テスラ『モデルY』の鋳造に関する研究者の解説〜電気自動車の開発競争は電池だけじゃない

イギリスのTaviさんという方が、テスラ『モデルY』のギガ・キャストに使われる合金について解説。テスラの開発スピードに対する驚きを伝えています。なんと Twitter のつぶやきスレッドですが、とても興味深い内容でした。

テスラ『モデルY』の鋳造に関する研究者の解説〜電気自動車の開発競争は電池だけじゃない

※冒頭写真はテスラ「Q1 2020」決算報告から引用。

【元Tweetはこちら】

ご本人から翻訳記事掲載の許諾をいただくことができたので、長大なスレッドを全文翻訳でご紹介します。電気自動車の開発競争は「電池」だけでなく、今までの自動車の常識を変革するための多様な開発が、猛スピードで進んでいることを感じます。

7月31日のTweetを全文翻訳

テスラがモデルYのフロントおよびリヤに採用している一体型鋳造パーツ(いわゆるギガ・キャスト)に使用している合金について、7月29日に公開された新たな特許の(技術系オタクのための)解説。

特許のタイトルは「構造部品用ダイキャストアルミ合金」。

本書は以下の特性を持つアルミ合金を開発した経緯が書かれています。

●高い降伏強度(130MPa以上)
●優れた延性(3ミリ幅の部位の曲げ角20度以上)
●優れた鋳造性(高圧鋳造に最適)
●後処理工程不要

こうした特性が必要なのは、自動車部品を含む高性能な用途に利用するためです。つまり、ギガ・プレスと呼ばれる大型鋳造機で高圧鋳造することで、大型部品を素早く、正確に、かつ安価で製造することができるのです。

通常はもっと小さなアルミ部品を鋳造する際に、強度や延性を高めるために後処理として熱処理や焼入、時効硬化などを行いますが、巨大な部品では歪みが出て歩留まりが低下する原因となります。また、設備投資や工程時間、コストも増加します。

「なぜ既存のアルミ合金を使わないのか? 色々種類もあるだろう」と思われるかもしれませんが、既存のものではダメなのです。申請書にある降伏強度と延性のグラフを見ると、既存の合金が色々記載されています。そして右上の四角い領域がテスラの目指した特性です。

基本的に、この目標領域の左下のバツ印よりも右上に収まれば何でもいいのです。ただ、既存の「候補」となる合金では鋳造後に熱処理をしないと、目標領域に達しません(熱処理は偉大ですね!)。しかし、テスラは後処理なしでも使える合金を自ら開発する必要があったのです。

ここで一旦、材料科学の4要素、プロセス、構造、特性、性能(Processing-Structure-Properties-Performance)の関係について説明しておきます。素材を開発する際は、解決したい課題があります。狙った性能が発揮できるよう、その素材は一定の特性を持っている必要があります。

例えば最大Xトンの荷重に耐えられるけど、Yキログラム以下であること(軽さは飛行機にとって重要な要素です)、そして耐食性があり、コストはZ円以下の飛行機用の柱が必要だとします。

まずはこれを実現する特性を割り出します(密度、強度、耐食性、キロ単価)。物性(密度)は大きく変わることはありませんが、機械的特性(強度、延性)と化学的特性(耐食性)は上記の「構造」を変更することで変えられます。ちなみに「構造」とは金属の中の微細構造のことです。そして「構造」を変えるのは「プロセス」です。「プロセス」とは

●機械的(鍛造、圧延など)
●熱的(焼入、時効硬化など)
●組成的(どの金属を使うのか)

などです。上図では問題に対する解決策を探す場合、右上から左下に向かって考えます(エンジニアリング)。新素材の開発は一般的に左下から右上に向かいます(科学的研究)。

さて、特許の話に戻りますが、高圧鋳造は溶かした金属を注湯し、完成品が出てくる仕組みで、これは変えられません。つまり、テスラは機械的特性や熱的特性をあまり変更できず、やれることといえば、公差内の部品を作り、プレス機が壊れないようにするため、少しパラメータを調整する程度です。従って残されているのは合金の組成を変更することだけです。

合金とは、主体となる金属(ここではアルミニウム)にその他の要素(主に金属)を追加したものです。基本的に純粋な金属は非常に展延性(破断せずに伸びたり圧縮されたりする性質)が高いけれど強度が低く、少量の他の金属を混ぜることで(チョコレートに砂糖を入れるように)より強いアルミ合金になります。

しかし物には限度があります。溶解限度を超えて金属を添加すると、主金属と新たな構造を形成して析出物になります。析出物は一般的に合金より硬いのですが、脆いです。チョコレートの中にあるナッツを想像して下さい。合金の強度は上がりますが延性は大幅に低下します。構造部品の場合、突然割れたりすると大事故につながるため、これは望ましくない特性です。そして失われた延性を戻すのが熱処理…なのですが、高圧鋳造は熱処理が出来ません。だからテスラの開発チームは、プレス機の中に金属を流し込んで、それが冷えた時点で正しい性質(チョコレートの中に適切な量とサイズのナッツがある状態)になるように組成を調整する必要があったのです。

この析出物はミクロやナノレベルのサイズですが、金属構造の中に均質に分布しています。そしてダイキャスト用アルミ合金に特定の金属を添加すると得られる効果や、結果として形成される析出物(第二相)と物性の変化については一般的に知られています。例えば……。

●ケイ素は脆い析出物を形成しますが、潜熱が高くなるため、鋳造中に金属がより長時間液体の状態を保ちます。湯流れ性(型の隅までしっかりと溶湯が行き届く)はいいのですが、延性は変わらないか、低下します。
●銅やマグネシウムも強度が上がります。そして銅:マグネシウムの比率が3:1に近いと最も良い特性が得られます。
●ストロンチウムはケイ素を多く含む析出物を、板状ではなく球状に成長させる修飾剤で、延性が上がります。

テスラの開発チームはこれら様々な添加物を予測モデルに入れることで、目標とする合金の大まかな組成を割り出し、10種類の合金を用意してプレス機にかけました。すると、少なくとも1つは良い結果が得られたのです!

使われた組成(Al-Si-Cu)から、この合金はA3xx系(サンビャッケイ)と呼ばれるのですが、この申請書では特に合金に新たな名前は付与されていません。

興味深いことに、テスラはこの特許申請書を2021年1月に出願しています。いつこの作業を行ったのか詳しくわかりませんが、以前2019年8月にも別のダイキャスト用アルミ合金の特許を出願しており(2020年2月発表)、これが高圧鋳造用だと最初は思っていました。

これについては、以前別のスレッドで解説をしたのですが、振り返ってみるとあの合金(Al-Ni系)をギガ・キャストに使うという予想は間違っていたことが分かり、おそらく別の用途(モーターのケースとか?)に使っているのだろうと思います。

いずれにせよ、すごいスピード感で開発をしているようで何よりです!

(翻訳/池田 篤史)

この記事のコメント(新着順)4件

  1. いくら再生可能エネルギーで発電したとしても、特別高圧な送電は、それに適した送電線がないと電力パワーグリッド各社は受け付けてくれないですよ。発電基地まで配線を確保するには、巨額の対価を要求されます。彼らの後には利益目的の民間企業で数値しか見ない株主が大勢います。地熱も良いですが、温泉組合が利権を主張しますし、環境アセスや山林農地の転用許認可も大変です。みんな2050年の世界より今の生活に苦労しています。
    どうか、問題をリスナーに振らないで、ご自身で解決できる方法をブログしてください。お願いします。

    1. Tom様、コメントありがとうございます。
      当サイトでは、記事の趣旨に沿ったコメントや情報交換、議論をお願いしております。当記事は再エネに関する政治的なトピックではありませんので、今後は同内容を議論している記事へコメントいただくようにお願いいたします。
      その上で、おっしゃっている問題に関しては当然存在していますし、これに対し、消費者が自身で解決できる方法は、戸建てならルーフトップソーラーくらいしかないと思います。再エネを増やさない限り、巨額のお金を毎日化石燃料に費やす必要があり、それが「今の世界で苦労」する原因の一つとなっています。これから世界の再エネ比率は上昇し、また炭素税などの仕組みが導入されると、それらが正しいかどうか・抵抗すべきかどうかにかかわらず、我々の生活は苦しいものになります。それらを考えたうえで、問題点だけを指摘するのではなく、解決する方法を考えていくことも大事ではないかと思います。

  2. プリウス30に乗っています。71%を火力で発電している日本で、何がEVかと思っていましたが、やはりEVだろう、再生可能エネルギー関連で50万人を雇用する、製造業の大転換を初めないといけないと確信する爺さんです。

    1. その「再生可能エネルギー」の源(一次エネルギー)は、太陽光、風、地熱、潮汐など、タダなのですよ!

      もちろん、これらを電力に変換するための設備は必要ですが、低コスト化技術開発を進めることと、20年30年に亘って設備償却することで、電力価格は火力発電なんかより安くなっていくはずなのです。二酸化炭素も出ませんし、原発が抱えるリスクもありません。

      平成の時代までは、再生可能エネルギーは高価なものと決め付けられてきましたが、技術開発や大量生産のお陰で、海外の例では再生可能エネルギーによる電力価格がkWh当たり10円を切る水準になってきています。

      日本の場合、ソーラー発電は立地が限られていますが、一方で、全国あらゆる温泉地での地熱発電や潮汐発電(たとえば、鳴門の海流で発電する)といった再生可能エネルギーが実は豊富なので、火力発電からの転換を積極的に進めることで、日本のカーボンニュートラルは達成できるはずです。
      なぜ、日本は、安価な(元はタダの)再生可能エネルギー開発を進めないのでしょうか?不思議で仕方ありません!
      編集部の皆様、EVのカーボンニュートラル電源である、再生可能エネルギーの、海外含めた普及状況を紹介する記事を是非、取り上げて頂きたいです。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です


この記事の著者


					池田 篤史

池田 篤史

1976年大阪生まれ。0歳で渡米。以後、日米を行ったり来たりしながら大学卒業後、自動車業界を経て2002年に翻訳家に転身。国内外の自動車メーカーやサプライヤーの通訳・翻訳を手掛ける。2016年にテスラを購入以来、ブログやYouTubeなどでEVの普及活動を始める。

執筆した記事