最終戦の見どころは
2024年全日本EV-GPシリーズ第6戦「筑波EV 60kmレース」が、2024年10月20日に茨城県の筑波サーキットで開催されました。日本電気自動車レース協会(JEVRA/関谷正徳理事長)が主催する電気自動車(EV)レース、EV-GP(グランプリ)は、2024年は年間6戦で行われていて、今回の筑波は最終戦でした。
すでに年間チャンピオンは、テスラ『モデルSプラッド』のKIMI選手(GULF RACING)がタイトル獲得を決めていますが、筑波では今年最多の19台がエントリーしました。
レースでの注目は、年間チャンピオンのKIMI選手に、テスラ『モデル3パフォーマンス』の地頭所光選手や、ほぼワークスチームのような体制で臨んでいるヒョンデ『IONIQ 5 N』のチェ・ジョンウォン(CHOI JEONG WEON)選手らがどう対峙するか、などでした。
決勝レースでは、モデルSのKIMI選手をモデル3の地頭所光選手が最後の1周で大逆転して劇的勝利を飾りました。
シンプルにレースとしての面白さもありますが、EVsmartブログとしては、レギュレーションの緩さもあってエントリーの敷居が驚くほど低いために参加できている、ちょっと風変わりなエントラントやドライバーに目が行くのです。
最新EVのデータ収集を目的に参戦した「SU7」
そのひとつが、世界で注目を集めているものの日本では販売予定の気配もない、シャオミ(Xiaomi)の低価格&高性能EV『SU7』でした。もちろんEV-GPへのエントリーは初めてだし、日本で大勢の人の前を走るのも初めてだと思います。
SU7でエントリーしたのは、電子計測機器などの製造、販売を手掛ける小野測器のチームです。計測というのは、簡単にいえば機器やシステムの状態を見える化することですね。
小野測器ではこれまで、さまざまなEVの測定を実施していて、その一環でSU7を購入したそうです。
SU7については、すでに茨城県つくば市にある日本自動車研究所(JARI)で短時間のテスト走行をしたそうですが、せっかくの機会なのでEV-GPでも走らせてみようということになったようです。実走行、それも条件の厳しいサーキット走行のデータは貴重です。
そういう時に、間口の広いEV-GPは魅力的です。
EV-GPは各種カテゴリーを取りそろえていて、日本で販売されていないSU7は、開発車両やレース専用車両が参加できる「EV-P」クラスで参戦することができました。
車両はノーマルのままです。シートもバケットシートではなく、普通のシートに3点式のノーマルのシートベルトです。本来はEV-Pクラスはロールケージなど各種安全対策が必要なレギュレーションですが、今回は特例で承認してもらったそうです。
ブレーキ以外に問題なし
SU7のドライバーは、レース経験豊富な自動車ジャーナリストの山本シンヤさんでした。
SU7での参加が決まったのがエントリー締め切り直前の20日前で、本来のデータ取得の目的もあって限界まで攻める走り方はしていませんが、山本さんは、車のポテンシャルは「十二分にあると感じる」とのこと。
ただし、SU7はセッティング可能な範囲に制限があります。VDCなどの電子制御は個別にオン/オフすることができず、すべてを切るか、入れるかしかないそうです。
制御を入れたままにしていると、「直線はめっちゃ速いんですが、舵角を入れるとアクセルを踏んでもトルクが絞られてしまって立ち上がらないから、ストレートまで我慢するしかないんです」と山本さん。
問題はブレーキで、予選で7周を走っただけでノーマルのブレーキパッドが消耗してしまったとのこと。30周の決勝レースのために急遽、ブレーキパッドを手配して交換していました。
そんな状態でしたが、SU7は予選では1分10秒822で総合7番手を確保。EV-Pクラスでは、ボディをカーボン(CFRP)にするなど軽量化をはかったモデューロレーシングチームのHonda eの1分9秒225に次ぐタイムでした。
ノーマルな上にぶっつけ本番だったことを思うと、このタイムはSU7の底力を感じさせます。
決勝では「1コーナーと、第1ヘアピンと第2ヘアピンしかブレーキを使わない」(山本さん)というブレーキに優しい耐久レースの走り方でしたが、総合8位でゴールしました。
実は山本さんは、「正直、ゴールできないと思っていた」そうですが、バッテリーの熱ダレもなく、安定したタイムで走ることができたと言います。
レース後、山本さんのコメントです。
「もし次があるなら、タイヤとブレーキをちゃんとやればちょっと楽しみな車です。SUVと違って背が低くて低重心というのは(レースでの)素性の良さも出る。基本性能は高いし、中国メーカーだからとかいうのはなくて、この車に魂が入ったときにはすごい脅威になるような気がします」
本来の目的とは違いますが、来シーズン、再度のレース参戦があるといいですね。
そういえば余談ですが、EV-GPでは、予選から本戦の間の急速充電について、チャデモだけでなく、中国のGBTや欧米のCCS、CCS2にも対応しています。
SU7もGBTで急速充電して、決勝レース開始前には100%になっていました。
場合によってエラーが出る可能性もゼロではないようですが、たいていの車は大丈夫なようです。日本に入っているモデルだけでなく、世界のEVが参戦する下地があると言えます。参戦車種が増えてEVのショーケースのようになると、もう一段階、レースの楽しさがアップするのではないでしょうか。
普段の車で参戦できる気軽なレース
気になるエントラントはもうひとり、EVsmartブログでもおなじみのEV用充電器メーカー「ジゴワッツ」の社長、柴田知輝さんです(関連記事)。
柴田さんは、富士スピードウェイで行われたEV-GP第5戦に、IONIQ 5 Nで初参加しました。EV-GPに初参加というだけでなく、レースそのものが初めてでした。
それでも出ることができるのが、EV-GPの特徴です。通常のレースのようなライセンスは不要で、耐火スーツなども推奨ではありますが必須ではありません。
タイヤは主催者認定の横浜ゴム、住友ゴム工業、ブリヂストンに限られているので、海外メーカーのタイヤがノーマルだと交換する必要がありますが、サイズがないなど調達が難しい場合は申請すればOKになることもあります。
柴田さんは富士スピードウェイのレースに、納車されたばかりで走行距離369kmのIONIQ 5 Nで参戦。完走15台中、予選は総合5位、決勝でも総合5位でクラス3位になりました。初レースで表彰台です。
今回の筑波では、予選は1分9秒183で5位、決勝も続けて5位(クラス4位)を確保しました。さすがに表彰台ではなかったですが、富士に続いてビックリです。
速度域は富士スピードウェイで最高時速270kmくらいになったそうですが、筑波では時速190kmくらいだったそうです。IONIQ 5 Nだと「踏める気になっちゃう」らしく、そこは注意しながら走るとのこと。
ちなみに柴田さんは、自宅のシミュレーターで、IONIQ 5 Nと同程度の650馬力のマシンで筑波を走ると、52秒くらいのタイムになるそうです。
「でも(52秒だと)10周のうち2回くらいはぶつけてます」(柴田さん)
EVのレースだとシミュレーターで速い人がリアルでも速いことがあるという話を聞いたことがあります。初サーキットでポールポジションを取った人もいるそうです。エンジン車に比べると車両のコントロールに専念できることが大きいのかもしれません。
シミュレーションの世界と現実世界が重なる部分が大きいのも、EVレースの特徴のひとつなのかなと思います。
来年もまた走れそうな気がする
柴田さんは、ヒョンデが千葉の袖ヶ浦フォレストレースウェイで実施したIONIQ 5 Nの試乗会に参加して、「これならサーキットを走れるのでは。ちょっと出てみようかな」と考えて、EV-GP参加を決めたそうです。
前回の富士スピードウェイが初めてなら、筑波サーキットを走るのも当然、初めてです。
柴田さんはIONIQ 5 Nについて、タイヤ以外は「何もいじらず、純正のままレースに出られるので、お金がかからないのはありがたいです。ぶつけなければ次も出られるから」と言います。
ということで、決勝レースでも見事に総合5位で完走した柴田さん。途中、熱だれで出力制御が入ってしまい、最終コーナーにアクセルべた踏みで入れるくらいになったそうですが、「車を壊さなかったので、来年も走れそうな気がします」と、明るくコメントしてくれました。
(元)チーム・タイサンのEVでレースに出られるかも?
最後にもう1チームを紹介します。EV-GPでは常連になりつつあるチーム、WIKI SPEEDです。テスラ社に所属していたこともあるエンジニアの、ジョー・ジャスティス(Joe Justice)さんが率います。
ジョーさんは、EV-GPでは常連だったものの、残念ながらオーナーの死去で活動を停止したTEAM TAISAN(チーム・タイサン)の車両5台を一括購入したそうです。
今回はテスラのモデル3とモデルSプラッドの2台で参戦し、モデル3の地頭所選手は決勝レースで見事、総合優勝しました。
チームオーナーのジョーさんもエントリーしていたのですが、なんと予選でクラッシュして大破。チーム・タイサンがチューンアップしたモデルSプラッドは3日前にナンバーを取ったばかりで、ジョーさんにとってはショックな結果に終わってしまいました。
ジョーさんは日本で、スキルアップの教育プログラムを提供するAgile Business Institute(アジャイル ビジネス インスティテュート)の講師を務めていて、レースは本業ではありません。今回、チーム・タイサンから車両を購入した理由についてジョーさんはこう言います。
「私の目標は、EVがそれほど高価ではなく、レーストラックで勝つこともできる美しい車だと示すこと。みんなが幸せを感じてEVが最高の車だと思ってもらうことです」
ということでジョーさんのチームでは現在、タイサンから買い取ったEVで出場してくれるドライバーを募集しているそうです。参戦費用やタイヤ代などは必要ですが、自分でレース車両を買うよりはずっと安い費用でレースに出ることができます。
EV-GPの2025年シーズンは、年間7戦になる予定です。間口を広くしてレースへの興味を持ってもらおうという主催者の運営姿勢はうなずけます。車への関心が薄れているZ世代へのアピールにもなりそうです。
来シーズンにどんな展開が待っているのか。ぜひ取材してリポートしたいと思います。
取材・文/木野 龍逸
楽しそうなイベントですね!電気自動車のレースは、静かでスムーズな高出力マシンが走る様子が新鮮でワクワクします。