ヒョンデ『NEXO』試乗レポート/FCEVに必要な水素スタンド普及へのハードルとは?

2月初旬に開催された日本自動車輸入組合(JAIA)のメディア向け試乗会には、各車の最新電動車が集結しました。日本国内で市販される数少ない燃料電池車であるヒョンデ『NEXO』を、自動車評論家の御堀直嗣氏がレポートします。

ヒョンデ『NEXO』試乗レポート〜FCEVに必要な水素スタンド普及へのハードルとは?

第一印象には「前世代車」の名残を感じる

韓国メーカーであるHYUNDAI(ヒョンデ)のNEXO(ネッソ)は、燃料電池車(FCEV)である。昨2022年の日本市場再上陸において、電気自動車(EV)のIONIQ 5(アイオニック・ファイブ)とあわせての発売となった。ヒョンデによれば、NEXOは2018年の発売で、IONIQ 5の一つ前の世代の電動車両ということだ。

同じSUV(スポーツ多目的車)の電動車両だが、IONIQ 5がグリルレスのような外観であるのに対し、NEXOはラジエターグリルを残した造形であるところも、少し前という印象を与えなくもない。

同様の印象は、クルマに乗り込んでからも感じた。ダッシュボードのメーター表示はエンジン車の時代とあまり変わらない表現の仕方で、独創的なIONIQ 5と異なる。センターコンソールに並んだスイッチ類は、アナログ的で、ずらりと並べられたスイッチはどれも似た表示の仕方であり、慣れるまで、何処に何のスイッチがあるか判別しにくい。シフトは、スイッチ式で、そこは電動車両らしい操作方法だが、それも、センターコンソールの数々のスイッチと同じ場所にあるため、扱いやすいとはいいにくい。

車体寸法は、IONIQ 5とほぼ同じといえるが、NEXOのほうが車幅はやや狭く1.860m、全長は逆に長く4.67mある。外観の造形的な視覚の印象もあるかもしれないが、見た目にはNEXOのほうがやや小ぶりに思えた。運転しても、わずかとはいえ幅の狭さが扱いやすいやすさを覚えさせた。

NEXOは1グレードの設定で、車両重量は1870kgである。IONIQ 5は、バッテリー容量が58kWhの車種は1870kgだが、72.6kWhになると1950(RWD)~2100kg(AWD)と重くなる。その重量の違いもあるだろうが、NEXOのモーター出力は120kWで、IONIQ 5は170kW以上だ。一方、最大トルクはNEXOでも395Nmあり、IONIQ 5の58kWh車の350Nmに負けていない。

2輪駆動のモーターは、IONIQ 5が後輪(RWD)であるのに対しNEXOは前輪(FWD)になる。そのため、走行感覚は若干異なる。

NEXOは、フロントボンネットフード下に燃料電池スタックを搭載する。そして前輪で駆動する。後輪側には、圧縮水素タンクを3本搭載し、1.56kWhのリチウムイオンバッテリーも備える。これは、急加速で燃料電池スタックでの発電が足りなくなる場合の補助や、減速時の回生でのエネルギー回収で活用される。

IONIQ 5は、承知の通り床下にリチウムイオンバッテリーを敷き詰め、後輪で駆動する。そうした機能の違いと、機器の配置の仕方などによって、NEXOとIONIQ 5の走り味に違いが出ているはずだ。

IONIQ 5と同様に室内V2Lコンセントを装備。ただし、IONIQ 5が最大16A(1600W)に対して最大150Wとなっている。

加速時には送風音が気になる

NEXOを運転してまず感じたのは、モーター駆動らしく発進から加速まで滑らかで、軽快な印象をもたらすことだ。IONIQ 5でも、車両重量の軽い58kWhの車種は、同じような印象を与えるのではないか。軽快さが、NEXOの魅力の一つといえるだろう。当然ながらモーター駆動であるため室内の静粛性にも優れる。

座席は、前後ともに十分な寸法があり、体をよく支え、身を任せて楽に運転を続けることができる。座席の良し悪しは見落とされがちだが、評価されるべきNEXOとIONIQ 5の利点だ。

走行中は前輪駆動であるため前へ引っ張っていくような感触があり、そこはエンジン車も含め昨今の多くのクルマが同様なので、はじめての人でも違和感は少ないかもしれない。

ただ、強い加速をした際には、前輪駆動であるだけに前がやや持ち上がるような姿勢になる。また、トルクステアといって左右にハンドルを取られ気味になる様子が多少あった。そのほかに、FCEVでは発電のため空気を圧縮して燃料電池スタックへ送り込まなければならず、シューという空気を送り込むような音が耳に届いた。これはNEXOに限った話ではなく、FCEVはどれも急加速で気づかされる送風騒音だ。

全体的にはモーター駆動のクルマとして、滑らか、かつ静かで、上質な乗り味だ。ただEVと比べると、急加速での騒音などによって上質さが欠けるところがFCEVにはある。それ以外は乗り心地が柔らかで、やさしい印象を与えるNEXOだ。親しみやすさも覚えさせた。

水素ガスは、約5分で156.6リッターの水素タンクを満充填でき、WLTCモードで820km(EPA換算推計値=約656km)走行できるという。エンジン車からの乗り換えでも不安のない距離といえる。しかし、全国にはまだ160か所ほどしか水素充填スタンドがない。それも、移動式であったり、営業時間が短かったりする場所もあり、営業形態が安定的でない。水素充填にはEV以上に不安要素が残る。そこを世の中であまり問題視しないのはなぜだろう。

水素スタンドが増えない理由とは?

以下は私見だが、水素充填スタンドの整備が進みにくい理由は、鶏が先か、卵が先かという、EVでもいわれ続けてきた論理とは別に、あるいは、危険な高圧ガスを扱う上での法整備や、数億円といわれる設置費用の問題などとは別に、そもそも利用が便利な場所に設置しにくい事情がある。

水素充填スタンドを一か所設置するためには、500平方メートル(約150坪)の敷地が必要だといわれている。ちなみに、多くのFCEV利用者が頼りにする、岩谷産業の芝公園の水素ステーションは、約1000平方メートル(約300坪)の敷地面積がある。人口の多い都市部で、150坪の土地を持っている地主が、一日に何台充填しに来るか見通せない水素スタンド経営に乗り出そうとするだろうか。

なおかつ、水素は元素のなかでもっとも小さく軽いため、万一、水素が漏れた場合の安全策として、水素充填スタンドは上空に開放された施設でなければならない。つまり、水素スタンドの上にビルを建てることができないのである。したがって、家賃収入などで収益を補うこともできない。一方、EVであれば地下駐車場などにも充電器の設置ができる。

土地を有効活用できなければ、人口の多い都市部に水素充填スタンドは広がらないだろう。人気の少ない郊外で、土地の価格が安いところにしか水素充填スタンドは設置しにくいのである。

つまり、いつまでも不便な水素充填が付きまとう可能性が高い。なぜEVであって、FCEVではないのか。その答えの一つは、ここにあると考える。

取材・文/御堀 直嗣

この記事のコメント(新着順)3件

  1. 重要なご指摘だと私も思います。
    なぜ議論されないのか・・・まあ一般人はさて置いても、関係者においても水素社会が来るなんで信じていなからではないでしょうか・・・。

    乗用車はさておき大型トラックにおいてはFCEVが本命になるかも説もありますが、大容量のタンクだと充填時間が・・・とかもあるので、大電流対応の充電設備を充実させる方がまだ現実的なのかなとも個人的には思います。

    さらについでに個人的には、かつてPDPが液晶ディスプレイに駆逐された歴史を思い出したりします・・・もちろんこの場合、PDP=FCEV、液晶=BEVと言う意味で・・・。

    1. あっ、別に、FCEVとBEV自体は敵対関係なわけでもなく両方共存すればいいだけの話なのだとは思いますけれども、インフラ整備の観点からは両立は難しそうですよねぇ。充電環境の充実すら怪しいのに・・・

  2. 水素は、セルフ充填できず作業者二人が必要や、そもそも水素を高圧タンクに充填する際の電力量が大きく、その電力量でEV車が充電できるとか、その辺りもレポート頂ければ。

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					御堀 直嗣

御堀 直嗣

1955年生まれ65歳。一般社団法人日本EVクラブ理事。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。1984年からフリーランスライター。著書:「快走・電気自動車レーシング」「図解・エコフレンドリーカー」「電気自動車が加速する!」「電気自動車は日本を救う」「知らなきゃヤバイ・電気自動車は新たな市場をつくれるか」「よくわかる最新・電気自動車の基本と仕組み」「電気自動車の“なぜ”を科学する」など全29冊。

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