なぜ中国で日本メーカーのEVは売れないか? 中国メディア編集長独占インタビュー【後編】

中国で日本メーカーのEVは人気がないのはなぜなのか? 自動車生活ジャーナリストの加藤久美子さんが、中国の自動車メディア『咪车』張効銘編集長にインタビュー。レガシーメーカーに先進的なBEVは作れない? の後編です。

なぜ中国で日本メーカーのEVは売れないか? 中国メディア編集長独占インタビュー【後編】

前編はこちら)

そもそも、EV設計の根本的な思想が違う……

加藤 日本と中国ではEVの設計思想や求められるものが全く違う……ということですね。

張編集長 そうなんです。先進機能やエンタメ分野以外でもそれはあります。ひとつの例をあげますと、トヨタのbZ3はBYDの電池システムを採用していますが、同クラスのBYDセダン「秦PLUS」というBEVは0-100km/hの加速がなんと3秒台なんです。とても速いですね。一方、bZ3は0-100km/hが7.5秒です。あえて7秒台まで落としています。トヨタのエンジニアに聞くと、トヨタのEVはドライバー自身が運転を楽しんだり加速の刺激を楽しんだりということではなくて、車に一緒に乗る家族のことも考えなくてはならない。同乗者を優先して設計したことでスピードを落としたと話していましたよ。

中国の消費者は100km/hまでを3秒台で加速できるEVを求めていますが、日本メーカーはそこの考え方が大きく異なるのです。根本的な設計の考え方が違うので、車のパフォーマンスも大きく違う結果になってしまっています。

加藤 張さんのお話を聞いていると、だんだんと中国市場で日欧伝統メーカー製のEVに人気がない理由がわかってきました。

張編集長 他にも細かい例を挙げてみましょう。これは車内装備についてです。ステアリングの後ろにあるメーター(モニター)について。中国メーカーはこのモニターをできるだけ前にもってきたがるんです。かつては7インチが主流でしたが今は9インチです。そして、これをできるだけ大きく見せるために、前に出す(ドライバーに近い場所)設計にしています。

しかし、e:NS1/e:NP1などホンダのEVは7インチのモニターを一番奥に配置しています。7インチというサイズからして小さいのですが、それを奥の方に配置することで、より小さく見えてしまう。使いやすさや視認性、一度に視界に入ってくる情報量のことを考えれば奥に配置したほうが合理的なのかもしれませんが、中国のユーザーはそれを好まないということなんです。

加藤 なるべく前に、大きなモニターを配置する目的は先進性のアピールでしょうか?

張編集長 そうですね。それが良いか悪いかは別にして、中国の自動車ユーザーが車を選ぶ際に何を重視するのか? 日本のメーカーはまだ、いまひとつわかってないのではないかと感じています。そして中国のユーザーは、中国のメーカーであっても古くからエンジン車を作ってきた伝統メーカーはBEV/PHEVを上手に作れない、先進的な車を作れない…… というイメージを持っているのです。

加藤 え? 中国メーカーに対してもそのようなイメージがあるのですか?

張編集長 そうなんです。ジーリー(吉利汽車)やグレートウォール(長城汽車)などの中国伝統メーカーが新しいBEV/PHEVを世に出すときには、必ず新しいブランドを立ち上げますが、理由はそういうことなんです。

加藤 それは目からうろこですね。私も前々から、なぜ、中国メーカーがBEV/PHEVをその都度新しいブランドを多数立ち上げるのか、不思議でした。
実際、今回試乗した中でも、以下の車は伝統メーカーの名前を一切入れず、イメージも排して極力新しいブランドとして展開していますね。

<試乗車の例>
ジーカー009 BEV(吉利汽車)
ディーパル S7 PHEV(長安汽車)
新生スマートBEV (メルセデス・ベンツ+吉利汽車)
ギャラクシー L7 PHEV(吉利汽車)
トランプチ 传祺E9 PHEV(広州汽車)
ライジング R7 BEV(上海汽車)
WEY 藍山 PHEV(長城汽車)など

張編集長 はい。ブランドイメージも先進性をアピールする点ではとても重要です。新しく見た目が派手なBEV/PHEVを作っても、ブランドイメージが古臭いものだとユーザーはその車を選ぶことを躊躇する傾向がありますから。

加藤 素朴な疑問なのですが、そもそも、新興メーカー含めて中国のBEV/PHEVは利益が十分に出ているのでしょうか?

張編集長 それは…… 伝統メーカーはもちろん、新興メーカーであっても多くは赤字の状態です。新興メーカーはそれでもアフターサービスや店舗開発、ディーラー網の整備などにお金を掛けないことで回収できている部分はあるのですが、日本や欧州の伝統メーカーはやはり利益を考えないといけません。本当に儲けられるのか? 新興メーカーのような挑戦は難しいのでしょうね。

実際、世界でもっとも多くのBEV/PHEVを販売するBYDも販売台数の半分強はPHEVです。

加藤 中国のユーザーは伝統メーカーの安心感や信頼感、これまで築き上げてきたブランドの信頼感などは求めていないのでしょうか? 新興メーカー、新興ブランドのBEV/PHEVを買うことに不安を感じないのでしょうか?

張編集長 BEV/PHEVは新しい分野の車であることでそこまでのブランド力を求めていない可能性はありますね。また、BEV/PHEVが売れている理由は、中国特有の事情も大きく影響しています。

加藤 中国特有の事情とは…… ナンバープレート発給規制のことでしょうか?

張編集長 そうですね。上海、広州、北京などの大都市圏では渋滞解消や大気汚染を防ぐため、ナンバープレートの発給について厳しい制限があります。ガソリン車では抽選によって長ければ1年以上待つこともざらです。人気の数字が刻印されたナンバープレートには100万円以上の値段が付くことも珍しくありません。

いっぽう、BEV/PHEVなどの新エネルギー車ではナンバープレートの発給に制限がほぼありません。また、中央政府が出す補助金制度は終わっていますが、地方自治体ベースでは新エネルギー車に対する補助金制度が続いているところもあります。中国ではとくに、昨今、車を買う人達の年齢層が全体的に下がりつつあります。それゆえ、「ナンバーが早くとれて、補助金ももらえる」ところから、BEV/PHEVに需要が集まるのです。

そして、若者が多いことで「どうせ買うならインフォテインメントが充実していてエンタメ要素、遊びの要素が多い方が面白い」と考える人が多くなります。BEV/PHEVは残価が悪いことなどは知っていても、やむをえずBEV/PHEVを買っている現状もあるのです。もちろん、若い世代でもガソリン車が好き、日本のVIPカーが好き! VWの古いワゴンが好き! という人も少なくありません。

加藤 日本ではナンバープレートが発給されないなんてことはありえませんから、まさに中国特有の事情ですね。

張編集長 もうひとつ、特有の事情。これは販売する場所についてですが日本と大きく異なります。新興メーカーは店舗を出す際に日本のように独立したディーラー店舗を作ることはまずありません。ショッピングモールやデパートの一角に店を作ります。独立店舗よりも圧倒的にコストが削減できますし、きれいな店舗の中にきれいな衣服を身に着けた高学歴の男女をスタッフとして配置し、来店した客に知的な説明を行うのです。これによってBEV/PHEVで求められる智能的で先進的なイメージを与えるのです。

(インタビュー、以上)

中国の自動車市場を古くから知り、長年、自動車メディアで様々な車を見てきた張編集長へのインタビューでは、目からうろこの気付きがたくさんありました。

前編でお伝えしたように、今回のインタビューは最新中国車試乗会に張氏が編集長を務める自動車メディア『咪车』にご協力いただいたご縁で実現しました。EVsmartブログでは、この時に試乗した最新BEV/PHEVの中の数台について試乗記事も追ってお届けする予定です。

取材・文/加藤 久美子

この記事のコメント(新着順)1件

  1.  この編集長の言われることが中国の市場の現実だとすれば、日本を含む外国メーカーが入り込むのはとても難しいようにみえる。中国に限らないが、特に若者には重厚長大さより軽佻浮薄でいいという傾向があるようだ。エスタブリッシュメントの自動車会社がこうした傾向に追随することもないだろうし、またそうしないと売れないのであればそれは売れないということにしかならない。本物は売れる、と構えているというのも驕りにすらなってしまいかねない。
     ただ、テスラのように一度消費者にクールだと思われれば海外メーカーであってもトレンドとして受け入れられる。ここをクリアすれば、あとはそのコンセプトからブレないことによって当分の間は人気を独占することができる。優秀な自国製品の多い中国のスマートフォン業界でも、米中経済摩擦の種でもありながらiPhoneは依然として売れ続けている。テスラとAppleに共通するのは徹底して自社の美学ともいうべきコンセプトにこだわっていることだ。中国のユーザーに媚を売らない姿勢がそれがまたクールと思われる一因だ。このスパイラルに乗るか乗らないか、エスタブリッシュメントの突破口は何処に。

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この記事の著者


					加藤 久美子

加藤 久美子

山口県下関市生まれ。大学時代は神奈川トヨタのディーラーで納車引き取りのバイトに明け暮れ、卒業後は日刊自動車新聞社に入社。95年よりフリー。2000年に自らの妊娠をきっかけに「妊婦のシートベルト着用を推進する会」を立ち上げ、この活動がきっかけで2008年11月「交通の方法に関する教則」(国家公安委員会告示)においてシートベルト教則が改訂された。 一財)日本交通安全教育普及協会認定チャイルドシート指導員の資格を取得し、育児雑誌や自動車メディア、TVのニュース番組などでチャイルドシートに関わる正しい情報を発信し続けている。 愛車は1998年5月に新車で購入したアルファスパイダー(26.5万キロ走行)

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