電源車で電気を宅配サービス
電気自動車関連機器開発などを手掛けるベルエナジー株式会社(本社:茨城県つくば市、以下ベルエナジー)は2024年11月8日、三相交流で最大50kWを供給できるゼロ・エミッション電源車『MESTA Gen』を発表し、報道関係者に溶接ロボットを使った実演を公開しました。
実演を行ったのは、東京都江東区にある清水建設の「温故創新の森 NOVARE(ノヴァーレ)」内の研究施設です。ノヴァーレには人材育成や研究開発の設備、機能があるほか、清水建設の歴史資料館、旧渋沢邸などもあり、2024年春に全施設が稼働しました。
ノヴァーレは清水建設で研究開発や事業創出を担うとともに、スタートアップ企業などとの協業を進める役割を担う「イノベーションセンター」が設置されています。ベルエナジーとの協業が実現したのもこうした機能によるところが大きいです。
ベルエナジーは、EVに20kWで急速充電が可能な可搬型の急速充電器『ROADIE V2』を販売しているほか、「電気の宅配便」として指定された場所でのEVへの充電、イベントや建設現場での電源供給サービスを提供しています。
今回発表したゼロエミッション電源車のMESTA Genは、電気の宅配便サービスの一環として開発されました。デモンストレーションでは、清水建設が開発した溶接ロボット『Robo-Welder』を稼働して溶接作業を実演しました。
電気を取り出すシステムを小型化して車載可能に
MESTA Genの最大の特徴は、EVから直接、最大50kWの三相交流の電力を供給できることです。
ベルエナジーの電気の宅配便では、チャデモのコネクターに外部変換器を接続して最大50kWを取り出す『MESTA V1』を実用化し、オペレーター付きで提供しています。ただMESTA V1はトレーラータイプで、車両で牽引する必要がありました。
これに対してMESTA Genは、車の動力用バッテリーから車載のDC-ACコンバーターを経由して電力を供給するオールインワンのシステムになっているので、トレーラーに比べてずっと移動の自由度が広がっています。
リーフで最大50kWの交流出力を供給
なお現状では、MESTA Genの車両は日産「リーフ」限定です。今回の実演ではリーフe+を利用していました。
EVやFCEVなどからのチャデモ規格による電力供給は、出力が10kW以上になると保安規定の作成などの手続きが必要になるため、車両側で出力制限をしています。ベルエナジーは独自技術でこの制御を回避し、大出力に対応しました。
システムは車種によって違うので、他の車をMESTA Genにするのは容易ではなさそうですが、バッテリー容量が大きなEVは他にもあります。今後、対応ができて車種が増えると、サービスの訴求力がアップしそうです。
ベルエナジーではMESTA Genをリースやレンタカーのようなスタイルで提供し、イベント会場や、排気ガスが問題になるトンネル内での工事、夜間の工事などで活用してもらうことを目指しています。MESTA Genなら、騒音、有毒ガスの問題が解決できるほか、再生可能エネルギーを利用することでゼロエミッション化も達成できることをアピールしています。
MESTA Genで供給できるのは三相交流で最大50kW(200V)、単相は最大3kW(100V/200V)です。100V電源としても使えるので、災害時の避難所などでも重宝しそうです。
200Vが取り出せればエアコンも動かせます。電気毛布もたくさん使えます。日本の避難所は今でも戦後混乱期と大差ない劣悪な環境が批判の的になっていますが、停電時にエアコンが動かせれば状況の改善が見込めます。クルマ単体で移動できるのも強みです。
電動化で工事現場の脱炭素化と人手不足に対応
では清水建設は、MESTA Genをどう使おうとしているのでしょうか。
清水建設によれば、狙いは大きく2つあります。ひとつは人材不足への対応、もうひとつは建設現場の脱炭素化です。
人手不足は、最近の建設業界では深刻な問題です。清水建設によれば建設投資が右肩上がりの中で、建設技能者の高齢化が進み、恒常的に人手不足が続いているそうです。人手不足になると賃金が上がりコストアップになると同時に、場合によっては工期が長くなるという悪循環を生みます。
これに対応するため、清水建設では2016年からさまざまなロボットの開発に着手。資材搬送をはじめ、天井や床を貼るロボット、耐火被覆を吹き付けるロボットなどを作ってきました。危険な現場作業が自動化できれば、安全性も高まります。今回の実演で使ったのは、自動で溶接をするロボット「Robo-Welder」です。支柱の溶接部に2体を設置して溶接します。清水建設のホームページによれば、これまで8人の熟練の溶接工で作業していたのが、5人で対応できるようになるそうです。
これらのロボットを動かすための動力に、現在は大型のディーゼル発電機を使用しています。これをMESTA Genに置き換えて、脱炭素化を進めるのが、もうひとつの狙いです。
ピーク電力の抑制という現実的な狙い
清水建設では「SHIMZ Beyond Zero 2050」として、2050年までにCO2排出量ゼロや廃棄物の最終処分ゼロなどの達成を目指しています。目標達成に向けた対応のひとつがディーゼル発電機の代替です。
筆者は建設現場には疎いので知らなかったのですが、清水建設によれば、建設現場で系統電源から電力をとる場合、溶接作業などが集中するとピーク電力が跳ね上がって基本料金が上がってしまう問題があるそうです。なるほど、短時間のピークのために基本料金が上がるのは困りものです。
これに対処するため、補完的にディーゼル発電機を使って系統のピーク電力を抑えることがあるそうですが、現在は、発電機を定置型の蓄電池に置き換える動きを進めているといいます。蓄電池ならグリーン電力の利用も可能になります。
これに加えて、全国に散らばる現場にMESTA Genのような電源車があれば電力供給の補完の自由度が高まるのと同時に、災害時には避難所へ電源供給の応援に駆け付けるといった対応も可能です。そんな狙いから、清水建設ではベルエナジーと共同で、MESTA Genの実用化に向けた検証に取り組んでいるのでした。
建設現場と言ってもいろいろあるようで、ビルなどの建設現場では溶接作業が高所になっていくため、定置型蓄電池でないと設置ができません。その一方で、平場の現場では定置型蓄電池の設置場所が限られるので、ケーブルが長くなってしまいます。
でも自走可能なEVなら作業現場を移動できるのでケーブル敷設作業を大きく縮小できます。EVを利用することで、脱炭素化だけでなく、現場での実用面でのメリットもあるということでした。
なお50kWクラスのディーゼル発電機を75%で運転した場合のCO2排出量は、年間で46.8トン程度になるそうです。
環境省の「家庭部門のCO2排出実態統計調査」2022年度版によれば、自動車からの年間CO2排出量は1台あたり約1トンなので、グリーン電力を使えばかなりの量が削減できそうです。
リーフe+が1台で1人が一日分の溶接をカバーできそう
実際にロボット溶接作業を見学することもできました。筆者がよく見る小物の溶接とは違って、直径1m近くある鉄骨支柱の溶接は迫力満点でした。ビードもきれいで、ロボットすごい、です。なんでも、Robo-Welderは最大100mm厚の金属板を溶接できるそうです。
2台のロボット溶接機を稼働させると、電力計が約24〜25kWを表示していました。24kWで5分間だと消費電力量は約2kWh程度です。
清水建設の説明によれば5分間の稼働で5%程度減っているので、62kWhだとすると約3kWhになります。ということはSOHが100%ではないかもしれませんが、ざっくり、5分間を20〜30回は繰り返せそうです。なおベルエナジーでは、MESTA Genに改造するリーフはおもに、コストが抑えられる中古車で調達するそうです。
1日の溶接工の作業量は50〜70mの溶接長になるということで、今回のデモンストレーションにあてはめると、リーフe+のMESTA Gen 1台と溶接ロボットで、熟練工1人による1日分の溶接量をほぼまかなえるそうです。
これが多いのか少ないのかは明言できませんが、ディーゼル発電機の排ガスと騒音がないというのは、数字に表れないメリットだと思うのです。
今後、MESTA Genを現場でどのように運用していくのかは検討中で、具体的な予定はまだ定まっていないとのことですが、1日でも早い実用化を期待したいと思います。また、建設現場以外でも、三相交流で高出力の移動電源車を活用したいという方は、ベルエナジー(公式サイト)に相談してみてください。
取材・文/木野 龍逸