5月に東京で開催された「フォーミュラE世界選手権 2025 東京E-Prix」では、新規参戦の「ローラ・ヤマハABTフォーミュラEチーム」がポイントを獲得しました。はたして、ヤマハはフォーミュラEで何を目指そうとしているのか。開発責任者に、参戦の狙いやこれまでの成果について聞いてみました。
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新規参戦のヤマハがポイント獲得
日産フォーミュラEチームのオリバー・ローランドが今シーズン4勝目(日産にとって母国GP初優勝)を挙げて幕を閉じた『フォーミュラE世界選手権 2025 東京E-Prix』では、もうひとつの日本メーカーが参加しているチームも母国開催の意地を見せてくれました。今シーズンから新規参戦した『ローラ・ヤマハABTフォーミュラEチーム』(ローラ・ヤマハ・アプト ※ABT=アプト)です。
ローラ・ヤマハ・アプトは米マイアミで行われた第5戦で、他チームのペナルティもあったとはいえルーカス・ディ・グラッシが2位表彰台を獲得。東京では2日目の第9戦で、やはりディ・グラッシが5位に入賞し、今シーズン2回目のポイント獲得となりました。
ローラ・ヤマハ・アプトにパワートレインを提供しているヤマハ発動機(以下、ヤマハ)は、かつてF1のエンジンを供給したことがあるほか、トヨタ2000GTのエンジン開発などに携わったこともあります。最近ではレクサスが限定生産した最高峰モデルである『LFA』用エンジンの生産を受託していました。
とはいえ、レクサスの生産はすでに終了し、事業の中心は二輪や、船舶用エンジンなどです。そんなヤマハがなぜ四輪の、それも電気自動車(EV)のレースに参戦しているのでしょうか。
そんな疑問について、ヤマハのプロジェクトを統括する、技術・研究本部の原隆さんに話を聞くことができました。
勝負を分けるエネルギーマネジメントがヤマハの仕事

ヤマハのフォーミュラEプロジェクトを統括する原隆氏。
現在のチーム内での役割分担は、シャシーなどがコンストラクターのローラ、パワートレインがヤマハ、チーム運営がABT(アプト)となっています。
ヤマハが担当するパワートレイン関連では、モーター、インバーター、ギアボックスの開発が比較的自由にできます。加えて、エネルギーマネジメントを担うソフトウエアは、ほぼフリーハンドで開発することができます。
フォーミュラEレースでは、チェッカーフラッグを受ける時のSOC(バッテリー残量)が「0%」(レースごとに規定されている電力量をギリギリまで使い切るということで、搭載バッテリーが空になるわけではありません)になるのは珍しくありません。ゼロコンマ数パーセントのエネルギーマネジメントが勝負を左右します。
そんなシビアな世界で最適解を出すのが、ヤマハの役割です。勝敗の大部分がヤマハの肩に掛かっているようにも思えて、他人事ながらドキドキしてきます。
試行錯誤中の今があって先がある
原さんの話を聞くと、エネルギーマネジメントは、やればやるほど奥が深いようです。
「全開で走って、どこでコースト制御や回生をするかというマネジメントをするのが仕事です。たとえば走り方では、『ここでは加速をしないでコーストだけで抜けても、加減速した場合と速さ(タイム)は変わらない、それなら電費が良くなる走り方をする。でもここでは加速した方がいい』というのを、シミュレーションを使いながらドライバーと議論しています」
そして、「車が走りやすくなればなるほど、無理な加速をしなくていいので、結果として電費が良くなるというのはあります」と原さんは言います。
さらに、フロントとリアの回生ブレーキのバランスを変えるなど「チューニングの要素は(いろいろ)あるんです」と話し、「まだまだ試行錯誤しながらやっています。そこは他のチームと経験値(の違い)がある」と、現状を評価しました。
ヤマハは今シーズン(2024-25)から参戦していますが、フォーミュラEは現在のマシンのGen3になって3シーズン目です。経験値の違いは大きそうです。
一方で、フォーミュラEは2年後の2026-27のシーズン13から「GEN4」となってマシンの規格が大きく変わります。最高出力は現在の350kWから600kW、回生量も600kWから700kWに増大するなど、よりパワフルになります。
そこから参加するのではなく、今から経験を積むことで、より勝機が見えてくるのではないでしょうか。楽しみは先に取っておこうと思います。
余談ですが、コースティングと言えば、市販車でも回生を常に取っているメーカーと、コースティングを多用するメーカーがあります。原さんは「市販車の場合は味付けの部分になりますが、フォーミュラEの場合は純粋に電費が良くなる方向にチューニングをしていきます」と、違いを説明しました。追い求めるものは違っていますが、市販車でもコースティングが有効な場合があることはよく分かりました。
レース技術を市販車開発に生かすのは至上命題
量産メーカーがレースに参戦する理由は、技術の獲得、ブランド力向上などいろいろあります。ヤマハでも、そこは議論になったようです。
実際、上層部からの指示で、フォーミュラEと二輪の先端技術開発部隊は定期的に情報交換をしていて、「かなりレベルが上がってきていると思う」とのこと。
原さんは、ヤマハがF1を手掛けた時にも得られたものは大きかったとする一方で、当時もレースに特化した技術との「バランスは問われていた」と言います。
そして、今回のフォーミュラE参戦については、「一番の目的は電動技術の獲得だったので、社内に理解を得て進めてきた」と説明してくれました。
「たとえば、最初は(現在のモーターの大きさで)350kWは出ないだろうと思っていたが、実際に始めると、『こうやったらできる』というポイントがわかる。そのプロセスが重要で、そこに我々がやる意味があります。モーター、インバーター、ギアボックスというコンポーネント以外にも、ソフトウエアの制御はすぐに(量産技術に)応用できるので、製品に近いところにいるとは思います。具体的には教えられませんが」
最高到達点が見えれば目標になる
とはいえ、レースに特化した技術は量産車とかけ離れていると言われることもあります。フォーミュラEの場合はどうなのでしょうか。
ちなみに市販車のモーターの効率が95%〜96%くらいだとすると、フォーミュラEのモーターの効率は「それよりはるかに高い」と原さんは言います。どのくらいの効率かは「言えない」としながらも、電動パワートレインのポテンシャルには大きな可能性を感じている表情でした。
また、ICE車のレースでは耐久性を犠牲にして出力を上げることがあるのに対して、「電気の場合は、耐久性と相反する感じでもないかなと思います」としつつ、こう説明してくれました。
「たしかに、(レースマシンの)モーターは特殊な組み方をしているので量産性に欠けるとか、使っている材料が特殊なので高価です。でも、もし(量産技術が)できれば、すごいことになると思うんです。この世界を知っているからこそ、そこに近い技術を開発しようというのは、あると思います。『この技術を使えば、たとえコストが10%上がっても効率や性能が良くなるから、それが商品のウリになる、それならこれでいこう』と。そこは、我々としても狙っているところです」
電気自動車用のモーターは、いわゆる「手巻き」をすると非常に効率が高くなることがあります。以前、そんな一品もののモーターの生産過程を見たことがありますが、治具を使って銅線をきめ細かく巻いていく職人の技に感激しました。
手作業なのでもちろん価格は上がりますが、目指すべき高みは見えます。ヤマハがフォーミュラEから、そうした将来のモーターの形をつかむことができれば、性能目標も上がっていきそうです。
将来はパワートレインのOEM供給にも挑戦したい
ところでインタビューの中で、ヤマハがかつてトヨタのエンジンを開発したように「将来的に外向けにパワートレインなどを作る可能性はあるか?」と尋ねると、原さんは「チャレンジしたい」と即答でした。
「まだまだ、我々の経験値がそこまでになっていない部分もありますが、可能性としては、トヨタさんだけではなく、いろいろな所に出したいと思っています。フォーミュラEはそのための土台になり得ます」
そしてフォーミュラEに参戦したメリットも、少しずつ出てきているようです。
「我々は以前から四輪のOEM用モーターの開発をしていて、対外的に発表もしているのですが、これまで認知度があまり上がらなくて。でも今は、フォーミュラEをやっているのならこういうものができませんか、という問い合わせもきています」
後日、ヤマハの四輪用モーターがどういうものなのか調べてみたら、公式サイトに「電動モーター」紹介ページがあって、Youtubeにアップされた350kWモーターのプロトタイプのPR動画が見つかりました。開発者として説明しているのは、今回インタビューをした原さんでした。
フォーミュラEへの参戦が、これまで継続してきた取り組みに光を当てるきっかけになっているとしたら、投資回収にもつながる大きな意味があるでしょう。
戦えるようになってきた
冒頭で紹介したように、2025東京E-Prixでローラ・ヤマハ・アプトは5位に入賞し、今シーズン2度目のポイントを獲得しました。ディ・グラッシはレース序盤から上位を維持し、残り4周で5位に上がっています。
レース後、原さんにコメントを求めると、今後に向けて良い結果が出たことを喜んでいました。
「以前は、あのくらい(序盤から上位で)走ると5%くらい電池の残量が足りなくなっていたんですけど、今は同じくらいで戦えるまでに追いついてきている。それはすごく良かったと思っています。もっと良くなると思います」
今回は日本開催でもあるので、ヤマハの設楽社長も来ていたようです。原さんは「社長も喜んでくれていた」と笑顔でしたが、同時に「ちゃんとマネタイズするように」とも言われたそうです。
「今じゃなくてもいいがいつかやれよ、借金には期限があるんだぞ、借りっぱなしはダメだぞと。でも徐々に改善されてきているので、良いところにいればチャンスは巡ってくるのかなという感じはしています」
2026年の東京E-Prixは、7月25日〜26日、第15戦と第16戦のダブルヘッダーとなる(暫定スケジュール)ことが発表されました。今後のローラ・ヤマハ・アプトの活躍に期待したいと思います!
取材・文/木野 龍逸
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