デザインの随所で個性を主張
SUBARUソルテラの試作車(プロトタイプ)試乗会が、雪上で行われた。ソルテラは、トヨタbZ4Xと共同開発された電気自動車(EV)だ。したがって、71.4kWhのバッテリー容量やAWD車(トヨタでは4WDと表記)で460km前後(WLTCモード ※実用に近いEPA値では370km程度と推計)とする一充電航続距離など、ほとんどの内容は同一である。しかしSUBARUとしてこだわった点もあるという。
まず見た目に、前面の顔つきと後ろ姿にbZ4Xとの違いがある。SUBARUを象徴してきた六角形ラジエターグリルの形が残された。bZ4Xはグリルレス的な造形だ。ソルテラがあえて象徴を残したのは、EV専用車であってもラジエターグリル形状を残すBMWやアウディなどと同様の考え方だろう。EV専用メーカーである米国のテスラも、ラジエターグリルのような口の開く造形はないが、陰影を活かした顔つきを自ら創造している。クルマを見分けるうえで、顔つきが大事である証だ。
ソルテラは、フロントヘッドライトとリアのコンビネーションランプの光り方にもこだわり、これまでSUBARUが特徴としてきた水平対向エンジンの左右のピストン形状を思い起こさせるコの字型に発光をするようにしている。しかし将来的にはその着想も、EV時代の新たな象徴が必要になるだろう。
室内は、茶系の本革内装が選択肢としてあり、これまで黒基調を中心に走りの印象を訴えてきたSUBARUに、EVがもたらす上質な走行感覚に見合った空間が設けられた。茶系統の内装色は、SUBARUの最上級車種であるアウトバックも本革仕様で採用している。
『bZ4X』にはない回生パドルシフトを採用
走行の面でも、bZ4Xとの違いが設けられている。サスペンションのダンパー減衰力をbZ4Xに比べ若干高めにし、手応えのしっかりした乗り味を強めたという。電動パワーステアリングは、20インチタイヤ装着車に限り軽めとしながら的確な手ごたえを得られるようにモーター出力を調整した。全輪駆動車(AWD)は常に4輪で駆動し、巡行走行中に2輪駆動へ切り替え損失を減らす制御はしていない。4輪で駆動し続けることによる電力消費の増加はわずかであり、SUBARUが永年培ってきた4輪駆動のよさをEVでも維持しようとの意思の表れだ。
モーター駆動であることによる回生の活用において、ソルテラは、ハンドル裏側にパドルシフトを設け、回生の強さを4段階に調節できる。bZ4Xにこの機能はない。パドルとは別に、回生をもっとも強く働かせるSペダルドライブと呼ぶワンペダル操作の選択肢がある。
SUBARUがこだわり続ける4輪駆動の制御では、Xモードにグリップコントロールが加えられた。これは、速度調整をクルマが自動で行い、運転者はハンドル操作だけで悪路走破に集中できる機能だ。その最低速度は、時速2kmから設定できる。ここまでの極低速は、モーターならではの使用領域だという。エンジン車でも不可能ではないが、一般的には自動変速機でのクリープによる時速6~7kmが、低い速度の下限になるとのことだ。
装備では、bZ4Xでトヨタが初採用した輻射ヒーターがソルテラでは採用されない。代わりに、シートヒーターで体を温める面積を増やし、後席にもシートヒーターを装備する。足元を温められなければ輻射ヒーター効果が薄いのではないかというのがSUBARUの見解だが、bZ4Xでの体験を踏まえると、今回のような雪道での試乗ではいっそう有難味を感じる装備といえる。
そして、最も残念なのは、SUBARU独創の運転支援機能であるアイサイトXが装備されないことだ。
EVならではの緻密な制御が雪道で力を発揮
EVならではの利点があるかと尋ねると、タイヤの滑りの制御をより緻密にできるところだという。モーターはエンジンの1/100ともされる速さで出力を調節することができる。しかも電流という数値で明確に指示を与えることができる。
この点は、雪上のようなタイヤの滑りやすい状況でより活かすことができ、効果を実感できる。SUBARUがソルテラ試作車の試乗をあえて雪上で行ったのもそのためだ。駆動力の前後配分も、モーターなら素早く緻密に行える。こうしたモーターの特性が、安定性や安心につながる。
今年冬のダカールラリーで、アウディがモーター駆動車両を初めて投入し、総合成績は9位だったが、区間タイムで最速を何度か出すなど、未舗装路でのモーター駆動の利点を明らかにしている。
しかし今回のソルテラ雪上試乗会は、20インチの偏平タイヤを装着した車両だったため、雪面にできた凹凸や轍にハンドルを取られやすい状況で、存分に体感することはできなかった。それでも路面の雪質に違いがある場面で安心して運転できた背景に、4輪駆動の緻密なモーター制御が活きていたはずだ。
さらにSペダルドライブを使うと、瞬時に雪質の変化に対処した速度調整ができ、回生の価値を改めて実感できた。ことに凍結路面では、ブレーキを踏むと速度が落ちないばかりかハンドル操作が効かなくなるので、アクセル操作だけで減速できる意味は大きい。
SUBARUならではのEVとは?
SUBARUはこれまで、エンジン車といえども水平対向という独自の形式により低重心であること、またそれを縦置きで車載することによる左右対称な4輪駆動を仕立てられることを特徴としてきた。
これがEVともなれば、床下へのバッテリー搭載と、車両の左右中央にモーターを配置することによって、これまで以上にSUBARUが思い描いてきた低重心+シンメトリカルAWDを前進させることができるはずだ。根本的なそうしたEVの素質は、SUBARUがもっとも活かせるはずであるのに、これまでなかなか手を出せずに来たことがもどかしい。
実は、三菱自動車工業のi-MiEVと同じ2009年に、SUBARUはプラグイン・ステラという軽自動車のEVを限定的ながら販売した経験がある。その発売へ向け、R1を改造した試作EVのR1eがあり、試乗したことがある。当時は日産と提携関係にあったSUBARUが、EVに熱心だった時代があるのである。
市販されたプラグイン・ステラは、あえてリチウムイオンバッテリー搭載量をi-MiEVより少なくし、軽自動車であることを前提とした都市型EVの構想を打ち出した。その後のBMW・i3やホンダeに通じる概念だ。そこから長い空白期間を経て、トヨタと提携するなかでようやくソルテラに漕ぎつけたことになる。
量産を前提とした登録車でのEVはSUBARU初であり、雪道での試乗会で持ち味を出そうとした。それにもかかわらず、輻射ヒーターがない、あるいは偏平タイヤで雪上試乗としたことで雪面でのワンダリングを引き起こすなど、AWDの持ち味を体験しにくくしてしまった。ほかにも、アイサイトXを装備しないなど、消費者のSUBARUへの期待と噛みあわぬちぐはぐさを覚える試乗会ではあった。
プラグイン・ステラ時代に練った、「EVはどうあるべきか」という目標の構築が十分できなかったのではないか。それは、トヨタとの共同開発であったからかもしれない。一方で、共同開発でなければSUBARUがEVを生み出せなかった可能性も残る。
開発者の一人は、EVへの取り組みははじまったばかりであり、SUBARUらしいEVに前進させたいと意欲を語った。単にエンジン車の代替としてではなく、EVの本質的価値を見極めた理想像としてのEVがSUBARUから登場すれば、それはSUBARUの「安心と愉しさ」という企業の旗印とも齟齬を生じないはずだ。
(取材・文/御堀 直嗣)