※冒頭写真は、シンガポールのLTAが運行する電気バス。今回の20台追加配備で総勢60台まで増えた。LTAの公式サイトより転載。
電車のように充電できる電気バスを導入
2021年8月25日、シンガポールの陸上交通を担当するLTA(Land Transport Authority=陸上交通庁)は、「パンタグラフで充電ができる電気バス」20台を新たに導入したと発表しました。450kWもの高出力で充電できるこのバスは、2020年から始まった60台の電気バス導入計画の最後の納入分の20台です。問い合わせてみたところLTAからお返事を頂けたので、詳しくお伝えします。
すでに納入されて走っている電気バス40台の内訳は、当ブログ読者の皆さんにはお馴染み中国のBYD製の「1階建て(シングルデッカー、シングルフロア)」の「K9型」が20台、中国の「宇通客車(Yuton)」と「南瑞集団(Nari Group)」の企業連合が受注した10台の1階建て「E12型」と、10台の「2階建て(ダブルデッカー)」の「E12DD型」でした。すべて「プラグイン式」で、係員がバスの車体に充電ケーブルを挿して充電します。
そして今回導入された20台が、STエンジニアリング(ST Engineering Mobility Services: STEMoS)製の「Linkker ST12MSD型」で、パンタグラフ機構を用いて450kWの超急速充電ができます。
Linkkerとはフィンランドの電気バス・メーカーで、これまでもシンガポールの電気バスに深く関わっている会社です。従来からあるMan製の内燃機関搭載バス「 MAN A22 またはMAN NL323F」を、完全に電気で走るようにコンバートする試みが2019年末から始まっています。
多摩ニュータウンと千葉ニュータウンを結ぶイメージ?
この電気バスは、おもにシンガポール中西部の住宅街「ブキ・パンジャン(Bukit Panjang: Bt Panjang, 現地ではよくBPと略されます)」と、東部の住宅街「ベドック(Bedok)」との間を走ります。
ブキ・パンジャンは比較的新しい住宅街で、全体が低地であるシンガポールの中の台地の上に位置しています。北隣りには、「ナイトサファリ」で有名な「シンガポール動物園」があり、東にはシンガポールの上水道を支える貯水池地帯をひかえています。
ちなみにブキ(Bukit)とはマレー語で「岡、山」で、パンジャンは「長い」なので、日本語にすると長岡ですね。(ロングビーチが長浜になるような冗談です。)
対するベドックはシンガポール中心地を挟んで反対側の東部にあり、東隣りには「チャンギ国際空港」南は「イーストコースト」に面した、歴史の長い住宅街です。ベドックには公団住宅(HDB apartment)が多く立ち並び、およそ28万人が暮らしています。この両地域から市街地中心を結んで走る電気バスのイメージは、スケール感はだいぶ違いますが、「都心西の多摩ニュータウンと、東の千葉ニュータウンを結んで走る」ようなイメージです。
またまた悪のりしますが、ベドックは「肉切り包丁」の意味です。刃が四角い形の包丁。
LTAとは?
“LTA”は”Land Transport Authority“の略で、バスや電車(MRT)といったシンガポールの陸上交通を担当する政府機関です。日本語ではよく「陸上交通庁」と表記されます。
シンガポールは、2040年までに内燃車両から完全に脱却して電気自動車に移行する計画を進めていますが、今回のバスの導入もこの計画実現の一環です。実はシンガポールの発電は、ほぼ100%火力発電と言ってもいい状況です。天然ガスによるガス発電で、脱カーボンの足かせになっています。
政府は、この移行が済むと150〜200万トンの二酸化炭素を減らすことができ、これでシンガポールが排出する二酸化炭素総量を4%減らせると見込んでいます。
ちなみに、シンガポーリアンは無類の「3文字略語(three-letter abbreviations)好き」です。少し例をあげると……
HDB: Housing and Development Board 「住宅開発庁」。シンガポール人のじつに81%は、公団住宅(HDB apartments)に住んでいます。[2019-2020のHDBの年次報告による]
MOE: Ministry of Education 「教育省」。日本の文部科学省にあたる。
NIE: National Institute of Education 「国立教育研究所」。シンガポールの公立学校の正規教員は、ここで大学院修了証書コースを修了しなければならないんです。
NTU: Nanyang Technological University 「南洋工科大学」。簡単に言ってしまうと、シンガポールには国立大学は「東京大学」と「東京工業大学」、それに「一橋大学」しかありません。「東京工業大学」にあたるのが、このNTUです。
NUS: National University of Singapore 「シンガポール国立大学」。前述の「東京大学」にあたるトップスクールがNUSです。ただし2020年の”Times Higher Education”による世界ランキングでは25位と、東京大学の36位より上位です。
パンタグラフの付いた1階建てのバス
STエンジニアリング製の「Linkker ST12MSD型」は、パンタグラフを用いて超急速充電ができると紹介しましたが、詳しく説明すると、空中に設置された充電施設側からパンタグラフが「降りて」来て、バスの屋根に設けられた端子に接触する形です。言ってみれば、電車のパンタグラフを逆さまにしたような仕掛けです。この辺りは従来のメディアでは全く紹介されていませんね。EVsmartブログらしいこだわりで、今回は詳しく調べてみました。
この充電施設は、西のターミナルであるブキ・パンジャンと、東のターミナルであるベドックにそれぞれ設置されました。終点で折り返しの休憩時間に充電してしまおうという形です。現地の友人が確認して来てくれましたが、少なくともブキ・パンジャンのターミナル(LTAはインターチェンジと呼んでいます)には2基のパンタグラフが設置されています。「restricted area(立ち入り禁止区域)だから近づいちゃダメ!」って言われたそうで、写真は撮れませんでした。現地からの別の情報によると、ベドックのターミナルにも2基のパンタグラフが設置されているようです。
ところで、従来の40台と、今回の「2階建て」電気バスは、こうした場合は運転手が降りて来て、自らプラグを挿す建付けだそうです。日本の、たとえば東京都羽村市で運行されている電気バスも、運転手さんが急速充電用のプラグをバスの車体に差し込んでいます。
LTAによると、このシステムでは「30分間の充電」で「178kWh」の電力が充電可能で、これにより「130km」の走行ができるとしています。実際の運行ではターミナルでの充電は15分程度だそうですが、それでもエアコンをフル使用しても、充分に次のターミナルまで充分に余裕を持って運転できるそうです。
今回のパンタグラフ式充電システムは、日本のeMPが導入している「2本ケーブルの急速充電器」と同じ、ABB社が開発しています。またバス自体はフィンランドのFinkker社が基本設計を担当し、ST Engineeringが設計し、現地では以前から繋がりのあるマレーシアの車台製造会社グミラン(Gemilang)社が組み立てと最終調整を担当しています。
電気バスに搭載している電池に関しては、「Lithium Iron Phosphate(LFP)」であるとの回答を頂きました。中国で大量に生産されている、いわゆる「リン酸鉄」系の電池ですね。現地のバス愛好家の間で出回っている情報によると、容量は「177.5kWh」だそうです。
おわりに
このパンタグラフ機構で超急速充電ができる電気バス「Linkker ST12MSD型」は、今後は38系統、40系統、176系統、976系統に順次投入する予定だそうです。
LTAでは、今回の電気バスの導入は、sandbox regimeの枠内での試みだと言っています。これはいわば「テストケース」という意味です。しかし、スカニア製やボルボ製、マン製のディーゼルエンジン・バスに混じって、音の静かな電気バスが今後はさらに増えていくのは確実です。今後の進展にも注目してゆきたいものです。
筆者は仕事で6年のあいだ、シンガポールに年間何度も滞在した経験があります。長い時は1ヶ月は滞在していました。現地には友人知人も多く、今回写真が撮れないか頼んでみましたが、現地では不要不急の外出は控えられているうえ、仕事も日本よりもずっとオンラインが普及しているため、なかなか撮影に行くようなチャンスはなさそうです。また、場所によっては「立ち入り禁止です」などと言われてしまって写真が撮れなかったりと、なかなか難しい取材が続いています。そのうち写真が手に入れば、ここに追加しておこうと思っています。
筆者はおもにブキ・ティマ(Bt Timah:Timahはマレー語で金属の錫の意味)に滞在していました。当時、近くにはMRTの駅がまだなかったので、市内に出るのはおもにバスを使っていました。近くのMRTの駅までバスで行くこともあり、とにかく路線バスにはよくお世話になりました。ブキ・ティマはシンガポール最高峰の地点も含んでいます。とは言っても海抜わずか163.6mしかありません。「丘」と表現したほうが適切なくらいです。ここは、日本軍が太平洋戦争で攻め込んだ際、イギリス軍と戦った最後の激戦地でもあります。
また、日本の都市部のバスと同じようなバスに乗って、国境を越えてマレーシアまで行くこともありましたが、ごく普通のバスで隣国に炭火の「焼き鳥(Satay:サテー)」やら、「バクテー(Bak Kut Teh:にんにくと胡椒で煮た豚バラ肉入りスープ)」を食べに行くという経験も、島国ニッポンで育った者にはとても斬新な経験でした。なにせ、国境を越えた隣り街のジョホール・バルに行けば、シンガポール国内の半額で同じ料理がたらふく食べられたので。皆さんも一度、コロナ禍がおさまったらシンガポールに行ってみませんか?
(オンライン取材・文/箱守知己)
ヒラタツさま、コメントありがとうございます。
パンタグラフを使った給電は、送電量も含め魅力が多いですよね。路面電車とバスが共用できる充電設備もあっても良いかと感じました。
欧州だけでなく、宇都宮東部で建設中の新線もあり、路面電車には復活の兆しが感じられますよね。私がかつて滞在したドイツ西部(フランス国境地帯)のザールブリュッケンでも、廃止後数十年を経て路面電車が復活していますし、同じく滞在していたアメリカ・シアトルでも同様です。
個人的な希望ですが、バッテリー式の電車も導入し、住宅街や病院などの地区、公園への乗り入れ区間に走らせると面白いと感じています。電化区間では架線からの電力で走り、非電化区間ではバッテリーで走るのです。昔、路線延長に電化が間に合わなかった札幌では、ディーゼル機関を積んだ路面電車を使いましたが、現代ではエンジンは不要ですから。
箱守さんとは話が合いますねwwパンタグラフが流せる電流は最大500A以上なんで蓄電池つき路面電車や蓄電式バスと充電器を共用できれば御の字。それで一充電あたり50kmほど走れる車両なら市内あるいは短距離の路線なら何とかなると思いますよ!?ただ架線方式だとバス側に案内輪みたいな折畳式接地側集電装置をつけるかDMVみたいにすればokですか?
問題は架線の地上高…これも電気事業法あるいは電気設備技術基準に規定がありますよ。路面電車や軽便鉄道などのパンタグラフが異様に大きいは最低地上高5m以上の規定から。
※鉄オタ兼電気主任技術者なんでメンドクサイとこまで調べてますww
もしそこへ蓄電池つき路面電車が登場すれば最低地上高制限のある地域へ走らせられます…箱守さんの言われるとおり役場・公園・学校・病院などへの導入ハードルも下がるはずですし。
むしろ問題は床下にどれだけ蓄電池を詰められるかでしょうね。航続距離のみならずバリアフリー対応も問題になりそうですが。
ディーゼルエンジンつき路面電車!実際あったんですね。
昔の東京都トロリーバスも鉄道との平面交差で架線の途切れる区間も通れる専用のエンジン搭載車両があり、漫画「こちら葛飾区亀有公園前派出所」にも書いてあったのを思い出しましたww
こんにちは。パンタグラフで受電なんて昔のトロリーバスやないですかwwwwww実際JR東日本や九州にも蓄電池式電車があるから発想はありましたが。
そうなればこんどは受電電圧が気になります。海外だから詳しくは知りませんが、日本だと直流750V交流600Vを境に高低圧の別や電気主任技術者の外部委託可否も変わってきますよ!?
一応JR東日本烏山駅の蓄電池式電車充電設備の話をしますが、電力会社から6.6kVで受電し1.5kV/500Aで車両へ充電することから受電能力は750kWかと思いきや実は充電設備にも蓄電池があり、ピークシフト(使用電力平準化の)でデマンド(最大)電力を抑える仕組み…JFEの蓄電式50kW充電器に似てますよw
http://mirai-report.com/blog-entry-1330.html
要するに路線バスの充電は非電化鉄道への蓄電池式電車導入に同じく充電設備の工夫次第で十分実用化できるんやないですか!?従来の枠組みにとらわれない発想が必要ってことで。
すでにいろいろなタイプの電気バスを導入しているのですね、実証実験を兼ねているのでしょうか。
リスク分散の意味でも大事だよなと思いました。
充電効率や手間、充電に関しての事故の危険性などを考えるとパンタグラフ式はいいアイデアだと思いました。
こういった施設の電源には水素が良いのではないか、とも思いました。
どうですかね、トヨタさん。
パンタグラフといえば路面電車ですが、こういった方式だと街の景観もすっきりしそうですが
メンテナンスを含めた運用コストで考えたらどちらが良いのか興味あります。
電気バスは日本だと黒部第四ダムを走ってますがな。以前はトロリーバスやったけど公道と専用軌道を走る関係免許が二つ(大型二種+無軌条電車)必要になるからやむなく電気バスにしたそうな。
日本の硬直した法体系は愛知県のガイドウェイバスにも影響を与え、ここに至っては電車ではないのに(専用軌道上では気動車扱い)なぜか操縦免許は「無軌条電車」しかも行動へも入るから大型二種免許も必要ときました。
蓄電池式車両充電の規格がチャデモだと最大400Aですが、シンプルなパンダグラフ集電だと1000A以上流せて有利なのは間違いありません。こういうとき鉄道マニアは話が早いですwww(箱守さんなら判ると思いますよ)
水素は他国での採用例を見かけず、昭和時代の日本の発想を引きずってる感じ…日本の政治行政より世界標準に従うべきやないですか!?そもそも水素の運搬が最大のネック、圧力ボンベや冷却問題もさることながら、万一の爆発時被害はガソリンよりひどいですから!!(爆)
※応用化学を知る者としても褒められる話やないですがな。
黒部ダムを見る限りすっきりした印象。ただ今後路面電車も充電式になるかは疑問ですー(バリアフリー法による超低床車種が幅を利かせる状態)。
軽貨物さま、コメントありがとうございます。
今回のパンタグラフ充電式は、LTAではsandbox regimeだと言っているので、実証実験(テストケース)だと思います。
ご存知かも知れませんが、sandboxとは「子どもなどが遊ぶ砂場」のことで、ここからIT用語で「外部と通信を遮断して、プログラムのテストを行う場」や、経済用語で「法規などを緩めたうえで行う実証実験・テストケース(regulatory sandbox)」のような使い方をされています。
コスト全体を含めた検証の結果、私も知りたいです。