この「卒ガス」政策が効力を発したのは今年(2018年)の7月1日からで、目的は再生可能エネルギーを最大限に活用することです。与党の「自由民主党(VVD)」など4党がこれまで法案を練ってきましたが、混乱が起きるとしてさまざまな議論を巻き起こしてきました。発効を祝ってシャンパンの栓が開けられ、同時にガスの栓は閉められました。ほぼ2ヶ月経った現在でも、危惧された混乱は起こっていないようです。この法案は元々は2019年頃の発効とされていましたが、ガス採掘にまつわる諸問題や環境意識の高まりに押された形で「前倒し」されたようです。なお、この団体の名称「Servicepunt Duurzame Energie[オランダ語]」は、英語で言うと「the Service Point for Sustainable Energy(再生可能エネルギー・サービス拠点)」というような意味です。
高緯度地帯に属するオランダでは天然ガスは暖房や調理などに欠かせませんが、オランダ政府は、今後はそうした熱源は「工場などで発生した廃熱を利用した地域熱供給システム」や「太陽光など再生可能エネルギーを利用した電力」でまかなうとしています。もちろん例外も認められており、地域熱供給システムが組めない「住宅がまばらな場所」や、住宅街が古過ぎてガス以外の熱源を導入するには莫大な導入コストがかかる場合などは、今後もしばらくガスを使い続けることができます。ただし、それ以外は住宅は「ガス・グリッド」へ接続することは禁じられています。
卒ガスは新築住宅だけではありません。現地紙「the Holland Times」の6月28日の記事によると、すでに建てられているガスを使う住宅も、今後毎年3~5万戸ずつガス・グリッドから外す計画です。さらに2022年以降はその数を一挙に年間20万戸に増やす予定であると、「経済省で気候対策の任にあたる(Minister for Economic Affairs and Climate Policy)閣僚」のEric Wiebe氏は述べています。
意外なのは、オランダは欧州連合(EU)の中で最大の「天然ガス田」を持っている点です。埋蔵量は世界的に見ても10本の指に入ると言われており、実際オランダは西ヨーロッパではノルウェーに次ぐ天然ガスの産出国です。(電気自動車の普及と取り組みの積極性も、まさにこの順番です。両国は欧州内で1・2位だけでなく、世界で1・2位でしょう。)そのため、採掘が本格化した1960年代からオランダでは天然ガスの利用が盛んでした。現在は「ロイヤル・ダッチ・シェル」と「エクソン・モービル」が共同でガスを採掘しています。
このガス田は、北部の「フローニンゲン(Groningen[オランダ語])州」にありますが、近年、採掘に伴う地盤沈下が激しく、それによって引き起こされる「頻発地震」が社会問題化していました。ガス田の上にある街、たとえば「ミッデルストゥム(Middelstum)」などでは、家屋や家畜小屋に多数のヒビが入り、冬期は寒風が吹き込んでいます。特に「窓周り」の破損が多発しています。採掘自体はすでに半世紀前から行われていますが、現地の人によると、被害はここ5年間で急激に増加している印象だそうです。
今回の卒ガス政策は、北部での地盤沈下と地震といったリスクを減らす目的があるほか、2013年10月に発表した「Climate Agenda for 2030」に際して民間部門・政府機関・NGOと合意した、「2050年には『1990年比で80~95%のCO2を削減する』、『再生可能なエネルギー源に原料を完全に移行する』」とした「国家原料協定」があるためとされています。
日本では不思議なくらい「卒ガス」に向けた動きやアイディアを耳にすることはありません。むしろガスはクリーンなエネルギーといったイメージで捉えられているほどです。日本は、太陽光・風力だけでなく、地熱や波力・潮汐、バイオマスといった再生可能エネルギー源を数多く持つ「再生可能エネルギー『資源大国』」です。地球環境への負荷を減らす観点で重要なのはもちろんですが、従来型のエネルギー資源に関してはほとんどを輸入に頼る日本にとっては、こうした未利用の再生可能エネルギーを活用することは「国富の浪費」を防ぐという点でも重要かつ喫緊な課題だと言えるでしょう。再生可能エネルギーへと本格的に舵を切った先駆者オランダの動きから、今後学ぶことが多そうです。
(文・箱守知己)