マツダが2027年以降に日本国内で販売するEVの急速充電ポートに、北米充電標準規格を採用することについて、テスラと合意したことを発表しました。国内メーカーが日本向けEVでNACSを採用するのは、ソニーホンダのアフィーラに次いで2例目となります。はたして、何が起ころうとしているのでしょうか。
テスラ独自の「スーパーチャージャー」利用が可能
2025年5月9日、マツダ株式会社(以下、マツダ)が、2027年以降に国内で販売するバッテリーEVの充電ポートに北米充電標準規格(North American Charging Standard 以下、NACS)を採用することを、Tesla, Inc.(以下、テスラ)と合意したと発表しました。
国内メーカーが日本向けに販売するEVでNACSを採用するのは、ソニーホンダモビリティのアフィーラ(AFEELA)に次いで2例目となります。
「充電時のお客さまの選択肢を増やし、利便性を高めることを目的」とした決定ということで、NACS規格の充電ポートを搭載したマツダのEVユーザーはテスラが独自に展開するスーパーチャージャーの利用が可能になるほか、アダプターによってNACS以外の充電規格(つまりはCHAdeMO)の急速充電器も利用できる見通しということです。
マツダがプレスリリースを発信したのに合わせ、「X」ではテスラジャパンの公式アカウントが「スーパーチャージャーネットワークへようこそ!」と歓迎するポストを投稿していました。
電気自動車の普及を加速させるには優れた充電体験が必要不可欠です。マツダが日本でNACSを選択したことを嬉しく思います。信頼性と将来性を兼ね備えたスーパーチャージャーネットワークへようこそ!https://t.co/42J83OWYFb https://t.co/A81Nsq8Gvz
— Tesla Japan (@teslajapan) May 9, 2025
はたして、何がどうなるのか?
現在、日本の公共用急速充電ネットワークは、日本発のCHAdeMO(チャデモ)規格で整備が進められています。テスラのEV車種が独自ネットワークのスーパーチャージャーで超急速充電を早くから提供し、プラグを挿すだけで認証課金が完結する「プラグアンドチャージ(PnC)を実現しているのと比較して、チャデモ規格急速充電器の性能が見劣りすることは、長く、多くのEVオーナーが指摘してきたところです。
発表早々で、まだマツダにもテスラにも取材はできていないですが、マツダがNACS=テスラ規格の急速充電を採用することで、日本で何が起ころうとしているのか、具体的に考察してみたいと思います。
雪崩を打って各メーカーがNACSを採用する?
まず、最も注目するべきなのが、今回のマツダの決定をきっかけにして、トヨタ、日産、ホンダといった日本国内の大手メーカーが同様にNACSの採用に動くかどうかという点です。
以前から、急速充電サービス事業者の取材時など、私が危惧して提言していたのが「トヨタが日本国内で本気のEVを発売する時、NACSを採用したらどうするんですか?」ということでした。今回のマツダの発表は、危惧していた「チャデモ規格の苦難」に向けた第一歩と読み解くこともできます。
すでに北米ではトヨタもホンダも日産も、2025年(今年!)以降販売するEVでNACS対応することを発表しています。つまり、今まで日本向けはチャデモ、北米向けはNACSと作りかえることが必要だった急速充電のシステムが、日本と北米はNACSに一本化できることになります。欧州向けはCCS2、中国ではGB-Tと地域ごとに別規格への対応が必要となることは変わりませんが、EV生産の合理化といった観点から「日本国内向けをNACSにする」ことのメリットはあるでしょう。
2010年の日産リーフ発売以降、チャデモ規格は一時期北米でも欧州でもEV急速充電の世界標準として広がろうとしていた時期があります。ところが、日産は新たに発売したアリアでは欧州でCCS2、北米ではCCS1を採用。トヨタのbZ4Xも同様に、世界の市場ではチャデモを採用していませんでした。つまり、日本メーカーはすでにチャデモを見捨ててきた経緯があるということです。
スーパーチャージャー以外の「急速充電インフラのNACS対応に、国内自動車メーカーもしっかりコミットできるかどうか」という条件付きではありますが、マツダ以外のメーカーが「日本でもNACSを採用」と判断する可能性は低くないと考えます。
アダプターは大丈夫?
今回の発表で、マツダは「チャデモ→NACS」のアダプターを提供する「見通し」を明言しています。とはいえ、チャデモ協議会では本来アダプターの使用は認めていません。テスラのアダプターは特例で、モデルS導入時、来日したイーロン・マスクCEOがチャデモ協議会に出向いて仁義を切ったというエピソードを聞いたことがあります。あと、フィアット500eのアダプターはチャデモ協議会の事前承諾なしにゴリ押しで作られたとか……。
とはいえ、アダプターを介したチャデモ規格での充電は最大125A=50kWという制約があり、テスラ車の急速充電性能を生かし切れてはいません。また、最近はアダプターの価格が高くなっている上に、「すぐ故障する」といった話もしばしば耳にします。
そもそも、マツダがNACSを採用することに、チャデモ協議会はどのように対処するのか。例外的なアダプターを認めるのかといった点は、今後の推移を注視する必要があるでしょう。いずれにしても、すでにかなりの規模で普及しているチャデモ規格の急速充電インフラを活用するためにも、アダプターの提供は「NACS採用」が広がるための不可欠な要素になるでしょう。
ちなみに、NACS規格は急速も普通も同じポートで充電します。日本国内の普通充電器は「J1772(タイプ1)」と呼ばれる規格のプラグで広く普及していますが、こちらのアダプターは現状のテスラ車でも比較的安価で入手可能。普通充電はそもそも出力が低いので、出力制限や故障などのリスクは気にせず利用することができるでしょう。
プラグアンドチャージは使えるのか?
スーパーチャージャーでテスラ車を充電する体験がスマートなのは、プラグを挿すだけで認証課金が完結する「プラグアンドチャージ(PnC)」を実現していることがポイントです。
では、マツダのEVもNACS規格を採用することでPnCが可能になるのか、というのはまだわかりません。テスラ車の場合は「1対1」のシンプルな関係で、自社内データのやり取りだけでPnCを提供していました。でも、今後スーパーチャージャーでさまざまなメーカーのEVが充電したり、テスラ以外の急速充電器がNACSケーブルを搭載するなどして「n対n」の関係になったとき「スーパーチャージャーでテスラ車を充電」と同レベルの利便性を提供するのは難しいといったところも出てくるのではないかと想定できます。
この点は、今後の動向に注視、ということですね。
高速SAPAにもスーパーチャージャーが整備される?
今まで、高速道路網のSAPAにテスラのスーパーチャージャーは設置されていませんでした。公共の充電インフラなので、特定のメーカー車種だけの施設は不可というのが主たる理由とされています。新東名の浜松SAや遠州森町PAはSAPAと隣接した場所にスーパーチャージャーがありますが、一度高速を下りなければ行けません(SAPAの施設は利用できます)。

遠州森町のスーパーチャージャー。
マツダ、そして今後は他社もNACSを採用する動きが広がれば「特定メーカー車種だけの施設は不可」という理由はなくなります。
現在でも、テンフィールズファクトリーの「FLASH」という急速充電器はチャデモ規格とNACS規格のケーブルを併用できるようになっています。スーパーチャージャーそのものを高速SAPAにも設置、というよりも、eMPを中心に整備しているチャデモ規格の急速充電器にNACSのケーブルを併設するといったニーズが高まることが予想できます。
NACSが日本標準となるためには?
日本国内では、すでに1万口近いチャデモ規格の急速充電ネットワークが構築されています。また、まだ普及率は低いとはいえ、チャデモ規格の充電ポートを搭載した多くのEVが走っています。マツダとソニーホンダがNACS採用を決めたからといって、性急に「日本でもNACSが標準規格になる」と考えるのは早計に過ぎるでしょう。
公共の充電インフラネットワークは、補助金を投じて10年以上かけて構築してきた社会資産です。既設充電器にNACS対応のケーブルを併設したり、今後、NACS規格の急速充電器を設置していくという決断を下すためには、EVを発売するあらゆる自動車メーカーや、充電サービス事業者、充電器メーカーなどのコンセンサスが形成される必要があります。
あるいは、アメリカのトランプ大統領が「日本政府の補助金はチャデモの規格に適合した充電器が対象となっていて、外国メーカーの参入を阻害している」と指摘しているように、強いリーダーシップによる政治的判断が流れを決める可能性もありますが、今の日本で、そんなリーダーはなかなか登場しそうにありません。
NACS規格には、充電ポートがコンパクトでひとつでいいことに加えて、北米市場と共通化できるEV生産の合理性や、経路充電、基礎充電代替にとって重要な場所にはすでにテスラのスーパーチャージャーステーションが設置されているといったメリットがあります。
日本でもNACSが標準となるのかどうか。端的に決定づけるのは、まさに2027年ごろまでに「トヨタがどうするのか」ということになるのだと思います。
2027年、マツダはどんなEVを発売するのか
NACSが日本で広がるのか? は気になりますが、それよりなにより、わずか2年後の2027年、マツダがどんなEVを出してくれるのかっていうのはとても大事なポイントになるでしょう。今までのように、はっきり言って「あまり売る気のないEV」を繰り出したところで、日本の充電インフラに影響を及ぼすようなインパクトはないでしょう。
中国や欧州では『EZ-6(MAZDA6e)』や『EZ-60』といった意欲的なEV車種を発表していますが、日本での発売は未知数。中国企業との合弁で開発されたEVを、そのまま日本に導入するとは考えにくい面もあります。
なにはともあれ、日本のEV普及に寄与するような、魅力的な新型EVの登場を期待しています。また、日本国内の急速充電インフラが「ユーザー本位」の進化を遂げてくれることを願っています。
文/寄本 好則
コメント
コメント一覧 (1件)
「アメリカのトランプ大統領」と「強いリーダーシップ」が同じ文脈で書かれることって何かの誤解ではないでしょうか。