テスラが北米で200万台リコールをOTAで解決〜日本のテスラ車も心配無用

先日北米でテスラの大規模なリコールが発表され、同地域で販売されたほぼ全てのテスラ車に相当する200万台に影響が及ぶ事態に発展しました。しかしテスラはこれをOTAで解決。OTAとは何なのか? 本稿ではその可能性と限界、そして将来について解説します。

テスラが北米で200万台リコールをOTAで解決〜日本のテスラ車も心配無用

OTAアップデートでの変更点

今回のリコールはアメリカの国家道路交通安全局(NHTSA)が主導していますが、彼らが言うには、テスラ車に装備されている運転支援機能「オートパイロット」のドライバー警告が不適切だということでした。それを受けてテスラはOTAアップデート(Over the Air=インターネット経由でソフトウェアをアップデート)を実施し、例えば「オートパイロット中もハンドルをしっかり握って道路を注視してください」という旨の警告の位置をもっと見えやすい場所に移動したり、文字の表示サイズを上げて読みやすくしたりしています。

他にもオートパイロットの起動を簡単にしたり、一般道でドライバーがよそ見をしていないかの判断基準を厳しくしたり、ドライバーがよそ見をして警告された場合は累積5回の警告で1週間オートパイロットが使用禁止になったりと、オートパイロットを過信せず正しく使ってもらうための工夫が盛り込まれました。

Bing Image Creatorで生成したイメージ画像です。

今回の件で筆者が大切なポイントだと感じるのは、200万人のユーザーにディーラーまで足を運ばせて大切な時間を奪うことなく、インターネットでアップデートを配信して数日のうちに当局の指摘に対応できたことです。

本件はリコールと呼べるのか

NHTSAのリコールの定義を要約すると、「自動車の安全基準に満たない場合にメーカーに改修を要求することがある」となっています。

昔はどんな修理でも必ずディーラーに入庫する必要があったため、製品をRE(もう一度)CALL(呼び戻す)という意味でリコールと言われていましたが、最近ではテスラ車に代表されるソフトウェア定義型自動車(SDV=Software Defined Vehicle)も増えてきており、ソフトウェアの軽微な更新はリコールの定義から外れてきているのではないかとこの数年アメリカでは言われており、オランダの自動車当局RDWでも実際に「欧州ではこれをリコールしない」と声明を出しています。

もちろん、重大な問題であれば、たとえOTAで解決できるとしてもリコールと呼んでメディアも周知すればいいとは思います。例えるなら、スマホに発火のリスクがあればニュースになるけど、毎月のように送られてくるアップデートで大騒ぎするメディアはいないというようなものです。

ちなみに日本では、欧州と同様に今回のNHTSAの指摘をリコールとはしていません。また、オートパイロットに関する改善などは、すでにクリスマス時期恒例の「ホリデーアップデート」で日本を走るテスラ車にも配信が始まっています。

オンラインアップデートによるバグ修正などはスマホでは当然の機能。

OTAはある程度のリスク許容度も求められる高等技術

「OTAぐらい他メーカーでもできる」というコメントを見かけることがありますが、多くの場合インフォテインメントやナビゲーションの更新に限定されていて、現在テスラと同様に運転システムやその他のコンポーネントまでアップデートできるのは、RivianやLucid等の新興EV企業、中国資本となったボルボ/Polestar、そして意外にもフォードぐらいです(VWやGMも一部車種は運転システムのアップデートが可能)。

とある国産メーカーの元エンジニアの方に伺ったのですが、「OTAそのものはそこまで難しくない。ハッキングのリスクがあるから会社はやりたがらない」とのことでした。その昔、2014年式クライスラー・ジープのセキュリティ脆弱性問題というのがあって、YouTubeにアップされている動画を見ると分かりますが、ハッキングされるとブレーキやハンドル、エンジン等を勝手に制御されるため、重大な事故に繋がる危険があります。

テスラはシリコンバレーの企業らしく2012年からOTAを実施しており、昔は少しセキュリティが甘い事もあったのですが、悪のハッカー集団に車両を乗っ取られて事故に遭ったというニュースは一度も見たことがありません。テスラはハッカー界隈に「バグを見つけて知らせてくれたら賞金を出す」と周知してうまく彼らを味方につけ、セキュリティを強化したため、今ではセキュリティコンサルティング企業でもテスラのセキュリティを突破することは難しいでしょう。

既存の大手メーカーも2025年あたりから順次OTAを開始するようですが、テスラのような堅牢なシステムを自社だけで組み上げるのは相当年数もかかります。もしかしたら気になるオーナーはパソコンと同様にアンチウイルスソフトを購入して自衛する時代が来るかもしれません。

とはいえOTAも万能ではない

当たり前のことですが、OTAが修正できるのはソフトウェアとそれに関するハードウェアの制御だけです。物理的に部品に不具合があるとパーツ交換を余儀なくされ、私のモデルSはボンネットラッチやパワステモーターのボルトのリコールがあったものの、幸いにして販売台数が少ないため、待つことなく修理または点検が完了しました。

しかし、これがモデル3やモデルY、または「25,000ドルの車」と噂されている次期モデルだと、販売台数の桁が違うため、現在国内にあるサービスセンターや認定修理工場だけではキャパ不足でしょう。

最近日本に進出している中国や韓国のメーカーも同様のことが言え、BYDなどは2025年末までに日本で100店舗を構えると言っていますが、販売台数とリコールの頻度、作業員の熟練度など、総合的に考えると、パーツの交換を伴うリコールを迎え撃つ体制は国産メーカーに軍配が上がると思います。

OTAの将来

今後は運転支援システムを含む各機能のOTAアップデートが業界標準になっていくでしょう。そして市場に出回っている車両からデータを吸い上げて分析し、すでに販売済みの車もさらに安全性を向上させていけるのかどうかが、新車購入の新たな差別化ポイントになります。

また、安全上のアップデートにとどまらず、例えばテスラのホリデーアップデートのように、クリスマスシーズンに祝日らしいコンテンツを盛り込んでオーナーを楽しませたりするのも、カスタマーエンゲージメントを高める手段として利用されるでしょう。

テスラ車に表示される「サンタモード」の画像。

しかし堅牢なセキュリティを組むことができる会社は限られており、大量のリソースを要求されるため、やがてはほとんどのメーカーがベンダーに外注することになるでしょう。そのベンダーも淘汰が進み、最終的には2~3社しか残らないと思いますが、その内1社は確実にテスラです。最近、他メーカーに対して自社の充電網を開放したように、テスラ式のOTA技術を他社に供与する可能性も十分にあり得るでしょう。

文/池田 篤史
冒頭画像:Tesla Inc.

この記事のコメント(新着順)4件

  1. スマホなら多少バグがあっても死ぬことはない。
    OTAで簡単に車の制御を変えられるというのは、多少バグがあっても売ってから直せば良い、という開発姿勢なんじゃないの?
    テスラはユーザーを開発のための実験台としかみてない気がする。
    そんな会社の実験台にはなりたくない。
    テスラのOTAが先進的だと言っている人から問題の改善に協力してあげれば良い。

    1. 今のトヨタやダイハツのトラブル見てそういえるなら幸せなやつだな
      人間が携わる以上、完璧なんてあり得ない
      勝手に邪推して足引っ張るだけの老害

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この記事の著者


					池田 篤史

池田 篤史

1976年大阪生まれ。0歳で渡米。以後、日米を行ったり来たりしながら大学卒業後、自動車業界を経て2002年に翻訳家に転身。国内外の自動車メーカーやサプライヤーの通訳・翻訳を手掛ける。2016年にテスラを購入以来、ブログやYouTubeなどでEVの普及活動を始める。

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