発表会の概要
発表会の冒頭ではチーフデザイナーのフランツ・フォン・ホルツハウゼン氏が、前回のサイバートラックのイベントでも使った大型ハンマーをステージに持ってきて、今日は「色々と世界記録をぶっ壊そうと思う」と挨拶。この服装も映画『ブレードランナー』の世界観になぞらえて、テスラが未来的な企業であることを表しています。
その後、イーロン・マスク自らが新型モデルSプラッドに乗ってステージに登場し、「最も速く、最も安全で、最も環境に優しいのはEVだ。誰が見ても明らかにそう思えるようプラッドを作った」と開発の目的を語りました。
それでは早速プレゼンの順序に沿って興味深いポイントをチェックしていきましょう。(最後に例のごとくトリビア情報を追加しました)
ゼロヨン9.2秒のパワーを叩き出す駆動系
まずはプラッドの最大の特長である、一般人には到底使い切れない大パワーについて。0-60マイルタイムは2秒未満、0-400mタイムは9.23秒、最高時速は320km/h。イーロン・マスクに言わせると「大脳辺縁系を直撃する加速」だそうです。
これを可能にするのが新開発のカーボンスリーブローターを搭載した永久磁石モーターです。詳しい説明は省略しますが、ローターを鉄のスリーブの代わりにカーボンファイバーで巻くことで、出力が上がるだけでなく効率も上がり、最大回転数も18,000rpmから20,000rpmにアップしました。
金属とカーボンファイバーの熱膨張率の違いから、このローターを作るのに非常に高度な技術を要したそうですが、スペースXではカーボンファイバーの圧力容器を自社のファルコン9ロケット用に作る技術を持っているので、おそらくそのあたりから技術を転用しているのだと推測されます。
新型モーターは1機あたり400ps、470Nmで、Plaidは同じサイズのモーターが前に1つ、後ろに2つある3モーター構成です。後ろのモーターは完全に独立しており、コーナリング中に外側のタイヤを速く、内側を遅く回すことで車の回頭性をアップさせるトルクベクタリングを可能にします。
システム合計出力は1020ps(約750kW)で、これまでのモデルのように超高速域で出力が垂れることがなく、320km/hまでずっと1000psを維持できます。最高速度アップに伴い、最終減速比は9.73から7.5にハイギア化されましたが、0-60マイルのタイムが落ちないのがすごいですね。(※2021/6/17:訂正)
Cd値0.208を達成したエクステリアデザイン
今回のイベントで、イーロン・マスクは量産車世界最小の空気抵抗係数(Cd値)、0.208を達成したと言っています。先日発表されたベンツEQSのCd値は0.20なので、何をもって「量産車最小」を謳っているのか調べる必要がありますが、イベントでは「他社はホイールの回転を考慮に入れないCFDモデルを用いることもある」と指摘していたので、もしかしたらベンツがそれに該当するのかもしれません。
電気自動車にとってなぜCd値が重要なのかというと、空気抵抗が少ないほど航続距離が伸びるからです。3モーターのプラッドは624km、デュアルモーターのロングレンジは659km(どちらもEPA基準)となっています。
補機類などの注目ポイント
航続距離を伸ばすために、プラッドはモデル3などと同じヒートポンプを採用しました。以前はPTCヒーターといって電気をドカ食いする方式だったのですが、ヒートポンプを採用することで寒冷地での航続距離が30%改善し、エネルギー消費量も半分に抑えられるようになりました。
ラジエーターの厚みも2倍になり、夏場やサーキット走行での排熱能力が高まりました。まだサーキット用のTrack Modeについては説明がありませんでしたが、これでJEVRAなどのEVレースでも活躍できそうですね。
1点、しれっとイーロン・マスクが述べていたのが、「世界中に25,000基のスーパーチャージャー(急速充電器)が設置された。今後は出力を250kWから280→300→350と引き上げていく予定だ」というコメントです。今回のプラッドがどこまで対応しているのかは不明ですが、将来的にはさらに充電時間が減るのかもしれません。現在は15分で300km分の航続距離が回復するそうです。
高い安全性をアピール
米国運輸省道路交通安全局(NHTSA)の衝突試験で「乗員が負傷する可能性が総合的に最も低い車」のトップ5が全てテスラ車で埋まっていますが、今回発表したプラッドもテスラの社内試験で、このランキングの2位に入れるとテスラは予測しています。1位の2018年式モデル3 RWDは、フロントモーターがないためクラッシャブルゾーンが大きく、スコアが伸びているのですが、フロントモーター付きの車では、プラッドが最も安全な車種になります。
インテリアにも大きな進化
最も注目を引くのがステアリングの上半分がない「ヨークステアリング」です。メリットは視界が確保できることですが、指示器やギヤセレクターなど、レバー類がないのは少々慣れが必要そうですね。納車された人の動画を見ていると、Uターンはぎこちないし、送りハンドルできないし、回している最中にクラクションのボタンなどを間違って押しています。
ステアリングのボタンはスマホの3Dタッチのように押す強さで機能が変わり、「ハプティックフィードバック」機能もあります(押したことが分かるように振動するのかな?)。
エアコンはモデル3と同じ方式になっており、通常の吹出口はなくなりました。これと、スッキリとしたメーターパネルのデザインにより、インストルメントパネルがコンパクトになり、室内が広くなりました。フロントシートが少し前に移動したため後部座席の足元が広くなり、また後部座席のシートバックも角度が寝て、快適な座り心地になりました。
インストルメントパネルを低く、短くするというコンセプトはまだ既存メーカーの間で浸透していない考え方ですが、室内空間を最大化する次世代の標準だと私は思います。
シートはパンチレザーのベンチレーテッドシートになりました。これで3回目のトライなので、今度はまともに冷風が出るシートであることを祈っています。フロントシートには肩の部分にアクティブノイズキャンセリング機能が付いたため、さらに静粛性がアップすると予想されます。ガラスにもアコースティックガラスを採用し、高速道路ではライバルのEVよりも静粛性が負けていたところを挽回できそうです。
非接触充電パッドはスマホ4台分に増え、USB-Cは36Wもの大出力に対応。複数のBluetooth機器に同時接続可能。テスラオリジナルゲームコントローラー、22点スピーカーにシステム合計出力920W、テスラオリジナルコーデックによりデバイスやビットレートごとに最適な音を再現。
そして新たなMCU(メディア・コントロール・ユニット)にはプレイステーション5と同等の処理能力をもっており、地図表示や各種メニューがサクサク動くだけでなく、昨年末に発売されたばかりのゲーム、Cyberpunk 2077も60fpsでプレイすることができます。公式サイトで推奨スペックを確認しましたが、筆者の仕事PCでは到底その画質で動かすことはできませんでした(推奨スペック NVIDIA GTX1060 6GB。WQHDスペック NVIDIA RTX2060)。
画面はドライバーや助手席に向けてチルトできるという噂でしたが、今回は見送られ、角度固定のようです。
家庭用ゲーム機の性能や22点スピーカーシステムで鑑賞する映画など、自動運転時代の到来を見越して本当に車内エンターテイメントに力を注いでいますね。
さらに革新的な UX/UI
テスラは運転というユーザーエクスペリエンスを根本的に見直し、人間がしなくてもいい操作はどんどんソフトウェアに肩代わりさせます。オーナーが鍵を持って近づいてくれば「ドアを開けるんだよね?」とロックを解除し、運転席に座ってブレーキを踏めば「運転するんだよね?」と「D」レンジに入れます。前に障害物があれば「バックだよね?」と「R」に入れてくれます。ソフトウェアの判断が間違っている場合時に初めて人間が入力操作を行えばいいのです。
これまではナビの行き先入力フィールドをスワイプすると、自車の位置から自宅または職場に自動的にルート設定をしてくれましたが、プラッドではスマホのカレンダーに登録された予定も照会して、ドライバーがどこに行きたいのか推測し、ルート設定をします。設定を自動にしておけば、スワイプすら必要はありません。
このUXに一度慣れてしまうと、他の車に乗った時に「なんて前時代的なんだ」と感じてしまう、デジタル時代のテスラならではのおもてなしです。
生産体制について
このイベントでは25台のプラッドが幸運なユーザーの手に渡りました。しばらくは週に数百台のペースで生産し、第3四半期には1000台/週にスピードアップする予定です。
ところで筆者は2018年、2019年と2年連続でフリーモントの工場見学をさせていただいたのですが、今回のイベント映像の生産ラインを見ると、かなり直線的になって、作業員の稼働率も上がった気がします。パンデミックが落ち着いたら是非また訪れてみて、この目で確認してきたいと思います。
以上、駆け足でプレゼンの内容を網羅しましたが、ここからはイベントを見た疑問点、ネットで拾った補足情報、トリビアなどを紹介します。
気になる疑問点など
モデルXについて何も説明がないの?
プラッドのモデルXも作っているようですが、今回のイベントでは納車はされませんでした。プラッドXはSUVで初めて0-400mタイムが10秒を切る(9.9秒)そうです。プラッドSと変更点は同じで、特にそれ以外に目新しい情報は見つかりませんでした。
4680バッテリーや一体構造バッテリーパックを使っているの?
プラッドプラスに搭載予定だったテスラの次世代リチウムイオン電池、『4680』ですが、プラッドに使用されるのか全く触れられませんでした。写真を見る限りでは従来の18650バッテリーのようですが、判断は難しいです。
0-60マイルのタイムが遅い?
イベント参加者がGPSロガーで測定したところ、2.7秒前後だったので、これじゃあ普通のP100Dと変わらないぞ! とネットで騒がれています。ファームウェアのアップデートで徐々にフルパワーが解禁されていくのかもしれないし、もしかしたらイベントでは3~4人が車内に乗っていたからそれで遅くなったのかもしれません。
モデル3やYにプラッドの技術は降りてくるのか?
新しいカーボンスリーブローターのモーターや、プレステ5に匹敵する新型MCU、ヨークステアリングなどはS/Xのフラッグシップモデルとしての専用装備という位置づけにするのか、テスラのブランド戦略が見ものです。
ロングレンジの話は?
モデル3のように上海工場のリン酸鉄バッテリーを積んだ爆安モデルが日本に来るのかな?1,000万円を大幅に切ってきたらよく売れそうですけどね。
ネットの情報、トリビアなど
そもそも「プラッド」って何?
語源はスコットランド・ゲール語で「毛布」を意味し、現代ではスコットランドの男性の民族衣装に見られるチェック柄の模様を意味します。テスラの歴代パフォーマンスモデルの名称は1987年に公開されたスターウォーズのパロディ映画『スペースボール(原題: Spaceballs)』に登場する宇宙船のワープ速度から来ています。著作権的にここでは写真をお見せできませんが、こちらをご覧いただくとルーディクラスモード、およびプラッドモードの元ネタがわかります。実はボーリングカンパニーが発売する火炎放射器もスペースボールが元ネタです。
12Vバッテリーが小さくなった。
テスラはこれまで鉛バッテリーを使っていたのですが、重いし、すぐヘタるし、車のリチウムイオン電池を作ってるならなんで12Vバッテリーも作らないんだと言われてきました。プラッドからはついに6.9Ahのリチウムイオン電池が採用されました。10x10x20cmぐらいの非常に小さなバッテリーですが、鉛バッテリーのように数年でダメにならず、車のメインバッテリーと同じぐらいの寿命が得られるそうです。
ちなみに手前の太いパイプ状のものはエアサスのエアタンクですが、フロントストラットブレースを兼用しており、コーナリング中の剛性を担保します。
イベントには隠れミッキー的な存在が。
2018年、イーロン・マスクは株式非公開化をするために「1株420ドルで非公開化する。資金は目処がついた」とツイートをして、証券取引委員会に株価操作だ! と制裁を課せられた経緯があります。
その後アメリカのコメディアン、ジョー・ローガンが行っているポッドキャストに出演した際にジョーにマリファナを勧められ、回し吸いをしたら(カリフォルニアでは合法)、また大問題に発展しました。ちなみにマリファナの隠語は『420』。
いつしかテスラアンチや証券取引委員会をバカにするために誰かが69420と言い出して(69はあの体位です)、アメリカではモデルSの新車価格が69,420ドルになったこともあります。
今回のプラッドイベントでも随所に69420が隠れており、面白いからこの記事の写真にも、写り込んでいるシーンを2箇所含めておきました。見つけた方はコメント欄に書き込んで下さい(笑)
その他諸元的に気づいたこと。
・以前のP100D Performanceよりも約80kg軽量化されて2,162kgに。
・全長は4,970mmから5cm増えて5,021mmに(日本で旧モデルSから乗り換える方は車庫の寸法にご注意下さい)。
・バッテリーは350Vから450Vに。
・タイヤサイズが19インチも21インチもワイドに(255/45R19 285/40R19 および 265/35R21 295/30R21)。
・詳しく見たい方はこちらから北米向けオーナーズマニュアルを御覧ください。
やっぱり、プラッド+も登場するのでは?
やっぱりプラッドプラスはそのうち発表されるのではないかとリサーチをしていて随所で感じました。イベント参加者がYouTubeにアップした動画を見ていると、エンジニアが「バッテリーの出力がボトルネックになっている。もっと大電流が取り出せたらもっとパワーを出せる」と言っていたので、Battery Dayで発表されたジュース缶のような4680バッテリーを搭載したらさらに速くなるのかもしれないです。
あとは細かいことですが、これまでフラッグシップモデルは赤いブレーキキャリパーだったのに、プラッドはグレーです。ラグナセカレースウェイで撮影されたアクティブスポイラーもないし、総合的にみて4680バッテリーの量産が始まればプラッドプラスが出そうな気配がプンプンします。日本に来る頃にはプラッドプラスが復活していることを祈っています。
【公式動画アーカイブ】
Model S Plaid Delivery Event(YouTube)
(文/池田 篤史)
知りたかったことが殆ど書いてあり、素晴らしい記事だと思いました。
ところで
「最終減速比は9.73から7.5にローギア化されましたが…」とありましたが
ハイギアード化じゃないですか?
BA様、ご指摘ありがとうございます。おっしゃる通りですね。訂正いたします。
フルモデルチェンジをしないのは自信の表れでしょうか?
それにしても大幅なパワーアップに見合った筐体の強化をしながら軽量化しているのは「中身は別物じゃないの?」と疑いたくなります。
CD値も0.24から0.21に下がっていて外板はどうなっているのでしょう・・
hatusetudenn様、いつもコメントありがとうございます。100%私見ですが、中身は別物だと思います。バッテリーパックが全然違うように見えますから、車体の構造から全く新設計のように感じます。
アメリカにいかれて、ハンドル操作感やシフト操作感が体感できないのが、残念ですね。
クラッシュテストの番号がTEST-69420ですねw
メーターパネルの中に、69F と 420kmとありますね。