バンコクモーターショーの取材でタイを訪れた自動車ジャーナリストの諸星陽一氏が仕事を終えてパタヤでバカンス。トヨタが実証実験中の「EVソンテウ」に乗車したレポートを届けてくれました。ピックアップトラックのハイラックスをベースに開発されたEVソンテウの乗り心地は快適。タイでもモビリティの電動化が前進中です。
ピックアップトラックベースの乗合自動車
トヨタが実証実験を行っている乗合電気自動車の「ソンテウ(songthaew)」に乗ることができました。そもそもソンテウとは何か? から話をはじめましょう。
タイにはじつに多彩なモビリティが存在しています。東京のJRのような鉄道網こそありませんが、バンコクにはBTSと呼ばれる高架鉄道(スカイトレイン)とMRTという地下鉄をメインに、空港と都市部を結ぶARL(エアポート・レール・リンク)とSRTという長距離鉄道が存在。バス路線は縦横無尽にあり、タクシーやバイクタクシー、3輪車のトゥクトゥク、さらにチャオプラヤ川にはボート路線もあります。そうしたタイのモビリティのなかで異彩を放っているのが「ソンテウ」という乗合自動車です。

一般的なエンジン車のソンテウ(筆者撮影)。
ソンテウはピックアップトラックの荷台に向かい合った長いすを配置して人が乗れるようにした乗合バスのような公共モビリティです。ソンテウはタイ語で「2列」という意味を持っています。バンコク市内ではあまり見かけることはありませんが、郊外に行くとあちこちでソンテウが走っています。ソンテウは決められた路線を走るルート型のほかに、チャーターでの運行も行っています。
トヨタがEVソンテウの実証実験を展開中

Photo:トヨタ自動車(冒頭写真も)
ソンテウはピックアップトラックベースですから、当然エンジン車です。多くはディーゼル車で、その荷台に乗るのですから風向きによっては自車が吐き出した排ガスが荷台に入ってきますし、周囲を走っているクルマやバイクの排ガスも進入してきます。あまり快適ではありませんが、ルート型の場合料金は10バーツ(約40円)が相場ですから市民の足としてなくてはならない存在です。
タイでもモビリティの電動化を進める政策は進んでいて、購入者への補助金なども充実してきています。さらに公共交通機関の電動化についても積極的で、トゥクトゥクやタクシーのEV化も動き出しています。そうしたなかソンテウもその例に漏れず、EV化の動きがあります。トヨタは2022年末にピックアップトラック「ハイラックス」のEV版のプロトタイプを披露しました。そして、2024年にはタイ東部のビーチリゾート、パタヤでハイラックスのEV版であるハイラックスREVO-eをベースとしたEVソンテウを使った実証実験を行うと発表しました。
ハイラックスREVO-eはハイラックスの駆動系統をEV化したモデルで、150kWの出力を持つモーターをリヤに配置するRWD方式を採っています。バッテリー容量は不明ですが航続距離は300kmとも言われていて、パタヤでのルート運行ならば夜間に充電すれば十分に昼間は運行できるようです。

Photo:トヨタ自動車
ハイラックスはフロントサスペンションがコイルスプリング式のダブルウィッシュボーン、リヤがリーフスプリング(板バネ)固定式ですが、ハイラックスREVO-eはフロントサスペンションはそのままに、リヤサスペンションをドディオンアクスルに変更しています。
リーフ固定式サスペンションはデファレンシャルケースとドライブシャフトケースが一体化されたホーシングを含めタイヤまでをリーフスプリングで支える方式です。ホーシング自体が車軸となるため構造が単純でコストが低いので商用車には向いていますが、可動部分が重いために車体後部の動きが制御しづらく、上下動が大きくなりがちで乗用には向きません。
一方、ドディオンアクスルではホーシングを使わず左右のドライブシャフトは分離されています。エンジン車の場合はデファレンシャルケースを車体側に吊り下げ、左右ドライブシャフトは独立、左右を連結する車軸が別に設定されその車軸をバネ(板バネでもコイルバネでもいい)が車軸を支えます。リヤに1つのモーターを配置するRWDのEVの場合はデフケースの位置にモーターが配置されるので、一般的なリーフ固定式サスペンションにすると、モーターもリーフスプリングで支えないとならないため、かなり硬めのスプリングにする必要がでてきます。ドディオンアクスルにすれば、モーター分の重みは支える必要がないのでスプリングは柔らかめに設定できるというわけです。
休暇中のパタヤでEVソンテウに遭遇
2025年3月末、筆者はバンコクモーターショーの取材を終え、パタヤで休暇を取っていました。パタヤにはバスや鉄道はなく、移動はタクシーやライドシェア(タイではグラブがメジャー)、もしくはソンテウが一般的です。滞在費を節約したい筆者はもっぱらソンテウを利用しています。あるとき、一般的なディーゼルエンジン車のソンテウから降車するとすぐ横をちょっと見慣れないソンテウが走っていたのです。そう、トヨタが実証実験をしているEVソンテウでした。
どうしても乗りたいと思ったので、次に乗る機会があるときにはEVソンテウがやってくるまで待ってみました。ソンテウはバス停のような場所から乗るではなく、乗りたかったら運転手に手を挙げて止めてもらい、勝手に乗り込んで下りるときに料金を手渡しします。実証実験用としてトヨタが提供したハイラックスREVO-eは12台ということなので、なかなか出会えないと思っていたのですが、何と運のいいことか、5分ほど待っただけでばハイラックスREVO-eベースのEVソンテウがやってきました。

パーテーション越しに運転席まわりを激写。
真っ白いボディのソンテウは珍しくそれだけでも判別しやすいのですが、さらに普通のソンテウよりは明らかに全高が高いのが特徴でした。バッテリーを床下に積み、ドディオンアクスルのリヤサスペンションを使うEVソンテウはエンジン仕様よりも車高が高くなるのでしょう。手を挙げて、EVソンテウを止めて乗り込みます。一般的なソンテウよりフロアも高いので、ちょっとヨッコイショという感じになりました。
走り出しはEVらしい力強い加速を感じます。エンジン車のソンテウはマニュアルミッションなのでギヤチェンジのたびにギクシャクすることがあります。今回の滞在中には一度エンストされたこともあり、前のめりになってしまいました。EVソンテウはそうした心配はありません。そしてビックリするのが乗り心地のよさです。エンジン車のソンテウは上下動が大きく、いかにも荷台に載っている感覚なのですが、EVソンテウはそうした感覚がなく、マイクロバス程度かそれよりちょっと上の乗り心地を得ています。
さらに排ガスの臭さがないのは快適です。少なくとも自車が排出する排ガスはないので、巻き込んで臭いということはありません。加速時の音もEVらしい「ウィーン」というタイプの音でうるさくはありません。目的地について下りる際にはまたヨッコイショという感じになってしまいましたが、それ以外はじつに快適なのです。
今後、ソンテウもトゥクトゥクもタクシーも電動となると、東南アジアの雑踏の魅力でもあるカオスな雰囲気が減ってしまい、それはそれでちょっと残念な部分でもありますが……。街の空気がきれいになるのはうれしい限りです。

パタヤの市街地で見かけたEV充電ステーション。
トヨタの実証実験は2025年までとなっているので、来年のバンコクモーターショー後には出会えないかもしれないEVソンテウに乗車できたのはいい機会でした。いすゞもトヨタを追いかけピックアップトラックD-MAXのEVを造っているとのことなので、もしかしたら来年はいすゞバージョンに乗れるかもしれません。
取材・文/諸星 陽一
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