ダイムラー社CEOが「すべての新型車はEVから開発」すると表明

欧州の電気自動車普及が加速する中、ドイツ・ダイムラー社のCEOであるオラ・ケレニウス氏が、EQSの発売以降「EVはすべての新型車ではじめに開発」することを表明しました。自動車評論家の御堀直嗣氏が報道の深層を読み解きます。

ダイムラー社CEOが「すべての新型車はEVから開発」すると表明

「EQSは新しいSクラスである」という言葉

ドイツで9月8日に配信された報道によれば、ダイムラー社は、電気自動車(EV)の最上級4ドアセダンであるメルセデス・ベンツEQSの発売以降、「EVがすべての新型車ではじめに開発されることになる」と、オラ・ケレニウスCEOが語ったことを伝えている。

これまで、世界の自動車メーカーは、電動化へ向けて、新車開発の基本となるプラットフォーム戦略において、電動化も可能であると述べてきた。そして、マイルドハイブリッドやプラグインハイブリッド、あるいはEVへも適応できるとしてきた。

それに対し、ダイムラー社は逆に、EVとしてまず新車開発を行い、PHEVなど内燃機関を搭載するハイブリッド車種へも適用できるように考えていく姿勢を表明したことになる。

これについては予兆があった。昨年の東京モーターショーで出展されたビジョンEQSというコンセプトカーのデザイナーが来日し、ラウンドテーブルでのインタビューに応じた折、「EQSは新しいSクラスであり、これが将来の造形の方向性になっていく」と述べていたのである。

DAIMLER_EQS

一方で、ドイツの配信報道でケレニウスCEOは、「年間5万km以上走行する運転者は、今後数年のうちにディーゼルを止めることはできない」と話し、米国テスラのように一気にEVへ向かうわけではないとの認識も語っている。欧州では、年間5万kmというクルマの利用は特別ではなく、少なくとも3万kmは走る人がざらである。

しかしながら、片道100kmの通勤範囲であれば、自宅と勤務先で普通充電できる環境が整えば、日常は排ガスゼロの移動がPHEVなどでも可能になる。ダイムラー社では様々な発電の方法も研究しているようだ。

企業にとっても、燃料代を電気代で従業員へ支払えれば安上がりになる。さきごろ、メルケル首相が「脱・脱原発」に方向転換するのではという報道もあった。

「最善か無か」の理念で見極める電動化への道筋

DAIMLER_EQS

メルセデス・ベンツ日本が公表するところによると、ダイムラー社の電動化への道筋は、2022年までにEVを10車種以上導入し、2033年にはEVとPHEVの比率を50%にするとしている。EVを核とした電動車両シフトの方向性であることは間違いなさそうだ。その布石が、今回のEVを先に開発するとのコメントといえる。

ガソリンエンジン自動車は、1886年にドイツのカール・ベンツによって発明され、特許を取得した。同じ年、ゴットリープ・ダイムラーもガソリンエンジンで、馬無し馬車を動かすことを行っている。ベンツとダイムラーは別々に自動車メーカーを立ち上げたが、1926年に合併し、ダイムラー・ベンツ社(のちにダイムラー・クライスラー社を経て今日のダイムラー社)が誕生した。

ダイムラー社の企業メッセージは、「最善か無か」である。BMW社の「駆けぬける歓び」や、アウディ社の「技術による先進」と同様の企業方針だ。

なかでも、ダイムラー社の「最善か無か」の言葉は重い。半端な妥協が許されないことを示している。常に究極を求め、そこへいかに近づけるかが問われているのだ。この哲学があるからこそ、次世代車の開発においては将来の普遍的な姿となるEVを目指した開発でなければならないとの結論に達したのだろう。

10年先を見据えた商品開発

欧州の自動車メーカーの多くが、一つのモデル寿命を8年前後としている。いま登場するメルセデス・ベンツの新車は、2028年まで売り続けなければならない。ほぼ、2030年に近い時代だ。つまり、彼らは常に10年後を想定した技術開発と商品企画を行っているのである。

それに対し、日本車や米国車は、ほぼ4年前後でモデルチェンジする。10年後といったら、2モデル以上先の話となる。そんな未来は考えられないとなり、せいぜい4~5年後の世界しか見ていないのだ。だから、EVを販売しても儲からないという話を、日本の自動車メーカーは役員のみならず技術者さえ平気で口にする。

新型コロナウイルスの影響を受け、英国BBCのハードトークというインタビューの中でケレニウスCEOは、「武漢での封鎖を受け、中国が重要な市場の一つであるダイムラー社は今年、大きく収益を落とすのではないか。それに対する懸念はないか」と問われたのに対し、「将来の経営にとってよい勉強になった」と答えるのみであった。すなわち、2030年を視野にいれた経営のなかで、新型コロナウイルスの影響は一時的でしかなく、なおかつこれを基に長期戦略が立てられると、前を見ていたのだ。

まさにその姿勢が、EVを前提に新車開発をするという商品企画にも通じる。

DAIMLER_EQS

CASE(コネクティビティ/オートノマス=自動運転/シェアード/エレクトリック)という言葉を最初に使ったのはダイムラー社であり、それが一般的な言葉として広がった。企業メッセージの「最善か無か」に基づき、未来の最善を目指すなら、EVを真剣に開発することが不可欠である。

一方で、消費者にとっての最善とは、必ずしも一気にEVになることではないかもしれない。作り手としての最善を目指しながら、消費者にとって今の最善を補完しつつ、クルマの生みの親としての責務を果たそうとするダイムラー社の思いが伝わってくるケレニウスCEOの新車開発へ向けた言葉である。

※記事中写真はEQSなどのイメージです。

(文/御堀 直嗣)

この記事のコメント(新着順)5件

  1. 総電動化で内燃車がなくなったらガソリンの処理はどうなるんでしょうか?
    ガソリンは副産物で、プラスチック、合成ゴム、化学繊維に塗料等、石油由来製品の需要がある限り産まれてくると思いますが。
    まさか燃やすわけにもいかないし。

    1. 名無し様、コメントありがとうございます!そうですね、ガソリンは原油から精製というプロセスで作られます。
      https://oilgas-info.jogmec.go.jp/_res/projects/default_project/_project_/pdf/8/8027/201709_001a.pdf
      これちょっと複雑なんですが、ガソリンが要らなくなれば、輸出することも可能ですし、軽油もガソリンも要らなくなればナフサとして活用、ナフサも充分ということならそもそも輸入量を減らせばいいのです。
      またより重質油にシフトすることによりガソリンの収量を下げて、原油輸入コストを下げることも可能です。

    2. プラ原料の軽ナフサとガソリン原料の重ナフサは炭素数が違うのだけど…
      炭素数の少ない軽ナフサを、改質して重ナフサにできると良いですが…
      それが出来るなら、空気中の炭素を人工光合成の技術のが先に来る気もしますがね…

  2. EVから先に作ることを表明したのは日産(インフィニティ)が先かもしれません。可変圧縮比エンジンを新開発の方法でマウントするe-POWERの投入に昨秋言及していましたので。

  3. なるほどヨーロッパ各国の自動車メーカーが一斉に電動化へ舵切ってますね。
    中でもスマートは一番速く動いてますが…2019年にエンジン車最終モデルを出し「今後は全て電気自動車とする」と宣言してますから。
    日本に比べ西欧の電動車種の多さと動きの早さは著しく、政治行政もそれなりにアシストしているからじゃないでしょうか!?当然日米間中の自動車メーカーに負けじと動くのもあれば欧州各国のエンジン車規制計画もあったり。
    特にコンパクトカーの電動化は西欧が一番だと思います。フィアットe500やらルノーゾエやら。このままだと日本の小型車ガラパゴス枠すら蚕食されかねません(爆)下手すりゃ以前のスマートKの如く西欧製軽自動車EVで軽自動車メーカーもジリ貧でしょう!(爆)
    方や日本の政治行政ときたらなんらモーションのない体たらく。1970年代の排ガス規制時代とは大違いですよ!!危機感なさすぎ…といっても国民各自が政治行政批判なり不買運動なりすれば動かざるを得ませんが。「判り始めたMyRevolution明日を乱すことさ」じゃないですか!?
    今の日本の自動車目カーは規制に縛られすぎですが原因は政治行政のオナニーとしか言えませんよ(…はしたない発言ですが他に表現しようがないです)。

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この記事の著者


					御堀 直嗣

御堀 直嗣

1955年生まれ65歳。一般社団法人日本EVクラブ理事。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。1984年からフリーランスライター。著書:「快走・電気自動車レーシング」「図解・エコフレンドリーカー」「電気自動車が加速する!」「電気自動車は日本を救う」「知らなきゃヤバイ・電気自動車は新たな市場をつくれるか」「よくわかる最新・電気自動車の基本と仕組み」「電気自動車の“なぜ”を科学する」など全29冊。

執筆した記事