アウディが中国市場でE5 Sportbackの予約販売をスタート。日本円で400万円台〜というプレミアムブランドらしからぬ驚異的な安さを実現してきました。ただし、提携した中国メーカーのプラットフォームを流用しており、アウディブランドの存在意義が問われています。
中国で苦戦するドイツのプレミアムブランド
E5 Sportbackが登場した背景を理解するために、中国市場におけるアウディをはじめとするドイツ御三家とテスラの2025年累計小売台数の変遷を確認しておきましょう。どこも販売台数は前年比で減少傾向にあり、特にアウディは上半期累計で前年比ー7.8%と減少しています。
ドイツ御三家のEV販売不振に大きな影響を与えている要因には、ファーウェイとシャオミの台頭が挙げられます。シャオミはSU7とYU7という20〜30万元級(日本円で約450〜650万円のレンジ)のEVによって、アウディA4LやQ5Lの大幅値下げと販売減少をもたらしています。さらにシャオミSU7 Ultra、ファーウェイAITO M8、Stelato S9などの30〜50万元級(日本円で約650〜1000万円のレンジ)のEVによって、アウディでいえばQ5L、Q7、A6Lなどの販売面に打撃を与えています。
(編集部注:各車名末尾の「L」は中国市場専用のロングホイールベース車を示します)
さらにアウディの問題点は、中国市場でEVシフトが全く進んでいないという点です。すでにQ2L e-tron、Q4 e-tron、Q5 e-tron、e-tron、e-tron GTと、多数のEVをラインナップするもののほぼ全てが不発に終わっており、最も人気のQ4 e-tronも現在は月間数百台程度で推移しています。
中国独自の「AUDI」ブランドで登場した新型EV
そして、アウディが中国市場に投入してきたのがE5 Sportbackです。このE5 Sportbackはアウディのこれまでの命名規則とは一線を画す車名です。さらに、アウディは中国市場でEV専門ブランド「AUDI」を設立し、「フォーリングス」と呼ばれる4つのリングが連なるロゴを採用していません。よってデザイン言語もこれまでのアウディ車とは全く別のコンセプトをベースに開発されています。
とくにインテリアデザインでは、デジタルサイドミラーを含めた、横一面の59インチディスプレイが配され、車両操作のほぼ全てをタッチスクリーン上で完結させようとしています。すでに私自身、上海オートショーでE5 Sportbackの実車をチェックしましたが、すぐ隣に展示されていた売れ筋のA6Lと比較してみても、使用素材の質感の高さでも、値段設定では明らかに高額なA6Lよりも高級感を感じました。
E5 Sportbackは全長4881mm、全幅1960mm、全高1479mm、ホイールベース2950mmというミッドサイズ級のステーションワゴンです。3種類のバッテリー容量、RWDとAWD Quattroをそれぞれラインナップして合計4グレード展開です。
価格は驚きの400万円台〜
注目するべきは、モメンタのADASソリューションを全グレードで標準採用している点です。プレミアムセグメントでは市街地を含めたハイエンドADASの重要性が増しており、モメンタはトヨタやBYDなども採用する主流サプライヤーです。
またエントリーグレード以外は800Vシステムを採用し、100kWhバッテリーを搭載することで773kmという航続距離を確保。さらに最大396kWの超急速充電にも対応し、動力性能も最高出力は579kW、最大トルクも800ニュートンを発揮することで0-100km/h加速は3.4秒と俊敏です。さらに4WSを採用することで最小回転半径も5.2mと取り回しも優れています。
そして値段設定について、先行発売価格が23.59万元(約486万円)からという、アウディの最新EVとしては驚異的なコスト競争力を実現しており、しかも正式ローンチされた際にはさらに値段を下げて発売される見通しです。
SAICのプラットフォームを流用して開発
その一方で、E5 Sportbackに関して重要なのが、初採用されているAdvanced Digitalized Platform(ADP)というのは、提携先であるSAIC(上海汽車集団)がIM L6というミッドサイズセダンに採用しているプラットフォームと同じであるという点です。しかもバッテリーやモーター、モメンタのADASソリューションも完全に流用されているのです。
アウディはSAICとEVなどのテクノロジーを供与してもらうパートナーシップを締結しており、その第一弾がE5 Sportbackなのです。今後さらに2車種の投入が予定されており、同じくADPが採用される予定です。
また、個人的にコスト競争力の高さが見て取れるのが標準装備内容だと思います。最上級グレードには、以下のような装備が奢られています。
● 20インチスタッガード高性能タイヤ
● ブレンボ製4ピストンブレーキキャリパー
● 27インチの横長ディスプレイとデジタルカメラミラー
● プロセッサーは主流のQualcomm Snapdragon 8295
● 8方向電動調整、ランバーサポート、シートメモリー、ヒーター、クーラー、マッサージを装備
● ステアリングはメモリー付き電動調整とヒーターに対応
● 後席ガラスを含めた全面の二重ガラス化
● 全ドアにソフトクローズ機能を採用、運転席ドアのみ自動開閉機能を採用
● 2.002㎡のガラスルーフには調光機能付き
● フレグランス機能
● ハイエンドADASはモメンタ製、Nvidia Drive Orin-Xプロセッサーを搭載して演算能力は254TOPS
● V2L機能は最大6.6kW
● BOSEの18スピーカーシステム
● CDC付きのエアサスペンション
この通り、現在のプレミアムセグメントにおいて主流の装備内容がほぼ網羅されています。しかしながらE5 Sportbackの最上級グレードでも前売り価格で31.99万元(約659万円)です。おそらく、このEV性能と装備内容を実現するアウディのEVを日本で購入するとなると1000〜1500万円クラスになると思いますので、そのコスト競争力の高さが我々日本人でも簡単にイメージできるはずです。
このように、アウディは中国市場における販売苦戦状態から反転攻勢を仕掛けるために、新ブランドAUDIを立ち上げて、ついに初のE5 Sportbackを投入。SAICのEVテクノロジーを流用して競争力の高いEVに仕上げながら、中国の完成されたサプライチェーンを徹底活用することで豪華な装備内容を実現してきています。
普通なら実装に時間を要するハイエンドADASも、IM Motorがすでに採用していることもあり、同じモメンタのADASソリューションを採用することで開発期間とコストを大幅に圧縮することに成功しています。
EVにおける伝統的な「Audi」としてのブランド価値は?
とはいえ、今回アウディはE5 Sportbackに対して、独自テクノロジーをどれだけ盛り込むことができたのかは疑問視せざるを得ません。もはやアウディの代名詞であるquattroやサスペンションなどの設定をはじめとした乗り心地やハンドリングの味付けくらいしか独自色を盛り込めなかったのではないかと感じます。
実は同じ2025年8月にQ6L e-tronが発売されており、これはPPEというドイツ本国が開発したプラットフォームが採用されて現地生産されています。ところがその値段設定は34.88万元(約717万円)からと、E5 Sportbackと比較しても高額です。やはり中国国内でサプライチェーンを完結できないPPEでは生産コストを最適化できないことが示唆されています。
また、そもそもガソリン車のQ5Lが34.98万元で発売されていることから、Q6L e-tronだけを値下げしてしまうと、ガソリン車との価格バランスが崩壊してしまうというジレンマも抱えているのでしょう。もしQ6L e-tronが販売台数で低迷し、E5 Sportbackが販売好調なんてことになれば、もはやアウディとしては自分たちのコアテクノロジーで人気のEVを作れないという現実を突き付けられることにもなりかねません。
アウディがスマートEV戦争の激化が加速する中国市場で、ガソリン車の販売台数をどこまで維持できるのか。さらにEVシフトを進める上で、自分たちのアイデンティティをどこに見出すのか。すでにE5 Sportbackは事実上、「中国インサイド」であり、アウディというブランドイメージくらいしか訴求できていないという厳しい現実も浮き彫りにしたわけです。アウディをはじめとするドイツ御三家の中国EVシフトの現状については今後も注意深くウォッチしていきたいと思います。
文/高橋 優(EVネイティブ ※YouTubeチャンネル)
コメント