全日本カート選手権EV部門が正式スタート〜 最終の第3戦は19日にお台場で開催!

レーシングカートの全日本選手権で、電動カートで競技をする『EV部門』が始まりました。これまで日本EVクラブ主催や、JAF非公認の電動カートレースは開催されてきましたが、JAF公認の選手権がかかったレースは初開催です。どんな様子だったのか、決勝当日に取材に行ってみたのでした。

全日本カート選手権のEV部門が正式スタート〜 2022年最終の第3戦は19日にお台場で開催!

初レースはいろいろ起きる

秋晴れが広がった2022年10月23日。富士山のふもと、御殿場市にある「オートパラダイス御殿場」で、電動カートを使った全日本カート選手権EV部門のレースが行われました。

電動カートのレースは、1994年から日本EVクラブ主催のフェスティバルの中で実施されてきたほか、EVカート(ERK=Electric Racing Kart)を製作してレースに参加してきた有志による選手権などが開催されてきましたが、日本自動車連盟(JAF)公認の選手権がかかった大会は初めてです。

寄本編集長も筆者も、1994年からERKのレースに参加したりしていたほか、最近は日本EVクラブによる氷上ERKレース「ERK on ICE」の運営を手伝ったりしているので、ERKのレースを見に行かないわけにはいきません。いつものように日産リーフ「寄本号」で御殿場まで出かけていきました。

取材に行ったのは決勝レース当日。わりと早い時間に到着したのでいろいろ見て回りつつ、前日の予選の様子などについて関係者に話を聞いて回りました。

すると、どうやら予選の時にはバッテリーがまるごとはずれるというアクシデントがあったらしく、決勝当日のマシンはバッテリーの固定をタイラップで補強していました。初めてのレースではいろいろな事が起こるようです。

それでも予選のラップタイムは、100ccの2ストロークエンジンを搭載している、競技者の多い「FP-3」部門のタイムを1.5秒ほど上回っていて、参加者からも「おもしろい」という声が出ていたそうです。

プロドライバーが「楽しそう!」と思えるマシン

ここでカートレースのEV部門で使うマシンなどについて、ざっとおさらいしてみます。

全日本カート選手権のEV部門は、2022年は全3戦が行われます。第1戦と第2戦は10月23日のオートパラダイス御殿場、第3戦は、お台場で開催される『JAFモータースポーツジャパン2022』の中で行われる予定です。

使用するマシンは、トムスが開発した『TOM’S EVK22』です。トムスは2022年8月3日に、オートパラダイス御殿場で『TOM’S EVK22』を発表し、公開走行を行いました。この時のドライバーは、鈴木亜久里氏、山本左近氏、井出有治氏らでした。

初試乗をした鈴木亜久里氏は「EVカートが未来のさきがけだというのを実感しました。EVはエンジンと違いメンテンナンスフリーということも大きなポイントですし、音がないという特性を活かして大型スーパーでの走行もできるので、モータースポーツを普及していく可能性を感じました」などと感想を述べています。

また井出有治氏は初乗りをしてすぐに、「これでレースをしたら楽しそう!」と思ったそうです。そして「新しい時代が始まることを実感する良い機会に立ち会えたことに感謝です。今後のEVカートの普及に大きく期待しています」とコメントしています。

モーター、コントローラー、バッテリーはJAF公認

『TOM’S EVK22』の詳細なスペックは公表されていませんが、プレスリリースによれば、0-100m加速は4.0秒、最高速度は120km/hです。航続距離は約25kmで、バッテリーは交換式になっています。ちなみに現地で聞いた話では、バッテリーの重さは20~30kgくらいとのことでした。

モーター、コントローラー、バッテリーはJAF公認のものを使用するワンメイクレースです。8月にトムスが公開した『TOM’S EVK22』に搭載していたモーターなど電気系の主要パーツがJAF公認を得られたことで、今回のレース開催が可能になりました。

価格は非公開ですが、カートのシャシーはけっこう高いので、全部で数百万円になると思われます。

トムスのプレスリリースによれば、競技専用車両、大人用のレンタルカート、子ども用のジュニアカート、2人乗りのタンデムカートを年内に発売する予定です。

お台場の『JAFモータースポーツジャパン2022』では、来場者がレンタル用などのEVカートに試乗する機会も設けるそうです。ただ、お台場のイベントは人気が高い上に3年ぶりの開催で、なおかつ予約制のため、御殿場でレースか開催された日にはすでに「売り切れているかもしれない」とのことでした。リポートが遅くなって申し訳ありません。

バッテリー容量5.4kWhで約20kmのレースが可能

バッテリー充電やマシンのセッティングなどは、トムスのエンジニアがまとめて面倒みてました。

さて、ここからは取材でわかったことをいくつかお伝えします。

まずバッテリーですが、リチウムイオン電池なのは間違いないものの、中身は不明です。種類も公表されていません。容量は、バッテリーパックの側面に96V、56Ah、5370Whという表示がありました。トムスでは容量を公表していませんが、約5.4kWh、たぶんこれで当たりだと思います。

決勝レースでは、この容量で、1周 1.006kmのコースを20周する予定でした。この周回数は、タイムが似通っている「FP-3」部門の24周とほぼ同じです。ただし実際には、『TOM’S EVK22』のブレーキがベーパーロック現象を起こす可能性が見られたため15周に短縮されました。ブレーキへの負荷が大きく、ブレーキフルードがアップアップになっていたようです。

バッテリーは、1レースごとに交換します。充電はトムスのテントに電源車からラインを引っ張り、分割して個別の充電器につないで行います。フル充電まで約90分だそうです。

モーターと一体になっているコントローラーは、日本EVクラブでもよく使っていたイギリスの電動車関連パーツ会社、SEVCON製です。なおSEVCONは、2017年にボルグワーナーが完全子会社化しています。今回のセットではコントローラーに緊急時のキルスイッチらしきボタンも付いていました。

モーターはアメリカのMotenergy製です。種類は永久磁石式の交流同期モーターだと思うのですが、詳細のスペックは不明です。

最低車両重量は、ほぼ同タイムの「FP-3」クラスが145kgなのに対して、EVカートは190kgです。今回のレースでも女性ドライバーがいましたが、体重が軽い選手の重量を合わせるためのウエートは、従来のガソリンエンジンカートが燃料タンクとして使っていたものを流用し、水を入れて重りにして調整していました。金属のウエイトをネジ留めするなどの手間が不要なのがいいところのようです。

EVなのに燃料タンクが? と思ったら……。フロントブレーキが装着されているのもわかります。

ブレーキは、カートでは後輪だけのものが多いのですが、EVカートは重量があることもあって前後に装備しています。それでも実際のレースでは、前述のようにベーパーロック現象の兆候が見られるなど、なかなか厳しいようでした。

第2レースの勝者は14歳!

さて、EV部門も含めてこの日は、各レースが午前と午後の2回、行われました。天候は晴れ。気温と路面温度は覚えていませんが、半袖でもちょっと汗が出るくらい暖かな陽気でした。

レースの参加台数は8台。今回のレースはいずれのマシンも、トムスが一括してマシンの整備を行うレンタル方式でした。ドライバーはトムスの募集に応じた人たちなどです。スーパーフォーミュラライツで2022年の年間チャンピオンになった小高一斗選手、現役のGT/GT500ドライバーの佐々木大樹選手など、第一線バリバリのドライバーも参加していました。

でもそれ以上に興味深かったのが、若々しいドライバーたちです。唯一の女性ドライバー、富下李央菜選手は16歳、最年少は若干14歳の梅垣清選手と諏訪百翔選手ですが、15歳の佐野雄城選手も名を連ね、なんだか次世代マシンにぴったりの選手たちだなあと思いました。

さて、午前中に開催された第1レースでは、小高選手がスタートからトップに立ってそのまま逃げ切って優勝しました。レースの中では、数台のマシンが終盤にとつぜんパワーダウンするというアクシデントもあったようです。熱による制御がかかったのかどうなのか、その場では原因がわかりませんでしたが、午後のレースは問題なくできるとのことでした。

記念すべき初戦(シリーズとしては第4戦)では小高一斗選手が優勝。

問題は、前述したようにブレーキがベーパーロック現象を起こしかけていたか、起こしていたことのようで、急遽、冷却ダクトの位置を調整してブレーキを冷やす対策などをとっていたのが見えました。

午前よりもさらに気温が上がった午後スタートのレースは、序盤から小高選手、梅垣選手らがトップ争いを繰り広げた末、最後にブレーキの効きが悪くなった小高選手を梅垣選手が最終ラップでかわし、なんと全日本選手権で初優勝を遂げました。

初めての優勝が初めて乗ったEVカートというドライバー(14歳)の逆転優勝を、ギャラリーや取材陣が満面の笑顔で迎えていました。

なおレース中のラップタイムは、第2レースで梅垣選手が記録した39.900秒がファステストでした。このタイムは、100ccエンジンのFP-3部門の42.850より3秒近く早く(FP-3は台数が多いのでタイムは出にくい傾向はあります)、比較的自由度の高い125ccエンジンを使用するFS-125部門の39.139秒に近いものでした。

2戦目では14歳の梅垣清選手が全日本選手権初優勝!

「新しい世界観を感じてほしい」とトムスの谷本社長

EV部門のレース終了後、マシンを開発しレースに提供したトムスの谷本勲社長に、短い時間ですが話を聞くことができました。

トムスの谷本勲社長。

まずレースが終わったことの感想をたずねると、「とにかくホッとしてます。それが全てというくらいで」という安堵の答えが返ってきました。聞けば、開発スケジュールを含めて綱渡りが続いていたようなのです。

「時間が1番大きな壁でした。どうしても、EV部門の初年度になる今年の全日本選手権を(選手権の)成立まで持っていきたいという関係者の思いでスタートしたプロジェクトでした。だから今日、大きなトラブルが出たりすれば、EV部門が成立しないこととイコールになってしまいます。そういう意味でも、とにかく終えられてホッとしたというのが正直なところです」(編集部注:年間チャンピオンを決めるには3戦以上が必要。御殿場2戦+お台場の3戦中、ひとつでも欠けると公式には年間チャンピオンが生まれないことになります)

そして次は11月19日(もう明日です。告知代わりにこの記事をもっと早く公開するつもりがギリギリになりました。すみません)、お台場での第3戦です。都心で開催することも含めて、観客に見てほしいことは何かを聞いてみました。

「今回は既存のカートコースでレースをさせていただきましたが、EVカートの特性、将来性を考えた時には、音がない、排気ガスの問題がないので、都市型で、屋内カート場でもできることが最大のメリットだと思っています」

「そういう意味では、都市型のレースが、ひょっとしてこういうカートを使えばできるんじゃないのかと言うのを、ぜひお台場で感じとって欲しいなと思っています。新しい未来がここにあるんじゃないかなと言うのを、少しでも感じてもらえればと思っています」

最後に谷本社長はもう一度、「とにかく新しい世界観を感じてほしいと思っています」と話しました。そういえばお台場のイベントでは『フォーミュラE』のデモ走行も予定されていました。都市型モータースポーツを日本で見ることができると思うと、期待感が大きくなります。

最後になりましたが、実は筆者がレース中にいちばん感心したのは、実況の女性アナウンサーの習熟度の高さでした。他の部門も含めて、ひとりでレース実況からドライバーやマシンの解説まで畳み掛けるようなトークでこなす声に、プロ魂を感じたのでした。

トムスの谷本社長によれば、事前に各ドライバーに、カートに対する思いや選手への期待感などを取材していて、ドライバーやチームの思いをきちんと理解した上で実況をしているとのことでした。

EVカートという初モノの解説をしながらの実況は易しくないと思います。加えて、EVカートは音がしない分、場内アナウンスがよく聞こえます。そんな中で的確な解説をしていた実況アナウンサーさんに表彰トロフィーを捧げたいなあと思ったりしたのでした。

【関連サイト】
2022年 全日本カート選手権 EV部門 第6戦 MSJ大会 紹介ページ

(取材・文/木野 龍逸)

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この記事の著者


					木野 龍逸

木野 龍逸

編集プロダクション、オーストラリアの邦人向けフリーペーパー編集部などを経て独立。1990年代半ばから自動車に関する環境、エネルギー問題を中心に取材し、カーグラフィックや日経トレンディ他に寄稿。技術的、文化的、経済的、環境的側面から自動車社会を俯瞰してきた。福島の原発事故発生以後は、事故収束作業や避難者の状況のほか、社会問題全般を取材。Yahoo!ニュースやスローニュースなどに記事を寄稿中。原発事故については廃棄物問題、自治体や避難者、福島第一原発の現状などについてニコニコチャンネルなどでメルマガを配信。著作に、プリウスの開発経緯をルポした「ハイブリッド」(文春新書)の他、「検証 福島原発事故・記者会見3~欺瞞の連鎖」(岩波書店)など。

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