電気自動車によるレース「2025全日本EV-GP」の第7戦が10月19日に筑波サーキットで開かれました。ヒョンデ IONIQ 5 Nの小峰選手が優勝を飾り、再びテスラの牙城を崩しました。来季に向けての動きも活発だった最終戦をレポートします。
EV-1クラスにIONIQ 5 Nが3台エントリー

決勝レースのスタート前。
EV-GP(EVグランプリ)は、日本電気自動車レース協会(JEVRA/関谷正徳理事長)が主催する電気自動車レースシリーズです。16年目のシーズンを締めくくる「筑波60kmレース」は、2025年10月19日(日)に茨城県下妻市の筑波サーキットで開かれました。午前中の気温は20℃前後。予選前や昼過ぎには小雨もぱらついて、ピットにタイヤを2種類準備するチームも。ただ予選もレースも、幸いドライコンディションとなりました。
予選に参加したのは13台。注目は、最高峰のEV-1クラスにヒョンデ IONIQ 5 Nが3台エントリーしたことです。2年連続の総合王者を決めているKIMI選手(テスラ モデルS Plaid)を、IONIQ 5 N勢がどこまで追い詰めるかが見どころです。
KIMI選手は、雨中のレースとなった第1戦で地頭所光選手(テスラ モデル3 パフォーマンス)に優勝を許したものの、第2戦から5戦連続のポールトゥウィンを継続中です。

小峰選手。
これに対するIONIQ 5 N勢。小峰猛彦選手は、IONIQ 5 NのEV-GPデビュー戦となった昨年の第5戦・富士で優勝していて、その再現を狙います。今季第3戦・岡山、第5戦・もてぎ、第6戦・富士と出場した3戦で2位に入っています。
冨田選手がマイカー「5N」で初参戦
EV-GP常連となってきた柴田知輝選手も、今季は8位、6位と順位を上げてきています。そして初参戦となった冨田賢吾選手。ヒョンデのオーナーが集まるヒョンデモータークラブジャパン(HMCJ)の主要メンバーでもあり、EV-GPでは小峰選手のサポートなどをしていましたが、いよいよマイカーでレースデビューです。

初参戦の冨田選手。
「見ているうちに、だんだん走りたくなってきました。柴田さんからも『ノーマルで走れるよ』と聞いたりして。タイヤがなんとかなればなぁ……と思っていました。EV-GPは使用タイヤが住友ゴム工業か横浜ゴムと指定されていて、結構お値段もしますので。でも、中古で程度の良いタイヤが用意できたので、やってみようかと」(冨田選手)
シミュレーションゲームの「グランツーリスモ」で走り込み、ERA(イーレース協会)が定期的に開催している「EVアタック」で実際のサーキット走行も試してきたそうです。その気になればいつも乗っている車でモータースポーツを楽しめる、EV-GPを象徴するような参加スタイルです。
テスラ勢の激戦も面白い!
EV-2クラスは、モデル 3 パフォーマンス(M3P)4台がエントリーして熱戦が予想されます。今季、安定した走りでポイントを重ねてEV-2クラス優勝を決めているYUU選手が軸で、同じくGULF RACINGからTAHARA選手も初参戦します。WIKI SPEED EV Racingの代表であるジョー・ジャスティス選手も今回はモデルYではなくM3Pをチョイス。さらに、今季EV-3王者のモンドスミオ選手がM3Pに乗り換えて、クラスを上げてきました。

クラスアップして挑んだモンド選手。
このほかのBEVは、改造車両によるEV-P(プロトタイプ)クラスのモデューロレーシングHonda eを井岡康晟選手が今季初ドライブ。また、燃料電池車のEV-Fクラスでトヨタミライの泉竜太選手がエントリー。加えてEV-R(レンジエクステンダー)クラスで、e-Power勢の日産ノート・オーラが3台参戦しています。
予想通りKIMI選手がポールボジションをゲット

予選で盤石の強さを見せたKIMI選手の走り。
予選では、ギャラリーの多くが予想していた通りにKIMI選手がポールボジションをゲットしました。タイムは1分01秒348で、6戦連続の予選1位。盤石の強さです。
1分03秒441で予選2位となった小峰選手に作戦を聞きました。「単純にタイムを競う予選と違って、決勝はお互いにバッテリーマネジメントをしながらの勝負になるので、展開は予想しづらいですね。マシンパワーの差はどうしようもないので、難しくなるとは思いますが、目指しているのはもちろん優勝です」
予選3位はEV-2クラスのトップタイム1分03秒834を出したモンド選手。1分04秒107のYUU選手を僅差で上回りました。2023年の第6戦でデビューして以来、これまでずっとモデル 3 RWDで参戦してきたモンド選手。M3Pでの初予選でしたが、思った以上にタイムが良かったそうです。
「RWDはコーナーで制御が入ってアクセルを踏んでも出ていかないようなことがあるんですが、M3Pは横滑りやトラクションの制御を切って、すべて自分でコントロールできるので、走りの幅が広がって楽しいですね。ただ、その分やっぱり難しいですし、バッテリーの熱問題は未知数なので、決勝はそこらへんの駆け引きも含めてがんばります」(モンド選手)
5番手にはTAHARA選手が入りました。以下、ジョー選手、井岡選手、泉選手、EV-R勢というグリッド順。タイム的にはテスラ勢に続いていたIONIQ 5 Nの冨田選手と柴田選手は、基準タイム(各クラスのトップ選手の110%以内)に達していなかったため、ともに後列スタートとなりました。
後半追い上げた小峰選手が逆転優勝

KIMI選手がホールショット!
決勝では、予想外の展開が待っていました。ホールショットを奪ったのはKIMI選手。続いて好スタートを切ったモンド選手が第1コーナーに飛び込みます。ただ小峰選手はあわてずにバックストレートでモンド選手をかわして、KIMI選手の後方につけました。と、ここまでは既視感のある展開。
過去2戦では、トップ2のKIMI選手と小峰選手が接戦を演じました。KIMI選手が「自分のペースで飛ばしたりせずに、相手に合わせる走り方」(本人談)をしていたせいです。またもや……と思われたのですが、最終戦のゼッケン1はペースを緩めません。1分6〜7秒台でラップを刻み、じわじわと小峰選手を引き離していきます。30周で行われるレースのちょうど半分、15周目にはその差は8秒近くまで広がっていました。

レース終盤で小峰選手が逆転!
しかし、レース後半に入って小峰選手がペースアップ。20周目から5周続けて1分6秒台で周回して、1分7〜8秒台で走るKIMI選手との差を詰めます。そのままの勢いで25周目にはついに小峰選手がトップに。26周目には1分05秒525というベストラップもマーク。対して、KIMI選手はトラブルを抱えたらしく、タイムが上がりません。独走態勢に入った小峰選手は、そのままチェッカーフラッグを受けて、EV-GP2勝目を挙げました。
ピットに戻ってきた小峰選手は、「ついに、なんとか、やっと、最終戦で勝てました」と感慨深げに喜びを語ってくれました。

ゴール後、観戦していたヒョンデモビリティジャパンの七五三木社長から祝福を受ける小峰選手。
「序盤は、後ろのモンドさんを見ながらバッテリーマネジメントしていました。後半になってKIMIさんが見えてきたのでペースを上げて、向こうの作戦もわからないので、追いついてから考えようと思っていたんですが、バックストレートでそのまま抜かさせてくれたので、『あれ?』って感じで」というレース展開だったそうです。
限界を探るハイペースで電欠のピンチ
今季王者を決めていたKIMI選手は、ペースを上げ過ぎたことによる電欠ピンチが敗因だったと説明してくれました。
「最後ですし、我慢のレースをするのではなく、来シーズンに向けて限界値を探ろうというプランでした。いつもより1秒ぐらい速く走って、熱はコントロールできたんだけど、(バッテリーの充電率が)10%から急に減っちゃって、周回数に足りなくなってしまいました」(KIMI選手)
残り3周でSOC表示はゼロになったそうですが、幸い止まることはなく、2位でフィニッシュ。レース後は小峰選手に笑顔で「おめでとう」と声をかけていました。
その後方では、EV-2クラスのトップ争いが演じられました。先行したモンド選手をYUU選手が追いかける展開に。
「スピードよりバッテリーマネジメント重視で走りました。今日はうまく前でゴールできましたが、自分が前にいるか後ろにいるか、YUUさんがどう出るか次第で戦略が全く変わると思います。レース中の判断が勝敗を分けるところがドキドキで楽しいです」(モンド選手)
YUU選手は何度か距離を詰めたものの、仕掛けることはせず、順位は変わらないままゴールしました。5位から8位は、柴田選手、TAHARA選手、ジョー選手、冨田選手の順。上位はテスラとヒョンデが占める結果となりました。
モデューロレーシング Honda eも「来季に手応え」

9位に入ったのはHonda eの井岡選手。今回は、ブレーキ回りをカスタムして臨んだそうです。ノーマル1,540kgの車体を約300kgも軽量化してあるのですが、もともとは0-400mの加速を競うドラッグレース用に開発された「e-DRAG」という車でした。それをサーキット仕様に再改造したのですが、最後まで課題だったのがブレーキだったそうです。
第6戦・富士をスキップして、ブレーキシステムをレース用のものに換装。ブレーキペダルの位置に合わせるために、アクセルペダルまで交換したそうです。「以前はコーナーで前荷重になると後輪がロックしたりしていましたが、これはすごくいい感じです」(井岡選手)
モデューロレーシング Honda eは、株式会社ホンダアクセスの社員有志による部活動チームです。黒石田利文監督に1年を振り返ってもらいました。EV-P(プロトタイプ)クラスへの参戦2年目となった今年は、お休みした前戦以外は、6人のドライバーが1戦ずつ走って全戦しっかり完走しています。
「ベテランから若手まで、みんなで活動できたというのが一番ですね。車としてはブレーキを交換してやっとスタートラインに立てたという感じです。あとはセッティングを詰めていくのと、冷却系がまだ足りないので、来シーズンに向けて準備します」(黒石田監督)
テスラのS PlaidやM3P、ヒョンデのIONIQ 5 Nなど、明らかに格上のマシンが増えて、2024年の第3戦で3位に入って以来、表彰台とはご無沙汰しているHonda eですが、挑戦と進化は続いています。筆者も、Honda eオーナーとして、引き続き挑戦を見守りたいと思います。
安全にレースを楽しむマナーが大事

年間王者のみなさん。左からYUU選手、KIMI選手、モンド選手、廣瀬選手。
さて、今季最終戦のこの日は、レース後にシーズン全体の表彰式も行われました。年間チャンピオンになったKIMI選手(総合とEV-1)、YUU選手(EV-2)、モンド選手(EV-3)、廣瀬多喜雄選手(EV-R)が、表彰盾や記念品を受け取りました。
2年連続チャンピオンのKIMI選手のあいさつが印象的でした。
「今年一年、大きな事故もなく終えられたのも、みなさんのマナーのおかげです。また、こうやって、みんなで笑って帰れるようなレースをやりましょう。来年もよろしくお願いします。ありがとうございました」
レースライセンスも不要で、普段乗っている車でも参加できるという敷居の低さがEV-GPの特徴。1000馬力マシンからコンパクトカーまで混走するので速度差が大きく、周回遅れも続々と出ます。それでも私が取材しているこの2年ほど、接触事故などは起きていません。それは参加しているドライバーそれぞれが、安全に直結する「マナー」をしっかり意識しているから、ということなんですね。
初参加で8位に入った冨田選手も、クラス混走の難しさを語っていました。
「いろんな速さの車がいるので、それだけで大変でした。自分のペースでタイムを出せる予選とは全然違う。レースになるとまた別の技術がいるんですね。いい経験をさせてもらいました」
マナーの良さといい、ピットの和気あいあいとした雰囲気といい、EV-GPには「大人のレース」という雰囲気があります。冨田選手も「今後もやっていきたいです」と話していました。
「ヒョンデ賞」が来季から参加全車種対象に!

ヒョンデ賞のシリーズ表彰。左から柴田選手、小峰選手、七五三木社長、冨田選手。
表彰式では、うれしいサプライズもありました。今シーズン、ヒョンデモビリティジャパン(HMJ)は自社の車で参戦するドライバーに「ヒョンデ賞」(各レースの上位入賞者に10万円〜3万円、シーズンのポイント上位者に50万円〜15万円)を贈呈していました。
最終戦でもIONIQ 5 N勢の3人に賞が授与されたのですが、ヒョンデモビリティジャパンの七五三木(しめぎ)敏幸社長は、あいさつの中で「全体のレベルを上げるように、もっと盛り上げていきたい」と、スポンサーシップの対象を参加全車種に広げる構想を明らかにしたのです。これには会場からどよめきが。
金額などは明かされませんでしたが、七五三木さんは「このレースはもっともっと知られていいと思う。他のメーカーにも呼びかけていきたいです」と話していました。
はたして来シーズンはどんなバトルが展開されるのか。各クラスでエントリーが増えることを期待しています。応援に行くEVユーザーも、もっと増えてほしいと思います。また来年、サーキットでお会いしましょう!
2025シーズンの詳細な結果などは日本電気自動車レース協会(JEVRA)の公式サイトに掲載されています。
取材・文/篠原 知存






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