フォードが発表したピックアップトラックEV『F-150 LIGHTNING』が、かなり魅力的

フォードは2021年5月19日、電気自動車に生まれ変わったライトデューティートラック『F-150 LIGHTNING』シリーズを発表しました。大容量のコンセントも使用可能なうえ、V2Hにも対応するなど、EVとしての基本性能は高そうです。

フォードが発表したピックアップトラックEV『F-150 LIGHTNING』が、かなり魅力的

航続距離は最大480km

フォードは、アメリカで最も売れているライトデューティートラックのひとつ、『F』シリーズに、電気自動車(EV)バージョンの『F150 LIGHTNING(ライトニング)』を投入しました。トラックのEVは、テスラの『サイバートラック』やGMの『ハマー』、アマゾンやフォードが出資しているリビアン、GM傘下のローズタウンモーターズなど、注目のモデルが揃ってきて、いよいよ競争が激化しそうです。

2022 Ford F-150 Lightning Platinum, Lariat, XLT. Pre-production model with available features shown. Available starting spring 2022.

『F-150 ライトニング』は、『XLT』『LARIAT』『PLATINUM』『PRO』の4つのグレードがラインナップされています。4つのうち、商用に特化した装備の『PRO』以外は、もともとのICEの『F-150』にも同じ名前のグレードがあるので、ちょっとややこしいです。すでに予約受付を開始していて、デリバリーは2022年春に予定されています。

バッテリー容量は2種類あり、1充電あたりの航続距離は標準レンジでEPAモードで推定230マイル(約368km)、拡張レンジで推定300マイル(480km)です。具体的なバッテリー容量の数字は、まだ出ていません。

他方、フォードは5月20日にSKイノベーションと合弁会社の設立で合意したことを発表していて、そのリリースの中で、SKイノベーションがNMCの新しいバッテリーをF-150用に開発していることに触れています。『F-150 ライトニング』のデリバリー開始は来年春なので、このバッテリーが搭載されることになりそうです。

充電は、家庭用の標準仕様だと32A(120/240V)、オプションで48A/240V、拡張レンジのバッテリーでは80A/240Vに対応します。急速充電器の対応出力は150kWです。

念のために付記しておくと、フォードは日本市場から撤退しているので、日本に導入される予定などはありません。急速充電の規格もアメリカのコンボ(CCS1)と思われます。

内燃機関の『F-150』よりEVの方が安くなる!?

大画面液晶モニターでの機能操作はテスラ風。

価格は、『PRO』の標準レンジが3万9974ドルからで、拡張レンジモデルが4万9974ドルから、装備が充実している上級グレードの『XLT』が5万2974ドルからです。フル装備にすると最高9万474ドルになるのですが、それぞれのグレードの価格は装備などによって異なるので、公式HPには掲載されていません。すべてのグレードで7500ドルの税控除が適用されます。

税控除を適用すると、『PRO』は3万2474ドル(約357万円)から、『XLT』は4万5474ドル(約500万円)からになります。フォードは公式リリースの中で、ICEの『F』シリーズと同等の価格とうたっています。

と言っても、ICEの廉価グレード『XL』は2万8940ドルから、『XLT』は3万5050ドルからなので、さすがに同じとはいきませんが州によっては連邦政府の税控除以外の補助金もあります。フルに使えると価格差は日本円にして数十万円まで縮まりそうです。というか、『PRO』なら補助金を組み合わせると、ICEの『XL』より安くなります。これはけっこういける価格帯かもしれません。

生産はディアボーンのルージュに新たに設置した工場で行います。フォードのジム・ファーリー社長兼CEOは『F-150』の発表で次のように述べました。

「未来のトラックは、アメリカの製造業の大聖堂であり、私たちの最も先進的な工場であるルージュコンプレックスで働くフォード=UAWの労働者によって、品質と持続可能性を備えて生産されます」

EV化が進むことで雇用が失われるのではないかという不安は、自動車業界の中で常にくすぶっています。経営者によるUAW(全米自動車労組)に対する謝辞は珍しいものではありませんが、ファーリー社長の言葉には電動化に対する労働者の不安に対する配慮もあるように思えます。一方で、視点を変えればEVへの転換にUAWも理解を示しているとも言え、UAWが1990年代に電動化への変化を敵視していた頃と比べると隔世の感があります。

バッテリーは床下でフロントに大容量トランク

『F-150』はバッテリーを全て床下に配置し、駆動用モーターを前後に搭載した全輪駆動です。目標にしている最高出力は、標準レンジのバッテリーだと426馬力、拡張レンジバージョンだと563馬力で、いずれのタイプでも最大トルクは775lb.-ft(1050Nm)です。拡張バッテリーを搭載したバージョンの0-60mph加速は4秒半ばです。パワーの違いは、搭載容量によって航続距離に影響が出るのを抑えているのでしょうか。

トラックでは必須の性能になる牽引可能重量は、標準仕様で最大5000ポンド(約2.3t)、積載重量は2000ポンド(約907kg)、拡張レンジのバッテリーを備えた『XLT』と『LARIAT』は最大牽引能力が2倍の1万ポンドになります。

特徴的なのは、従来のエンジンルームをまるごとスペースにして、フロントトランクにしていることです。ここにゴルフバッグ2個が入る!そうです。

大容量フランクにはAC電源も標準装備。

それだけではありません。『F-150』は『Pro Power Onboard(プロ・パワー・オンボード)』という交流電源システムを搭載していて、標準仕様ではフロントトランクに交流120Vのコンセントが4つとUSBポートを2つ、室内に120Vを2つ、さらに荷台にも120Vを2つ備え、最大2.4kWの電力を供給できます。

フォードはコンセントを備えたフロントトランクを、『Mega Power Frunk』(メガ・パワー・フランク)と名付けています。フロントトランクだからフランク(これもテスラが語源でしょうか)というのはわかりやすくて笑ってしまいますが、大容量電力を使えるのは重宝します。

さらに『Pro Power Onboard』はオプションで、最大9.6kWを出力できるタイプもあります。高出力タイプを備えた『LARIAT』と『PLATINUM』は、荷台に120V×2のほか、240Vコンセントを搭載します。

車から240Vを取る状況がどういうものなのか凡人&日本人にはうまく想像できませんが、フォードはリリースで、「拡張バッテリーは、1回の充電で1/2インチの合板を30マイル分切るのに十分な電力を備えている」と紹介しています。そんなに長大な合板を切る機会は、筆者には永久にこない気がしますが、これだけの電力があれば数日間のキャンプや避難生活も便利に過ごせそうです。

『フォード・インテリジェント・バックアップ・パワー』でV2Hに対応

オプションで荷台から240Vをとることもできる

さらに! 30マイルの長さの合板を切るだけの電力を備えているのは伊達ではありません。『F-150 ライトニング』はV2Hに対応しているのです。オプションの『Ford Intelligent Backup Power(フォード・インテリジェント・バックアップ・パワー)』を使うと、停電の時には自動で車から家に電力を供給することができます。停電から復旧すれば、自動で元に戻ります。

リリースによれば、平均的な家庭が使用する電力を1日あたり30kWhとすると、拡張レンジのバッテリーを搭載していれば最大で3日間、電力を供給できるとあります。アメリカでは巨大災害や設備の問題などでときどき、大規模な停電が起きているので、V2Hに対応しているのは大きなセールスポイントになりそうです。

あ、ということは、30kWh×3日で、拡張レンジのバッテリー容量は90kWh前後ということになりそうです。元がトラックなのでエネルギー消費の効率は期待してなかったのですが、仕様通りなら電費は5.3kWh/kmなので、欧州メーカーのプレミアムEVといい勝負になりそうです。

V2HやEVからの電源供給は日本が先行しているような印象ですが、全ての車種でV2Hには別メーカーが発売する高価な機器が必要だし、日産リーフ(おそらくアリアも)の場合、電源供給に別売の機器が必要です。車両そのものにこれでもかとコンセントを装備して、V2H機能も組み込んだのは画期的であり、今後のEVは「かくあるべし」という気がします。

センターコンソールには15.5インチの大型タッチスクリーンが設置されていて、車の動作はここで操作します。まあ、メーターパネルの表示はあるのですが、なんだかテスラみたいです。

このほかにも、スマートフォンを使ってキー不要で車の起動やロック/ロック解除ができます。充電管理ももちろん可能です。こうした車のソフトウエアは、無線でアップデートされます。付属的な機能だけでなく、車両本体に関するソフトウエアも無線アップデートされます。所要時間は2分程度だそうです。

テスラのように無線で新しい機能を追加することも想定していることもあり、ファーリー社長兼CEOはリリースの中で、次のように話しています。

「『F-150 ライトニング』は、フォードチームにとって大きな瞬間です。アメリカのナンバーワン自動車ブランドは、アメリカのお気に入りの車でゼロエミッションを達成しています。4×4と独立したリアサスペンションを備えたラプターよりも高速だし、パワー・フランクや、家を3日間動かし続けたりテールゲートに十分な電気を供給できる電力量を備えているうえ、無線アップデートで永久に改善されていきます。(中略)『F-150 ライトニング』は、私たちが進化を推し進めるとき、私たちの国ができる全てのことを代表しているのです」

フォードが電動化を加速しそうな気配

フォードは、『F-150 ライトニング』の発表にあわせて、今後の電動化の方針を説明するリリースを出しました。資料によれば、2050年のカーボンニュートラル達成を目指し、現在、フォードは2025年までに220億ドルを車の電動化のために投資している最中です。

【参考資料】
THE FORD ELECTRIC VEHICLE STRATEGY: WHAT YOU NEED TO KNOW(2021年5月19日 フォード公式リリース)

フォードは2021年後半にはアメリカで最も売れているバンをEV化した『E-Transit』をデビューさせる予定です。『マッハ E』はすでにデリバリーが始まっています。こうしたEV化をバックアップするため、フォードは全米50州で、2300カ所のEV認定ディーラーと、644カ所のEV認定商用車センターを設置して顧客サービスを提供するそうです。

さらに、冒頭で少し紹介したように、スタートアップのリビアンに5億ドルを投資したほか、2023年からはヨーロッパ向けのEVを開発するためにフォルクスワーゲンのモジュラー電動技術を利用する計画だそうです。これは、フォルクスワーゲンの『MEB』のことですね。

さらにフォードは、『F-150 ライトニング』を発表した翌日の5月20日、SKイノベーションとの合弁会社『BlueOvalSK』を設立する覚書に署名したことを発表しました。

【参考資料】
FORD COMMITS TO MANUFACTURING BATTERIES, TO FORM NEW JOINT VENTURE WITH SK INNOVATION TO SCALE NA BATTERY DELIVERIES(フォード公式リリース)

この合弁会社では、2020年代の半ばまでに年産60GWhのバッテリーセルやモジュールを生産する計画です。合弁会社設立にあたって、フォードのファーリー社長兼CEOは、「私たちは、私たちの未来を誰にも譲りません」と強気のコメントを発表しています。

またSKイノベーションのキム・ジュンCEO兼社長は、「フォードとのジョイントベンチャーは、現在のアメリカ政権の主要な狙いとなっている、アメリカでのEVのバリューチェーンを具体化する極めて重要な役割を担います」と、自らの役割について述べています。

リリースによれば、フォードの現在の電動化戦略を達成するためには、2030年までに少なくとも240GWhのバッテリーセルが必要になります。ざっくりと、生産工場が10個必要な容量になるそうです。このうち約140GWhは北米向けに必要で、その他は中国とヨーロッパに振り向けることになると試算しています。

このほかにもフォードは、基礎研究を含めたバッテリーの研究開発を行う『Ford Ion Park』を設置し、バッテリー技術の開発、研究、製造、計画、購入、品質、および財務の専門家150人の陣容で取り組んでいるそうです。

と、駆け足でしたがフォードの現状を紹介してみました。なんというか、アメリカの市場で中心的な役割を果たしているトラックの『F』シリーズをEV化したというだけでもかなり衝撃的な話なのですが、こうやってみるとEVの比重を増やしていく速度をかなり早めている感じがします。

2020年代の半ばまでに年間60GWhを生産するということは、EV1台あたり60kWhのバッテリーを搭載するとしたら約100万台分になります。『F-150 ライトニング』くらい大量のバッテリーを乗せる大型車が増えると数は減りますが、それでも数十万台規模です。2030年に240GWhになるということは、その4倍ですし。ざっくり、400万台っていうことですかね。しかも、「少なくとも」というひと言まで付いてます。

日本でもホンダに続いてトヨタが電動化の方針を発表していますが、欧米はその先を歩いています。キーになるバッテリーの確保競争がどうなるのか、数が多いライトデューティートラックが電動化されれば、競争激化は間違いありません。フォードとSKイノベーションが合弁会社設立を発表したのは、供給不安に対する回答でしょうか。

さらにさらに、この記事をまとめようとしていた5月26日には、これまで2025年までに220億ドルとしていた電動化への投資額を300億ドル(約3兆2730億円)以上に増やすことや、2030年までにフォードが全世界で販売する車の40%が電気自動車(EV)になるという予測を発表しました。

【参考資料】
SUPERIOR VALUE FROM EVS, COMMERCIAL BUSINESS, CONNECTED SERVICES IS STRATEGIC FOCUS OF TODAY’S ‘DELIVERING FORD+’ CAPITAL MARKETS DAY(フォード公式リリース)

ヨーロッパ、中国はもちろんですが、ビッグスリーの動きも加速化しているようで、目が離せなくなってきました。と言っても日本市場はフォードの眼中にはないので、日本在住者としては指をくわえて見ているしかありません。今後は、フォードのほかのメーカーからも見放されないことを祈りたい気分です。

(文/木野 龍逸)

この記事のコメント(新着順)4件

  1. バイデン大統領が、ニュースで中国EVに対抗すると、このEVに乗ってパフォーマンスした車輌ですね。
    ピックアップトラックは、アメリカの文化であり、多く乗られていますから、電動化すれば需要台数は多いと思います。
    ところで、テスラのサイバートラックはどうしたのでしょう?

  2. 追突回避ブレーキや自動運転への取り組みはどうなってるんでしょうかね。
    日本にも数は少ないですが一定数のHUMMERファンやピックアップトラックファンがいますので、私なんかは是非販売してくれないかなあと思ったりもします。
    テスラのCyber track はデカすぎるんですよね。
    まあJeep のCherokee やWrangler でもいいんですが、SUVではないヘビーデューティーな4WDが好きな私なら絶対買います。
    今はModel 3に乗っていて大満足なんですが、元々ランクルに乗っていてキャンプ好きだったのでそういうタイプのEVに乗りたいんですよね。

  3. いよいよ来たね。とても魅力的。
    開発陣がとても頑張ってる。現行のF150なんてユーザーの欲しいものや便利な機能を突き詰めて機能的で魅力的です。

    フォードの株買っておこう。
    来春にデリバリーが始まって、多少の不具合も出るだろうけど、ワクチンの接種状況とF150の年間販売台数を考えるとアメリカは大復活するね。円安も進むでしょう。

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					木野 龍逸

木野 龍逸

編集プロダクション、オーストラリアの邦人向けフリーペーパー編集部などを経て独立。1990年代半ばから自動車に関する環境、エネルギー問題を中心に取材し、カーグラフィックや日経トレンディ他に寄稿。技術的、文化的、経済的、環境的側面から自動車社会を俯瞰してきた。福島の原発事故発生以後は、事故収束作業や避難者の状況のほか、社会問題全般を取材。Yahoo!ニュースやスローニュースなどに記事を寄稿中。原発事故については廃棄物問題、自治体や避難者、福島第一原発の現状などについてニコニコチャンネルなどでメルマガを配信。著作に、プリウスの開発経緯をルポした「ハイブリッド」(文春新書)の他、「検証 福島原発事故・記者会見3~欺瞞の連鎖」(岩波書店)など。

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