電気自動車導入拡大における電力ネットワークの課題

電気自動車が増えると電力が不足する? しばしば語られる懸念について、電力市場やシステムのスペシャリストであり、先ごろ電力小売事業を展開する『リエスパワー』社長に就任した松尾豪氏から寄稿をいただきました。EVの普及拡大で電力網にどんな懸念が生じるのか。どのように対策を講じるべきなのか。図表満載の論文スタイルでご紹介します。(EVsmartブログ編集部)

電気自動車導入拡大における電力ネットワークの課題

序論/EV普及拡大に伴う懸念

昨年10月、菅首相の所信表明演説において2050年実質排出量ゼロの目標が打ち出され、自動車産業は大きな変化を迫られている。諸外国では電気自動車(以下、EV)の導入拡大に向けた動きが加速しており、日本においても再生可能エネルギーの更なる導入拡大やEVの導入拡大に向けた動きが顕在化しつつある。

一方で、欧州ではEVの導入拡大に伴い、電力ネットワークの課題が顕在化しつつある。筆者は特に英国の電力システムの調査・研究を行っているが、特に英国ではEVと再生可能エネルギーの導入拡大が並行して進むことで、発電側/需要側双方で需給バランスに大きな影響を与えるとみられており、需給バランス調整や配電設備形成への影響が懸念されている。

図-1/英国のev販売台数推移

出典:英国運輸省(DfT)

英国で予想される供給力不足の課題

図-2の通り、英国のグレートブリテン島(以下、GB)では周波数調整/需給バランス管理をESO(National Grid ESO)、送電系統の保有・管理をTO(送電事業者)、110kV以下の系統保有・管理をDNO(配電事業者)が担っている。

英国ではEV導入拡大にあたって、電力ネットワークに2つの問題がもたらされるとみられている。

① 供給力不足
EVは自動車としての特性から、充電時間の制御が非常に難しい。仮にEVが無秩序に充電した場合、充電需要に対応した追加供給力(発電設備)が必要になる。

② 配電設備容量不足
配電設備はEVの導入を想定して設計されておらず、EVの大量導入が予想される地域では、配電設備の追加投資が必要になる。
本稿では、特に英国におけるEV導入拡大にあたっての電力ネットワークの課題について説明する。

図-2/日本と英国の事業者分類

英国ガス・電力市場規制庁(Ofgem)、資源エネルギー庁 Webサイトより作成。

英国の最大需要電力は東京電力管内よりもやや小規模である。英国は、供給力確保にあたって日本と同じく容量市場を導入しており、調達容量は5,000-5,500万kW程度、その調達容量の約65%はガス火力である(2020年実施、2024/25年冬季受け渡しT-4Auction約定結果)。英国の夏は比較的涼しく電力需要はそれほど上昇しない。厳しい寒さに見舞われる冬場に電力需要が増える傾向にある。

図-3/英国の最大需要電力と容量市場における確保容量
(単位:万kW)

出典:ENTSO-E Transparency Platform、National Grid ESO

図-4/日本の各一般送配電事業者における最大需要電力
(2020年度、単位:万kW)

北海道541
東北1,480
東京5,497
中部2,624
北陸534
関西2,869
中国1,118
四国533
九州1,636
沖縄153

出典:経済産業省、電力広域的運営推進機関

英国では、電力系統の周波数/需給バランス管理を司るNational Grid ESOが中心となって毎年Future Energy Scenario(以下、FES)を公表している。FESは、車両や熱の電化といった需要の変化や電源構成の変化を想定して作られる将来の電源構成や排出量などの予測であり、日本におけるエネルギー基本計画に近い存在である。

FESでは4つの複線シナリオが用意されており、シナリオ毎にEVの導入拡大や再エネ導入拡大の影響が示されている。最新のFES2020においては、EVの導入拡大の影響が示されている。

まず、FES2020におけるEV導入見通しである。図-5の通り、4シナリオとも2020年以降急激にEV導入が進む見通しとなっている。英国運輸省(以下、DfT)が公表している車両統計によると、2020年9月末時点で登録されている車両台数は約3,187万台であるが、FES2020では2030年358-1,166万台、2050年には2,007-3,248万台のEV導入が見込まれている。

図-5/英国のEV導入見通し
(単位:万台)

出典:National Grid ESO Future Energy Scenario 2020

次に、電力系統に与える影響である。EVの導入拡大に伴い、最大需要電力増加の影響について、National Grid ESOがシミュレーションを行った結果である。スマートチャージ・V2Gを実施しない場合、最大2,190万kWもの最大需要電力が増える結果となっている。当然、増加した需要に対する追加供給力が必要になる。

図-3で記したが、英国の容量市場で確保している供給力は5,000-5,500万kWであり、新たに1.4倍の発電設備が必要になる。FESでは、スマートチャージのみ実施した場合、スマートチャージ・V2G双方実施した場合のシミュレーションデータも掲載されている。スマートチャージ・V2G双方実施した場合は最大920万kWの最大需要電力増加に留まっており、場合によってはDRとして最大需要電力の減少にも活用できる可能性が示されている。

図-6/EV導入拡大に伴う最大需要電力増加の影響
(単位:万kW)


出典:National Grid ESO Future Energy Scenario 2020

EV・水素自動車普及拡大を目指すDfTとビジネス・エネルギー・産業戦略省(BEIS)の共同組織である低排出車事務局(以下、OLEV)では、このような最大需要電力の極端な増大を避けるべく、国民に対してスマートチャージを習慣づけたいと考えており、複数の実証事業を通じてスマートチャージの実効性を検証している。

配電設備容量不足の課題

英国では、EVや太陽光や風力といった変動型再生可能エネルギー(以下、VRE)の導入拡大に伴い、配電事業者(以下、DNO)が保有する配電用変電所の設備容量不足が懸念されている。

図-7はイングランド南部のDNOであるWestern Power Distribution(以下、WPD)が公表した平日の11kV配電線における需要ロードカーブのシミュレーションデータである。EV導入の拡大により、冬場に配電設備容量が不足する可能性が高まっている。

2013-2015年に英国政府Ofgemが主催した実証事業「My Electric Avenue」において、EV普及率が高まると32%の配電線において設備増強が必要になるが、他方でスマートチャージ・V2G等の技術を活用することにより、約22億ポンド(約3300億円)の投資を回避することができることが判明している。

図-7/平日の11kV配電線におけるロードカーブ

出典:Electric Nation Smart Charging Summary Report

このためイングランド南部に所在するDNOであるWPD、UK Power Networks(UKPN)、Scottish and Southern Electricity Network(SSEN)の三社はEVの充放電制御の実証を繰り返し実施しており、EV導入拡大に対する配電設備容量不足の対策としてスマートチャージ・V2Gの活用を検討している。

特にWPDは、現在でも配電用変電所の容量不足に直面しており、容量不足の懸念がある配電用変電所ごとにDRを調達している(Flexible Power)。

図-8はWPDが作成したFuture Energy Scenarioであり、地域ごとにEV・VREの導入予測を行っている。DNOや送電・配電事業者の業界団体であるEnergy Networks Association(ENA)は、特に住宅地におけるEV導入速度の予測が困難である点に問題意識を感じている。ある住民がEVを購入すると、周辺の住民が次々とEVに乗り換えるような事象が発生しており、特定の地域・配電線でEVによる電力需要が急増する現象が発生(Covid-19パンデミックで有名になった単語「Cluster」と呼ばれている)している。EVを購入した需要家はDNOに届け出る義務を有するが、罰則規定がないことから義務を果たしている需要家は少なく、DNOは分散電源の導入状況の把握に苦慮している。

図-8/Western Power DistributionによるEV・VREの導入予測

出典:Western Power Distribution ウェブサイト

図-9はSP Energy Networksが実施している系統制約早期警報システム(NCEWS)構築実証事業のシステム画面である。この実証事業においてSP Energy Networksは、スマートメーターデータを活用し、電気自動車の導入拡大に伴う熱容量不足・電圧変動のリアルタイム監視を行う系統制約早期警報システムを開発した。

英国ではスマートメーター導入費用の負担主体が小売電気事業者であることから、スマートメーター導入が進んでおらず、NCEWSの本格稼働にはあと数年かかる見通しであるが、今後の配電設備容量不足に対して効果的な打ち手となる可能性があり、英国のDNOやDR事業者の間では注目を集めている。

またWPDでは、配電線のリアルタイム監視を行い、配電線熱容量を超過しないようにEV充電需要の制限値を設け、制限値以内にEV充電需要を収めるべく充電制御を行う実証事業「Electric Nation」を実施している(図-10)。

図-9/SP Energy Networksの系統制約早期警報システム画面
(上図:系統図 下図:系統制約が発生する可能性のある配電線)

出典:Energy Networks Association Electricity Innovation Forum資料

図-10/Electric Nationプロジェクトにおけるスマートチャージ実証

出所:Electric Nation Smart Charging Summary Report

スマートチャージやV2Gの課題

ここまでEV導入拡大に伴う電力需要の増加、配電設備容量不足の課題について説明してきたが、いずれも打ち手はスマートチャージやV2GによるEV需要の制御が主眼となっている。他方で、スマートチャージやV2Gには課題もある。

OLEVでは、スマートチャージはユーザーに対するインセンティブが肝要であると考えているものの、需要者は多額のインセンティブを享受できないと自発的に需要シフトに動かないことが分かっている(※筆者によるOLEV訪問時のヒアリング結果)。他方で、多額のインセンティブは過剰なレントとなる虞があり、電気料金の上昇につながってしまう。英国政府は、EVユーザーへのインセンティブと電気料金上昇抑制の適切なバランスを探っている。

ToU(時間帯別)メニューにも課題がある。図-11は前述のWPDが実施した実証事業Electric Nationにおけるスマートチャージの実施状況だが、ToUメニューを活用した需要家の場合(赤線)、料金が安くなる22:00より急激に需要が増加している。ToUメニューを導入すると需要シフトのインセンティブが大きいが、他方でバランスに欠けた需要シフトが生じる可能性がある。

図-11/Electric Nationプロジェクトにおける
ToU料金活用時(赤線)/非活用時(青線)の充電需要の変化

出典:Electric Nation Smart Charging Summary Report

サイバーセキュリティ面の課題も指摘されている。英国は海外から頻繁にサイバー攻撃を受けており、2016年以降、英国の諜報機関である政府情報本部(以下、GCHQ)は同国内のスマートメーター導入計画に対し、サイバーセキュリティ上の課題を繰り返し指摘してきた。

特にGCHQはスマートメーターの遠隔開閉機能を問題視している。攻撃側が国内の多くの需要家や重要施設のスマートメーターを遠隔操作し、電力供給を遮断することで社会を混乱に陥れるリスクがあることから、英国が採用しているスマートメーターには遠隔遮断機能が搭載されていない。

当然、EVのスマートチャージにおいてもサイバーセキュリティリスクが生じる。2019年7月にDfTが発行したホワイトペーパー「Electric Vehicle Smart Charging」では、サイバー攻撃によって多数のEVが操作された場合、電力システムの脅威となる可能性があることから、堅牢なサイバーセキュリティ対策が必要になる旨記載されている。

このように、スマートチャージについては多くの課題が存在し、英国は政府・系統運用者が共同で対処にあたっている。

日本で考えられる姿

最後に、日本における示唆を述べたい。既にご案内の通り、九州電力管内においては再エネの出力抑制が実施されており、今春は東北電力管内でも出力抑制が実施される見込みである。また、東京電力パワーグリッドは複数の系統で試行的にノンファーム接続を実施予定であり、将来的には新佐原変電所・新京葉変電所より千葉市側において再エネの出力制御の必要性が出てくる可能性がある。

このように再生可能エネルギーの大量導入に伴い、地域間連系線・域内系統の混雑に直面している地域では、再エネの出力抑制を実施、もしくは将来的に実施する可能性があり、LMPを導入した場合には、当該地域では電気の価値が低下する可能性がある。

図-11/東京電力パワーグリッド系統図と
ノンファーム試行中の佐京連系(新佐原線・新京葉線)

この場合、低炭素で安価な電力を活用し、EVに充電させることで、上げDRを創出できる可能性があると考えられる。地域・用途に合わせたEV導入計画が肝要であると考えられ、自動車の用途発掘・消費者への遡及の観点では、電力業界だけでなく自動車業界との連携が肝要になると考えられる。

他方、EV普及拡大の課題になっているのは、高価な車両価格である。特に、リース期間完了後の残価が低いことから、リース車両の価格の高止まりは商用車部門におけるEV普及の大きな課題とみられている。系統混雑が発生している地域では、疑似慣性・瞬動予備力としての定置型蓄電池のニーズが勃興するものと考えられ、二次利用・三次利用を含めた地域でのEV・蓄電池活用の仕組みづくりが必要になるものと考えられる。

(文/松尾 豪)

関係者のみなさん、よろしくお願いします!

【編集部注記】松尾さんから届いた原稿は、EV普及に伴う電力ネットワークの課題と、その対策に取り組む英国の実例をもとに「日本はどうあるべきか」を示唆する内容でした。いつもはフランクな語り口調の記事をお届けしていますが、今回は論文調、というか論文です。

失礼ながら「理解するのが大変!」という読者の方のために、要旨をピックアップしておきます。

【この記事のポイント】
●世界(英国)はEVが普及する前提で電力供給網の対策を進めている。
●再生可能エネルギーシフトと両立するには、供給力不足、配電設備容量不足の課題が想定できる。
●「スマートチャージ=電力供給の状況などを勘案しながらEVへの充電をシステムで制御」や
●「V2G=EVと電力系統を連携させて、EVを蓄電池として活用し再エネの出力バランスを補填」などが大切。
●スマートチャージやV2Gにも課題があり、その対策を進めることが大事。
●日本でも電力業界と自動車業界が連携してEV導入計画を進めていくことが必要。
●EVに使った電池の再利用などを進め、EVの価格を安くしなきゃダメ、だよね。

ということですね。

いつもは「ユーザー目線」の記事をモットーにしているEVsmartブログですが、この問題はユーザーにどうこうできるものではありません。松尾さんご自身が、電力小売や発電事業を手がけるリエスパワー社長に就任し、まさに最前線で取り組んでくださっているところ、かと思います。とはいえ、お一人、また一社だけの思いで進んでいく話でもない気がします。

経産省はもとより、電力業界、EV製造業界のみなさん、日本に残された時間は「あと数年」レベルではないかと思います。ぜひ、素敵なEV社会、再エネ社会が訪れるよう、よろしくお願いいたします!

(注記/寄本 好則)

この記事のコメント(新着順)4件

  1. 電力問題とくれば電気主任技術者有資格者の僕も興味津々ですよ。
    グリッド(系統電力)の瞬間的な大変動は電気自動車充電のみならずソーラー発電所の天候急変(晴れ⇒曇り⇒晴れ)でも起きますんで変動を抑える技術が必要やないですか!?
    以前所属した会社でも「そのうち電気自動車の蓄電池を電圧変動抑制に使えないか?」と思い試作提案したことはありますが何分馬の耳に念仏で悔しい思いをしてきました。
    しかし実はEV急速充電器もソーラー発電パワーコンディショナーも同じ製造業者で定格電圧も同じDC400Vであると判明!具体的には新電元工業などが該当します。
    逆に言うならEV充電器と大型パワーコンディショナーを連結してV2H・V2G機能を内蔵してしまえばいいんですよ…当然充電したいクルマに十分な電力を供給できるだけの蓄電池は必要ですが(100kWh程度)電力料金は概ね30分単位で課金されるためEV急速充電の30分とは相性がよく組み合わせれば充分実用的であります。
    そう考えると中堅都市や郊外のEV急速充電器はソーラー発電所へ併設すべきかもしれませんよ!?もちろん配電線停電時にも使える仕様にすることが前提ですがそれを満たせば大きなシステムダウン(ブラックアウト等)すら克服できると踏んで。

  2. 同じ電気(同じ商品)なのに、需要と供給に差があったり(出力抑制等が現れる)、需要時間が偏るということは、その時間ごとに同じ商品の価値が違うということだから、うまくやれば、鞘が抜けるよね。
    テスラがイギリスでやろうしているのは、これではないだろうか?

  3. 興味深い拝読しました。英国は製造業が衰退してしまったので電力需要が多く無いのでしょう。
    当方、太陽光発電事業者になろうと考えているので、九州の抑制問題は大変気になっています。連携線を増やさない限りどうしようもないですね。

    電力業界は経産省にお尻を叩かれない限り能動的には動かないのですかね。。
    電気事業連合会の2030 年度温室効果ガス削減目標について
    https://www.fepc.or.jp/about_us/pr/oshirase/__icsFiles/afieldfile/2021/04/22/press_20210422.pdf
    を読んで、自らが日本国民の為、CO2排出削減に汗を書くっていう気概がどこにも感じられませんでした。トヨタ社長も苛立つのも理解出来ますよ。自動車業界は海外向けが8割位だから世界の流れに乗らないと生存出来ませんが、電力業界は黙っていても客が電気を買ってくれるということに胡坐をかいているから他人事のようなコメントを出すのでしょうね。
    日本の電気が高すぎて日本からアルミ精錬が撤退したように、電力業界のせいで日本の製造業が衰退してしまったらどうするんですかね。
    日本の電力業界は合併して国営にした方がマシとしか思えません。
    連携線増強等も進むでしょうし、お粗末な原発管理を繰り返す東電に任せない方が原発再稼働も進むでしょうし。

  4. 大変興味深いのは、英国の人口が日本の1/2強であるのに対し最大需要電力は1/3に過ぎないということです。エネルギー消費量やCO2排出量も同様の数字で、これは産業構造の違い(もしかしたら生活様式も?)を表していると思われます。
    EV化による電力需要増の影響が日本より英国に於いてより鋭敏に表れるということですね。英国はこれをスマートチャージやV2Gによって解決しようとしているが、その手法は日本にとって参考になるという論旨だと思います。
    拝読して、日本では電力網に対してより少ない負荷でEV化をできるのではないか、CO2削減も同様に行えるのではないか?といった示唆をいただける内容でした。

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この記事の著者


					松尾 豪

松尾 豪

大学在学中に会社起業を経て、小売電気事業者のイーレックスに入社、営業・経営企画(制度渉外)を担当。2019年ディー・エヌ・エー入社、電力事業開発・海外電力制度・市場調査を担当。現在、リエスパワー株式会社 代表取締役、合同会社エネルギー経済社会研究所 代表取締役。電気学会正員、公益事業学会会員、CIGRE会員、エネルギー・資源学会会員。