スズキはインドでEVも作る
3月20日、スズキ株式会社(以下、スズキ)はインドのグジャラート州と覚書を締結、約1500憶円もの投資を行い現地にバッテリー工場を作るという発表を行いました。
スズキは今まで、軽自動車・普通登録車ともにマイルドハイブリッドに注力しており、ストロングハイブリッドやEVには若干消極的な印象がありました。しかし、2021年2月に発表された「中期経営計画」では、2025年以降に電動化製品の全面展開を始めるとしています。
中期経営計画発表後の21年6月には、東芝やデンソーとのJV(合弁企業)によってインドでHV用のバッテリー製造を開始しています。この時点では、EV製造やEV用バッテリーについての具体的なプランは明確ではありませんでしたが、2025年にインドに投入される電動化製品は、ストロングハイブリッドとEVになると言われています。
20日の発表では、「BEVとバッテリーを現地生産することでインド政府が掲げる『自立したインド(Self-reliant India)』の実現に貢献する。(スズキ広報部)」としています。また、覚書を交わしたグジャラート州にあるスズキモーターグジャラート社の工場ラインの一部をEV用に改修するとも述べています。
インドにEVは必要なのか
インドというと、都市部でも停電が多く電力インフラ整備も途上であり「EVシフトは無理」と考えがちです。しかし一連の発表から、スズキはインド市場において、ハイブリッドに加えてEVも投入する計画であることがわります。
なぜインドでバッテリー工場を作るのでしょうか。EUや中国にバッテリーを輸出するためでしょうか。それもあるでしょうが、都市部の排気ガス対策と経済政策の両面で、インドがEVシフトに積極的に取り組む国のひとつであることが最大の理由と考えるべきでしょう。
近年では発電所の整備や効率化も進み、2014年には発電量に対する不足率が前年の9%から4.5%に半減するといった改善が進んでいます。現在インドの電力省では、政策課題が電力不足解消から全国での安定供給に移っており、「毎日停電する」といった問題は10年以上前の問題となったとしています。なにより、新興国として電力不足や停電を理由に産業を停滞させる選択肢はありません。
そのため、カーボンニュートラルの国際公約では、先進国とは違った立場をとっているのも事実です。多くの国がカーボンニュートラルのマイルストーンとして2050年を掲げているのに対し、インド政府は2070年にネットゼロ(温室効果ガスの純排出量をゼロ)を掲げ、CO2削減目標も基準年からの削減率ではなく、対策をしなかった場合の排出量との差分(BAU:Business As Usual排出量)を使っています。
新興国ならではの取り組みですが、2030年までに再生可能エネルギーの比率を50%にする目標を掲げていること、ネットゼロの目標年度を明示したことなどは、国際社会でも評価されています。
インド政府は、欧米からの評価によって、インフラ整備やカーボンニュートラル実現のための投資や支援を呼び込もうともしているのです。EVシフトは、目標達成と海外からの投資拡大のための有効な戦略となっているのです。
カーボンニュートラルをインフラ整備や対印投資拡大に生かす
スズキ(厳密には現地子会社であるマルチ・スズキ)は、インドの乗用車市場においてナンバーワンの50%近いシェアを持つ自動車メーカーです。そして、スズキグループ全体の販売台数は約280万台(2019~2020)のうち140万台強がインドでの販売となっています。スズキにとってインド市場は稼ぎ頭で無視できない市場です。スズキがEVシフトにも前向きな姿勢を示すインドにおいて、EV製造やバッテリー製造に投資するのはグローバル企業としては当然でしょう。
しかも、インド市場にも中国企業が安価で高品質な自動車(EVを含む)を投入してきています。マルチ・スズキはインドで乗用車シェア1位ですが、ここ数年はコロナ禍もありシェアを落としています。都市部の3輪タクシー(リキシャ)も、政府がEV化の補助金を強化しているためバッテリー式バイクへの転換が進んでいるといった動きもあります。3輪タクシーはスズキの市場とは直接競合するものではありませんが、庶民の足のEV化は社会認知効果が高く、市場変化の刺激にもなります。スズキにとって、インド市場でのEV投入は急務となっているのです。
なお、3輪タクシーの市場では、日本のホンダやテラ・モーターズも3輪EVを投入しています。先日、EVsmartブログで普通充電器事業に参入したことを伝えたテラモーターズは、インドでの三輪EV販売でシェア2位を獲得しています。
EV市場は国内も小型化指向
スズキのEV戦略はグローバル視点であることがうかがえますが、日本国内はどうでしょうか。
国内市場では、日産と三菱自動車の軽自動車規格のEVがこの春には市場投入されます。ダイハツは昨年末に、独自開発のシリーズハイブリッドを搭載したロッキー・ライズを発表しました。親会社のトヨタTHS IIではなく、e-Powerと同じ方式のシリーズハイブリッドをあえて開発・搭載したことから、ダイハツはこれを独自のEVパワートレインとして小型車、軽自動車に展開するのではないかという見立てもあります。
輸入車では、フォルクスワーゲンがコンパクトカーサイズのID.3を年内にも日本に導入すると発表しています。また、ステランティスがフィアット500eの日本での販売を始めるなど、Cセグメント以下のEV車種が増えつつあります。EVといえば、テスラやBMW、アウディやポルシェ、メルセデスといった高級車(=ステータスカーであり大衆車ではない)ばかりというイメージは薄れてくるでしょう。
その一方で国内には、軽自動車のEV化は現実的ではないという根強い声があります。EVは車両製造原価に占めるバッテリーの割合が40%前後という試算もあり、庶民の足として100万円前後がターゲット価格とされ、数万点の部品を1円単位でコストダウンしなければならない軽自動車という製品において、原価の半分近くをひとつの部品で持っていかれたら、競争力のある価格で提供できないというわけです。
しかし、EVへの理解が深いオーナーにとって、軽自動車とEVの親和性の高さは常識でもあります。電気自動車ならではのトルクフルでシームレスな加速感といった特長は、非力なエンジン軽自動車との違いが際立ちます。スペースが小さいので大量の電池は詰めず航続距離は短いかもしれませんが、適度な容量のバッテリーは普通充電でも急速充電も短時間で80%以上の充電が可能です。
通勤や買い物といった短距離で使うことが多ければ多いほど、電気自動車のコストパフォーマンスの良さや乗り心地の気持ちよさ、唸るようなエンジン音や振動といったストレスがない特長が、軽EVの魅力になるのです。ラストワンマイル輸送でも、三菱自動車の「ミニキャブMiEV」が一般向けの市販を再開するように、社会の認識にも変化が見え始めています。
軽自動車を定義するのはサイズだけ
メーカーとして「軽自動車のEVは無理です」と言い続けることは可能ですが、それで海外メーカーが小型、コンパクト、マイクロカーのEVを日本に投入してこなくなるわけではありません。そもそも軽自動車という規格は日本独自のもので、法律上はボディサイズ以外の規定は存在しません。国内業界の慣習として64馬力660CCという業界自主規制が基準になっているだけです。
実用可能なバッテリー技術が確立されている現在、小型車両で内燃機関の排気量や出力にこだわる合理的な理由はありません。軽規定のサイズでもEVなら高出力・高トルクの車両が開発でき、用途も広がります。税制などにおいてもEVはエンジン軽自動車とあまり差がないほどに有利です。合理的な海外メーカーが、軽自動車並みにコンパクトで魅力的かつ安価なEVを開発して、それを日本に投入してこないと考えるのは、いささか楽観的に過ぎるでしょう。
物流業界では、グローバルなESG、SDGsといった動きに合わせて社用車、サプライチェーンでのZEV化、カーボンニュートラルを進めています。日本国内でも取引先を含めて「ネットゼロ」を目指す企業の動きが加速しており、そうした企業と取引を続けるためには、小規模な物流業者でも納品車や社用車のZEV化を進めることは避けられなくなるでしょう。
日本郵便はaideaのAAカーゴという3輪電動バイクやホンダのベンリィe:を集配用に導入しています。イケアは店舗間の輸送に三菱ふそうのeキャンターを導入し、将来的には取引先にもZEV化を促すとしています。公共交通でも、車両価格とメンテナンスおよびランニングコストの安さから、BYDのEVバスの採用が進んでいます。
ドイツでは。L7Eという日本でいう超小型モビリティ規格のマイクロEV市場が立ち上がりつつありますが、これらのベンチャーは軒並み日本の軽自動車市場に興味を持っていて、ラストマイル輸送での参入を計画しています。
スズキが考えるEV戦略
もちろん国内メーカーも危機感は持っていると思います。それは、日々の取材の中でもエンジニアや関係者からもよく聞くことができる声です。
ダイハツがロッキー・ライズに(EV化につなげやすい)シリーズハイブリッドを搭載してきたことや、スズキがインドでのEV製造販売を表明したように各社が動き始めたのもそうした危機感への対処といえるでしょう。
スズキが幸運なのはインドの乗用車販売で大きなシェアを確立していることです。EV化が遅れている日本より、政府や市場が動いているインドで軽自動車に流用できるコンパクトなEV開発ができるからです。
スズキはストロングハイブリッドについて、トヨタのTHS IIを利用するという報道があります。トヨタ子会社であるダイハツが独自のシリーズハイブリッドを開発したのに、スズキがトヨタのコンポーネントを使うという逆転現象にも見えますが、筆者はスズキのほうが本格的な独自EVを考えているからこその選択だと考えます。
ハイブリッドは段階的にEV化するためのステップのひとつではありますが、メーカーとしての開発コストや時間を考えるとハイブリッドに注力するのは必ずしも得策ではありません。投資が分散してしまうからです。THS IIは非常に洗練され完成度も高いパワートレインですが、半面構造が複雑で小型化やさらなる改善は相当な投資が必要です。軽自動車にTHS IIを利用するのは現実的ではありません。ダイハツが選択しなかったのもそのためと考えられます。
だからこそ、スズキはハイブリッドは「つなぎ」としてトヨタからの供給でしのぎ、本流となる独自EVの開発に集中するという戦略を選んだのです。ともあれ、軽自動車で屋台骨を支えてきたスズキが、「軽自動車のEVは無理」などと言っていられない時代になっていることは間違いありません。
(文/中尾 真二)
※冒頭写真はスズキのニュースリリースより引用。
アイミーブMに乗っていますが10万km走っても蓄電池容量105%を維持しています。
長寿命な東芝の次期SCiBの工場を作るのなら大賛成です。次期SCiBを使った電動ジムニーの発売を待っています。
この分だとインドで実現しそうです。
既にスズキはキャリィトラックの電動モデルを試作していますから期待できなくもないですよ。これをジムニーへ適用すれば売れるのは確実ですが問題は重量と航続距離(電池積載スペース)ですかね。次世代SCiBの容量拡大が課題とも言えますよ。
スズキと東芝はすでにエネチャージで密接な関係、日産三菱も東芝電池採用だから2023年以降は軽EVへの採用も増えると考えます。アイミーブMの再来も捨てたものではないですよ(笑)
日本では規制が多く政治行政面で期待できないから海外でバンバン展開してくださいな。インドなど行政側が手厚く保護してくれる国がこれからは好かれますよ!?日本政府はインドを見習うべし。
値段にこだわって残念なEVを出して
せっかくの盛り上がりに自らの手でブレーキをかけないでほしいものです。
C+pod はEVの印象操作なのかと思うほどチープに見えました
Citroen AMI くらいにデザイン頑張って出すくらいのことしないとね
トヨタコムス/C+Poidは残念なEV扱いですが、三菱i-MiEV(M)はそこまで残念なモデルでもないですね。逆に搭載電池の東芝SCiBの耐久性と充放電性能が評価されて業界評価が高いですから。
もしi-MiEV(M)への評価が低いとするなら、それは航続距離信奉者によるネガティブな発言くらいしか見当つかないですよ?! 実際高速道路ではSC各駅停車ですが(自爆)それでも15分のトイレ休憩程度で次のSAまでたどり着けますから青春18きっぷの普通列車旅に慣れている人なら充分と感じます。
インドは移動手段なとして車を見ているから速度にはあまりこだわっていないはず。電気自動車の問題に電池温度が深くかかわっているなら東芝SCiBはある程度有利。その面からも緩く見守っていきたいプロジェクトですね。
ホンダも軽の商用車からEVを展開するそうですから、どこも小型化にも可能性を見いだしているようですね。
「ホンダ、100万円台のEVを導入…2024年前半に軽商用」
https://response.jp/article/2022/04/12/356151.html
日本の電気自動車は軽規格(アイミーブ)から、そして商用車には一定の需要がある…ホンダの選択肢は手堅いと感じます。スズキも日本でキャリィトラックを試作している以上軽商用車市場を見ているはず。三菱もアイミーブ生産は終えたがミニキャブミーブ版がラインナップに残り日本郵便が採用しているのが証左と感じます。
電気自動車が軽規格有利とされる理由はサイズ制限と搭載電池量の少なさ、そして電費有利であること。アイミーブMユーザーとして12km/kWhを記録したことがあり、搭載電池量が少ないこともデメリットばかりではないと感じます。重量は少なくて済む・価格上昇も抑えられる・充放電性能が良ければ急速充電も短くて済む、など。
田舎のガソリンスタンド減少問題や狭い畦道など道路事情も考えれば軽EVほど電動化冥利に尽きる存在はないと思います。軽自動車市場が全市場の4割を占めるのならそのガラパゴス市場も無視はできないでしょう。
もうすぐ日産三菱軽EV発表。これが市場の期待を裏切らねばホンダもスズキも一気に攻めてくるでしょう。もちろん充電インフラを整えておく必要はありますから次の期待はそこかな!?