ロイターなどが伝えているところによれば、カリフォルニア州(以下、加州)は2016年から18年までに、GMから5860万ドル、フィアット・クライスラーから5580万ドル、トヨタから1060万ドルの新車を公用車として購入していました。
【参考情報】
California says it won’t buy cars from GM, Toyota, others opposing tough tailpipe standards(CalMatters)
加州がGMやトヨタの新車購入停止へ、排ガス規制巡り対立(ロイター)
連邦政府と加州の対立が激化
それにしても、なぜこんなことになったのでしょうか。一連の報道を振り返りながら、流れを確認しておきましょう。
発端は、トランプ政権による燃費規制の緩和でした。産業界に配慮して環境規制の緩和を進めるトランプ政権は2018年、オバマ政権時代に定められた2025年までに1ガロン54.5マイルにするという規制を取り消し、2020年の1ガロンあたり37マイルの水準に据え置く方針(SAFE規制案)を明らかにしました。
特徴的なのは、トランプ政権の方針に加州のZEV規制撤廃が含まれていたことかもしれません。
【参考情報】
トランプ政権、自動車燃費基準の緩和案を発表(JETRO 2018年8月10日)
ZEV規制は、いわずとしれた電気自動車優遇政策です。現在、加州では販売台数の16%をZEVにしなければなりません。対象になるメーカーは、。米ビッグ3のほか、トヨタ、ホンダ、日産、マツダ、ダイムラー、BMW、フォルクスワーゲン、起亜、現代の12社です。2018年モデルからは、これまで販売台数のクレジットに含めることができたハイブリッド車が完全に除外されたため、基準達成はより厳しくなっています。
世界的にも珍しいZEV規制は、温暖化懐疑論を唱えて燃費緩和を目指すトランプ政権にすれば目の上のたんこぶのはずです。加州以外にも、免除規定を使ってZEV規制を導入している州は今年6月に参加表明したコロラド州のほか、アリゾナ、マサチューセッツ、ニューヨーク、オレゴン、メリーランドなど10州にのぼります。
【参考情報】
米コロラド州、カリフォルニア州の排ガスゼロ車規制を導入へ(ロイター 2019年6月5日)
加州は自動車での移動が極端に進んだ州のひとつで、自動車の排ガスによる大気汚染が早くから表面化していました。このため連邦政府の規制に先立って、1960年代に独自に大気汚染防止対策を推進。1966年には法規制も作って対応してきました。
米国ではその後、マスキー法に代表される自動車の排ガス規制が進みますが、先に規制基準を設けていた加州については、申請があれば、連邦法よりも厳しい条件を独自に策定することが認められました(免除規定)。加州大気資源局(CARB=California Air Resources Board)は、この権利を使ってZEV規制を制定しています。
それを撤廃するというトランプ政権に、当たり前ですが、加州は強く反発しました。伝統的に民主党支持者が多く、環境保護にも熱心に取り組んできた加州の人たちにとっては、ケンカを売られたような思いだったかもしれません。
その後、トランプ政権と加州は協議を重ねてきましたが、今年2月に決裂しました。
2月22日付の日経新聞によれば、ホワイトハウスやEPA(環境保護庁)などの共同声明が「政権側の最善の努力にもかかわらず、CARB(筆者注:加州大気資源局)は生産的な代替案を示せなかったことを認めるべき時だ」と主張しているのに対し、CARBのメアリー・ニコルズ局長は「トランプ政権は科学と論理、公衆衛生を守るためのあらゆる努力を無視する基準を続けようとしている」と非難するコメントを発表するなど、対立は激化していました。
【参考情報】
米政権、カリフォルニア州との交渉決裂 燃費規制巡り (日経新聞)
一部のメーカーが加州に賛同~加州の権限剥奪
こうした中、7月に加州政府は、ホンダ、フォード、フォルクスワーゲン、BMWの4社と新たな燃費基準の達成を目指すことで合意しました。誰の目にも、この動きがトランプ政権への牽制であることは明らかです。
4社と加州がトランプ政権に反発するような合意を表明したことについて、ロイター通信は、合意基準がオバマ政権時代の規制より緩く、法的拘束力を持たないことで、4社が合意を受け入れたと報じています。
自動車メーカーの多くは、大気汚染防止はもちろん気候変動の抑止についても適切に対応していくことを表明しています。とくにアメリカや欧州ではEVへのシフトが加速していることもあり、販売台数増加を目指すのであれば、全米最大の市場である加州を度外視することは考えにくいと思われます。
もちろん、環境対策を企業活動の重要な柱にしてきた日本メーカーも、根底の部分では同様のはずです。けれどもここでは、トヨタとホンダに明確な姿勢の違いが現れました。そしてこの違いは、さらに拡大していきます。
トランプ政権に賛同したトヨタ、GM、フィアット・クライスラー
加州との対立が深まる中、連邦政府はついに、加州に認められてきた免除規定を正式に撤廃することを決定しました。
9月19日(現地時間)にEPAとNHTSA(米運輸省道路交通安全局)は、連邦政府が全国統一の燃費基準などを定めることができる「ひとつの国家プログラム規則」(One National Program Rule)として、「安全で手頃な価格の低燃費車両規則(SAFE車両規則)の最終決定に向けた最初の一歩を踏み出した」と表明。ZEV規制などの燃費基準と温室効果ガスの規制を独自に定める権限を剥奪することを発表しました。
【参考情報/EPAのリリース】
Trump Administration Announces One National Program Rule on Federal Preemption of State Fuel Economy Standards
これに対して加州と、加州を支持する22の州と地域は9月20日、権利剥奪をしたトランプ政権を提訴しました。9月21日付の日経新聞はCARBのニコルズ局長の「我々にとって一生に一度の闘いになる。勝利を確信している」という激しいコメントを紹介してます。
この時点で、対立解消までの道のりが長くなることは必至でした。ところが話はこれで終わりません。
10月28日にロイターなど大手メディアは一斉に、ゼネラル・モーターズ、トヨタ、現代自動車が、連邦政府を支援する第三者として訴訟に参加することを報じました。
【参考情報】
General Motors Sides With Trump in Emissions Fight, Splitting the Industry(NY Times)
なんというか、外から見ていると連邦政府、州政府、自動車メーカーが入り乱れたバトルロイヤルのように見えます。ホンダなどは加州政府の支援をしているわけではありませんが、状況を考えると加州政府側証人として呼ばれたりする可能性も否定できません。そうなると、法廷でトヨタ、GM、フォード、ホンダ、フィアット・クライスラーなどがそれぞれの考え方を述べることになります。
裁判は本音を吐露する場所ではないので、各々が政治的な発言をすることになるとは思いますが、一方で、燃費基準の科学的な合理性や温室効果ガスによる環境影響と規制による抑制効果、産業への影響、さらにはEVの環境影響評価なども俎上に上るかもしれません。
なにより注目したいのは、自動車メーカー各社、とくにトランプ政権支持を表明した3社が、温暖化問題と経済合理性にについてどのような意見を表明するかです。
そしてついに、加州が新車購入停止を発表
こうした流れの末に出てきたのが、加州政府によるGM、トヨタ、フィアット・クライスラーからの新車購入停止の発表でした。
真剣勝負のバトルロイヤルなので何がどう転ぶか、先は見通せません。記事によってはトランプ政権による加州の免除規定剥奪には法的根拠がないという指摘もありますが、フタを開けるまでわからないのが裁判です。
ただ、ひとつ気になる指摘があります。トヨタに関してです。
あらゆる場で継続的に環境を重視する企業であることを強調し、今年に入ってからも電動車両の拡大や電池への投資を発表しているトヨタにとって、明らかに環境保護の優先順位が低いトランプ政権の環境対策を支持することの影響は、小さくないことが指摘されています。
加州はトヨタ最大の市場でもあります。ハイブリッド車で自動車の環境性能を牽引しようとした時、大きな地盤になったのも加州でした。その政府と正面から対立することで得られるものは何なのでしょうか。
10月29日付のニューヨークタイムズは、トランプ政権に協力している3社の中でもとくにトヨタについて採り上げ、ミシガン大学のマーケティングの専門家、Puneet Manchanda教授の言葉を次のように紹介しています。
「もしブランドにキズがつくとしたら、トヨタは(GM、フィアット・クライスラーに比べて)もっとも影響が大きいだろう」
【参考情報】
Toyota’s Support of Trump Emissions Rules Shocks Californians(NY Times)
環境企業としてのトヨタのブランドイメージがこれからどうなるのか、トヨタは環境よりも米国内での成長をとったと言われるのか。欧州に比べて緩やかな米国の基準を優先させるのは、欧州でのEVへの流れを見限ったのか。とはいえ、レクサスブランドでBEV投入を発表した中国はどうするのか。疑問はさまざまに浮かんできます。
とくに、前述したように温暖化懐疑論を唱えるトランプ政権の側についた裁判で、トヨタがどんな主張をしてくるのか、世界中の自動車関係者が固唾を呑んで見守っているのではないでしょうか
長期化しそうな裁判の中でどういう動きが出てくるのか。今後の動きからも目が離せません。
(文/木野 龍逸)
返信、ありがとうございます。
カリフォルニア州の方、早速連絡を取ってみます。
東京大気裁判、公害調停については、下記サイトからアクセス下さい。
https://www.t-kougaikanjakai.jp/menu03#
こちらは東京大気汚染公害裁判に取り組んできた患者、弁護団です.
東京大気裁判は喘息患者が国、トヨタなどを相手に公害加害責任を追及し、2007年東京都で医療費救済制度を創設する和解が成立しました。しかしその後、トヨタなどが、財源の追加拠出を拒んだため、新たな認定の打ち切りと救済水準の切り下げが強行され、患者側は、国での全国的な救済制度創設とトヨタなどメーカーに財源拠出を求めて、昨年2月公害調停を申し立てました。しかしながら、トヨタなどメーカーは一切財源拠出には応じられないとして、調停の早期打ち切りを主張しています。
日本の自動車排ガスによる大気汚染については、自動車一般からの汚染というよりは、1970年代のオイルショック以降、それまでガソリン車であった中小型トラックを、燃費が安い、経済的と大宣伝して、一気にディーゼル化した責任を追及し、これがなければ例えば東京都の大気汚染はなんと4分の1に抑えることができたことを立証しています。
このため東京大気裁判でも、今回の公害調停でも、相手にしているのはトヨタ、日産、マツダ、三菱の各社で、ディーゼル車の販売を行ってこなかったホンダは被告から除外しています。
その意味で、今回のカリフォルニアでの州側とトランプ側の構図とまったく一致しているのが注目されます。
今回の制度創設にあたっても、とりわけトヨタの動向が最大のカギを握るとみられていますが、トヨタは環境重視のCMをばらまきながら、こうした調停打ち切りの対応に終始していることは、日本国内でも知られていません。まして紹介いただいているこのカリフォルニア州でのトヨタの対応は、全く知られていません。
国内でのわずかな報道に接し、とりわけ本ブログでの詳細な紹介に大変に興味を持って、コメントいたしました。
その後の加州対トランプ政権の裁判はどう展開しているのでしょうか。また加州の購入停止は今年初めからと報じられていますが、その実際と加州での世論はいかがなっているのでしょうか。
いずれにしても加州の件と私たちの公害調停の件では、大いに相通じるところがあると思われます。加州の担当者と連絡を取ってみたいとも思いますが、皆目どうやっていいかわかりません。
いろいろとお知恵を貸していただければと思っております。どうぞよろしくお願いいたします。
なお東京大気裁判、公害調停に関しては、下記サイトからアクセスいただければと存じます。
西村先生、コメントありがとうございます。
こちらの件、知りませんでした。そこまで深刻な問題が引き起こされていたのですね。下記サイト、というリンクが貼られておりませんので、再度ご投稿いただけますと幸いです。
>>加州対トランプ政権の裁判
こちらは進展があれば記事で報告いたします。トヨタなどのメーカーは、自動車ディーラー協会とともにトランプ政権側につき、公害を増長する(?!)方向に賛成しているようですね。
https://ww2.arb.ca.gov/resources/documents/carb-waiver-timeline
こちらに、カリフォルニア州の担当者の連絡先なども記載されています。