ジャガー I-PACE(アイペイス)はEVとして、というよりクルマとして完成度が高い実力派だった

欧州カーオブザイヤーをEVとして初めて獲った前評判は、ダテではなかった。ジャガー初の市販EVで日本でもデリバリーが始まったI-PACE(アイペイス)。意外かもしれないが、乗れば乗るほどEVであることよりジャガーである事実を意識させる。ステアリングを握った時に「EVだから」と、内燃機関のクルマとの感覚的な乖離というか、無意識のうちに意識させられる違和感が、かくも見事に丸められた前例はないのだ。

ジャガー I-PACE(アイペイス)はEVとして、というよりクルマとして完成度が高い実力派だった

キャブ・フォワードのプロポーションが印象的

まずI-PACEのエクステリア・デザインだが、SUVとしてもEVとしても、これまでに見たことのない独特のキャブ・フォワードのプロポーションが目を引く。それでいてジャガーのいちモデルに見え、認識できる外観になっているし、夏先に一線から退いてデザイン・コンサルタントになることを発表したイアン・カラムの、チーフデザイナーとして最後の仕事の冴えもあるだろうが、「ドラマチック」というデザイン・テーマにも何となく合点がいく。

4695㎜という、サイズ的には欧州Dセグ相当の全長に、全幅は1895㎜と、相当にワイドであることは間違いない。3m近い2990㎜というロングホイールベースは、エンジンレスであることを活かして室内空間を長くとりつつ、床下に90kWhというバッテリー容量を最大限に確保したレイアウトの産物である一方、抑揚あるショルダーラインと相まって、ジャガーの伝統的なデザイン・コードに則ってもいる。今回、借り出したのはエアサス仕様だが、標準ポジションでの全高はコイルスプリング仕様と同じく1565㎜となる。SUVとしては異例のロー&ワイドで、前面投影面積を少なくしているのだ。

ちなみにジャガーはI-PACEを単なる「SUV」ではなく、ジャンルとして「エレクトリック・パフォーマンス SUV」と定義している。BMWがXシリーズで「SAV(スポーツ・アクティビティ・ヴィークル)」とか「SAC(スポーツ・アクティヴ・クーペ)」という言い回しで、「ユーティリティ」つまりは使役のための乗り物であることを避けたのと似たロジックと考えられる。実際、都内でI-PACEを走らせていると、道行くBMWオーナーから舐め回すような視線を浴びることが多々あった。あえて競合しそうな他社のモデルを挙げるならX4辺りが妥当といえるだろう。

格納式ドアハンドルが立ち上がって車内にアクセスすると、また独特のインテリアが広がっている。室内がただ広いだけでなく、センタートンネルもトランスミッションの張り出しがないため、足元まで広々しているし、収納スペースも意外なほど充実している。かといってミニバンや実用SUVのようなスペース自慢だけに終わらない。「タッチ・プロ・デュオ」と呼ばれる上下2分割のインフォテイメントシステムの下側、通常ならフロアシフトの置かれる辺りのセンターコンソールは、昔のボルボのようなフローティング構造だ。

シートが分厚くない、セミバケット状のスポーティな造りであることも手伝い、後席の足元もかなり広い。頭部スペースも申し分ないし、リアの独立型エアコン・コントロールには前席同様のマルチファンクションダイナミックダイヤルに加えて、5V電源のUSB×2と12Vのシガーライターソケットも備わり、室温やシートヒーターのような機能を迷わされることなく操作できる。

エアコンはバッテリー消費を抑えるために「スマートエアコン」という、ドライバーや他の乗員の位置を認識して重点的にエアコンを効かせるモードも備わっている。

インフォテイメントのインターフェイスは、基本的に上の10インチワイドスクリーン側が車両情報やナビ、マルチメディア関連、下の5インチのそれがエアコン操作系となっているが、上下それぞれのタッチスクリーン内に表示させる機能はかなりのパーソナライズが可能だ。ヘッドアップディスプレイや、メーターパネル内の12.3インチ高解像度インタラクティブドライバーディスプレイと併せて、ドライバーが好みの運転環境を作り出せる一方、ダッシュボードやドアパネルに張られたレザーとステッチ、そしてウッドパネルは、英国車らしい調度品ぶりとジャガーらしいクラフト感を強調する。要は、FFのミニバンのようにひたすら広いとか、SUVらしからぬ運動神経をひけらかすといった、真面目だがスマートに造り込まれていないクルマによくある風ではなく、EVならではのパッケージングの自由度を享受しつつも、ジャガーらしいエレガント・スポーティにきっちり焦点が合っている。

優雅な身のこなしに感じるジャガーらしさ

WLTPモードで最大レンジ470km、国土交通省審査値のWLTCモードで438kmを掲げるI-PACEだが、直近の乗られ方が市街地走行が多めで短めに出ていたのだろう、引き取り時に100%充電済み状態での予測航続可能距離は420km強。およそ10kmほど市街地走行をして再び確認すると、バッテリー残量は4%減って最大レンジは409kmの表示だった。感覚的ないい方になるが、EPAでのトータルレンジは234マイル(=約377km)となっているので、実際の走行ではWLTP基準より+10数%ほど電力消費が早い傾向がある。

撮影のために静止状態でも電源を落とさずいた時間が短くないし、暑さゆえエアコンを控えずに踏み込んで試乗することもあったので、1km走行辺りの電費は113~373Whと、かなり幅があった。ちなみに走行ステータス解析で、エコであると評価される程度の踏み方で市街地を20kmほどこなした時は262Wh/km、交通量の多い首都高速をゆっくりと50kmほど走った時は190Wh/kmだった。

じつは意外にもI-PACEの0-100㎞/h加速は4.8秒と、さして速くはない。低くコンパクトに前後車軸一体型として搭載されているという2基の電動モーターは、合計で最大トルク696Nm/1000-4000rpm、最大出力294kW(400ps)/4250-5000rpmを発生する。実際にゼロスタートからダイナミックモードで踏み込んでみると、確かに加速はEVらしいトルクがすぐに立ち上がって力強いのだが、体感される加速G以上に、加速そのものがぐいぐいと伸びていく感覚が優っている。ノーマルモードでは、この適度なラグが適度な矯めのようにも感じられ、従来のEVのようにドーンと解き放ってはガーっと一気に回生する、というマナーにはならない。ゆっくり走っている間から、トロットのような独特の優雅な身のこなしが感じられる点は、やはりジャガーなのだ。

ところでワンペダルでのドライバビリティについては、回生の強さは2段階で選べ、強めを選べば最大減速Gは0.2G、フットブレーキを踏み込めば0.4Gにまで到達するようだが、街中を走る程度では頭が前に揺さぶられるほど急な減速Gは感じられない。それでいて、ほぼ停止までもっていけるコントロール性の高さはある。ほぼ停止、としたのはラスト数km/hの徐行領域でドライバーに意識的にブレーキペダルを踏ませるためだろう、完全停止まではなかなかさせてくれない。軽い登り坂なら一瞬、後ずさりしさえする。ドライバーの注意を喚起する意味でも、この回生セッティングと微低速でのマナーは自然で悪くない。

I-PACEの2240㎏という車両重量は決して軽くないように思える。が、テスラのモデルXやメルセデスのEQC、アウディeトロンらは軒並み2.4t前後なので、総電圧388.8Vとアナウンスされる90kWh容量のリチウムイオンバッテリー搭載車としては、相対的にかなり軽い。試乗車は他のEVでもよくあるエアサス+20インチ大径ホイールの組み合わせで、まだ総走行距離3000㎞もこなしていない個体だったせいもあり、低速域の乗り心地では小さな凹凸を拾ってパタパタと足元がバタつく印象だった。ところがI-PACEの足回りは、50㎞/h以上から俄然、滑らかさを増す。首都高速ぐらいの速度域なら十分なストロークとしなりが感じられ、路面の凹凸に対してしっとりと追従する。

ステアリング操舵に対するノーズの入りもこれ見よがしにクイックではなく、適度なロール感を伴いつつリニアかつ素直に回頭していく。内輪をブレーキでつまんでアンダーステアを消すベクタリングも効いているようだが、元より低重心シャシーで50:50の前後重量配分、ジャガー史上最高のボディねじれ剛性、加えて横剛性の高い足回りが効いている雰囲気で、シンプルにドライビングが楽しい一台だ。ちなみにインフォテイメント内の「アクティブサウンドデザイン」という機能では、アクセル開度に応じて疑似的にエンジンのエキゾーストノートを車内に響かせるモードがあり、V8のような野太い音をわざわざ鳴らしてくれる。

AWDらしいスタビリティの高さも顕著だが、驚くべきは高速走行時の風切り音の少なさ、つまりは空力の出来映えよさだ。フロントグリルからボンネット上面、そしてルーフからリアウイング、またはフロントバンパー左右からホイールハウス、あるいはボディ下面からリアへのディフューザー、ホイール周りの気流を整えるサイドスカートなど、流麗でシンプルな造形にあらゆるエアフロ―の最適化デバイスが認められる。

CD値は0.29に留まるものの、ドライブトレーンのもつ元々の静粛性を損ねないという点で超一流の空力といえるだろう。ちなみにフロントグリルの奧には、通常時は閉じてエアを流すが必要に応じて開いてバッテリーを冷却するアクティブベーンも備わる。パフォーマンスを持続させるためのバッテリーの温度管理には、やはりフォーミュラEで得た知見が少なくないそうで、モータースポーツのトップカテゴリーからフィードバックが活かされている点では、ジャガーI-PACEは20世紀的というか古典的なクルマでもある。

充電口はフロントの左右に配置

急速充電についても試してみた。I-PACEの充電接続コンセントは2口、フロントフェンダー右側に200Vの普通充電用を、左側にCHAdeMO規格の急速充電用をそれぞれ備えている。

試乗時は日産ディーラーの急速充電器で原因はまだ不明ながら初期導入に伴うエラーが出るため、ジャガー・ランドローバーは対応を急いでいるとのことだった。そこで今回は都内で、NCSのネットワークで、EVSmartアプリの事前情報で「20kW」「中速」というスペックの充電スポットを使用した。

バッテリー残量65%、予測航続レンジ216kmの状態から30分のワンセッション。充電開始早々に415V・42Aという出力となって、最終的には8.9kWhほど入り、クルマ側のステータスでは残量76%、予測航続レンジ250kmに。ほぼバッテリー容量の1割を継ぎ足した格好となった。ジャガーの公表値では50kWのCHAdeMOでバッテリーを0%から80%まで急速充電するのに約85分となっているので、ほぼ規定値通りといえる結果だろう。普通充電の公表スペックは、最大7kWで0%から80%充電に約12.6時間となっている。またI-PACEには5年の新車保証だけでなく、そのバッテリーには8年間もしくは16万km以内に容量が70%を下回った場合に受けられるという保証も付帯される。

強いて惜しむらくを挙げるとすれば、全グレードでオプション扱いのアクティブサスの低速時の乗り心地の固さだが、まだ走行距離的にこなれていない可能性もあるし、試乗車は20インチ仕様の「HSE」だった。それ以外の「SE」、「S」グレードでもコイルサスは選べるし、とくにSはホイール18インチが標準となる。税込車両価格はHSEが1162万円、SEが1064万円、Sが959万円だ。

(写真・文/南陽一浩)

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					南陽 一浩

南陽 一浩

1971年生まれ、静岡県出身、慶應義塾大学卒。出版社勤務を経てフリーランスのライターに。2001年に渡仏しランス・シャンパーニュ・アルデンヌ大学にて修士号取得。パリを拠点に自動車・時計・男性ファッション・旅行等の分野において、おもに日仏の自動車専門誌や男性誌に寄稿。企業や美術館のリサーチやコーディネイト、通訳も手がける。2014年に帰国、活動の場を東京に移し、雑誌全般とウェブ媒体で試乗記やコラム、紀行文等を担当。

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