CASE革命の第2フェーズへ/コンセプトEV『LDK+』が示唆する新しいエコシステム

家電メーカーであるシャープが電気自動車のコンセプトモデル『LDK+』を発表。都内で開催したイベントでお披露目されました。台湾のフォックスコン(鴻海=ホンハイ)のオープンプラットフォームを採用した「リビングルームの拡張空間」というEVは、どんな未来を見せてくれるのか。キーパーソンへのインタビュー&考察です。

CASE革命の第2フェーズへ/コンセプトEV『LDK+』が示唆するエコシステム

LDK+のコンセプト/ショーモデルでは終わらない

2024年9月6日、シャープは「LDK+」というコンセプトカーを発表。17〜18日に「SHARP Tech-Day’24」というプライベートイベントで実車のお披露目を行った。イベント前日、シャープの開発担当者と実車の開発・製造に携わったフォロフライに話を聞くことができたのでレポートする。

対応してくれたのは、長田俊彦氏(シャープ Next Innovation I-001プロジェクトチーム チーフ)と小間裕康氏(フォロフライ 代表取締役 CEO)の2名。この記事では、インタビュー内容をベースに、家電メーカーがEV市場に参入する意義や今後の市場動向について考えてみる。

フォロフライの小間氏(左)と、シャープの長田氏。

発表によれば、車両のコンセプトは「車両が止まっている時間にフォーカスしたEV」であり「リビングルームの拡張空間」としている。

ミニバンやワンボックスをリビングやワークスペースとしてカスタマイズしたものなら、日産の「MYROOM」(キャラバン)やMONETテクノロジーズの「MaaSコンバージョン」カー、それこそ既存のキャンピングカーがすでにある。なにもエポックな要素はないではないか、と業界人や専門家は考えがちだ。

たしかに、ただのコンセプトカーであり自社デバイスのショーケース的なアドバルーンという評価も可能だ。だが、自動車でありながら、第一のコンセプトに「止まっている時間や空間を最初に据えている点はあまり過小評価しないほうがいい。シャープは「数年以内のなんらかの形での市場投入」を考えているといい、ただのショーモデルではないとしている。

フォックスコンおよび国内の商用車EV開発で実績のあるフォロフライといった協業体制には本気度を感じる。後述するが、フォックスコンはすでに台湾で自社プラットフォームのEVを販売している。MIHコンソーシアムという、EVプラットフォームの業界団体を持ち、車両ハードからSDVアプリケーション、交通を含む各種サービスプロバイダー網とも接点がある(今回の発表ではMIHコンソーシアムに関する直接の言及はない)。

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なによりシャープ自身が家電ビジネス全般、半導体や各種センサー、通信技術、AIといった要素技術を持っている。CASEの4領域のうちC(通信)、A(自律制御・AI)、S(シェアリング)をカバーしており、E(EV)だけがないだけだ。

インタビュー/LDK+開発の協業体制

以下、インタビューの内容を一問一答形式で紹介する。

―シャープがEVを作ろうと思った理由は?

長田氏/EVや自動運転といった技術トレンドは新しいニーズを生みだしています。そこに家電の知見を活かせるはずと考えました。とくに走る以外の価値提供をコンセプトに据えました。リリースでは「リビングルームの拡張空間」としています。後部の65V型スクリーン、回転する後部座席、家電などがそのまま使えるなど、生活の場としての車室を作りたいと考えました。

シャープには「COCORO HOME」というAIを利用したスマート家電を統合管理するプラットフォームがあります。たとえば、これらと連携することで、移動中、停止中の車内空間と自宅はシームレスに制御できます。V2Hを含めたホームエネルギーマネジメント(HEMS)、スマートホームにも対応できます。

―家電の知見を活かすといっても自動車とは違う。問題や課題はなかったのか。

長田氏/車両設計など技術面では、フォックスコンとの協業で実績のあるEVプラットフォーム(MODEL C)が使えました。車両生産や国内法規といった細かい部分はフォロフライの支援があったので、あまり大きな障害とはならなかったと思います。むしろ家電と自動車という業界の違いによるコミュニケーションの課題があったくらいです。それも議論を重ねることで、お互いの信頼関係につながりました。

―フォロフライの立場ではどうだったのか。

小間氏/フォロフライの事業の中ではエンジニアリングサービスとして他社プラットフォームを使った車両開発、EV開発を行っています。シャープさんからは、ただのショーモデルではないといわれていたので、公道を走れるクルマとして設計に協力しています。ハンドルがないなど、コンセプトを優先させた部分はありますが、一般の自動車としての法規制や安全性能、部品生産について知見が提供できたと思っています。

―自社EV(F1シリーズ)を持つフォロフライとして、他社のプラットフォームで車両を開発することは難しくなかったか?

小間氏/難しい点はどんな開発にもありますが、弊社の前身であるGLMの時代から、他社車両の受託開発などエンジニアリングサービス事業も展開していたので、他社プラットフォームだから苦労したということはありませんでした。

―LDK+は市販を目指す聞いているが、具体的なスペックや量産体制、販売スキームのプランはあるのか。

長田氏/今回はコンセプト提案のモデルですが、数年以内を目安になんらかの形で市場に出すことは考えています。価格やモデル設定、製造スキーム、販売チャネルなどはあらゆる可能性を考慮しているところです。

―たとえば、どんなバッテリーを搭載するのかなど、公開可能な情報はないか。

長田氏/全長5メートル弱という大まかな数字以外は現在のところ公表していません。バッテリー容量や航続距離、バッテリーの種類、メーカーなどもこれからです。とくにバッテリーはコストに大きく影響するので、さまざまな選択肢を検討しています。

垂直統合モデルの神話

コンセプトモデル段階なので、販売計画や車両スペックなど詳細は明らかにされなかったが、インビューで感じたのは、まず、シャープがEV参入についてあまり障壁を感じていないという事実だ。フォックスコンという資本関係があるEMS(電子機器受託製造先)のバックアップがあるとはいえ、家電の延長で自然に自動車という選択肢が入っていると感じた。

BYDやテスラの例をとり、自動車製造はEVだろうと自動運転だろうと垂直統合でなければうまくいかないという考え方がある。たしかに、バッテリーや車両プラットフォーム、パワートレイン、AIを含むソフトウェア技術など、EV/自動運転カーのコアコンポーネントは自社製造したほうが、全体のコストを最適化できる。競争力維持に不可欠なポイントだが、じつは、このモデルのキーは、自社製造というより共通化・標準化と捉えるべきだ。

自社製造なら部品の共通化、仕様の統一がしやすい。量産の限界コストを下げることができる。だが、共通化は水平分業の基本モデルである。その背景にあるのがデファクトスタンダードを含む標準化と各社システム相互接続のエコシステムである。

SDV時代に広がる水平分業モデル

事実、既存OEMでも、商用車や軽自動車など得意分野以外は他社車両のOEM供給を受けている例はいくらでもある。競争が激しくなった中国EV市場では、既存OEM勢が中国系メーカーやEMS、ソフトウェアプラットフォーマーと協業する例も増えている。

フォルクスワーゲンはE/EアーキテクチャについてXpengと共同開発することを発表している。トヨタのbZ3は、BYD、FAW(一汽豊田汽車)らとの合弁事業による電気自動車だ。トヨタは、ファーウェイと提携したり、テンセントと合弁企業を作ったりしている。

水平分業やパートナーシップモデルは、ソニー・ホンダモビリティやシャオミのEV参入に通じるスキームで提携の事例だけでなく、製品アウトプットまでできている。SDVや自動運転分野では、水平分業は自然な流れといえる。少なくとも(世界最大の)中国自動車市場においては、オープンプラットフォームまたはオープンアーキテクチャによるパートナーシップモデルは避けられない現状がある。同様な協業事例が今後も増えてくるだろう。

家電業界から見たEV

家電業界は、自動車業界より何年も前から再編が進んでいる。欧州ではボッシュ、ミーレ、AEG(エレクトロラックス)、フィリップスのような老舗プレミアムブランド以外、各国の中堅家電メーカーは中国資本が入っているブランドが多い。

ハイアール、ミディア、ハイセンスといった中国家電メーカーは傘下に老舗欧州ブランドを持っている。彼らの戦略は、価格競争力を発揮できるターゲットには自社製品・自社ブランドで展開し、ミドルエンド、ハイエンドな市場には、地場の老舗ブランドを買収して対応している。

たとえば、世界最大の顧客市場を持つとされるハイアールは、フーバー、キャンディ、カサルテという欧州ブランドを持っている。ハイセンスはKelon、Goreje、ASKO、REGZA(東芝)といったマルチブランドで欧州市場に展開している。

グローバルな家電市場では、少し前までGoogle Home、Amazon Alexa対応を筆頭に、自社家電のAI統合、統合管理アプリがブームだったが、2023年ごろから、スマートホームやエネルギーマネジメントに力を入れるようになった。異常気象やエネルギー危機が背景にあるわけだが、家電のアプリ基盤に太陽光パネル、家庭用蓄電池、エアコン・ヒートポンプ技術、オフグリッドソリューションなど家庭向けエネルギーマネジメント(HEMS)に多大な投資を行っている。エネルギーマネジメントには家に接続されるEVも含まれている。

スマートホームやHEMSに力を入れているのはLGやサムスンだ。シャオミやシャープがEVそのものを戦略対象とするのは、単にテスラやBYDがEVで成功しているからではない。

EVとしての実力はまだ未知数

最後にLDK+の車両そのものについても言及しておこう。

前述したようにLDK+はコンセプトカーであるため、詳細スペックは非公開(未定)だ。だが、ベースとしたプラットフォームはフォックスコンの「MODEL C」である。MODEL Cの主要緒元は以下のとおりだ。

全長:4.695mm
全幅:1,895mm
全高:1,625mm
ホイールベース:2,920mm
モーター出力:172kW
最大トルク:340Nm
航続距離(WLTC):約394km(NEDO:505km)

LDK+はみたところ、全長5メートル弱で車高は2メートル以上ありそうで、かなり大きく見える。ボディサイズほぼハイエースに近い大きさだ。だが、ホイールベースは2.92メートルとMODEL Cの寸法から変えていないという。展示車両は255/45R20(ミシュラン)というタイヤが装着されていた。

最大の特長はリアゲート部分に設置された65V型の大型液晶ディスプレイ。テスラオーナーには、すでにガレージのテスラ車をオーディオルーム、パーソナルスペースとして使っている人が少なくないという。LDK+はさらに広い空間と大画面でリビングやホームシアターとしても使える。ルーフガラスはないが、前と両サイドの窓はすべて液晶シャッターになっている。

テーブル部分は可動式でデスクワーク仕様にもなる。自宅とはWi-Fiなどで接続されるはずだが、スターリンクのアンテナをルーフに内蔵すれば、圏外知らずの移動オフィスにもなるし、災害時にも役立つだろう。

価格設定しだいでは車内リビング、移動オフィス、キャンプ、防災シェルターなど新しい市場を切り開く可能性もある。自動車業界を盛り上げる意味でも期待したい。

取材・文/中尾 真二

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					中尾 真二

中尾 真二

アスキー(現KADOKAWA)、オライリー・ジャパンの技術書籍の企画・編集を経て独立。「レスポンス」「ダイヤモンドオンライン」「エコノミスト」「ビジネス+IT」などWebメディアを中心に取材・執筆活動を展開。エレクトロニクス、コンピュータのバックグラウンドを活かし、セキュリティ、オートモーティブ、教育関係と幅広いメディアをカバーする。インターネットは、商用解放される前の学術ネットワークの時代から使っている。

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