男の治親とともに青木三兄弟と呼ばれています。しかし、WGPに参戦を開始した翌年の1998年シーズン直前にGPマシンテスト中の事故によって脊髄を損傷。下半身不随となってしまいました。
その後、拓磨選手はレースの舞台を4輪に移し、2021年にはル・マン24時間レースへの参戦するなど車いすレーサーとして大活躍。そして今年はアジア地域を走るラリーレイド「アジアクロスカントリーラリー2023」に参戦、挑戦開始から17年、14回目にして悲願の総合優勝を果たしました。FIA公認のラリー競技で、健常者と同じレースで障がい者が優勝したのは世界初の快挙となります。
電気自動車については、ジャガーのEVワンメイクレースである「JAGUAR I-PACE eTROPHY 2019-2020シーズン」にドライバーとして参戦した経緯もあって、青木選手は一時期、ジャガーの市販EV「I-PACE」に乗っていました。すでに当時から「EV充電器の環境は、車いすユーザーのことをまったく考えていない」と充電インフラの現場について苦言を呈していました。健常者の視点からでは見えない問題点は数多くあるのです。
あれから約3年、高速道路SAPAの充電インフラは新しくなりつつありますが、実際の使い勝手はどうなのか。アジアクロスカントリーラリーで優勝したのがTOYOTA GAZOO Racingインドネシアチームだったご縁にちなみ、トヨタの電気自動車『bZ4X』で、関越自動車道の急速充電スポットを確認してきました。
関越自動車道で充電環境チェックのショートトリップ
訪れた「現場」は、三芳PA(下り線)、高坂SA(下り線・上り線)、嵐山PA(下り線)という、3カ所+1(高坂は上下線を車いすでも行き来できたので両方チェックしました)のSAPAです。実際に訪れたからこそ実感できた「バリアフリーの課題」を、順に紹介していきます。
駐車区画の幅が狭い
まず、青木選手がEVに充電する際の動きを確認してみたいと思います。充電スロット脇にクルマを着けます。そして車両から車いすを下ろし、その車いすに移乗して、急速充電口を開けて、充電プラグを充電器側から取り外し、それを車両充電口に差し、その後充電器(認証器)を操作して充電を開始するという流れになります。健常者との違いは、車いすの乗せ降ろしが必要なこと、そして車いすでの動線の確保です。車いすの幅は約60cmといったところでしょう。
通常の駐車スペースと異なる「障がい者用駐車スペース」を見ればわかる通り、車いすドライバーは駐車スロットの幅の広さを必要としています。車いすを車両の横に持ってくるために、乗り降りの際にドアを全開にしなければならないからです。ドアを全開にして隣の車両とぶつかるような駐車スペースでは、車いすユーザーは車両に乗り降りすることが困難になってきます。
充電口の位置も考えてほしい
スペース確保の課題は、インフラの設備だけでなく、車両の充電口の位置の問題にも通じてきます。急速充電口が運転席側にあれば助手席側をぎりぎりに寄せて、運転席側を広くとるように駐車すればOKです。しかし、今回のbZ4Xもそうでしたが、助手席側に急速充電口があると充電プラグを差すために、助手席側も少なくとも60cm以上のスペースを確保しないと操作ができません。そうなるとEVの左右にそれなりの広さを確保した充電用駐車スロットが必要となってくるのです。
段差があったりポールが邪魔なのは問題外
もちろん、駐車スペースと充電器の間に段差やポール(ガードバー)があっては、車いすはそれ以上進めません。充電器本体を守るためにあえて段差やポールをつけていることで、結果的に車いすを排除していることになってしまっています。大回りでも車いすで充電器本体や操作パネルにアプローチできる環境になっていればまだしも、段差の先に車いすが動けるようなスペースがない場合もあります。そうなると操作パネルも充電ケーブルにも手が届かない、という状況になってしまいます。
また、三角コーンを置いていたりする場合もあります。すると、コーンを動かすためにクルマから降りて、コーンを動かし、そしてまたクルマを動かすという、ひどく手間のかかる作業が必要となるのです。
液晶表示がまったく見えない
充電器に近づけたとしても、まだその先には健常者には気付きにくい障害が待ち構えています。車いすユーザーの視点の高さは地上約120cmくらいでしょう。多くの充電スポットでは液晶操作パネルを下から見上げることになるのですが、拓磨選手は「まったく見えない」ことを指摘しました。
液晶パネルが広い視野角を持っていたとしても、見える範囲をどこまで想定しているか、ということですね。子どもは操作しないから、と最初から成人男性のサイズで作ってしまっているのでしょう。ロケ日は曇り空でしたが、パネル自体が反射して手をかざしても内容が見えません。とくに、JCNの認証器は画面が上向きになっていて、段差があるとお手上げです。
ケーブルが行く手を塞ぐ
充電器の操作手順としてスムースではないこともあります。bZ4Xは急速充電口のリッドが前ヒンジになっているのですが、充電プラグをクルマに差すためには車両後方から充電プラグを差し込みます。すると、目の前には充電ケーブルが横たわるわけです。しかし、ここから認証機のパネルを操作することになるため、ケーブルを乗り越えなければ認証機に近づけない、足元にのたうっているケーブルが邪魔をすることもあり、最悪転倒をする危険性もあります。操作した後ケーブルなどが邪魔でクルマ周辺から離れることができないことにもなりかねません。
ケーブルが重いし汚れてる!
根本的な問題で、これは健常者にとっても同じですが、充電ケーブルが重く、長くて地べたを這っていることが多いため、泥汚れなどが付着していることが多いのも課題です。車いすで利用する場合、ケーブルを膝に載せて車いすを操作するので、汚れはさらに気になります。
駐車区画全体に屋根は必須
最後に、拓磨選手はルーフの必要性についても検討してほしいと訴えます。高速SAなどの車いすスペースには屋根が設置されています。雨天時の車いすへの移乗は厳しい上に安全性にも関わるからです。そこに屋根が設置されていて、なぜ急速充電器にはないのでしょうか? ということです。
雨ももちろんですが、雪の場合は、もっと厳しいことになります。車いすで雪の上を動くことは想像以上に大変です。降り始めの雪なら雨とさほど変わらないかもしれませんが、轍が凍ったような状態になったら、危険性はさらに高まります。車両の通行する側に転倒でもしたら大変なことになります。障がい者用駐車スペースと同じようにルーフの設置をお願いしたいと思います。
最新の充電スポットにもまだ課題はある
今回は、チェックポイントを確認するため関越自動車道へ行ってきました。嵐山PAは充電器を操作することも全くできませんでした。高坂SAは、駐車スロットがレイアウト上、変形していることでたまたまスペースが広く取れているため、乗降のしやすさでは問題ありませんでしたが、認証器の表示が見えず、車両に接続したケーブルが邪魔になりました(今回たまたま立ち寄ったSAPAがこういう以前のままというだけのことですので、あえて当該場所だけが問題、ということではありません)。
そしてもう一か所、三芳PAは最新の充電器ということでニチコンのケーブル吊り下げ式が4基あり、充電駐車スペースの段差もなく、ポール(ガードバー)の間隔も広いバリアフリー化しているものでした。
とはいっても、やはり操作パネルは見えずらかったし、屋根はありません。また、横並びに3基が並んでいるので、もし、2つのスロットが埋まっていたら、充電をためらうことになりそうです。充電器の間隔をあけるとか、横並びでなく千鳥配列のようなレイアウトにすることで乗降スペースを広く取れれば、より使いやすいものになるのに、と拓磨選手は指摘していました。
もちろん、「近くにいる人に声をかければ問題が解決するのでは?」と考える方もいるでしょう。でも、バリアフリーとは「誰の手助けがなくても障がい者が普通に暮らせるインクルーシブな社会を作る」ことです。みんなが使いやすい、みんなが楽をできる社会になっていくのは、素敵なことだと思いませんか?
数多くの電動車両が世界にあふれる、そんな時代にむけて、もっとさまざまな人たちの意見を実際に聞いて、「思い込みのバリアフリー」ではなく「本当のバリアフリー」に一歩でも近づいていければ、と思います。
このあたり、取材に同行した寄本編集長による後編記事で詳報する予定です。(10月2日に公開しました)
【後編】
●EV用充電スポットのバリアフリーへ「もっとコミュニケーションを!」~青木拓磨選手の提言(2023年10月2日)
【関連記事】
●青木拓磨選手が初参戦のEVレース『e トロフィー』で3位表彰台の快挙(2020年2月16日)
●青木拓磨さんがジャガー・アイペイスで国内EVレース初挑戦4位(2020年9月18日)
取材・文/青山 義明
非常に興味深い記事です。
最近やっとPHEVが納車されて、まだSAPA等の施設で充電の機会がありませんが、
そんな目線で利用確認できればと思いました。
なるほど。こんな視点を考えたことなかった。車椅子の方が使いやすければ、そうじゃない人も使いやすいインフラになっているはず。次記事は、普通充電器とテスラスーパーチャージャーをお願いします。