時の人 Tom Zhu氏とギガテキサス 〜テスラや業界にとっての含意

中国とアジア太平洋地域を統括するテスラ・チャイナのトップであるTom Zhu(朱暁彤)氏が、テスラの次期CEO候補として報じられたことで注目され始めています。はたして、どのような人物なのか。アメリカ在住のアナリスト、Lei Xing氏のレポートです。

時の人 Tom Zhu氏とギガテキサス 〜テスラや業界にとっての含意

【元記事】 Tom Zhu in the spotlight and Giga Texas: what it means for Tesla and the industry by Lei Xing.

Zhu氏がテスラの次期グローバルCEOに?

Zhu氏がテスラの次期CEOなのかは定かではありませんが、その資質はあります。これは、中国と中国の人材について多くのことを物語っています。

テスラは最近、2つの重要な生産マイルストーンを達成しました。同社公式ツイッターアカウントの12月15日と18日のツイートによると、ギガテキサスとギガベルリン両工場が週3,000台のモデルY生産を達成したのです。

このところ、いい話があまりなかったテスラにとって、久しぶりのポジティブなニュースと言えます。

イーロン・マスクCEOがツイッターに執着するあまりテスラの経営がおろそかになり、テスラの株価が下落の一途をたどり(12月20日に52週最安値の138ドルまで下落し、テスラの評価額は2022年初の1兆2,000億ドル超から4,350億ドルに低下)、マスク氏の純資産が減り続け、中国での需要が逆風に直面するなかで、いつものように期末に猛烈に販売台数を稼いで2021年対比の生産と納車成長率を50%の大台に乗せるという目標も達成が怪しいと思われた所に、上記の好材料が飛び込んできました。

両ツイートは、工場で働く数十人の従業員が、自分たちが生産に携わったモデルYとともにガッツポーズで祝福している写真を掲載するという、この手の生産マイルストーンを達成した際に他メーカーでも用いるありがちな投稿でした。

ギガテキサスの写真の中に、とある人物が写り込んでいたことに気づいた人は少ないのではないでしょうか。トレードマークのテスラの帽子と眼鏡、鮮やかな黄色の安全ベストを身に着け、カメラを見上げ他の従業員と一緒に微笑んでいる方がいました。

一見、周りの人たちと変わらないように見えますが、他の人たちとは一線を画す存在。

彼の名は、中国とアジア太平洋地域を統括するテスラ・チャイナのトップ、Tom Zhu(朱暁彤)。マスク氏が最も信頼するテスラ役員の一人であり、世界の大手自動車メーカーの中国/アジア人幹部の中で最も重要な存在でありながらほとんど話題に上らない人です。

Tom Zhu氏

Zhu氏がスポットライトを浴びるようになったのは、上記ツイートの約1週間前の12月7日のことです。中国のテック系メディアPingWest(https://en.pingwest.com/a/11140)が、テスラ社の内部事情に詳しい関係者の話として、マスク氏が同社の次期グローバルCEOにZhu氏を選んだと報じたのです。同報道では、複数の情報筋の話を引用し、グローバルCEOの役割はテスラの自動車事業のみであり、自動運転やロボティクス関連プロジェクトは対象外としています。

遡ること約1カ月、テスラの取締役であるジェームズ・マードック氏は、訴訟の公判で、マスク氏が最近、テスラの一部のリーダーの役割を他の誰かが引き継ぐ可能性を提案し、後継者候補を特定したと述べました。マードック氏は具体的な候補者を明らかにしていません。

PingWestの報道が出た翌日、Bloombergは、Zhu氏が実際にマスク氏の要請で、オースティンにあるテスラの最新工場で生産能力を上げるために、中国のエンジニアチームを率いてギガテキサスに来ていたとのスクープを発表しました。結果として、Zhu氏は、同工場が生産マイルストーンを達成するサポート役として本当にそこにいたことが、ツイートの写真から明らかになったのです。

テスラは今のところPingWestの報道を肯定も否定もしていませんが、マスク氏は12月8日に「私は引き続きテスラとスペースXの両方を統括していますが、どちらのチームもとても優秀で、私の出番はほとんどありません」とツイートし、この報道に対して間接的に反論しているようにも思えます。

マスク氏がツイッターでの将来を考え、テスラのCEOであることを本当に望んでいるかどうか疑問視する声もある中、マスク氏の関心がテスラの他に移ったことで、テスラの世界的成功には少なくとも生産面や運営面で、Zhu氏の役割がさらに重要で不可欠なものとなっています。

もちろん、テスラは上場企業であるため、主要な経営陣の交代は公表されることになるでしょう。もしZhu氏が本当にCEOの座に就くことになれば、自動車業界における世紀の昇進であり、大きなガラスの天井を破ることになります。

今のところ、Zhu氏がテスラの次期CEOになるとは思えません。もしかしたら、CEOになる前のアップルのスティーブ・ジョブズ氏にとってのジム・クック氏のように、COO的な役割の方がふさわしいのかもしれません。しかし、Zhu氏は確かにCEOにふさわしい人材です。これは、中国と中国の人材がテスラの世界的な成功に絶対に欠かせない存在であることを語っています。

Zhu氏は米国デューク大学経営大学院でMBAを取得し、ニュージーランドのオークランド工科大学で情報技術の学士号を取得しており、約9年前の2014年初頭、テスラ中国のスーパーチャージャー・プログラムのディレクターとしてテスラに入社しました。彼は中国でのスーパーチャージャー網の展開に尽力し、2014年末には、テスラ中国のトップに昇格し、中国の経営全般を所管するとともに、グローバルVPにも就任したほどです。

イーロン・マスク氏がZhu氏を信頼する理由

ある意味で、彼はマスク氏に非常によく似ています。マスク氏のように歯に衣着せぬ物言いをするわけでもなく、セレブリティ的な存在でもありませんが、マスク氏の言う「夜遅くまで働く」、「工場の現場に寝泊まりして作業を監督する」という労働倫理を共有しているのです。人となりの観点では、Zhu氏はマスク氏とは正反対です。報道されることも少なく、公の場に姿を現すこともほとんどなく、メディアに登場したとしても、大抵は控えめな態度です。

では、なぜマスク氏はZhu氏を信頼しているのでしょうか? そして、なぜZhu氏がテスラにとってそれほど重要なのでしょうか?

それは、彼がやるべきことをやり遂げ、常に現場で陣頭指揮を執る人だからです。

中国でのスーパーチャージャー網の拡大に始まり、テスラがギガ上海の建設認可を得て、1年足らずで稼働させたこと、過去3年間、中国でのゼロコロナ、特に今年初めに起きた上海でのロックダウンを乗り切ったことに至るまで、Zhu氏は同工場が稼働し続けるために重要な役割を果たしました。ロックダウン中も、彼はギガ上海にとどまり、仲間と共に生活していました。2022年の夏の終わりには、Zhu氏はアジア太平洋地域全体を統括する地位に昇進しています。

ギガ上海でカメラに収められた数少ないインタビューの中で、Zhu氏が自分のオフィスを持たず、他のメンバーと席を並べていることが見て取れました。

中国があってこそのテスラ。それほどまでに、テスラにとって中国は重要な国です。テスラにとって、製造や輸出の一大拠点であり、販売市場である中国の意義と位置づけは、とても言葉では言い表せません。Zhu氏があってこそのテスラ中国。それほどまでに彼は重要な存在です。彼は生産やオペレーションの第一人者であり、その実行力は見事なものです。

メキシコの新工場をふくめて、世界的に生産をさらに拡大しようとするマスク氏とテスラが次々と問題に直面するなかで、Zhu氏が一貫して結果を出し続けていることは、つかの間の休息となります。CEOでなくとも、Zhu氏が新たな場所で新たな役割を担うようになってもおかしくはないでしょう。

翻訳/翻訳アトリエ(池田 篤史)

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この記事の著者


					池田 篤史

池田 篤史

1976年大阪生まれ。0歳で渡米。以後、日米を行ったり来たりしながら大学卒業後、自動車業界を経て2002年に翻訳家に転身。国内外の自動車メーカーやサプライヤーの通訳・翻訳を手掛ける。2016年にテスラを購入以来、ブログやYouTubeなどでEVの普及活動を始める。

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