テスラの目はカメラだけ?/自動運転に必要なハードウェアとは

テスラが意欲的かつ先進的な開発を進めていることもあり、電気自動車とセットで語られることが多い自動運転。とくにセンサーの最新事情について、テスラ&自動運転技術にも明るい翻訳家の池田篤史さんが、ちょっとマニアックなユーザー視点で注目すべきポイントを解説します。

テスラの目はカメラだけ?/自動運転に必要なハードウェアとは

カメラ、レーダー、LiDAR、それぞれのシステムの特徴

自動運転やADAS(先進運転支援システム)を提供するために、大手自動車メーカーからスタートアップ企業まで、様々なアプローチで開発競争を繰り広げています。周囲を見るセンサーに着目すると、大きく分けて「カメラ」、「レーダー」、「LiDAR」があり、Waymoなど3つ全てを使うタイプと、テスラを代表とするカメラベースのものがあり、どちらも長所短所があるため現時点ではどちらが優れていると言うのは難しいです。

LiDARはセンサーからレーザーを照射して、周囲100m程度の近距離の障害物までの正確な距離や速度を高解像度で見ることができます。多くの企業がLiDARを利用するのは、自車が何かに衝突することを防ぐという最も当たり前で単純なタスクを正確に行うためです。レーダーだと距離や速度は正確に見えますが解像度が足りません。一方カメラだと解像度は高いですが、距離や速度が不正確です。LiDARの弱点は遠距離まで見えないこと、コスト、壊れやすさ、荒天などですが、目覚ましい勢いで技術が進歩しているのも確かです。

レーダーはLiDARよりも遠くまで測定でき、前方の車の下をくぐって1台前の車の様子が見えたりします。電波を使うため、暗闇や霧などの悪天候でも見通すことができます。しかしレーダーの反射率が低いプラスチックや段ボールなどは認識が遅れます。解像度が低く、特に縦方向はほとんど解像度がないため、陸橋の下をくぐる際や、道の勾配が急に変わる場所ではパニックを起こしやすいとされています。また、LiDARもそうですが、看板や標識の文字を読むことができません。

下りながら陸橋に遭遇するとレーダーには行き止まりに見えることも。

カメラは情報密度が高いことが利点です。物の色や形がはっきりと分かり、看板や車線なども読み取ることができます。横方向の動きはよく見えますが、障害物までの距離や接近速度の検出は他の2つのセンサーより不得意です。また、人間の目と同様に夜間や荒天、太陽に向かって走行する状況は不得意です。

コスト面を見ると、屋根の上でケンタッキーフライドチキンのバケツ(開発初期のLiDARのセンサーはこんな形容で揶揄されていました)がくるくる回っていた頃、LiDARは700万円ぐらいしました。あれから随分進化して70万円、そして7万円と普及価格帯に落ちてきました。レーダーは7000円、カメラは700円程度と、古くからある技術のため、さらに安価です。

車両本体よりも高価だった頃のLiDAR。今はサバ缶サイズに。

センサー・フュージョンの可能性

各センサーに長所短所があるなら、全部搭載していいとこ取りをしたらいいじゃないか、と考えるのが普通です。もちろん多くの企業がそのようにしており、それぞれのセンサーが得意な分野や状況、データの信頼性などを元に情報を組み合わせています。しかし、2つのセンサーがどちらも同じぐらいの信頼性で全然違うことを言っているとどっちを信じればいいのか? という問題に突き当たります。

一方のセンサーが安全と言っていても、衝突の可能性があるなら安全のためブレーキを踏むしかなく、テスラではこの現象を「ファントム・ブレーキ」と呼んでいました。陸橋をくぐるときや、地面に影が落ちているときなど、コンピューターがふいに急ブレーキをし、後続車両に迷惑をかけることがあります。

この問題を解決する簡単な方法として、テスラではそもそもLiDARを採用せず、2021年からレーダーも止めてしまいました。Electrekによると、イーロン・マスクは「高解像度のレーダーがあれば、併用したほうがカメラ単体よりも優れているので採用するだろうが、今のところそんなものは存在しない」と発言しており、北米で販売する車両にはそもそもレーダーを搭載していません。

ただ「そんなものは存在しない」からといって諦めるはずもなく、テスラはひっそりと自社開発を続け、その後サードパーティの高性能レーダーにたどり着きました。それがイスラエルのスタートアップ企業、ArbeのPhoenixレーダーです。まだ車両に搭載されていませんが、ソフトウェア内ですでに実装の準備が進んでいます。

Phoenixレーダーの性能

現行レーダーPhoenix
最大距離170m300m
リフレッシュレート20fps30fps
水平視野角90度100度
垂直視野角18度30度

最大距離が長くなったことで、高速走行中でもより早期に危険を察知できるようになり、リフレッシュレートも上がったことでカメラとフュージョンしやすくなります。レーダーから得られる信号はLiDARほどの粒度はないにせよかなり実用的で、トレーニングすれば「これは車、これは歩行者」と区別できるようになるかも知れません。

ファントム・ブレーキの処理については不明ですが、北米のレーダーレス車両の経験を活かして、まずは相当の比重をカメラに振り、そこから少しずつ最適化を図るのだと想像します。販売台数が多くユーザーからデータを豊富に吸い上げることができ、自社でソフトウェアの開発を行っているテスラだからこそできる開発手法と言えます。

テスラ車ではカメラもアップデート

6月8日のKorea Economic Daily紙によると、サムスン電子が今後数年間のテスラのカメラのメインサプライヤーになったそうです。これまでの1.2メガピクセルのものから5メガピクセルにアップグレードされ、早ければ今月から量産体制に入るとのことです。

完全自動運転(FSD)対応のテスラ車は現在、エクステリアに8つのカメラが装備されています。また、以前からテスラはサイバートラックのフロントバンパーに9個目のカメラを取り付けてテストしています。

バンパー中央、グリルの上に小さなカメラが見えます。

巷の噂によるとイーロン・マスクはこのカメラをどうしてもつけたくないそうですが、側方を監視するカメラは現在Bピラーについており、下図のように右手に障害物がある側道から本道に出る際に、かなり前に出ないと右から車が来ているのか見えない問題があります。フロントバンパーカメラがあると安全に側方確認ができるだけでなく、発進時にバンパーの前に子供がしゃがみ込んでいないかなどもチェックできるためメリットは大きいです。ただ、車両のハードウェア構成を変えるのは、これまで自動運転パッケージを購入したオーナーにもレトロフィットで追加しなくてはいけないことを意味します。

Bピラーのカメラだと相当前に出ないと安全確認できない。

現在の1.2メガピクセルのカメラの4倍の画素数になることで、遠くの物体の距離や速度を高精度に推定できるため、レーダーのないカメラだけの自動運転でも安全性が向上します。しかし5メガピクセルのカメラを36fpsで9台分となると、最新のテスラ車に搭載されている自動運転コンピューターでも少し計算能力が足りません。

ハードウェア4 が登場か

こうした新型センサーに合わせて、より演算能力の高いコンピューターがもうすぐ登場するのではないかと言われています。テスラは先日発表したPlaidなどの新型モデルSやXに、プレステ5と同レベルの性能のコンピューターを搭載したと言っていましたが、あれはインフォテイメント用の「メディアコントロールユニット(MCU)」で、自動運転の処理を行うのは「ハードウェア(HW)」と呼ばれる全くの別物です。新型のHW4は現行のHW3よりも計算能力が上がり、メモリの読み書きの速度も向上すると見られています。

消費電力を上げれば誰でも高性能なコンピューターを作れるのですが、EVだとそれは航続距離に直接影響を及ぼすため、今回も驚くほど低消費電力のパッケージにまとめてくると考えられます。これは自社製品に最適化された構造だからなせることで、NVIDIAなどが各メーカーに提供している汎用コンピューターでは高い処理能力と少ない消費電力の両立は難しいことです。

これまでに販売した車両への対応は?

テスラは2016年からFSD(完全自動運転)オプションを販売しています。当時「この車には自動運転に必要な機器はすべて搭載されており、あとはソフトウェアの完成と法律の認可を待つだけだ」と言っていたため、私の車などもそうですがHW2が搭載されていて自動運転オプションを購入した人は無償でHW3へのアップグレードが提供されました。

しかし今度はHW3でも能力が足りない、しかもカメラやレーダーも新しいものが必要だと言っています。FSDの購入率は1~2割だとしても、2016年後半以降テスラ車は200万台以上売られているため、その1割のオーナーに対して再び無償アップグレードをするのか、ただでさえ忙しいサービスセンターが対応できるのか、とても心配です。

この問題は、今後HW4搭載車両を購入する人にもついて回ります。もし、テスラの目論見が外れてHW4ですら完全自動運転が達成できないとなると、HW5や追加センサーなどを無償で提供してもらえるのか、それとも契約書に小さな文字で「将来的に有償にて機器のアップグレードが必要になる場合があります」と書かれているのか、注意が必要です。

勝手な推測ですが、最近テスラは昔存在した運転支援オプション、エンハンスド・オートパイロット(EAP)を一部の国で復活させています。EAPは自動車線変更や自動パーキングなど、これまではFSDに含まれていた便利機能を抽出した半額のパッケージです。つまり、12,000ドルでいつ実現するかわからない機能を含むオプションを買う人は少なくても、半額で今すぐ使える機能を買う人は多いでしょうから、FSD購入率を下げることができます。もしかしたら、テスラはFSDを売れば売るほど、あとから無償アップグレードをしなくてはいけない車が増えると予測しているのかも知れません。

日本のFSDは87万円なので、12,000ドル(165万円)より相当お得ですが、EAPが導入されると価格改定されると考えられます。

交換のしやすさという性能

日本国内の乗用車の平均使用年数は12年以上とされ、コンピューターやテクノロジーが陳腐化する速度と噛み合っていません。必ず車の寿命が来る前に搭載されているテクノロジーが廃れ、より安全で高性能な機能が登場するため、今後は機能部品の取り換えが容易な車作りが重要になるでしょう。

例えば、少し知識があるかたはご自身でオーディオを交換されることもあるでしょう。そうやってカセットテープしか装備されていなかった車でもCDやMDが聞けるようになったりしたものです。カメラやレーダーもユーザーが少し分解しただけで取り付けられるようにしておけば、最新機能が使えるだけでなく、サービスセンターの混雑も回避できます。

テスラに限らず、今後ハイテク機器を搭載してますます車輪の付いたスマホと化していく自動車業界において、陳腐化するテクノロジーをいかにアップグレード可能にしているかが重要な視点になるでしょう。自動運転機能、インフォテイメント、駆動用バッテリーなどが代表格で、これによって平均使用年数が格段に伸びると考えられます。同じ車に乗り続けることは総合的に見て環境に優しいことなので、販売台数ではなくレトロフィット可能な自動運転ソフトウェアのサブスクリプション等で利益を上げられる業態に、自動車業界はシフトしていくのかも知れません。つまり自動運転に求められるハードウェアとは、センサーやコンピューターだけでなく、車の寿命を通して柔軟にそれらをアップグレードできるプラットフォームなのです。

イーロン・マスク氏は9月30日に2回目の『AI Day』開催を予告しています。EVsmartブログでは、その内容を整理してお伝えする予定です。注目しましょう。

(文/池田 篤史)

この記事のコメント(新着順)1件

  1. 自動運転自体は現在日本を走行する車両でもそこそこ満足度高いです。いろんな条件付きでもいいので信号に対応できる日はくるのでしょうか。

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この記事の著者


					池田 篤史

池田 篤史

1976年大阪生まれ。0歳で渡米。以後、日米を行ったり来たりしながら大学卒業後、自動車業界を経て2002年に翻訳家に転身。国内外の自動車メーカーやサプライヤーの通訳・翻訳を手掛ける。2016年にテスラを購入以来、ブログやYouTubeなどでEVの普及活動を始める。

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