※冒頭写真はヒョンデ公式サイトから引用。
日本で路線運行用の電気バスを発売
2024年7月23日、Hyundai Mobility Japan (ヒョンデ)は、電気自動車(EV)の路線運行用の中型バス「ELEC CITY TOWN」(エレクシティタウン)」を日本に導入することを発表しました。販売開始は2024年末を予定しています。
ヒョンデは、2001年に日本市場に初参入しましたが、販売が伸びなかったことなどにより2009年に日本市場から撤退。今は電気自動車や燃料電池自動車といったゼロエミッションビークル(ZEV)に特化して再参入しています。でもこれは乗用車の話。商用車に関しては以前の現代自動車事業を継続していて、販売したバスの保守点検や修理などに対応していたそうです。
また、当時は大型観光バス「Universe」(ユニバース)を販売していましたが、今回、新たなバス車種を導入するにあたってヒョンデが切り込み隊長に選んだのは、路線バス規格の中型電気バス「エレクシティタウン」でした。保守点検についてはこれまで運用してきたサービス網を利用していきます。
エレクシティタウンの日本での販売目標については、現時点では明確になっていないようです。ヒョンデ・モビリティー・ジャパンの趙源祥社長は発表会で、電気バスは「韓国国内でも供給が追いついていないため、日本にどの程度の台数が割り当てられるかが問題」と話しています。
それでも「来年は50台以上出るのではないか」という予想を述べ、「それ以降は徐々にブランドの信頼を深めていきたい」と話しました。
価格は未発表ですが、趙社長は、4700万円から5000万円程度を検討していることに触れました。未確定の金額なので、評価するのは難しいところですが、BYDが2025年の秋に納車開始を予定している定員61名の中型電気バス『J7』が(関連記事)、バッテリー容量192.5kWhで価格は約4000万円(発表された価格は税別で3650万円)なので、単純に価格だけを見るともう少し抑える必要があるようにも見えます。
一方でエレクシティタウンは日本のバス規格に準拠しているため、架装が比較的自由にできるのも特徴です。ワンマンでの路線バス運行が可能な架装にも対応しています。
また既存のバス、ユニバースと同様、翌日納品率95%以上を目指して部品の在庫を確保するなどにより、保守点検や修理による稼働時間の減少を抑える対策も整えるそうです。
こうした実際の運用面でのサービスや、ヒョンデが日本で培ってきた信頼性、経験など、表面に出てこない部分をコストにどう置き換えるかでしょうか。難しい部分ですが、バス会社によって判断基準が違ってきそうです。
全長9mの中型バスが日本市場に合っている
ヒョンデは現在、小型、中型、大型の乗合バスの他、観光バスなどに使用するハイデッカーの電気バスを販売しているそうです。
その中から全長9mの中型バスを選択した理由について趙社長は、11mの大型バスは大都市中心に日本のバスメーカーが強いこと、中型バスは日本のライフスタイルの変化によって今までにない新しい需要ができているところなので、「まず9mから始めて市場の競争力をつけて、そこからスコープを広げていくことを検討している」と説明しています。
エレクシティタウンの仕様は、以下の様なものです。
ヒョンデ ELEC CITY TOWN 主要スペック | |
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全長×全幅×全高 | 8995×2490×3400mm |
ホイールベース | 4420mm |
乗車定員 | 55人 |
モーター | ZF-Cetrax CX220 |
モーター種類 | ACモーター |
最高出力 | 160kW |
最高速度 | 80km/h |
バッテリー種類 | リチウムイオンバッテリー(NMC) |
バッテリー容量 | 145kWh |
急速充電 | チャデモ(入力:90kW×2) |
一充電走行可能距離(60km/h定速走行) | 233km |
モーターはZF製で、単なる推測ですが公共交通向けの「CeTrax」シリーズの「CX220」というタイプです。CeTraxは、既存のドライブトレインのレイアウトを変えずに搭載できる「プラグ・アンド・ドライブ」という考え方で開発された電動ドライブです。モーターの種類は、永久磁石を使わないACモーターです。
2020年の量産開始時(ZFのプレスリリース)はバスなどに搭載する大型モーターでしたが、2023年には小型の商用車向けも出ました。既存車両に後付けもできるようなので、日本のバスもこれで電気にすればいいのではと思います。
エレクシティタウンのセールスポイントのひとつは、保証範囲の広さです。まずバッテリーの補償期間は10年、100万kmです。EVで一般的な8年16万kmを大きく超えているのは自信の表れなのでしょう。
バッテリーのメーカーは公表していませんが、ヒョンデの公式HPを見ると、エレクシティシリーズの大型バージョンのバッテリーはポリマータイプとなっていて、「Hyundai’s Lithium-ion polymer Batteies」と表記されていました。なお種類は三元系(NMC)です。
さらに新規車両登録後から、フロントガラスとサイドミラー(片側)は10年間、タイヤのパンクは5年間、回数に限度はありますが修理、交換をするサービスも提供しています。こうしたサービスを、バス会社はどのように評価するのでしょうか。
こうしたエレクシティタウンの日本導入に合わせて、ヒョンデはちょっとびっくりな展開を用意していました。電気バスを世界自然遺産の屋久島で走らせる計画です。
屋久島で電気バスを走らせてゼロエミッション目指す
ヒョンデは、電気バス「エレクシティタウン」の日本導入発表と同時に、鹿児島県を拠点にする岩崎産業(いわさきグループ)と、屋久島にエレクシティタウンを投入する基本同意書を締結しました。
岩崎産業は、鹿児島〜屋久島・種子島を結ぶ海上交通会社、鹿児島県内の公共バス会社、ホテル運営など約30のグループ会社を有する企業です。屋久島では、景色の良い高台でホテルを営業しているほか、路線バスの運行を手掛けています。
今回の基本合意では、エレクシティタウンを5台、いわさきグループが購入し、屋久島の路線バスで運用することが盛り込まれています。
岩崎グループは現在、屋久島で乗り合いバスを27台、貸し切りバスを22台、運用しています。代表取締役の岩崎芳太郎氏は合意書の締結式で、将来的には「すべてのバスを電気バスに替えたい」と抱負を述べました。
こうした取り組みにより屋久島のゼロエミッション化を進めるのが、いわさきグループの目標でもあります。
電力のゼロエミ化で経済効果も期待
ではなぜ屋久島では、電気バスでゼロエミッション化が進むのでしょうか。
作家の林芙美子氏は小説「浮雲」の中で、ひと月に35日雨が降ると、屋久島の雨の多さを描写しました。実際、屋久島は日本で最も年間降水量が多い地域です。まあ、梅雨時に行ってもけっこう晴れ間があるので、観光で訪れる方はご安心を。
そして屋久島は、この豊富な水量を利用した水力発電が島の消費電力の99.6%を賄っているという、再生可能エネルギーの島なのです。ここで電気バスやEVを走らせれば、理想に近い再エネによる自給自足の交通手段を実現できるわけです。
屋久島のゼロミッション化は単なる理想にとどまらず、経済効果も期待できる可能性があります。
岩崎氏は、島のゼロエミッション化を実現できれば、「おそらく世界でただ一カ所の場所になる」とし、そうなれば「世界中からいろいろな人が屋久島を訪れるのではないか。ホテルをはじめとする観光業が中核事業のいわさきグループとしては、電気バスは非常に投資価値がある」と、エレクシティタウン導入の意義を強調しました。
いわさきグループは島の東側に位置する安房を中心に運行している乗合バスに、エレクシティタウンを使用する計画です。エレクシティタウンはチャデモに対応はしていますが、乗合バスだと急速充電器の必要性は低そうです。それでも今後の販路拡大や非常用蓄電装置としての活用を考えると、急速充電システムの搭載はプラスになると思われます。
ちなみに屋久島は、アップダウンは激しいものの、島を1周する外周道路が全長100km程度で、集落はある程度かたまって存在しているため、最近の市販EVなら充電不要で普段使いができると思います。
EVsmartのウェブサイトで屋久島の充電スポットを検索してみると、人口がある程度まとまっている島の東側の反対側(西側)に位置する永田公園に50kW、白い砂浜がきれいなほか、ウミガメの産卵で有名な栗生海水浴場に35kWの急速充電器がありました。
筆者が初めて屋久島を訪れたのは1996年。この時は鉛電池の手作りコンバートEVで、経路上の民家などでコンセントを借りながら外周路を回る日本EVクラブと週刊SPA!が連携したチャレンジに参加していました。
当時はまだ急速充電器はなかったのですが、鉛電池に蓄電してEVに充電する充電設備が屋久島のガソリンスタンドに設置されるなど、再生可能エネルギーをフル活用できるEVへの期待感の芽のようなものは生まれていました。
でも、バッテリーの能力不足もあり、鉛電池の市販EVは普及には至りませんでした。
それから30年近くが経った今、屋久島では地元の会社やアウディなどがEVのレンタカーを運用するなど、ゼロエミッション化への取り組みが具体性を増してきています。
エレクシティタウンは販売開始が今年末で、実際の運行時期はまだ確定していませんが、ヒョンデが電気バスで日本に乗り込むこと、ほかでもない屋久島という場所が初の運行場所になることなどを考えると、大きな注目を集めると思います。
筆者の取材に行きたいランキングでも、初登場1位になりそうです。まずは運行開始の一報を待ちたいと思う、今日このごろです。
取材・文/木野 龍逸