中国が発表、2021年から実施する「電気自動車の安全基準」をどう捉えるべきなのか?

2020年5月12日、中国の産業情報省工業情報化部が、電気自動車に関する新たな安全基準を制定、2021年1月1日から施行されることを発表しました。このニュースから、何を読み取るべきなのか。電気自動車開発のプロに聞いてみました。

中国が発表、2021年から実施する「電気自動車の安全基準」をどう捉えるべきなのか?

※冒頭写真はイメージです。

中国のテスラオーナーのTweetにびっくり

EVsmartブログ編集部がこのニュースを知ったのは、アメリカ在住の中国人テスラユーザーのTweetがきっかけでした。

「5月12日に中国政府の産業情報省工業情報化部2021年1月1日に発効するEVバッテリーの安全性に関する新しい規則を制定。5分以内にバッテリーの火災や爆発の可能性がある場合、BMS(バッテリーマネジメントシステム)が警告を発して、ドライバーが脱出する時間を確保する必要がある」という内容です。

かなり厳格な基準であることは想像できましたが、いったい、どういう「安全基準」なのか。ここはやはり中国政府が発表している情報を確認すべく、Google翻訳を駆使しながらなんとか検索。中国政府が情報を発信しているページを探し当てることができました。

三项电动汽车强制性国家标准正式发布』(中国政府ウェブサイト)

もちろん、私は中国語はわからないので、これもGoogle翻訳による日本語訳をご紹介しておきます。ちなみに「三项电动汽车强制性国家标准正式发布」で検索すると、政府の発表はもとより、解説図付きの中国での報道なども見つかるはずです。

正式にリリースされた電気自動車の3つの必須国家規格

2020年5月12日、GB 18384-2020「電気自動車の安全要件」、GB 38032-2020「電気バスの安全要件」、およびGB 38031-2020「電気自動車の電力貯蔵用バッテリーの安全要件」が産業情報省によって策定されました。 3つの強制的な国家標準(以下「3つの強力な標準」と呼ぶ)は、市場監督管理局と国家標準化管理委員会によって承認され、2021年1月1日から施行されます。

電気自動車の安全性は、消費者の関心の焦点であり、新エネルギー自動車産業の持続可能で健全な発展のための基本的な保証です。 「省エネルギー・新エネルギー自動車産業振興計画(2012-2020)」と「自動車産業中長期開発計画」の要件を、新エネルギー自動車産業の実際の発展と技術進歩のニーズと組み合わせて実現するため、産業情報技術省が発足電気自動車の安全性に関する3つの強力な基準を確立します。 3つの強力な基準は、中国で当初推奨された国内基準に基づいており、中国が策定した国連電気自動車安全技術国際規則(UN GTR 20)に完全に準拠しており、電気自動車および大容量バッテリー製品のパフォーマンスをさらに改善および最適化します。

「電気自動車の安全要件」
主に電気自動車の電気安全要件と機能安全要件を規定し、バッテリーシステムの熱イベントのアラーム信号要件を追加します。これにより、ドライバーと乗客に初めて安全への警告を与えることができます。車両全体の防水、絶縁抵抗、監視を強化します。通常の使用、歩行などでの車両の安全性リスクを低減するための要件、絶縁抵抗や容量結合などのテスト方法は、テストの精度を向上させ、高電圧車両の安全性を確保するために最適化されています。

「電気バスの安全要件」
電気バスの多数の乗客、大きなバッテリー容量、および高い駆動力の特性を目的としています。「電気自動車の安全要件」基準に基づいて、電気バスの衝突、充電システム、およびバッテリーコンパートメントの防水のテスト条件また、要件はより厳しい安全要件、高電圧コンポーネントの難燃性要件の増加、およびバッテリーシステムの最小管理ユニットの熱暴走評価要件を提唱し、電気バスの火災事故リスクを防止する機能をさらに改善しました。

「電気自動車用大容量バッテリーの安全要件」
バッテリーセルおよびモジュールの安全要件を最適化しながら、バッテリーシステムの熱安全、機械的安全、電気安全および機能安全要件の強化に焦点を当てています。テスト項目は、システムの熱拡散、外部火災、機械的衝撃、シミュレートされた衝突、湿った熱サイクル、振動気泡水、外部短絡、過熱、過充電など。特に、この規格にはバッテリーシステムの熱拡散テストが追加されています。このテストでは、バッテリーセルが熱的に制御できなくなってから5分以内にバッテリーシステムが発火または爆発せず、居住者の安全な脱出時間が確保されます。

3つの強力な基準は、中国の電気自動車の分野における最初の強制的な国内基準です。これらは、中国の電気自動車業界の技術革新の成果と経験を統合し、国際エネルギー規格と規制と完全に連携して、新エネルギー車の安全レベルを向上させ、業界の持続可能性を確保します開発は非常に重要です。
(Google翻訳の結果を一部修正しています)

中国製の電気自動車は燃える? は大きな勘違い

こういう情報を発信すると、日本ではかなりの人が「やっぱり、中国製の電気自動車は燃えるリスクがあるのか」といった感想を抱きがちです。でも、それは大きな勘違い。

そもそも、今回発布された基準は、「電気自動車の安全要件」、「電気バスの安全要件」、「電気自動車用大容量バッテリーの安全要件」という3項目にわたり、パッテリー加熱への警告システムや発火、爆発までの時間だけでなく、防水や衝撃などに対する耐性などについても細かく規定しています。

中国では2018年、2019年と新エネルギー車(ほとんどがEV)の販売台数が120万台を超えています。新エネルギー車=電気自動車を国内の産業としてさらに飛躍させ、国際的な信頼を勝ち取るための意欲的な「国家標準」であると考えるべきなのだろう、と思えます。

電気自動車開発のプロに聞いてみました

実際に、日本で電気自動車開発に関わるプロフェッショナルはどう感じるのでしょうか。長年の友人でもある福田雅敏氏(株式会社ベルコ取締役)に、「率直な感想コメント」をお願いしたところ、ワードファイルで送ってくださったので、そのままご紹介します。

【プロのコメント】

これ、日本で導入されたら、ただでさえ普及導入が遅れてる日本のEV業界はたまったもんじゃないですね。特に、少量生産車両は(電気バス、トラックなど)は消えてしまうでしょう。

さて、今回、中国でUN-GTR 20(国連世界技術規則)に準拠した安全基準が2021年に施行されることには、編集部の指摘通り、中国のEVへの本気度と市場の大きさがうかがえます。

日本もこれまでに電池パックなどUN R100(国連統一基準)の電池パックの安全性等についての基準を採用してきました。今回の中国の発表はこの基準よりさらに安全性が厳しく問われる法規を、来年早々に採用するということ。日本ではとても実現できないでしょう。

昨年の中国の電気自動車を含む新エネルギー車の販売台数が120万台にもなっていること。また、300~500kWhと大容量の電池を積む電気バスの保有台数が40万台以上ともいわれる中国では、国連が定めた安全基準の採用は不可欠と判断したのでしょう。また、輸出も考えての施策であると理解します。

この安全基準のうち、大きなポイントとなるのが、事故などのトラブル時、バッテリーが出火する5分前にはBMS(バッテリーマネージメントシステム)が警告するというものです。この基準を満たすには、かなりのサンプル数の電池パックで試験を繰り返す必要があり、認証取得にはかなりの時間とコストが掛かります。ただ、この安全基準を導入することにより、電気自動車でも電気バス等大容量の電池パックを搭載している車両では、大人数が車外へ脱出する時間ができるなどの安全性が大きく向上します。

しかし、この基準を日本で取り入れるには日本の現在の市場規模も考えなければなりません。例えば、現在日本国内には電気バスが40~50台程度ありますが、その半分以上がBYDを中心とした中国製となっており、日本製の車両は一部自動車メーカー製が導入されているものの、ほとんどが、ディーゼル車からの改造車です。このような状況の日本でこうした厳しい基準を導入すると、さらに安全基準適合に要する試験費用と開発時間がかさみ、日本製の電気バスの開発がさらに遅れることが考えられます。

乗用車では、輸出が重要で台数もそれなりに考えられますので、認証取得も出来ますが(すると思いますが)、右ハンドルの電気バスは輸出先も限定されますので、安全基準導入の際には、少量の場合には、基準の緩和などを考えての導入など、さまざまな考慮が必要と考えます。

福田雅敏
株式会社ベルコ取締役として、次世代自動車の開発担当やコンサルティングを担当。前職、株式会社東京アールアンドデーでは、およそ35年にわたり電気自動車を中心に100台以上の車両の開発に携わった。また、平成23年度から28年度まで、独立行政法人 自動車技術総合機構(自動車検査法人)の検査官の電気自動車担当の講師も務めた。
現在、一般社団法人 自動車技術会 電気動力技術部門委員会委員。一般社団法人 日本自動車連盟 モータースポーツ部 電気・ソーラーカー部門委員。
次世代自動車産業研究会 副会長兼幹事などを務める。

日本の自動車メーカーはどうするのか?

福田さん、ありがとうございました。

考えてみれば、たとえばガソリンタンクに引火する5分前に警告しろといわれても無理でしょうから、高度で厳しい安全基準を策定できるのは、電気自動車というメカニズムの安全性を示しているとも考えられます。とはいえ、自動車メーカーにとっては電気自動車参入に向けて、また一段ハードルが上がったと考えることができそうです。

福田さんも「これまで日本のEVは安全が売り物でしたし、とくに乗用車は輸出対応要件として対応するでしょう。とはいえ、国内でのこうした安全基準の導入は当面必要ないものと思います」という見解でした。でも、巨大市場である中国で、ひいては欧米で中国メーカーと戦いながら電気自動車を販売するためには、もちろん日本メーカーにもこの基準への対応が迫られます。

ちょっと脳天気なまとめ方で恐縮ですが、大変な時代になってきましたね。

(取材・文/寄本 好則)

この記事のコメント(新着順)6件

  1. バッテリが発火する5分前に警告するといのは、どのような方法で実現しているのでしょうか?バッテリパック内には個々のセルの温度をセンシングしているセンサーがついていると思いますが、セル温度のセンシングである一定温度に到達するとBMSで検知して警告を出すような制御をしるのかなと想像がしていますが、5分前に警告というのは中々難しいのではと思いました。

    1. 素朴な疑問 様、コメントありがとうございます。
      恐らくおっしゃるように温度センサーを使用する方法しかないと思います。その温度が上がってから、発火するまで何分あるか、ということですよね。最近のModel S Plaidのバッテリー分解動画などを見ていると
      https://www.youtube.com/watch?v=TYFyiiEwOFI
      難燃性の素材をバッテリーパックとシャーシの間に入れたり、ケースの隙間を増やしたりすることにより、中国のバッテリー安全規制に対応しようとしているのではないかと思います。動画の中でも中国の規制に触れている部分がありますので、よろしければご覧ください。

  2.  2020年上半期7月中旬までに中国国内BEV6500台の火災が起こったとの報道がありましたが、中国製BEVは火災が起き易いというのは間違いではないのではないですか?
     中国当局のEV安全基準見直し規制は極めて自然です。
     

    1. EVマニア様、コメントありがとうございます。

      >中国製BEVは火災が起き易いというのは間違いではない

      この点ですね。当メディアでは、「中国だから」という理由でレッテル張りはしないようにしています。実際にiPhoneはグローバル全量がバッテリーも含め中国製ですし、皆さん枕元に置かれて就寝されていますよね。電気自動車での火災は、多そうにも感じますが、実は中国製EVのほとんどがLFPという電池を使用しています。このLFP、なかなか燃えないことで有名で、LFP電池搭載の電気自動車が火災になったのは聞いたことがないように思います。またブランドで行きますと、欧州と日本で手に入るテスラモデル3はすべて中国製。スタンダードレンジプラス、という最も売れているグレードに至っては電池も中国製です。火災の話はほぼ聞いたことがありません。

  3. 曲げても釘を打ちつけても発火せず安全な樹脂電池の場合はどうなるの?

    1. T.mizuno様、コメントありがとうございます。全樹脂電池も電極はありますし積層されていますので、釘を打ち込めばショートして発熱すると思います。その発熱が、どの程度周囲のセルに伝わり、どの程度の速度で燃え広がるかによって安全性は決まると思います。確実に「発火しない」わけではなく、充分に充電されていれば発火はすると思いますが、恐らくリチウムイオン電池より燃え方が穏やかで急に爆発するようなことはない、というように理解しています。そのうえで、、

      https://monoist.atmarkit.co.jp/mn/articles/2004/17/news049.html
      日本で全樹脂電池の工場が2021年に稼働開始とのニュースがありますが、目標が1GWh(もっとかも知れませんがこういうように読めますね)/年とのこと。これは、リーフe+にすると年産17000台規模となり、自動車用としては規模が小さすぎると思います。記事にもありますが、定置用として考えているのではないでしょうか?定置用ではすでにテスラがPowerwall, Powerpack, およびMegapackという製品で価格のベンチマークを打ち立てています。このMegapackはまだ導入開始されたばかりで価格が不明ですが、
      https://huddle.today/saint-john-energy-is-installing-a-tesla-battery-to-store-power-and-save-15000-a-month/
      この記事によると2.5MWhの設備で、トータルのコスト(電池だけでなく、工事費なども含めて)がCAD1.5Mとのこと。1kWh当たりに換算しますが、半分が電池の原価と仮定すると:
      115,695,000[円] / 2500[kWh] / 2 = 23,139円/kWh
      全樹脂電池のコスト目標は:
      https://xtech.nikkei.com/atcl/nxt/mag/at/18/00006/00118/
      15円/Wh→15,000円/kWh
      ですから、実現できればリチウムイオン電池より安くなる可能性が高いと言えると思います。ただしMegapackは電池だけではなく、箱・ブレーカー・インバーター・そして電池の温度管理システムを含んでいますので、来年以降競争が楽しみです。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です


この記事の著者


					寄本 好則

寄本 好則

兵庫県但馬地方出身。旅雑誌などを経て『週刊SPA!』や『日経エンタテインメント!』の連載などライターとして活動しつつ編集プロダクションを主宰。近年はウェブメディアを中心に電気自動車と環境&社会課題を中心とした取材と情報発信を展開している。剣道四段。著書に『電気自動車で幸せになる』『EV時代の夜明け』(Kindle)『旬紀行―「とびきり」を味わうためだけの旅』(扶桑社)などがある。日本EVクラブのメンバーとして、2013年にはEVスーパーセブンで日本一周急速充電の旅を達成した。

執筆した記事