電気自動車用バッテリーの最前線〜テスラ「ミリオンマイルバッテリー」とは?

テスラがもうすぐ実現するといわれている「ミリオンマイルバッテリー」。100万マイル=約160万km走行できる超長寿命のリチウムイオン電池です。もうすぐ開催と噂の「バッテリーデー」を前に、テスラオーナーにして翻訳会社社長、バッテリー情報をリサーチし続けてきた池田篤史さんにまとめていただきました。

電気自動車用バッテリーの最前線〜テスラ「ミリオンマイルバッテリー」とは?

かなり難解な内容ではありますが、電池の世界は日進月歩。EVsmartブログ編集部としては、ことにテスラの長寿命&低コストバッテリー開発への取組が着々と前進していることをご理解いただければ、と思います。

進化を続ける電気自動車用バッテリー

エンジンは自動車の性能に直結する重要なパーツです。ダウンサイジングターボやリーンバーン、可変気筒休止など、時代を変えるような革新的な技術から重箱の隅をつつくような工夫まで、100年分の進化の歴史が詰め込まれています。そしてエンジン性能が劣るメーカーや自社で作れないメーカーは苦しい立場に立たされます。

電気自動車(駆動)用バッテリーの世界も全く同じで、この10年でEVの普及と共に目覚ましい進歩を遂げています。性能の指標には寿命やエネルギー密度、安全性、コスト、環境負荷など色々ありますが、9月頃に発表されるテスラの次世代バッテリー「Million Mile Battery(ミリオンマイルバッテリー)」は画期的なものであるといえます。実に100万マイル(160万km)走行ができ、比エネルギーも300Wh/kg(※後で説明します!)を超えてくると噂されているのです。

はたして、どういう電池なのか。これまでのバッテリーの10倍もの寿命を実現したテクノロジーと、それが意味する未来を、予想を交えながら解説していきたいと思います。

バッテリー劣化との戦い

リチウムイオンバッテリーを使い続けていると、新品の頃と比べて使える容量が次第に減ってくるのは皆さんご存知かと思います。では、バッテリーの中で一体何が起きているのでしょう。

まず、リチウムイオンバッテリーの大雑把な原理ですが、下図のように層状の何かからリチウムイオン(オレンジの粒)が出てきて、反対側の層に移動し、電気をやり取りすると思ってください。

リチウムイオンバッテリーの原理

物質構造科学研究所のウェブサイトから引用(画像提供:東京電機大学 藪内直明)

これは、本のページの間に砂を挟んでいくようなものです。たとえ小さな砂粒でも各ページに挟むと厚みが増しますよね。実際のバッテリーでは、正極に金属の結晶があり、そこにリチウムイオンが挟まっていくのですが、充放電をすることで3~5%ぐらい膨張と収縮を繰り返します。

そして下図の左側のようにたくさんの小さな結晶が集まってできた多結晶の電極では、右側の拡大写真のように、隣接する結晶の分子の整列している向きが異なるため、膨張と収縮を繰り返すとやがては境界面から亀裂が入り、結晶が欠けていくため、正極の性能が劣化します。

左:多結晶の正極材 右:結晶の継ぎ目
(※テキサスA&M大学Patrick Shamberger氏のYouTube動画から引用)

【関連動画】
Single Crystal, Polycrystalline, Amorphous {Texas A&M: Intro to Materials}

これを防ぐためには、分子の配列が揃っている単結晶を使うのが有効です。すでに中国では商用化に成功しており、テスラでは単結晶の表面に酸化チタンをコーティングすることで、さらに正極の強度を高めると見られます。

以下の実験では単結晶正極を0~100%で5300サイクル充放電しても97%の容量を維持していることがわかります(紫の線)。0~100%はバッテリーにとって最も過酷な使い方で、多結晶の0~100%(黒い線)をみると1000サイクルしないうちに一気に劣化していることから、単結晶は飛躍的に寿命を伸ばすカギだといえます。

単結晶vs多結晶正極の実験データ

出典:Journal of The Electrochemical Society

次に負極側ですが、こちらもまずリチウムイオンバッテリーの原理から説明します。バッテリーを生産して、工場で初めて充電を行う時、電解液と負極の間にSEI皮膜という薄い膜が自然に形成されます。この膜があることで、電解液が負極に直接触れて分解されていくことがないため、バッテリーの劣化を防ぐことができます。

SEI皮膜の形成イメージ

出典:SPring-8 ウェブサイト

しかし、このSEI被膜は充放電をすると厚くなったり薄くなったりしてバッテリーの性能が不安定になるため、添加剤を加えて安定化する必要があります。

現在分かっているのは、原理は不明ですがジフルオロリン酸リチウム(LFO)が非常に有効で、無添加のバッテリーと比べて約10倍の長寿命が得られるということです。しかし、この添加剤は2007年に三菱ケミカルが特許を取得しており、使用するには莫大なロイヤルティを支払う必要があるため、低コストでバッテリーを生産するために現在はビニレンカーボネート(VC)やエチレンスルファート(DTD)といった性能の劣る代用品を用いるのが主流です。

バッテリーのコストを下げつつ性能を伸ばすために、ダルハウジー大学のジェフ・ドーン博士(テスラ専属のバッテリー研究者)はLFOに代わる添加剤を求め「ジフルオロリン酸」の様々な組み合わせを試す中で、ついにジフルオロリン酸ナトリウム(NaFO)がLFOと同等の性能を持つことを発見し、特許を申請しました。商用化に成功すれば、テスラのバッテリーだけ、他社よりも安価で長寿命のものになるでしょう。

比エネルギーの向上

冒頭でも述べたように、リチウムイオンバッテリーの比エネルギーは目覚ましい勢いで向上しています。比エネルギーはWh/kgで表され、電池の重さ1kgあたりにどのぐらいのエネルギー(Wh)を蓄えられるかを表します。

赤い線がリチウムイオンバッテリーのエネルギー密度の推移。
出典:NY-BEST

エネルギーの数字が大きいほど高性能なバッテリーとされます。参考までに日産リーフで224 Wh/kg、テスラが250 Wh/kgぐらいです。

両社のバッテリーは違う点が多いので単純比較はできませんが、比エネルギーを上げる最も簡単な方法が電圧アップです。リーフは3.0~4.1Vで動作し、テスラは3.0~4.2Vのため、たった0.1Vの差ですが馬鹿にならない性能差が生まれます。

電圧を上げると正極に詰め込むリチウムイオンの量が増えるため膨張率が上がり、多結晶はどんどん割れていって急速に劣化しますが、単結晶正極は耐久性が高いためテスラはさらに0.1V電圧を引き上げて4.3Vにすると見られます。これにより、現行品よりもさらに8.3%(250Wh/kg→270Wh/kg)性能が向上する見込みです。

次に、負極側ではSEI皮膜が形成される話をしましたが、SEI皮膜はその大部分がリチウムで構成されています。つまり、バッテリーを製造し、1回目の充電を行うと電解液に含まれるリチウムの7~10%がSEI皮膜に変化してしまうため、電気のやり取りに使えるリチウムが減ってしまいます。

これを解決するためにリチウムドーピング、またはプレ-リチウム化という手法で製造時に多めにリチウムを詰め込みます。まだ商用化の目処が立っていない技術のため次世代バッテリーに採用されるか分かりませんが、単結晶正極を製造する際に温度の異なるオーブンで二度焼きすることで大量のリチウムを含ませる特許をテスラが出願しています。これにより、初回充電時に7~10%のリチウムの損失を最小限に抑えられる可能性があります(270Wh/kg→293Wh/kg)。

最後に、テスラが去年買収したマクスウェル社のドライ電極技術について紹介しておきます。従来、電極を製造するには金属箔にスラリーという液体を塗り、それをオーブンで焼いて溶剤を飛ばすという工程が取られていました。スラリーの成分の10%はグラファイトや結合剤で、これをマクスウェルのドライ工程にすることで電極での損失を半分に抑えることが可能です(293Wh/kg→308Wh/kg)。バッテリーの寿命には直接関係ないですが、ドライ電極によるバッテリー製造は設備を10分の1以下にコンパクトにできるだけでなく、生産速度も向上し、水資源なども節約できる利点があるため、今後EVの販売台数を伸ばす上で重要な技術になります。

これらの技術は単純な足し算の関係にはないと思いますが、比エネルギーが向上すると、バッテリーパックのサイズを変えずに航続距離を伸ばしたり、または航続距離をそのままに、バッテリーを減らして軽量化とコストダウンが実現することが可能になります。

100万マイルバッテリーの意味

まず、テスラの次世代バッテリーが100万マイルも使えるという計算の根拠を整理しておきます。

・バッテリー温度40度。
・100%~0%~100%を1日1回、6時間かけて行う。
・1日の走行距離は350km。
・電池容量が70%まで劣化すると寿命と判断。
・電極はNMC532/グラファイト。
・添加剤はVCが2%、DTDが1%。

最初の2項目は特に過酷な使用条件で、最後の2項目は旧式のバッテリーを意味します。それでも20度で運用すれば25年、300万キロ使った後にまだ90%も容量が残っていると予測され、最新の電極や添加剤を使えばさらに伸びしろがあることを示唆しています。

一般的なユーザーは「160万キロも走らないよ」と思われるかもしれません。しかし、電池の長寿命化が実現すれば、個人用、商用でそれぞれ大きなメリットがあります。

商用車といえば、タクシーで50万キロ、長距離トラックなら70万キロは当たり前に走るので、160万キロバッテリーなら事業者も車両の買い替え頻度が減ってお得です。また、どちらの職種も待ち時間はアイドリングをしながら排ガスと騒音を撒き散らしていますが、EVになれば排ガスや騒音はありません。

個人用途ではV2Gの本格的な利用促進が考えられます。V2GとはEVを自宅電力網に接続して、電力料金が安い時間に車を充電したり、逆に停電時や料金が高い時に車から電力を放出する仕組みです。車が走っていないときでも常に充放電を行なっているため、バッテリー充放電のサイクルが増えて劣化につながるため現在はそこまで普及していませんが、100万マイルバッテリーなら劣化への懸念が緩和されます。電気自動車はガレージに停まっていても電気料金を節約し、災害時の備えとしても存分に活躍できる性能を手に入れるのです。

もしかしたら車の寿命がきて、次の車を買い換える時にバッテリーのない車体だけを買って、古い車のバッテリーを移植して使い続けるという未来もあり得るのかもしれません。そう考えると、一生のうちに160万kmも走らない我々一般人にも十分な恩恵があるイノベーションではないでしょうか。

まとめ

バッテリー本体だけでなくケースや配線、冷却系などを含めたバッテリーパック全体のkWh単価が100ドルを切ると、ガソリン車よりもEVのほうが安くなると言われています。そして、Million Mile Batteryはこのコスト的な条件をクリアしてくると予想されています。

一方、エンジンは今後ますます排ガス規制が強化されて、莫大な開発費を払って規制に対応するエンジンを作るだけのメリットが薄れることが予測されます。これまでのエンジンラインナップを減らして、少ないバリエーションでより多くの車種をカバーする必要も出てくるでしょう。バッテリーが進化するほどに、エンジン車はますます厳しい局面に追い詰められていくと考えられます。

テスラが開催する「Battery Day」はそんな両者の立場の転換点を象徴するイベントになるのかもしれません。

(文/池田 篤史)

この記事のコメント(新着順)5件

  1. リチウムイオンバッテリーのコストグラフを見ると、完全に2010年から停滞しており、値段が下がらない状況であることがわかりますね。
    グラフが正しいとは思いませんが、現状の技術のままでは、バッテリー価格が下落しないことが伺えます。
    FSDのチラ見せや、HW2.0の時みたいな、結局、実用的なものは出てこないことを期待しますww

    1. nobubu様、コメントありがとうございます。リチウムイオン電池のコストは年々低下しています。ご存知ないならともかく、事実に基づいてご発言をお願いいたします。
      リチウムイオン電池のコスト推移

  2. この記事は根拠が曖昧。リチウムイオンは結晶の欠陥部から進入する。単結晶でどうやってリチウムがはいるんだ?三元系正極の理論容量は280mAh/gと決まっていて、250mAh/gを超える事は難しい。ハイニッケルは危ないしね。負極添加剤も万能ではなく炭素の種類による。SiOの添加量を増やす努力が続くんだろう。
     車両電圧を高くして電池の体積エネルギー密度を上げた方がいい。あるいはユーザーの使われ方を学習して、例えば最大電圧をSOC80%程度で使えば飛躍的に寿命は伸びる。距離を走る必要がある時だけ100%にするとかね。

    1. JJ様、コメントありがとうございます。単結晶の場合、全体を一個の結晶にするというわけではないようですね。Jeff Dahn氏の論文をご覧になるのが一番早いと思いますが、
      https://teslamotorsclub.com/tmc/posts/4843186/
      こちらのページに、彼のプレゼンテーションの一部とスライドの写真があります。写真の左側が走査型電子顕微鏡による正極の画像で、上2つが単結晶、下2つが従来のものです。説明はその記事を参照いただければと思います。
      従来のものは球状の粒子に見えますが、拡大してみるとさらに細かい粒子が集まってできており、これが充放電に伴って膨らんだり縮んだりすることでヒビが発生し、電気伝導率が下がってしまうようです。逆に単結晶のほうは充放電に伴ってヒビが発生しにくい、というのがポイントのようですよ。

      電圧を上げても体積エネルギー密度は変わりません。

  3. 100万km走っても大丈夫なLTO電池(東芝SCiB)搭載のi-MiEV(M)に乗ってますが、やっぱりチタン酸化物の威力は絶大ですね!!
    文面を読む限り、チタン素材の使い方を工夫すれば電池寿命が延びるとも判断できます。劣化抑制率が高ければ電池空調機能も小さくて済み軽量化にも貢献できますし。電池の進化は電気化学技術の進展でもあるから機械技術よりより化学技術に注目すべきかもしれませんよね。
    以前から東芝がSCiBで掲げた「インフラバッテリー」の概念がテスラにも導入されると面白いです!蓄電で社会に貢献すれば従来の自動車メーカーも太刀打ちしづらくなりますから…唯一対抗できる三菱i-MiEVとて容量で圧倒的に負けてますよ。
    「動く蓄電池は廃車後も生きてる」そんな社会が到来するなら歓迎です。

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この記事の著者


					池田 篤史

池田 篤史

1976年大阪生まれ。0歳で渡米。以後、日米を行ったり来たりしながら大学卒業後、自動車業界を経て2002年に翻訳家に転身。国内外の自動車メーカーやサプライヤーの通訳・翻訳を手掛ける。2016年にテスラを購入以来、ブログやYouTubeなどでEVの普及活動を始める。

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