14年ぶり来日のケレニウス会長が語ったポイント
2023年8月25日に行われたメルセデス・ベンツ日本の『EQE SUV』発表会には、既報の通り、オラ・ケレニウス代表取締役会長が、メルセデス・ベンツ グループのトップとしてなんと14年ぶりに来日し、メディアとの質疑応答が行われました。
こんな機会はめったにありません。ケレニウス会長の質疑応答があったことで、8月25日は単なる新車発表にとどまらず、メルセデス・ベンツ グループの現在地や考え方のベースを知る、とてもいい機会になりました。
発表会でのプレゼンや質疑応答のポイントを自分なりに要約すると次のようになります。
●2039年にバリューチェーンでの脱炭素化を目指す『Ambition2039』の実現に向けてこれまでに数十億ユーロを投資している
●バッテリーのリサイクル工場を年内に立ち上げる
●世界規模で充電設備への投資を拡大する(日本での設置も検討中)
●ロングレンジのPHEVを投入するが、PHEVは過渡的な技術と考えている
●2020年代では、乗用車はBEV、大型トラックなどは燃料電池(FCEV)が最適と考えている。
●EVでの価格競争は仕掛けない。
●自動車の父であるゴッドリーブ・ダイムラーとカール・ベンツのアプローチを採用し、オリジナルの発明を再発明する必要がある
ではひとつずつ見ていきます。
『Ambition2039』に向けて投資を拡大
まず、メルセデス・ベンツが大目標として掲げている『Ambition2039』についてですが、詳細はEVsmartブログの過去記事を参照していただくとして、これまでに数十億ユーロを投資してきているほか、今年の投資額150億ユーロも大部分は新技術開発や工場への設備投資などを対象にしていると、ケレニウス会長は話しました。ここで言う設備投資は、EVやバッテリーの生産設備を指すと思われます。
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またケレニウス会長は、今年中にドイツのクッペルハイムに、バッテリーのリサイクル工場を立ち上げる予定であるとも話しています。クッペルハイム工場では、リチウム、ニッケル、マンガン、コバルトなどを含むバッテリーのリサイクル率を96%以上に引き上げることを目指します。
96%が重量比なのか体積比なのか明確ではないですが、メルセデス・ベンツは車両をクローズドループでリサイクルすることを目標にしているため、バッテリーのリサイクルも当然、省くことはできません。その第一段階が今年中に動き出すということです。
なお『Ambition2039』の中でメルセデス・ベンツは、市場の状況が許す限り、2030年までの10年間に「電気ファーストから電気のみ」に移行することを宣言しています。市場の状況という条件は付いていますが、準備を着々と進めていることが、EVのラインアップ強化のスピードから感じられます。
●メルセデス・ベンツのロードマップ
2030年/生産工程におけるカーボンニュートラル実現
2030年/市場が許す限り100%を電動化
2039年/バリューチェーン全体でカーボンニュートラル実現
充電設備への投資を拡大
ケレニウス会長のスピーチの中で注目したいもう一つの点は、充電インフラへの投資拡大です。メルセデス・ベンツは、2030年までに世界の主要市場で、急速充電器を1万基以上設置していくことを目指しています。
メルセデス・ベンツは地域ごとの数を公表していないので、数は不明ですが日本への設置計画も検討中だそうです。ケレニウス会長は日本のインフラ事情について「(欧米などに比べて)遅れているとは思っていない」と話し、今回の来日中に政策決定者と面談する予定があることを明かしました。どこの誰かまでは言及していませんが。
そしてケレニウス会長は「手に手を取って(自動車OEMと)政策決定者が一緒に協力すれば、この転換を加速することができると思う」と、日本での充電インフラ整備についての期待感を示しました。
また充電インフラを自前で作っていくことについて、ケレニウス会長は次のように話しています。
「2030年代にはEVが優勢になるだろう。(その時に)消費者は今と同じレベルでの利便性を期待する。従って充電は非常に重要なタスクになる。古いパラダイムでは、自動車会社が自動車を製造し、エネルギー会社がエネルギーを供給していたが、私たちはガソリンスタンドを設置するわけではない。もっと幅広く考える必要がある」
端的に言えば、メルセデス・ベンツは充電設備を車の一部と考え始めたということになりそうです。テスラのようなものですね。
充電インフラを自前で持っていれば、ユーザーの車の使い方の情報が取得できるし、それをフィードバックすれば車の改善にもつながります。個人的には、ここに手を着けないと車の開発そのもので遅れてしまう可能性があると思っています。
加えて、ケレニウス会長は充電設備への投資に関連して、「メルセデス・ベンツに乗っている方には、私たちがサポートする」と強調しています。EVを選択するユーザーに対するホスピタリティーのひとつが、充電器になるわけです。それは自動車メーカーの責任でもあると考えているのでしょう。
日本の自動車メーカーや政策立案者らが今まで、自分たちは車を作る会社であってインフラ会社ではない、EVが普及しないのはインフラが少ないからだ、という鶏と卵の話をしていたのとは対照的な印象を受けます。最近は日本の状況も少しずつ変わってきていますが、日本の自動車メーカーから充電インフラ整備への積極的な関与が、今でもほとんど見えないのが不安の種です。
PHEVは過渡的な技術
ケレニウス会長が登壇しての質疑でも、興味深い回答がいくつかありました。そのひとつが、PHEV(プラグインハイブリッド車)を過渡的な技術と捉えていることでした。ただし、短期的な製品ポートフォリオの中では重要な位置を占めると考えているようです。
ケレニウス会長は、この10年の間に完全に電動化したいと考えている一方で、2025年~2026年くらいに50%を電動化するにあたってはPHEVも重要な製品になると話しています。そのPHEVは、電気だけで100km以上走ることができるものになりそうです。
ただ、「市場が変わればペースも変えていく必要がある」とし、経営を考慮したフレキシビリティーは確保していくようです。
そして、記者側から「PHEVは一時的な活用という意味で、最終的には完全EV化を目指すということか」と聞かれたケレニウス会長はこう答えました。
「今、目に見える近い将来において、プラグインハイブリッド車は重要な役割を果たすと思う。(中略)プラグインハイブリッド車は、ここ何年間は存在すると思う。でも、ゼロエミッションの究極的な目的のためにはBEVということになる」
とても明確な答えで、胸がすっとしましたが、続けて、もうひとつスッキリした回答がありました。FCEVとBEVの住み分けについてです。
EVが最も効率的で適切な技術
質疑応答で出た質問の中で、「これが聞きたかったのです」と言いたくなったのが、ロイターの記者によるこんな質問でした。
要約すると、脱炭素に向けてはEVのほか、FCEV、e-fuelなどがあり、全方位戦略にしているメーカーもある。トヨタはマルチエネルギー戦略を掲げている。そのなかで、メルセデス・ベンツはなぜEVに特化するのか、という質問でした。
ケレニウス会長は、「私たちはゼロ・エミッションに向けたさまざまな選択肢を検討することに多くの時間を費やしてきた」と前置きして、EV、FCEV、e-fuelは「すべて発展していくと思う」としつつ、次のように話しました。
「(どれを選択するかは)適切な技術を、適切な時期に、適切なユースケースに使うという問題だ。乗用車の場合、BEVは今、ここにある。インフラはまだ構築されていないが、現在構築中だ。そして風車やソーラーパネルから自動車の車輪までの効率を見ると、EVのエネルギー効率は70%以上にもなる。つまり、エネルギーのロスがほとんどない。これがエネルギー的な理由のひとつであり、コスト的な理由でもある。EVは現時点では、乗用車としては最もコストの低い選択肢だ。(中略)2020年代(の乗用車)においてはBEVが一番、論理的な選択肢だと思う」
またFCEVは、ダイムラーが、1日に1000kmを走るトラックのようなヘビーデューティー向けに開発を進めており、乗用車ではない大型長距離トラックのようなカテゴリーでは「燃料電池が適切な選択肢になる」と話しました。
もうひとつ、e-fuelについては「非常に興味深い補完的な技術」だとし、バッテリーも燃料電池も使えない、航空機や船舶のような分野を担うものになるという見方を示しました。
そして「企業としては、どんな技術をどのタイミングで使うかを注意深く見ていかなければいけないので、今、BEVに注目している」とコメントしました。
ざっくりこんな内容なのですが、個人的には納得感の高い、合理性のある説明だと感じました。エネルギー効率について言えば、電気から水素を作るのは電気をそのまま使うより損失が大きく、カーボンニュートラル実現のために効率向上を目指す方向性には合わないことも、言葉の端々に含ませていました。
この基本的な論理を根底から覆すような技術が出てこない限り、今、世界がEV中心にシフトしようとしている潮流は変わらないように思います。
開発速度の早さを肌身で感じている
ところでケレニウス会長は、中国市場での状況を踏まえた対応について、新しいプレイヤーが入ってくると革新的な技術で既存の会社が破壊されるディスラプションが起きることがあるので、「真剣に対峙しなければならない」という認識を示しています。警戒感はかなり強いようです。
一方で、中国市場はボリュームのあるエントリー層での競争が激しいが、メルセデス・ベンツの狙っているラグジュアリーの市場への影響も大きい。そんな中で、メルセデス・ベンツはまだよちよち歩きでもあるが、「価格競争を仕掛けることは得策ではない」という姿勢を示しました。そしてこうコメントしました。
「ボリュームメーカーになるという道は取らない。我々はテクノロジーのピラミッドのトップに君臨して、ラグジュアリーという価値を提供する」
あたりまえですが、メルセデス・ベンツらしい明確な姿勢です。
最後に、ケレニウス会長がスピーチの中で語っていた認識をひとつ紹介します。ケレニウス会長は現状の技術革新、とくにAIを含むソフトウエアやセンシング技術の進展は、「私たちが知っている自動車産業を根底から覆すもの」だと指摘した上で、「従って私たちは、自動車の父であるゴッドリーブ・ダイムラーとカール・ベンツのアプローチを採用し、オリジナルの発明を再発明する必要がある」という認識を示しました。
EVへの転換は自動車の100年の歴史をひっくり返すものだと言われることが多いですが、ダイムラーやベンツのオリジナリティーを超える再発明が必要というのは、とてつもなく高いハードルを設定しているんだなあと思いました。
繰り返しですが、もうこれは開発ではなく、発明です。そのくらいの覚悟があると言うことなのでしょう。
ケレニウス会長は「私が自動車業界で経験した30年間の中で、これほど開発のペースや変化のスピードが速かった時代はなかった」とも話しています。
その変化は始まったばかりで、止まることはなさそうです。紆余曲折はあると思いますが、方向性は明確だなと、認識を新たにしてくれたケレニウス会長の言葉なのでした。
取材・文/木野 龍逸
電気は世界中の家庭や事業所など、消費地分散で作ることができるという点も、
ケンタウロス会長に触れて欲しかったですね。