1800馬力のPHEV『ブガッティ トゥールビヨン』にため息〜超高級車の電動化を考えてみた

ハイパーなEVがいろいろ揃ってきました。最新のハイパーEVは、ブガッティが2024年6月21日に発表した、最高出力1800馬力のPHEV『トゥールビヨン』です。価格は日本円で約6億5000万円。ブガッティを筆頭とするそんな常識はずれの車を3車種ほどチェックして、高級車の電動化を考えてみます。

1800馬力のPHEV『ブガッティ トゥールビヨン』にため息〜超高級車の電動化を考えてみた

超高価格で超高性能な新生ブガッティ

1909年にフランスのアルザス地方、モルスハイム(当時はドイツ領)で創設され、レースシーンで名前を轟かせたブガッティは、今はクロアチアの電気自動車(EV)会社、リーマツ・アウトモビリ(英語読みはリマック、Rimac Automobili)とポルシェの合弁会社「ブガッティ・リマック」(2021年設立)のブランドとして運営されています。

リマックは、EVsmartブログでも紹介したことがある、超ハイパーなEVを開発、販売するEV専業メーカーです。

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親会社がそうなので、ブガッティも庶民感覚とはかけ離れた車を作っています。そんな中で登場したのが、ブガッティ初のプラグインハイブリッド車(PHEV)の「トゥールビヨン」です。

リマック・アウトモビリの創設者で、ブガッティの最高経営責任者(CEO)を務めるマテ・リマック氏は「トゥールビヨン」について、「これまでのどの車よりもエレガントで、感動的で、豪華」と表現し、「そのアイコンは過去の象徴的な時計と同じように、単に現在や未来のためでなく、永遠のためにある」と述べています。

大仰でビビりますが、実際、性能も価格もビビるレベルです。

なにしろ名前が「トゥールビヨン」です。そもそもトゥールビヨンというのは、アブラアンールイ・ブレゲが1801年に発明した、機械式時計の精度を落としていた重力の影響を排除した、複雑機構と呼ばれる仕組みのひとつを意味する言葉です。

時計のトゥールビヨンはたいてい、数百万円以上します。ちなみに本家ブレゲのカタログを見ると、数千万円です。

その名称を、そのまま車の名前にしてしまいました。小さな腕時計でも数千万円するのだから、車の「トゥールビヨン」の価格が高いのは当然のように予想できます。限度というものはありますが。

ということで、PHEV「トゥールビヨン」の価格は380万ユーロ(約6億5000万円)です。時計に比べたら、重量比では安い買い物かもしれません。こんな比較に意味はありませんが……。

「トゥールビヨン」は250台の限定生産で、納車開始は2026年の予定です。現在はプロトタイプの路上テストなどを実施しているそうです。自分では買えませんが、ここまで突拍子もないと、一度でいいから乗ってみたい、見てみたいとは思います。

3モーターとエンジンで1800馬力

「トゥールビヨン」はフロントに250kW×2モーターのeアクスル、リアアクスルに250kW×1モーターを搭載した3モーターです。この電動モーターと、自然吸気の8.3リッターV型16気筒エンジンで、最高出力1800hpを絞り出します。

そんなに絞り出さなくてもいいとは思います。1800hpなんて、走らせる場所はサーキットくらいしかなさそうです。最高速度は445km/hを狙っているそうです。

さすが、エンジンをコスワースと共同開発しただけのことはあります。

なお最高出力は、エンジン単体で1000hp、モーターで800hpです。せっかくのコスワース共同開発ですが、庶民から見るともう、エンジンいらないのではないかと思ってしまいます。

電動パワートレインのシステム電圧は800Vで、バッテリー容量は25kWhです。冷却は、詳細不明ですがバッテリーを直接、オイルで冷却しているようです。直接がどういうものなのか、ちょっと気になります。

とはいえ車両全体のバランスから考えると、容量25kWh(グロス24.8kWh)のバッテリーというのは、ちょっとした付け足しのようにも見えます。

バッテリーだけでの走行可能距離が約60kmでもあり、環境性能が云々という話でもなさそうです。そもそも、徹底した環境負荷低減を目的にするのなら1800hpも必要ないわけで、ここでは「パフォーマンスを追求する中で少しでも環境負荷を減らすならPHEVだった」のかもしれません。

それにバッテリー容量を増やすと重量が増えてしまうので、そのバランス点だったのかもしれません。推測に推測を重ねただけですが、エンジン単体の重量を252kgに抑えたことを強調していることや、リリースの中で25kWhの容量について「比較的大きい」と表現していることなどからも、パフォーマンス最大化のためというのは当たらずとも遠からず、ではないでしょうか。

よく考えると謎なPHEVにした理由

ただ、なぜ、わざわざ外部充電可能なPHEVにしたのかは、よくわかりません。システム構成を見る限り、普通のハイブリッドシステムでもいいのではないかと思います。

システム電圧が800Vなので高出力での充電も、やろうと思えば可能ですが、25kWhのバッテリー容量では劣化させるだけでメリットがなさそうです。

そんなこんなで、PHEVになった理由を突き詰めて考えると、よくわからないという結論にたどり着いてしまいます。

他方、電動モーターがターボチャージャーの代わりになっているという印象はあります。

新生ブガッティがここ20年の間に採用していたのは、特徴的なW型16気筒エンジンでした。ヴェイロンやシロン、ミストラルのW16エンジンは、ターボチャージャーを4つ備えています。最高出力は、ヴェイロンは1001hp、シロンとミストラルは1600hpです。

それに対して「トゥールビヨン」は自然吸気のV16で、エンジン単体の最高出力は1000hp。

モーターを合わせて1800hpなので、ターボの代わりにモーターがある考えるとしっくりきます。それにリマックがEV専業メーカーでもあり、ブガッティが環境負荷低減を考えた時に電動パワートレインを採用するのは自然な流れでもありそうです。

最後にひとつ、「トゥールビヨン」の特徴で紹介しておきたいのは、メーターパネルのデザインです。腕時計のトゥールビヨンは、機構そのものが時計の特徴でもあり、スケルトンで複雑機構を見せてデザインの一部にするのが常でした。

そんなデザイン性を踏襲し、「トゥールビヨン」はスピードメーターとタコメーターをアナログ機構にし、スケルトンにして歯車の動きを見せています。機械好きの琴線に触れそうです。

●ブガッティ・トゥールビヨン
全長×全幅(ミラー含)×全高:4671×2165×1189mm
車両重量:1995kg
駆動方式:AWD
最高出力:1800hp(エンジン+モーター)
エンジン:8.3L V16+4ターボ
エンジン最高出力:1000hp
エンジン最大トルク:900Nm
モーター最高出力:フロント・250kW×2、リア・250kW×1
モーター最大出力:フロント・3000Nm、リア・240Nm
0-100km/h加速:2秒
0-200km/h加速:5秒
0-400km/h加速:25秒

ロールスロイス初のBEV「スペクター」

ハイパーなパフォーマンスの電動車をもう少し紹介しましょう。まずは、ロールスロイス・モーター・カーズ初のバッテリーEV「スペクター」です。映画「007」にスペクターという悪の組織が出てきますが、関係ありません。英語でスペクターは、幽霊など怖いものを表す言葉です。

なお、ロールスロイスのリリースによれば、スペクターは「予言の成就、約束の履行、課題の達成を象徴」するモデルだそうです。

ロールスロイスの共同創業者、チャールズ・ロールズさんはコロンビア電気馬車というEVを入手したときに、充電インフラが整えばEVは内燃機関の車に代わる乗り物になると考えたそうです。1900年頃のことです。

1900年は、ポルシェ創業者のフェルディナント・ポルシェ博士がEVのローナー・ポルシェを作って、パリ万博に出展した年です。当時はまだセルスターターもなかったし、内燃機関の車の乗り心地も操作性も悪くて欧米に数多のEVメーカーが生まれた時代なので、EVに未来を感じた人は多かったのかもしれません。

それから120余年で、ようやくEVが少しずつ広がってきたわけで、ロールズさんやポルシェさん、それにヘンリー・フォード一世さんとかが見たらどんな感想を抱くのだろうと思います。

ロールスロイスのスペクターは、2022年発表で、計画通りなら2023年第4四半期から納車が始まっています。日本で初公開されたのは2023年6月で、価格は4800万円から。と言ってもロールスロイスは顧客と話し合いながら作るビスポーク、日本語でオーダーメードが基本なので、目安の価格になります。

3トンの車が4.5秒で時速100キロ

スペクターの基本スペックは以下の通りです。

●ロールスロイス・スペクター
全長×全幅×全高:5453×2080×1559mm
車両重量:2945kg
駆動方式:AWD(2モーター)
最高出力:前190kW、後360kW
最大トルク:前365Nm、後710Nm
0-100km/h加速:4.5秒
バッテリー容量:102kWh
一充電航続距離:520km(WLTP)
急速充電対応出力:195kW

形状は、2ドアのファストバックです。全長5.4mの2ドアには言葉もありません。しかも3トンもある巨躯を4.5秒で100km/hまでもっていくのは驚きです。

加えて、電費がそこそこ良いことに目が行きます。もちろん、3トンもある車体にしてはという意味ですが、カタログ値なら100kmあたり21.5kWh、1kWhあたり4.65kmというのは悪くありません。

実際には4km前後になりそうですが、それでもちょっと感心する電費です。高級車だからガスガズラーでもいいというのは、今は昔の話です。

操作系に関しては、ドライブモードをBにすると、ワンペダル操作が可能になります。あたりまえの機能ですが、ロールスロイスに採用されたことは記録しておきたくなりました。

環境負荷低減については、スペクターのバッテリーを100%グリーン電力で生産することで対応しています。さらにバッテリーのコバルトとリチウムは、オーストラリア、モロッコ、アルゼンチンの厳密に管理された供給源から調達しているとしています。

これもまた、とても買えるような価格ではありませんが、ロールスロイスのEVは乗ってみたい1台ではあります。ついでにサンダーバードのレディペネロープ号みたいに秘密兵器がついていたら最高です。

マセラティのハイパーBEV「フォルゴーレ」

最後に紹介するハイパーEVは、マセラティ「GRANCABRIO FOLGORE(グランカブリオ・フォルゴーレ)」です。

マセラティは2022年に、「グラントゥーリズモ」のラインナップにEVの「フォルゴーレ」を加えました。今回紹介するのは、フォルゴーレのオープントップ版で、2024年2月に発表されました。

グランカブリオ・フォルゴーレは、グラントゥーリズモ・フォルゴーレと基本性能は同じです。車重などが少し違うくらいでしょうか。

グランカブリオ・フォルゴーレの価格は、英国で18万6510ポンドから。円安が止まらない今なら、約3760万円です。

ブガッティに比べると10分の1以下です。ロールスロイスのスペクターより、ちょっと安いです。

ちなみにハードトップのグラントゥーリズモ・フォルゴーレは、17万9950ポンド、約3640万円です。なんとなくお買い得に思えてくるから不思議です。

売り文句は「史上最速のオープンカー」

グランカブリオ・フォルゴーレのリリースには、「史上最速の100%電動オープンカー」というセールスコメントが載っています。言われてみるとそうかもしれません。

基本性能は下記の通りです。史上最速かどうかはわかりませんが、速いのは間違いないです。これもまた、ブガッティ・トゥールビヨンと同様、そんなに速くてどこへ行く? レベルです。

●マセラティ・グランカブリオ・フォルゴーレ
全長×全幅×全高:4966×2113×1365mm
車両重量:2340kg
駆動方式:AWD(3モーター)
モーター最高出力:300kW×3
システム最高出力:560kW(610kW/MaxBoost時)
最大トルク:1350Nm
0-100km/h加速:2.8秒
バッテリー容量:92.5kWh(実用域83kWh)
一充電航続距離:419-447km(WLTP)
急速充電対応出力:270kW(800V)

気になったのは、やっぱり電費です。史上最速のオープンカーにしては、ちょっと良いなと思うのです。

バッテリー容量を最大量で考えると1kWhあたり4.5kmですが、実用域で計算すると1kWhあたり約5.4kmです。カタログ値とは言え、最高出力560kWのスーパーカーとは思えません。

システム電圧は800Vで、急速充電の受け入れ出力は最大270kWです。カタログ上は、5分で100kmを走るだけの量を充電可能です。

などと書いていてふと思ったのですが、急速充電の対応出力を上げていっても、マセラティのレベルで100km分を入れるのに5分、200kmならおそらく倍以上の時間を要します。

バッテリーの劣化などを考えると、現状ではこれ以上の急速化は困難なのかもしれません。

だとすると、5分とか10分というのはどうも時間的に中途半端な気がしてくるのです。休憩するには短く、トイレに行くのでギリギリ。でも5分をその場で待つのはちょっと長いかもと。

感覚は人それぞれですし、バッテリーの進化でより受入量が増える可能性はあるので、あくまでも現時点での話ですが、急速化をどこまで進めるかについては、いろいろと検討する事項がありそうだなと思ったのでした。

高級車こそ電動化が進むかも

ところで、マセラティは、2028年までに全モデルをEVにする目標を掲げています。それに先駆けて、2025年までに全モデルにEVバージョンをラインアップする予定です。
またロールスロイスは、2030年末までに全製品をEVにすることを公約。その後は二度と、内燃機関の新モデルを作らないと宣言しています。

欧州の規制の関係で、自動車メーカーはEVより内燃機関に比重を置くようになるのではないかとする見方もありますが、その前提になる合成燃料(eフュエル)のコストが下がる見通しがないのが現状です。

燃料が、1リッター1000円でもいいというユーザー層に向けては、内燃機関が残る可能性はあると思います。でもそんな人たちがどれほどいるのか、自動車メーカーはどのように見ているのでしょうか。

それに高級車の条件でもある静音性とパワーの両立を考えると、EV化のメリットは大きいはずです。もちろん、フェラーリなどのエンジン音が好きという層は別です。

そう考えると、高級車であるほど、EV化が進むのかもしれません。それを購入できる富裕層も、多いのかもしれません。

EVの普及は進んできています。それも高級車から進んでいます。

そこから先にさらに踏み込んで、こうして超がつくようなハイパーカーの電動化が進むと、より一層、牽引力が強まって普及価格帯でもEV化が進むかもしれない、なんていうのは妄想でしょうか。

まあ、なんとなく、そうなればいいなあと思う今日このごろです。

文/木野 龍逸

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					木野 龍逸

木野 龍逸

編集プロダクション、オーストラリアの邦人向けフリーペーパー編集部などを経て独立。1990年代半ばから自動車に関する環境、エネルギー問題を中心に取材し、カーグラフィックや日経トレンディ他に寄稿。技術的、文化的、経済的、環境的側面から自動車社会を俯瞰してきた。福島の原発事故発生以後は、事故収束作業や避難者の状況のほか、社会問題全般を取材。Yahoo!ニュースやスローニュースなどに記事を寄稿中。原発事故については廃棄物問題、自治体や避難者、福島第一原発の現状などについてニコニコチャンネルなどでメルマガを配信。著作に、プリウスの開発経緯をルポした「ハイブリッド」(文春新書)の他、「検証 福島原発事故・記者会見3~欺瞞の連鎖」(岩波書店)など。

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