単一案件ではGM史上最大の投資額
GMは2022年1月25日(現地時間)に、ミシガン州の州知事や立地自治体の関係者などを集めて記者会見を行い、電動化に向けた新たな投資計画を発表しました。発表によれば、ミシガン州に70億ドル(約8070億円)を投資、EV用バッテリー「Ultium(アルティウム)」の生産工場を新設するほか、既存工場をEVのピックアップトラックを生産する工場に転換し、生産能力を拡充します。単一の案件に対する投資としてはGM史上最大になるそうです。
この投資計画についてGMのメアリー・バーラ最高経営責任者(CEO)は、「バッテリーセルと電気トラックの製造能力を大幅に向上させることを発表できることに興奮している」と話しました。
今回の投資は、工場の大規模変更と新設のためです。まず工場の大規模変更は、デトロイトから北北西に約4kmに位置するオリオンタウンシップにあるGMの組立工場を、2カ所目の「Factory ZERO(ファクトリー・ゼロ)」に転換するものです。1カ所目は、ミシガン州のデトロイト・ハムトラミックで2021年11月に稼働しました。
オリオンのファクトリー・ゼロで生産を予定しているのは、『シボレー・シルバラード EV』と『GMC シエラ EV』の2車種です。GMは、この工場がフル稼働すれば、約1000人の現在の雇用を維持しつつ、2350人以上の新規雇用を生み出すことができるとしています。
これらの工場を始めとし、GMは2025年末までに北米で100万台のEVを生産する能力を確保する計画です。
アルティウムバッテリーの新工場も建設
もうひとつの投資対象である新工場は、GMとLGエネルギー・ソリューションの合弁会社『Ultium Cells(アルティウム・セル)』が、ミシガン州の州都、ランシングに建設する『アルティウム』バッテリーの生産工場です。投資額は26億ドル(約3000億円)です。『アルティウム・セル』の工場としては、2023年の稼働を目指して建設中のオハイオ州、テネシー州のサイトに続く3カ所目になります。
工場の敷地面積は280万平方フィート(26万平方メートル)なので、よくある東京ドームとの比較だと5個半分です。なにはともあれ広そうです。
発表によれば、1700人の新規雇用が生まれるとのこと。また、フル生産をすると、バッテリーセルの容量は50GWhになるそうです。稼働開始は2024年後半の予定です。
車がEVになることで大量の雇用が失われる可能性があるという負の側面が、日本では強調されがちです。自動車工業会はそう主張してきました。
この懸念は日本だけでないのですが、GMによる「ファクトリー・ゼロ」の発表では、減るだけではなく、増える雇用もあることを前面に押し出しています。発表会ではミシガン州の州知事、上院議員、各自治体関係者などがそれぞれ、数分間のスピーチをし、投資の意義を強調しました。もちろん、必要不可欠な全米自動車労働組合(UAW)の協力も得ています。電動化が進んでも、一定程度の雇用確保について合意ができているということでしょう。
電動化に対し前向きな姿勢を強く印象づけるGMの発表会
新工場への投資について、GMのメアリー・バーラ会長兼最高経営責任者(CEO)は、「この重要な投資は、ミシガン州と米国の製造業のプレゼンスを強化し、高収入の雇用を拡大するという私たちのコミットメントを示しています」とコメントしています。高収入の雇用、大事です。
この発言からもわかるように、記者発表は非常に前向きな印象を与えるものでした。発言に対して来場者が拍手喝采する、アメリカの選挙集会やファンドレイジングパーティーのような演出です。後ろ向きの言葉が出てくるわけもありません。
だから幅広い関係者への配慮も忘れません。GMはこの発表会で、EV関連の投資だけでなく、既存工場に5億1000万ドルを投資して生産能力を上げることも発表しています。バーラCEOはこれらの投資も含めて、ミシガン州議会や知事、自治体、UAWなどへの謝辞を述べ、こんなコメントを付け加えています。
「この投資はミシガン州に、全米の未来への移行に従業員を連れて行く機会を生み出します」
うまいというか、政治的というか、敵は内燃機関ではないと連呼する自動車工業会のやり方より、ずっとスマートだと感じます。先日のトヨタの発表会と比べても、目的や戦術が明瞭でポジティブな印象を受けました。もちろん、リップサービスはあるので真意がどこにあるのかは正確にはわかりませんが。
ファクトリー・ゼロでアルティウムプラットフォームのEVを生産
GMは2020年1月に、22億円を投資してデトロイト・ハムトラミックにある既存の組立工場(D-Ham工場)を、2021年末までに「ファクトリー・ゼロ」にすることを発表しました。この工場は2021年11月に、第1号のファクトリー・ゼロとして稼働を始めています。
D-Ham工場での生産が決まっているのは『GMC EV ハマーピックアップ』『GMC ハマー EV SUV』『シボレー・シルバラード EV』『クルーズ・オリジン』で、今後も新しいEVを作っていきます。ちなみにD-Ham工場では、2011年から19年にかけて『シボレー VOLT』を生産していたほか、内燃機関の最後の車として『キャデラック CT6』と『シボレー・インパラ』を作ったそうです。いずれもアメリカを象徴する車です。
GMは、北米の組立工場での生産能力の50%を、2030までにEV生産に転換することを計画しています。そして2035年までにピックアップトラックを含むライトデューティービークルからの排ガスをゼロにし、2040年までにグローバルでカーボンニュートラルを達成することを目指しています。
このためファクトリー・ゼロでは、生産設備の転換にあたって発生するコンクリート片のリユースを進めたり、水のリサイクルシステムを採り入れたりしています。GMとしては、環境問題のリーダーという存在感を出したいようです。
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GMが2035年までにすべての乗用車モデルを電気自動車にすると発表(2021年2月2日)
2025年までに市場に出す予定の30車種のEVは、「アルティウムバッテリー・プラットフォーム」を採用し、「ファクトリー・ゼロ」で作ることになります。その第一歩が、昨年のD-Ham工場の稼働と、今回の史上最大の投資計画発表になります。
ところでGMはリリースで、バッテリーを含むEV関連のサプライチェーンにも言及しています。いずれも2021年7月から12月にかけて協力関係が発表されています。とりあえず並べてみます。
●MPマテリアルズ=希土類磁石の調達と生産関連
●Vacuumschmelze (VAC)=米国でのモーター用磁石工場の建設
●POSCO=カソードの活物質を処理する工場の建設
●GEリニューアブルエナジー=モーター用の希土類のサプライチェーン開発や再エネ利用の拡大
●Wolfspeed=炭化ケイ素のパワーデバイス利用に関する開発など
●Controlled Thermal Resources(CTR)=炭素発生量が少ない閉ループを通じて米国ベースでリチウム供給源を確保
各企業との協力内容については個別のリリースが出ていて、取り組みの広がりを印象づけています。気になるのは、モーターの永久磁石に使う希土類の確保に動いていることでした。日産やトヨタなどが脱永久磁石化を進めつつあるのと対照的です。何が主流になっていくのか、気になるところです。
とにもかくにも、GMは史上最大の単一投資を発表しました。各社の投資計画は、以前、トヨタが計画を発表したときにEVsmartブログでまとめたことがあります。GMはすでに、2025年までに350億ドル以上(約4兆円)を投資する計画を発表しているのですが、その一端が見えたことになります。
サイズの大きい車が中心のGMが、EVにシフトするのは容易ではないと思います。80年代、90年代、2000年代にも、燃料費の高騰から大型車が厳しいと言われつつ、北米ではやっぱりピックアップトラックなどが幅をきかせてきました。ここがEVを含めた電動化にシフトしたら、それこそ歴史の大転換になりそうです。
発表会でバーラCEOは、GMは「2020年代の半ばに、EVでのマーケットリーダーになることを目指している」と意気込みを語りました。さらには、この投資は「私たちの故郷(ミシガン州)を電気自動車産業の震源地にするのに役立つ」とも述べています。
この心意気や良しで、言うことはありません。目標に向けた進展を注目していきたいと思います。
(文/木野 龍逸)