タイを中心に開催されている「アジアクロスカントリーラリー」は30回目の記念大会。台湾の鴻海(ホンハイ)が高級自動車ブランドのラクスジェンと組んで市販する『LUXGEN n7』が昨年に続いて参戦しました。助手席のコ・ドライバーは台湾で人気の女性ユーチューバー。フォトジャーナリストの青山義明氏のレポートです。
2輪&サイドカー42台、4輪44台が3000km超えの大移動
「アジアクロスカントリーラリー(AXCR)」は、1996年からタイを中心にアジア各国を巡って開催されてきているFIA公認のクロスカントリーラリーです。30年目の記念大会となる今回は、2025年8月8日(金)~16日(土)の日程で行われました。
そのルートは当初、タイからカンボジアへという国境越えのルートが設定されていましたが、不安定な状況が続いていることからタイ国内のルートでの開催となりました。さらに国境近くに設定されていたステージ(競技区間)も2日にわたってキャンセルとなり、これまでとは大きく異なる大会となりました。しかしながら記念大会らしく、例年よりも2日間増えた日程や、例年より1000kmほど増えた総走行距離3000kmを超える規模で、華やかな開催となりました。
2輪も4輪も参加が可能なこのAXCR。2輪(MOTO)部門では、大きなタンクを装備したいわゆるエンデューロ用のオフロードバイクが参戦します(中にはスーパーカブで参戦するツワモノもいますが……)。4輪(AUTO)部門は、クロカン車と呼ばれる本格4輪駆動車や現地で人気のピックアップトラックがそのラインナップの中心です。トヨタ・ランドクルーザーやハイラックス、三菱・トライトン、いすゞ・D-MAX、スズキ・ジムニーといった日本車やフォード・ラプターが今年も参戦しています。
例年、熱帯のアジア特有のルートが設定されていますが、今年もガレ場の山岳地域やジャングルの中、さらに赤土のプランテーションなどを使ったコースが設定されました。今回は記念大会ということもあってか、競技初日からハードなルートが満載で、特に車両の足回りへの負荷が高く、「速さ」と「車両へのいたわり」のバランスをどうとるかが乗員たちの課題として課せられ、チームにとっては「壊れたパーツをどう直すか」であったり「スペアパーツをどう確保するか」といったオペレーションが重要となる、これまで以上に難しい一戦となりました。
ホンハイの電気自動車が昨年に続き参戦
昨年、「i TAIWAN Racing Team」からAXCRに初参戦(BEV参戦はAXCR史上初)したLUXGEN(ラクスジェン)の電動SUV『n7』は、今年もしっかり参戦しました。
【関連記事】
2000km超えラリーに鴻海のEV『LUXGEN n7』参戦/全SS完走で存在感を示す(2024年8月22日)
ラクスジェンは、台湾の鴻海(ホンハイ)精密工業がEV事業のために共同出資したユーロン(裕隆汽車製造股份有限公司)が展開する高級自動車ブランド。ラクスジェン初のSUVタイプのEVとなるのが、この『n7』です。
『n7』のサイズは全長4695×全幅1895×全高1625mm。ホイールベースは2920mm で5人もしくは7人乗りとなります。シングルモーターを一基搭載し後輪を駆動し、最高出力172kW、最大トルク340Nmを発揮します。床下にバッテリーパックを並べ、搭載するバッテリー容量は約60kWhとなっています。
当初は『n7』をタイへ運ぶ手段がないと苦労したものの、「船便で運んでくれる業者が見つかった」と、車検日前日となる8月7日(木)夕方に無事にスタート地点であるパタヤに姿を現しました。車両は昨年と同じ個体で、このラリーレイドに参戦するため、軽量化を進めています。といってもまだ車両重量は2200kgとなるようですが……。
床下にあったバッテリーパックは後方側を持ち上げてリアラゲージスペースに斜めに配置し直しています(このバッテリーの下に予備のタイヤを装備)。ルーフにエアインテーク、リアゲート側には大きなエアアウトレットを設け、シート後部に置いたラジエターで冷却をしています。
駆動方式は市販モデルと同じく後輪駆動のままです。今大会に向けた改良点としては、タイヤサイズを変更(225/75R16から235/85R16へ)。さらにリアの足回りを一新しています。
通常の一充電あたりの航続距離は425kmとなっていますが、クロスカントリーラリーのスペシャルステージ(SS)で走行すると状況によっては200kmほどになることがあり、レースの走りでは充電が必要になることがあります。
タイ国内ではPTT(タイ石油公社)のサービスステーションに充電器が設置されていることも多いので、専用の充電設備は持ち込まず、ロードサイドの充電スタンドを活用することにしています。バッテリー残量10%から100%までの充電にかかる時間は50分ほどですが、その時間をどうマネージメントするかも重要だといえます。
コ・ドライバーは女性ユーチューバー
AXCRでは、参加クラスが細かく分けられており、改造の内容で「T1:改造クロスカントリーラリー車両」、「T2:量産クロスカントリーラリー車両」、「T2A:ホモロゲなし量産クロスカントリーラリー車両」、「T3:進化クロスカントリーラリー車両」、「T4A:2トン以下小型トラック」となります。さらに原動機の種類によってガソリン、ディーゼル、EVの区分けもされます。今回も唯一の電動車両となった「i TAIWAN Racing Team」の『No.127 Luxgen n7』は「T1E」クラスへの挑戦となります。
『n7』のドライバーには、台湾人で初めてダカールラリーに参戦したベテランの陳和皇(CHEN, Ho-Huang)選手が昨年に続いて乗り込みます。昨年、現役の消防士である洪榮助(HUNG, Jung-Chu)選手がコ・ドライバーとして乗っていましたが、今回は、「普通女子 孫女」の名称で活動しているユーチューバーで、コ・ドライバー初体験となる孫女(LIU, Hong-Ying)選手が乗り込むこととなりました。
今回もこのチームでは『n7』を含む3台の車両を持ち込み、台北/台南市消防局の協力を得て3名の現役消防士が乗員として参戦します。チーム関係者によると「日本と同じように台湾には台風も地震もあります。そういった災害が起きた際に、緊急車両で救援に駆けつけられなければ、誰も救えない。この競技を通し、悪路でのドライビングテクニックを鍛えることができる」といいます。
厳しいレースをなんとか完走
6日間の競技ですが、『n7』の戦いは初日に10時間のペナルティ(32位)を受けるところから始まりました。今大会は初日から大荒れで、車両トラブルやスタックなどが頻発し、『n7』以外にもタイムオーバーが多発。出走44台中13台がこの初日に10時間以上のペナルティを受けています。
今回のAXCRはコースがとても難しく2日目以降も各所で車両のスタックや横転、シャシー周りのトラブルが頻発する大会でした。ただ隣国カンボジアとの緊張が高まっている関係で、8日間用意された競技日のうち2日間がキャンセルされ、どのチームもその休息日を使って車両を修復することができ、その多くが最終日のスタートポイントまで車両を持ち込むことができたというこれまでとは異なる展開もありました。
ゼッケン127を付けたこの『n7』は2日目以降もタイムオーバーなどによるペナルティを受けながらも、最終日までしっかり全SS(スペシャルステージ=競技区間)を走り切り、充電のためにセレモニアルゴールには若干遅れたものの、大会のアーチを通過し、フィニッシャー(完走)メダルを受け取ることができました。結果、AUTO(4輪車)クラス総合34位(T1Eクラス優勝)となりました。
来年以降も、BEVでの挑戦が、できれば複数台での競争が見られるとよいですね。
取材・文/青山 義明
コメント