フォーミュラE「東京 E-Prix」検証【02】ゴール時のバッテリー残量きっちり「0%」がスゴい

日本初開催で盛り上がったフォーミュラE「東京E-Prix」。EVメディアとして複数の視点からの検証レポートシリーズ。第2弾は電気自動車ならではのメカニズムやエネルギーマネジメントに注目した木野龍逸氏のレポートをお届けします。

フォーミュラE「東京 E-Prix」検証【02】ゴール時のバッテリー残量きっちり「0%」がスゴい

フォーミュラEマシンのスペックは?

日本初開催だったフォーミュラE「2024 Tokyo E-Prix」が、晴天の中、無事に終了しました。結果はマセラティMSGレーシングのマキシミリアン・ギュンターが自身2度目の優勝で、Tokyo E-Prix初代勝者となりました。イベントは終わりましたが、ここではEVsmartブログの視点で電気フォーミュラマシンのレースを見てみたいと思います。来年もあるかもですし!

まずは、フォーミュラEマシンがどういうものなのか、かけ足で見ていきましょう。おおまかなスペックは表にまとめてみました。現在のマシンは第3世代の「GEN3」になっています。

フォーミュラE(GEN3)主要スペック
全長×全幅×全高(mm)5016.2×1023.4×1700
ホイールベース(mm)2970.5
駆動方式RWD
最低重量(含ドライバー)854kg
最高出力350kW
最高回生電力(F/R)600kW(250/350)
最高速度320kmh
システム電圧非公開
バッテリーリチウムイオン
総電力量51kWh
セル数約400
急速充電器出力80kW(2台同時可能)
アタックチャージ(計画)600kW/30秒
タイヤハンコック
※FIAの公表値をもとに独自集計した

スペック表にある車体のサイズなどは、フォーミュラE公式ホームページからの引用で、現行マシンのサイズと思われます。レギュレーション上のサイズは、全長1707mm以下、全高1025mm以下、全長5020mm以下、ホイールベースは2960~2980mmの間となっています。シャシーはスパーク・レーシング・テクノロジー製のワンメークです。

シャシーの形は、上から見ると太ったイカみたいに見えます。そういえば、1983年にF1でネルソン・ピケがチャンピオンをとったブラバムBT52が、イカマシンって呼ばれてたのではなかったっけと、懐かしい話を思い出しました。ブラバムのマシンはサイドポンツーンがスラッとしていてかっこよかったのですが、それをずんぐりさせた感じです。

ドライブトレインは、最高出力が350kW、約476馬力です。最高出力を使うのは、レース中ではアタックモードの時だけで、通常周回では300kWに制限されています。2014年に登場した第1世代「GEN1」は最高出力150kWだったので、10年経たずに2倍以上にパワーアップしています。

回生ブレーキの電力は、フロントが250kW、リアが350kWです。これもGEN1ではリア150kWだけでした。回生ブレーキの合計600kWというとんでもないパワーは、レース中の使用エネルギーの50%近くを回収できるそうです。

なおGEN3から、後輪の油圧ブレーキが廃止されています。回生ブレーキだけで制動するわけです。見た目には緊急用の小さなディスクブレーキが付いているだけなので、貧弱さは一見するとちょっと怖いくらいです。

ところで、マシンは後輪駆動なのに回生ブレーキが前後輪にあるということは、モーターが前後についているということです。つまり、やろうと思えば4輪駆動も可能なわけです。

実際、2026/2027年のシーズン13から投入が予定されている次世代マシン、「GEN4」では四輪駆動化も検討されています。四輪駆動のフォーミュラカーは、前後にモーターを配置できるEVならではの仕様でしょう。もはやミニ四駆の実車版です。いったいどんな走りになるのか、今から楽しみです。

タイヤは全天候型。基本的に1レースにつき前後輪4本ずつと決められている。

ドライブトレインは意外に種類が多い

今シーズンのドライブトレイン、つまりモーターやコントローラーなどのユニットを開発、供給しているメーカーは、日産、ポルシェ、ステランティス、マヒンドラ、ジャガー、エレクトリック・レーシング・テクノロジーズ(ERT)の6社です。この6社はワークスとして独自チームで出場しているほか、他のチームにユニットを供給するサプライヤーでもあります。

サプライヤーの幅が広がってコンストラクターが増えたことなどにより(想像ですが)、フォーミュラEが始まった時には「Formula E Championship」だったのが、2020/2021年のシーズン7からFIA公認の世界選手権「Formula E World Championship」に昇格しました。

なお各チームが独自に開発できるのは、ドライブトレインの他、リアサスペンション、ギアボックス、エネルギーマネジメントのソフトウエア、冷却システムなどです。個人的には、冷却システムが含まれていることに興味を引かれます。

当たり前ですが、EVはラジエーターがなくても動くものの、バッテリーやモーターの効率は温度に左右されます。一般の車なら、充電効率が大きく変わります。そんな当たり前のことがフォーミュラEマシンでも考慮されていることに、なんとなく親近感を覚えたのでした。

実際には、親近感とはほど遠いパワーがあるのですが。

などと書いていたら、シーズン1を取材した寄本編集長が「セッションの合間に各チームがドライアイスでバッテリーやコントローラーを冷やしてた」と連絡が。そういえば筆者が見たシーズン4でもドライアイスの強制冷却は続いていました。遡れば1990年代のEVレースでもドライアイスは重要アイテムだったし、温度管理の大事さを改めて感じます。

バッテリーはウイリアムズAEのワンメーク

バッテリーは、ウイリアムズ・アドバンスド・エンジニアリング(WAE)製のワンメークです。セルメーカーは非公開です。WAEのスタッフにも聞いてみたけど、それは言えないよー、と言われました。

セル数は約400とのことです。正確な数を聞いたら、言葉を濁されました。

仮に400だとすると、セル電圧が3.6Vの場合は1440Vか、720Vがシステム電圧になります。まあ、普通は直列2系統で720Vですね。

ちなみにWAEは、レース業界の名門ウイリアムズから生まれた会社ですが、2022年1月にオーストラリアの鉱山会社、フォーテスキューに買収されました。

バッテリー容量は、聞く人によって変わってくるので正確なところがよくわかりません。2022/23シーズンの仕様上は47kWhと紹介しているメディアが多いのですが、WAEのスタッフは50kWhだと言っていました。

ただ、スペック上のバッテリー容量とは別に、競技で使える電力量は各レースごとに決まっています。

今シーズンは、第1戦メキシコシティ(メキシコ)、第2~3戦のディルイーヤ(サウジアラビア)、第4戦サンパウロ(ブラジル)がいずれも38.5kWhでした。そして東京は、なんと32kWhでした。走行距離は85.3kmです。義務づけられている8分間のアタックモードで出力を300kWから350kWに上げて攻めながら、計算上は2.66km/kWhくらいの電費を確保しないと完走できません。

ちなみに去年は、ロンドンが27kWhに設定されていました。距離は最長75.1kmです。最低限の電費は2.78km/kWhです。そう考えると、フォーミュラEの電費はかなり良いと言えそうなのです。きっと、フリクションロスとかすごく少ないんでしょうね。指で押してもコロコロと転がりそうです。イメージですけど。

充電器はABB製の80kW器

プラグの規格は欧州のCCS2。

バッテリーの充電は、現在はピット内で各チームがそれぞれ行っています。充電器はABB製で、出力は80kWを2本出し(合計出力160kW)できるようになっています。ABBの担当者によれば、バッテリー容量が大きくないので、80kWで十分で、実際はそれほど高出力での充電はしていないということでした。2本出しなのは、2台同時に充電するためです。

なおフォーミュラEでは、本来は今シーズンから、ピットインして30秒の急速充電をするレギュレーションが計画されていました。充電方法はバッテリー to バッテリーで、450~600kWの超高出力充電です。これにより出力を上げて走ることができる距離が長くなります。けれどもプレシーズンテストでバッテリーから出火したこともあり、採用が見送られています。この充電器のメーカーは、ABBではないそうです。

それにしてもバッテリーからの直接充電で600kWというのは、挑戦的というかなんというか。それにピットインが義務になると戦術が複雑にはなりますが、それでレースがおもしろくなるかどうかは、予想が難しいところです。

スタート時は満充電にしないのがコツ

マシンのスペックは以上のようなものなのですが、EVsmartブログ的に興味をそそられたのが、やっぱりバッテリーマネジメントです。

狭い市街地コースでの超高速トレイン走行は迫力十分。

フォーミュラEで勝敗を分けるのは、いかにバッテリーを使い切るかの部分がかなり大きいと思われます。もちろん速いにこしたことはありません。でも、許された電力量をどれだけ有効に、効率良く使うかは、レースの重要なポイントです。

今回の東京でも優勝したギュンターや2位のローランドはバッテリー残量「0%」でのゴールだったように、上位チームのマシンが、ゴール時にちょうど「0%」になっているのは珍しくありません。

テレビでレースを見ていると、レース中盤以降は各ドライバーのバッテリー残量が表示されます。通常は1%単位なのですが、残量が1%を切ると0.1%単位で数字が出ます。

ゴールまで半周を残して残りが0%になることもよくあります。で、その後の減速区間で回生ブレーキにより1%くらいに戻したりするわけです。けっこうドキドキします。

ちょっとおもしろいのは、スタート時には満充電にしないことです。タグホイヤー・ポルシェのチーム広報によれば、スタート後の第1コーナーに入るための減速で100%になるくらいに設定しているそうです。

なるほど、言われてみるとそれはそうです。前述したように、バッテリー容量には余力があるので回生ブレーキが抜ける(満充電になると効かなくなる)ことはありませんが、回収したエネルギーで規定の電力量を超えればペナルティーの対象です。

しかも最終周回で、バッテリー残量が0.1%単位の勝負になるのは必至なので、なおさらスタート時の充電量設定は、マネジメント手腕の見せどころになります。

だとすると、レース開始時にバッテリー残量を表示しないのもうなずけます。チームの戦略が見えてしまうのでは、関係者はOKしないでしょうね。

ワンメークならではの激しいバトルが見応え満点

ファンビレッジ(ホール内)のステージで行われた表彰式の演出も華やかでした。

スタート時のバッテリー充電状態と関連して、フォーミュラEレースの特徴のひとつは、最終周回に近い方がラップタイムが上がる場合があることです。ギリギリまで様子を見て、もう行けると思ったらスパートをかけているのでしょうか。

またポルシェチームのドライバーは、F1は1レースで4回くらいしか追い抜きがないが、フォーミュラEは何回もあると話していました。だからフォーミュラEは面白いと。

それに、ちょっとやそっとぶつかったくらいではマシンが壊れないので、バトルもより激しくなります。

とは言っても、今回の東京に限らず、市街地のコース幅はどこも狭いため抜きどころは多くありません。それでも、狭いコースを高速で走り抜けていくマシンを見るのはスリリングだし、1周が短いのでスタンド前を頻繁に車が通るし、とても楽しめました。

トーナメント形式でポールポジションを争う予選も、日産のローランドが激戦を勝ち抜く展開で面白かったです。

そんなわけで、音がしないから云々という声もありますが、東京開催のフォーミュラEはけっこう楽しめるイベントでした。一方で、フェンスのせいでスタンドからでも車が見えにくいとか、いろいろ発見というか課題のようなものも見えました。

電気であることに加え、都市部での公道レースで環境アピールをするなど、フォーミュラEはいろいろと、新しいことを見せてくれます。来年の東京開催があるかどうか、まだ詳しいことはわかりませんが、一度で終わらず、ぜひまたやってほしいと思うのです。

取材・文/木野 龍逸

この記事のコメント(新着順)2件

  1. すごく興味深いのは「スタート時には満充電にしない」ということですね。
    速度0からスタートすれば1コーナーで回生しても100%充電にはならないと思いますが、1コーナーまで下り坂とかスタートには電力以外のエネルギーを使って良いとかあるのでしょうか?

    1. SOCバッテリー電圧で見ているとすれば、ブレーキ時はブレーキパワーがデカイので一時的に電圧が上がって見かけのSOCが規定値を超えたと認識されちゃうんじゃないでしょかね??

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					木野 龍逸

木野 龍逸

編集プロダクション、オーストラリアの邦人向けフリーペーパー編集部などを経て独立。1990年代半ばから自動車に関する環境、エネルギー問題を中心に取材し、カーグラフィックや日経トレンディ他に寄稿。技術的、文化的、経済的、環境的側面から自動車社会を俯瞰してきた。福島の原発事故発生以後は、事故収束作業や避難者の状況のほか、社会問題全般を取材。Yahoo!ニュースやスローニュースなどに記事を寄稿中。原発事故については廃棄物問題、自治体や避難者、福島第一原発の現状などについてニコニコチャンネルなどでメルマガを配信。著作に、プリウスの開発経緯をルポした「ハイブリッド」(文春新書)の他、「検証 福島原発事故・記者会見3~欺瞞の連鎖」(岩波書店)など。

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