トヨタ『bZ4X』試乗レポート PART.1/EVならではの印象は薄い【御堀直嗣】

トヨタが本格的に市販する初めてのBEVとなる『bZ4X』のプレス向け試乗会を開催しました。はたして、どんな電気自動車に仕上がっているのか。自動車評論家の御堀直嗣氏が、エンジン車の代替ではないトヨタならではのEVへの期待を語るレポートです。

トヨタ『bZ4X』試乗レポート PART.1/EVならではの印象は薄い【御堀直嗣】

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総合性能が高いEVに仕上がっている

今年半ばに発売が予定されるトヨタの電気自動車(EV)bZ4Xの試作車(プロトタイプ)に、千葉県の袖ケ浦フォレストレースウェイで短時間試乗する機会を得た。トヨタらしくそつのない仕上がりであると同時に、豊田章男社長就任以来トヨタが目指してきた「もっといいクルマづくり」の限界も垣間見せた。

試乗したのは、前後輪をモーターで駆動する4輪駆動(4WD)と、前輪をモーター駆動する前輪駆動(FWD)である。試作車といえども、今年半ばに発売となれば間もなく生産準備に入る時期であると考えられ、内外装を含め仕上がりはかなり高い水準にあった。開発責任者は「まだ、NV(騒音・振動)については十分に出来上がっていない面がある」と事前に述べたが、舗装路面が整備されたサーキットという特殊な環境のなかでは、意識させられるほどの不備は感じなかった。

アクセルペダルを踏み込むとともに滑らかに発進し、伸びやかに加速していく。乗り心地にしなやかさがあり快適だ。前方の視界もよく、運転しやすい。ハンドル操作に対する応答も自然かつ的確で、違和感はない。試乗車は、のちに設定が予定されるワンモーショングリップのステア・バイ・ワイヤではなく通常の丸いハンドルだが、ハンドルの上から見るメーターもうまく視界にとらえることができ、見やすい。メーター画面をできるだけ遠くへ配置しているため、前を見る目線と遠近の焦点を調整するのも楽だった。総合性能の高いEVという第一印象だ。

輻射ヒーターが実に快適

一方、ワンペダル操作のスイッチを入れないと、回生の効きはほとんど意識させないほど弱い。さらに、スイッチを入れても回生の働きは穏やかで、私には物足りない。アクセルペダルの戻し加減を試したが、たとえ一気にアクセルを全閉にしても、強い回生を実感しにくかった。もちろん、より強めに働きはしたが、ほかのEVや、日産自動車のシリーズハイブリッドであるe-Powerと比べても、回生の効きは弱めだ。

技術説明のワークショップで、回生の作動に違和感を覚えないよう、穏やかな効きだしかたにしているとのことであった。だが、アクセルを全閉にして効果を感じはじめたあとには、もっと減速してほしいとの気持ちが残った。

このワンペダル操作は、停止までせず、止まる際にはブレーキペダルを踏む必要がある。ブレーキペダルへの踏み替えを促すのは、メルセデス・ベンツをはじめ欧州のEVの傾向と同様ではあるが、それでもbZ4Xは早めに回生を止めてしまう。したがって、回生が切れたあと速度が落ちなくなって、急いでブレーキペダルを踏むといった操作になる。ブレーキペダルを踏まずに止まれるか止まれないかの議論の前に、回生をやめるときの切り替えにまだ熟成の余地がありそうだ。

加速について、4WDでは、せっかくのモーター駆動であるのに、アクセルペダル全開でも背中を押すような速力はあまりない。ややもどかしささえ覚えるほどだ。EVの加速はいいと聞くけれど、EVとはこんな程度なの?と、ほかのEVを経験したことのない人は失望を覚えるかもしれない。

FWDは、車両重量が軽かったり、前輪で駆動するため後輪への荷重移動がより明らかになったりすることもあるのだろう、軽快で清々しい加速をした。回生の効きもより強まる印象があった。EVならではという運転感覚が高まり魅力を覚えさせる。ライトウェイトスポーツカーを運転した快さのような気分を味わわせるFWDである。

装備面では、トヨタ初という輻射ヒーターが実に快適だった。運転席側はハンドルのコラムの下面、助手席側は通常グローブボックスのある部分が温まり、遠赤外線の熱が下肢を温めてくれる。同様の暖房機能は、BMW『iX』も装備する。感触を身近な例でたとえるなら、炬燵に入っているような、ひと心地つく気分になる。シートヒーターとハンドルヒーターを併用すれば、極寒でない限り空調を利用しなくても済みそうだ。開発者の説明では、後席などへも今後は展開できるかもしれないとのことなので、全席に装備されていくことを期待する。

運転席ではステアリング下のファブリック部分が輻射ヒーターになっている。

トヨタらしい電気自動車とは?

トヨタが本腰を入れて発売するために開発したbZ4Xは、総合的によくできたEVではあるけれど、ではどこにトヨタならでは、bZ4Xならではの商品性を感じられるかというと、輻射ヒーター以外は印象が薄い。

トヨタ初といえるbZ4Xは、これまでハイブリッド車(HV)やエンジン車しか経験してこなかったトヨタの顧客に対し、充電作業以外は何の支障もなく使えるクルマとして満点なのだろう。だが、三菱i-MiEVや日産リーフが発売されてから10年以上たついま、EVとしては物足りなさが目につく。当たり前すぎるのだ。なぜそうなったのかと考えれば、もっといいクルマづくりの考え方では、EVで何を目指せばよいかわからないとの一言につきそうだ。

もっといいとは、従来に比べ改善されているという意味だ。そのためには前例がなければならない。トヨタにとって、かつて少量生産のRAV4EV以外に前例はなく、そのRAV4EVも法人などを中心としたリース販売しか行っておらず、広く消費者へ売り出したわけではなかった。

EVは、環境保護のためエンジン車やHVに代わる次世代といわれがちだが、それは違う。環境性能の飛躍的な向上はもちろん期待されるが、エンジン車と異なる別の乗り物だ。エンジンに比べモーターは1/100の速さで制御することが可能であり、ならばどのような性能をつくり込むか、そのプログラムは商品企画や設計者など開発に携わる人々が明確な理想像を思い描けなければ出来上がらない。前例がないEVで、もっといいクルマという方針のままEVをつくれば、巷で噂されてきたEVの弱点、たとえば走行距離の短さとか、ワンペダル操作の扱いにくさといった世評を潰していくしかない。その点で、bZ4Xはよくできている。

しかし、利用や運転の仕方を人間がEVに合わせてゆけるなら、弱点より長所を伸ばすことでEVのよさは輝き、魅力にのめり込んでいくことができる。それは人生感さえ転換させるほどの威力となる。漫然と20世紀の生き方を続けることが幸せなのではなく、新しい暮らしぶりを創造することが21世紀の未来を拓き、希望をもたらす。その象徴的な存在がEVなのである。そこに気付けるかどうかに、EVの商品性や価値の与え方が決まってくる。

そこを理解せず、ただ、よりいいクルマ(改善され、弱点を克服した)としか着想できなければ、EVはただのエンジン車の代替でしかなく、面白みも夢もない、無色透明な存在で、手に入れる意欲など覚えさせないのではないか。

自動車メーカーは、21世紀に入りブランド力の向上に努めている。しかし、そつがなく、壊れない信頼・耐久性だけでは、良品であってもブランドは築けない。

メルセデス・ベンツが好きな人もいれば、嫌いな人もいる。嫌いな人は、BMWの方が好きだという例が多い。企業ごとに明確な個性があり、それを支えるのは旗印だ。メルセデス・ベンツは「最善か無か」を後ろ盾に、130年を超える業界の牽引者として存在する。そして「究極の実用車」であることを積み上げてきた。だから、そのなかに高級車やスポーツカーがあっても、メルセデス・ベンツは常に運転しやすく、どの車種に乗っても同じように操作できるのだ。
BMWは、「駆けぬける歓び」を追求し続ける。アウディは「技術による先進」、フォルクスワーゲン(VW)に至っては、社名そのものが「国民車」であることを忘れさせない。

彼らが使う部品は、ボッシュであったり、コンチネンタルであったり、シーメンスであったりと共通であるにもかかわらず、目指すべき姿が明確で、それを追求し続けるからこそ、メルセデス・ベンツでありBMWになるのだ。その手法は、英国やフランス、イタリアなど欧州のメーカーも同様だろう。

充電インフラを含めて「面白いEV」を

そのうえで、米国のテスラが本物である理由は、単にEVの理想像を追うだけでなく、充電や電力という社会基盤(インフラストラクチャー)にまで視野を広げ、あるべき姿を自ら創りあげているからだ。

日産も、初代リーフ誕生に際しては、自ら急速充電器を開発し、高止まりしていた急速充電器の原価を半減させた。そもそも、普通充電用ケーブルに安全を確保するコントロールボックスを設けたのは日産の発案だ。三菱i-MiEVの当初のケーブルにコントロールボックスはついていない。

さらに、経済産業省が2013年に充電基盤整備のため1005億円の補助金を出した際、それで補えない分の費用を、トヨタ、日産、ホンダ、三菱自の4社で補填する行動を牽引したのは日産であった。それまで、充電拠点の不備を、販売店への急速充電器設置を促し40km圏内で充電できる充電網を用意したのも日産だ。

トヨタが、bZ4Xを本気で売るつもりなら、少なくとも今年半ばに発売開始する時点で全国約5000店といわれる販売網に高性能急速充電器を設置すべきだろう。「充電は協調領域」などと、ガソリンや水素と同じように他人事であるかのような発言をする社長のもとで、EVの理想像を描けるのだろうか。だから社長自らが語るように、面白いEVができないのである。

トヨタは、クルマの屋根に太陽光発電を設置することにも3代目プリウスのころから取り組んでいる。そして、bZ4Xでは性能を進化させている。電気は、ガソリンや水素と違い、自分で調達したり管理したりすることもできるエネルギーだ。電気の特徴をより深く考察したうえで開発されることになれば、興味深いEVが誕生するのではないだろうか。

(取材・文/御堀 直嗣)

この記事のコメント(新着順)7件

  1. 良いところも未熟なところも素直に書かれてますね。
    迷いながら車作りしてる様子も感じられ、bZ4Xも含めて親しみが湧きました。
    読後思わず、ええ記事や…とつぶやいてしまいました。

    それにしても輻射ヒーター、良さそうですね。おそらく即効性があるので、近距離の下駄代わりになる軽EV等でも人気装備になるのでは…?

    1. 櫻井様、コメントありがとうございます。

      >輻射ヒーター
      これ、私も良いと思いました。これと、できれば床暖房が欲しいなって。贅沢でしょうか。雪降る地域だとフロアマットがゴムになっちゃうので、床暖は意味ないかもなんですが。

  2. 新型ミライ発表の時と熱量が全然違いますね・・現時点、国内で売る気がないことは販売方法を見ても明らかです。
    許せないのはLCAだのバッテリー平等論だの次々と理屈を言っては日本でのEV普及を妨げていることです。「トヨタが優位に立つまで国内でEVは売らせない」ということでしょうが、強欲で傲慢な態度です。
    行政も国民もトヨタへの精神的依存を脱せないと「トヨタがコケる前に日本がコケる」なんてことになり兼ねません。

  3. ここまで正直に書かれているのも、本投稿時点ではめずらしいけど、ほぼ同時に出た複数のモータージャーナリストさんの試乗会動画を見ると、言葉までには出さないけど、同じような印象を持たれたように感じています。日本のこのタイミングで、トヨタさんが、”bZ4Xの試作車(プロトタイプ)”で試乗させた目的は、何なんだろう?

  4. 今回のトヨタEVは正解だと思う。徹底的に作り込みと扱いやすさそして経済性を検討した結果だ。充電設備はトヨタの前田CTOも記者会見で述べられていたように、順次充電設備は整備されるだろう。KINTOから始める販売戦略も極めてクレバーだ。

    1. ねこしゃちょう 様、コメントありがとうございます!

      >充電設備はトヨタの前田CTOも記者会見で述べられていたように、順次充電設備は整備されるだろう

      そう期待します!重要なことは自動車メーカーの社員の方々が、実際に電気自動車に乗り、現状のインフラのどこがダメで、どう改善しないと車が売れないのか、しっかり理解することだと思います。

      >KINTOから始める販売戦略も極めてクレバーだ

      KINTOは短期リースなので、販売戦略というより、恐らく国内では赤字を出さないため、補助金をKINTOが取得することが目的であると思います。実際に、米国や欧州では電気自動車の販売台数を稼がない限りペナルティが課せられるため、それらのマーケットに年間5-6万台という非常に限られた生産台数を割り振ることが重要だと、私は理解しています。

      KINTOから始める販売戦略も極めてクレバーだ

  5. トヨタらしさってのは、良くも悪くも矜持とかそういったものないってところだと思う。
    もっと良い車作ろうよや幸せの量産とかいうのは、最近取って付けたようなノリのようなもので実質的な意味はない。
    トヨタの理念は客観的に見て「とにかく稼げる車を作る」だと思う。次世代のクラウンがSUVになると聞いて一層そう思った。

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					御堀 直嗣

御堀 直嗣

1955年生まれ65歳。一般社団法人日本EVクラブ理事。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。1984年からフリーランスライター。著書:「快走・電気自動車レーシング」「図解・エコフレンドリーカー」「電気自動車が加速する!」「電気自動車は日本を救う」「知らなきゃヤバイ・電気自動車は新たな市場をつくれるか」「よくわかる最新・電気自動車の基本と仕組み」「電気自動車の“なぜ”を科学する」など全29冊。

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