電気自動車用バッテリーがサブスクに~中国から始まる新しいEVの使い方

中国の電気自動車(EV)ベンチャー「NIO」は2020年8月20日、EV用バッテリーメーカーのCATLなど4社と、EV用バッテリーの資産管理会社を設立しました。新たに設立された会社は、バッテリーのサブスクリプションを手がける予定です。

電気自動車用バッテリーがサブスクに~中国から始まる新しいEVの使い方

NIOがバッテリーをサブスクに

EV最大の課題とも言えるバッテリーに関する悩みが、このサービスで解消されるかもしれません。8月20日にNIOが発表した新サービス『NIO BaaS』(NIO Battery as a Service)のことです。BaaSに類似したサービスが拡大れば多くのユーザーにとってメリットが生まれると思いますが、それはまだ少し先のことでしょう。でもこれが画期的な考え方であるのは間違いないと思います。

NIOのBaaSは、EVの車体とバッテリーを切り離し、所有は車体だけにし、バッテリーはリース形式にした新しいEVの販売形態です。NIOは現在、バッテリーを定額で利用できるサブスクリプション・サービスで提供しています。

8月20日に発表されたNIOのリリースは、次のように新サービスを紹介しています。

「車とバッテリーの分離、バッテリーのサブスクリプション、および充電・交換、アップグレードができるバッテリーによって実現した包括的なサービスを提供する『NIO BaaS』は、テクノロジーとビジネスモデルの両方における画期的な革新です」

【NIO公式リリース】
NIO Launches Battery as a Service

NIO公式サイトより引用。

ユーザーが車の購入時にBaaSを選んだ場合、まず車両本来の価格から7万元(約108万円)を引いた値段で車を買うことができます。NIOのHPによれば、最上級のSUV「es8」だと車両本体が46万8000元(約723万円)で、ここから補助金の分を引くと45万元(約695万円)になります。さらにBaaS利用で7万元が引かれるので、車は38万元(587万円)になるそうです。BaaSは、NIOのフラッグシップモデル「es8」のほか、「ec6」「es6」でも利用できます。

NIOは今回のBaaSを開始するにあたって、バッテリーメーカーのCATL、中国湖北省に拠点を構えてインフラ整備を手がける湖北省科技投資集団有限公司(Hubei Science and Technology Investment Group Co., Ltd.)、香港市場にも上場している中国の証券会社、國泰君安國際(Guotai Junan International)と共同で、バッテリーの資産を管理する新会社『武漢威寧バッテリーアセット株式会社』(Wuhan Weineng Battery Asset Co., Ltd.)を設立しています。

新会社は、各社2億元、合計8億元の出資で設立されました。バッテリー交換ステーションの整備や、車と分離したバッテリーの資産管理を手がける予定です。

【NIO公式ページ】
Vehicle-Battery Separation

交換用バッテリーは、車種にかかわらず70kWhタイプを月額980元(約1万5000円)の定額で利用できます。車両購入時の補助金や税金の軽減措置などは、普通にEVを買う場合と同じです。もちろん、サブスクなので充電回数や交換回数に制限はありません。

価格差をそのまま当てはめると約72か月分、つまり6年間の利用でトントンになります。バッテリーの劣化を考えると、それ以降も劣化の少ないバッテリーを使えるのはうれしい話ではないでしょうか。もちろん、交換ステーションのバッテリーが劣化してないものになっているのが前提ですが。

NIOはこのほか、8月末に20kWの家庭用急速充電器を発売したと、CHINA CAR NEWSが伝えています。条件にもよりますが、最低9800元(約15万円)からの価格設定になっているようです。

【参考記事】
NIO’s 20kW household fast charging pile is on sale, min. price of 9,800 yuan

どういう充電器なのか詳しく知りたいところですが、NIOの公式ホームページではこの件に関してのリリースが見つかりませんでした、詳細がわかれば改めてお知らせしたいと思います。

NIOのバッテリー交換システムを利用できる

さて、NIOのEVを買ってバッテリーをサブスクにした場合、ユーザーはNIO独自のバッテリー交換ステーションを利用することもできるるし、自宅で充電してもいいし、公共の充電器を使うこともできます。

NIOは数少ない、バッテリー交換ステーションを運営しているメーカーです。NIO創設者でCEOのWilliam Bin Li(李斌)氏によれば、バッテリー交換ステーションは8月20日時点で中国の64都市、143カ所に設置され、これまでに80万回のバッテリー交換を行ったそうです。

また李氏はNIOのリリースで、「(バッテリー交換技術によって)NIOの商品力が強化されるとともに私たちのプレミアムなスマートEVへの転換が促進され、ユーザーにとってより高い価値が生まれます」と話しています。

【NIO公式リリース】
NIO Inc. Announces Launch of Battery as a Service and Establishment of Battery Asset Company

NIOのバッテリー交換ステーションがどんなものかは、海外の記事で状況を見ることができます。WEBメディアのIn SideEVは今年1月に北京のバッテリー交換ステーションの様子を紹介。動画を見ると、6分弱でバッテリー交換を完了していますね。車を持ち上げて底部からバッテリーをはずして交換するのは、サンダーバード2号みたいで楽しい動きです。

この記事ではまた、バッテリー交換ステーションが簡易的な作りになっていて、移動可能であることも紹介しています。NIOは、実際の使用状況に合わせてステーションを移動することも考えているそうです。

いちどは破綻したバッテリー交換ビジネス

バッテリー交換のビジネスモデルは、ベンチャー企業のベタープレイスが手がけ、最終的には破綻しました。ベタープレイスは日本でも実証試験をしていたので覚えている人もいるかもしれません。

個人的には、ベタープレイスの実証実験を見たときに、ちょっと無理筋かなと思いました。理由はいくつかあります。ひとつは、大なり小なり専用の設備が必要になることです。加えて一般ユーザーが使うためには各バッテリー交換ステーションに、1日の来客数に応じたバッテリーを常備する必要があるため、設備が大型化せざるをえません。もちろん保守管理も必要です。

2010年の日本での運用実証事業開始式。ベタープレイスは2013年に破綻しました。

バッテリー交換をすれば、短時間で満充電の状態に戻すことはできます。ベタープレイスの場合は約1分で交換できました。でも、今の公共充電設備と同じで数を増やさないとユーザーメリットを大きくできないため、コストが膨大になってしまいます。

さらに大きな問題は、バッテリー交換の仕様を全メーカーで統一しないとビジネスモデルが機能しないことでした。車の基本設計にも影響するので、ハードルはさらに上がります。そうしたことから、汎用性のあるインフラモデルとは思えませんでした。

ベタープレイスがこの事業を始めた2008年頃は、まだバッテリーの容量が大きくなく、急速充電の設備もほとんどありませんでした。そのため、充電設備と併用で交換システムを使っていくことが考えられていましたが、資金はかなり集まったものの、利用するメーカーはなく、数年後に破綻しました。

今ではバッテリーの性能が上がり、急速充電施設も欧米では加速度的に増えています。バッテリー搭載量も増えて、長距離の移動もかなり容易になってきました。バッテリーの性能が今以上に上がり、コストが下がっていくと、バッテリー交換のメリットは日に日に薄れていくように思えてしまいます。

中国特有の事情にマッチしたバッテリー交換

ではなぜ今になって中国で復活したのでしょうか。理由のひとつは、前出のIn SIDE EVでも触れているように、中国特有の不動産事情があるようです。中国では基本的に、私有地の所有が認められていません。都市部ではほぼ不可能なので、多くの人は集合住宅に住んでいます。おまけに、固定の駐車場を持っていない人も少なくないようです。自宅で充電するのが難しい人たちは、充電を公共施設に依存するしかありません。

WEBメディアのtechnodeは9月3日、上海のバッテリー交換ステーションを利用しているNIOユーザー3人のコメントを紹介しています。記事によれば、3人とも月に数回はバッテリー交換を利用しているそうです。理由は、通勤途中にステーションがあって便利なことや、バッテリー交換ステーションを利用すればコストが安くなることを挙げています。

3人のうちの一人は決まった駐車場を持っていないため、自宅から2キロのところにあるバッテリー交換ステーションを利用しているのだそうです。この3人のうち2人は、ときどき交換ステーションに先客がいて、長いと20分ほど待たないといけないことがあるそうですが、このくらいの時間は許容範囲だと話しています。

筆者は、20分待つことができるのなら急速充電でもいいのかな、などと思ってしまいますが、購入のためのコスト削減を考えるとメリットが大きいと感じているようです。

そんなこんなで、欧米でこの方法が広がるようには思えないのですが、ローカライズされたビジネスモデルとしては可能性があるのかもしれません。では日本はどうかといえば、土地の問題がネックになって、とくに需要が大きいであろう都市部で施設を建設するのは困難ではないかと思います。

でもBaaSについては、別の部分に強く惹かれました。

バッテリーの所有を「切り離す」ことの意味

バッテリー交換ステーションとは別に、NIOの取り組みの中で非常に気になったのは、バッテリーの所有を車から切り離したことです。簡単に言えば、電池で動く家電のようになるということです。

EVの悩みと言えば、バッテリーの劣化が代表格ではないでしょうか。家電ならバッテリーがダメになれば交換するだけで元通りになるのに、困ったことです。

従来、バッテリーの性能はEVの性能を左右する大きな要素でした。それはハイブリッド車でも同じです。そのため、とくにトヨタは自社開発にこだわり続けました。人命にかかわる車の安全を確保するための条件が厳しいという面もあったかもしれません。

けれども近年、というかここ1~2年かもしれませんが、バッテリーメーカーが増加し、しかも性能の底上げやメーカー間の性能差の縮小、さらには自動車メーカーの需要が急増したことで共通のバッテリーメーカーからの調達が増えてきたことなどで、10年前のように自動車メーカーが独自でバッテリーを手がける必要性がなくなってきました。

むしろ、独自開発、独自生産などをしていたら、設備集約型のバッテリー産業ではコストが下がらないのでデメリットが大きくなる恐れがあります。

そんなわけで、どの自動車メーカーでも同じバッテリーを使うのであれば、家電と同じように資産を分離して、交換できるようになれば、ユーザーが嬉しいのは間違いありません。

車とバッテリーを資産的に切り離した時に、交換ステーション以外の方法でどのように運用するのかはこれから研究が必要だとは思います。

バッテリーをリースにした場合に単価はどう算出するのか。交換するとしたら補修用部品として多数のバッテリーを保有しなければならないのでコストは見合うのか。仕様を統一すれば交換はやりやすくなるけれども、計画がポシャったバッテリー交換サービスの再現になる恐れはないか。そもそも仕様の統一に現実性があるのか……などなど、考えることは山盛りです。

でも、バッテリーのリサイクル、リユースなどによる資産価値の維持がもし可能なら、メーカー、ユーザー双方のメリットを極大化できるのではないでしょうか。

なんていう話はまだ先のことかもしれませんが、NIOのBaaSは、次世代EVのビジネスモデルが生まれる端緒になるような気もしたのでした。

(取材・文/木野 龍逸)

この記事のコメント(新着順)8件

  1. 軽自動車サイズから10人乗りのハイエース級まで、全部同じバッテリーで賄うのは無理があります。
    人の力で持ち上げられるサイズのバッテリーを規格化して、それを数本並列で運用するシステムにすれば良いのではないでしょうか?
    例えば軽サイズなら4本、ハイエース級なら12本と、排気量のように本数を変えていくわけです。
    そして、そのバッテリーは家庭でも充電できるようにして、遠出の時に途中で必要な本数だけをお店で交換してもらうのです。
    そうすれば、お店の電力不足もカバーできるのではないでしょうか?
    エンスト(?)している車を見かけたら、自分のバッテリーを1本使わせてあげる・・・なんて事もできますよね。

    1. D-boy様、コメントありがとうございます。
      そうなんですよね、それは確かにできそうに思えるんですが、案外難しい課題があるんです。仮に出していただいた例で、4本並列、すなわち96直4並列=384セルの電池を考えてみます。96直というのは、96個の電池を直列にしているという意味で、これによって400Vを生み出します。電圧があまり低いと、車内のケーブルが太くなり損失も増えますし、モーターの効率も下がってしまいますので、電気自動車では400V前後が使われていることが多いです。プリウスなどではさらに効率を上げるため、内部で600Vまで昇圧しています。
      つまり、1本のセット(モジュールと便宜的に呼びたいと思います)には、96個のセルが入っていて、それが4本で走れるわけですね。

      300kmの航続距離であるこの軽自動車。バッテリーが空になって家に帰ってきたとします。1本を家庭に持ち帰って(仮に300kgの電池とすると1本の重量は75kg)充電するとします。朝、満充電になって電池を取り付け、航続距離を見ると75kmしかありません。この車は100馬力だったのですが、走り出すと出力は25馬力しか出ません。なぜなら、電池が1/4しかないため、最大の電流が1/4に制限されるのです。坂を上ることができず、また高速道路に合流することは難しくなります。じゃ急速充電しようということになり、急速充電スタンドに行きます。ここで最初の1本の電池は途中まで充電されているため、並列に繋いで急速充電することができず、いったんは切り離す必要が出てきます。つまり3本だけ急速充電します。通常30分の急速充電ですが、今度は40分かかります。なぜなら電池容量が減ったため、充電できる最大電流が下がってしまい、急速充電速度も遅くなってしまうのです。1本だけちょっと急速充電、のような使い方もかなり難しくなります。

      さらに、、4本の電池をABCDと呼ぶとすると、ABCDの電池の残量がバラバラになるような使い方をした時、車はどうすればいいでしょうか?ABの残量が少なくCDが多いと仮定した場合、全部並列にして走行するとCDからABに充電が発生します。走行していくと、ABの残量がなくなりました。この時点で車はABを切り離さないといけません、このままではABが過放電になってしまうからです。切り離すとその瞬間からCDのみで走行することになり、出力は50馬力、回生ブレーキの効きも半分になります。

      組電池をばらすことは難しいんです。そのため、現時点では400V←→800Vの自動組替えなどはポルシェさんがやっていますが、それ以外のメーカーは組替えというのは行っていないと思います。

  2. 既存の電池で規格化されていないものを探すの方が大変でしょう。
    車載用の鉛電池も勿論規格化されています。
    将来は車載用のリポ電池も乾電池みたいに仮にですが車載用単1、単2、単3と規格化され
    車載用単1は自家用車の3ナンバ、単2は5ナンバ、単3は軽4に使用するやり方とか
    或いは、3ナンバは単3を3個、5ナンバは単3を2個、軽4は単3を1個使用する
    やり方などが考えられます。

    1. 山田の霰様、コメントありがとうございます。
      面白い考え方だと思うのですが、なかなか難しい部分もあります。既存自動車メーカーは(レクサス、マツダ、メルセデス等)ガソリン車のシャーシの上に電池を搭載して電気自動車を開発しています。この方法はもちろんOKなのですが、電池搭載容量が限られるのが難点。シャーシがガソリン車に最適化されているので、電池をたくさん積むと居住スペースが狭くなってしまうのです。フォルクスワーゲン、アウディ、ジャガー、テスラなどは専用シャーシ。これらの自動車に特徴的なのは、電池パック自体を車体の構造として扱っているということです。つまり、電池は荷物ではなく、衝突安全性を担保する構造の一部ということ。少しでも形が違ったりすると、衝突安全性を維持するのが難しいだけでなく、形式認定なども崩れてしまいます。
      そのため中国メーカーは一車種を大量に販売することにより、同じ種類の電池パックを交換することを考えているようです。様々な車種に対応できる技術開発は可能ではあると思いますが、将来的には、超急速充電のほうがメインになるのではないかと、私は思っています。

  3. 石油の4大メジャーのように
    EV用電池の規格化を制した企業が自動車産業の支配者になるのではないでしょうか。
    ガソリンもオクタン価等でほぼ世界的に規格化されているように
    EV用電池も容量別に何種類かに規格化されるでしょう。
    乾電池の単1〰4みたいに。
    将来はEV用電池メジャーの規格に合わせて車メーカーは車を製造することになるではないでしょうか。
    EV用電池メジャーになりそうなのは、電池製造メーカや車メーカ、或いは石油メジャーが此処に乱入して来ても可笑しくないですね。
    急速充電は電池を痛めますが、この問題を解決した電池が登場しても
    痛むタイプの電池にコストや容量等で見劣りがすることは否めないのではないでしょか。

    1. 瀧川隆様、コメントありがとうございます。
      バッテリー取り外し式については、なかなかの困難があり、世界でもまだ中国くらいでしか実用化されておらず、それもまだ始まったばかりで、未知数な部分があります。その理由について書いた記事がありますので、もしよろしければご覧ください。
      https://blog.evsmart.net/electric-vehicles/battery-swap/

  4. ほうほう。バッテリー交換式でバッテリー寿命管理を運営会社に任せられるんですかねぇ!?それは電気音痴の人にはいいかもしれません。
    ただ月一万円以上管理費がかかるんは個人的に勘弁ですなー。むしろ一晩普通充電して電池を労わる運用に徹したほうがエエとも思うてます。
    現在アイミーブMに乗ってて充電費用が月2千円未満しかも年1回の容量測定でも容量目減りナシ(むしろ105%まで増えてる)だから言うことナシでんがな。

  5. とても面白い取り組みだと思いましたが,月額1万5千円はちょっと厳しいかな。
    今,日産の初期の契約のカードですと月額2千円以下で充電し放題ですから。
    上手に使えばバッテリーの劣化もそんなに酷くないし。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です


この記事の著者


					木野 龍逸

木野 龍逸

編集プロダクション、オーストラリアの邦人向けフリーペーパー編集部などを経て独立。1990年代半ばから自動車に関する環境、エネルギー問題を中心に取材し、カーグラフィックや日経トレンディ他に寄稿。技術的、文化的、経済的、環境的側面から自動車社会を俯瞰してきた。福島の原発事故発生以後は、事故収束作業や避難者の状況のほか、社会問題全般を取材。Yahoo!ニュースやスローニュースなどに記事を寄稿中。原発事故については廃棄物問題、自治体や避難者、福島第一原発の現状などについてニコニコチャンネルなどでメルマガを配信。著作に、プリウスの開発経緯をルポした「ハイブリッド」(文春新書)の他、「検証 福島原発事故・記者会見3~欺瞞の連鎖」(岩波書店)など。

執筆した記事