中古車を購入して電気自動車にコンバート
トヨタが2023年の東京オートサロンに出展し、KINTOを通じてレンタルを行っていたAE86レビンのエンジンを下ろして電気自動車に改造したEV「AE86 BEV Concept」に試乗しました。
試乗会場として指定されたのはトヨタモビリティ東京 GR Garage東京深川で、東京でのKINTOのレンタルもこのGR Garage東京深川を起点に行われました。レンタル期間は2024年12月まで、抽選申込期間は9月30日までとなっていて、すでに終了しています。GR Garageはトヨタのモータースポーツブランド「TOYOTA GAZOO Racing」の活動拠点として全国69カ所(2024年3月現在)に配備されている店舗で、スポーツ系モデルを中心に扱うほか、カスタマイズやモータースポーツ関連についても扱っている熱い施設です。
試乗車の「AE86 BEV Concept」はトヨタ自動車がAE86の中古車をベースにコンバートEV化したモデル。開発はトヨタ自動車のなかで行われています。ベース車はトヨタ社内に存在していたわけではなく、中古車を購入しています。
程度のいい中古車を購入し、その中古車のオリジナル状態を生かしながらコンバートしているのが面白い部分。トヨタという大メーカーがやるなら、ベース車を手に入れてそれを徹底的にレストアして、それからバッテリーとモーターを搭載してもいいようなものですが、そうはしていません。というのも、「AE86 BEV Concept」の目的は単にAE86をBEV化することだけではなく、現在AE86に乗っている人がBEV化することに対する課題検証も大きな目的としたからです。となれば、中古車のAE86をできるだけいじらずにEV化するほうが正攻法といえます。
バッテリーなどのユニットはレクサスブランド
今回の試乗車に装着されているパーツをざっとみるだけでも、クスコのロールケージ、インパルスのフロントリップスポイラー、エナペタルのダンパー、ナルディのステアリング、RSワタナベのホイールとかなり豊富です。
モーターはアメリカで販売されている大型ピックアップトラックのタンドラ・ハイブリッド用のもの。システム出力は95kWで、最大トルクは通常となるストリートモードで150Nm、サーキットモードで230Nmとなっています。BEVなのでミッションは不要なはずですが、この「AE86 BEV Concept」にはGR86用の6速マニュアルトランスミッションが搭載されています。
バッテリーはレクサスNX450h+用を採用。総容量は18.1kWhで、一充電航続距離は明示されていません。借り受けたときの正確なバッテリー残量は不明ですが、後付けされたデジタルメーターには「EV RANGE 95km」と表示されていました。
バッテリーなどを収めたケースは、リヤシートを取り外してラゲッジルームとリヤシートがあった場所に搭載されています。NX450h+用がそのままの状態で載せられているわけではなく、カバーがきれいにペイントされていて、とてもきれいな仕上がりでした。
キーを回すとエンジン音が!
運転席に乗ったら、ドラポジを合わせ、シートベルトを締め、イグニッションキーを回すと車内にエンジン音が響き渡ります。スピードメーターとタコメーターはいったんフルスケールまで回り切りすぐにゼロ点を目指して戻ってきます。スピードメーターはゼロ点に戻るが、タコメーターは700回転あたりまでしか戻らない。そうアイドリングを表現しているのです。
キーを回すようにせずともスイッチを増設したほうが簡単だろうし、ギミックのエンジン音がなくても、アイドリング状態がなくてもEVとしては十分に成立します。単なるEVを作るのならそれでいいでしょうが、「AE86 BEV Concept」はAE86としての魅力を残しながらパワーユニットをEV化するにはどうするべきか? を考察するモデルでもあるのでこうした工夫が盛り込まれているのです。
アクセルペダルをあおるとタコメーターが「カキッ、カキッ」と上下します。電気なのでオーディオのVUメーターが動くようにシームレスな動きになるのかと思ったのですが、まるでヒストリックレーシングカーに採用されているスミス社の機械式メーターのようで、少し興奮します。クラッチを踏み込みギヤを1速に入れ、ゆっくりクラッチを離すとスムーズにクルマが動き出します。動き出してすぐに2速にシフトアップ、続いて3速へとシフトアップ。アクセルペダルを踏み込むとグイッと加速する雰囲気はじつに快適で気持ちのいい加速です。
オリジナルのAE86は4A-GEという1.6リットルの4気筒エンジンを積んでいました。4A-GEのスペックは130ps/15.2kgm(グロス値)なので換算すると96kW/149Nm(グロス値)です。「AE86 BEV Concept」のスペックはストリートモードで95kW/150Nm(ネット値)です。エンジンに比べればモーターは補機類が少ないのでほぼ同一か、EVのほうが少し上といったところでしょう。EVなのでトルクの発生はフラットで扱いやすいものでした。
しっかりとイニシャルトルクを上げたLSDが組み込まれているので、ステアリングを切った状態からアクセルを踏み込んでいくとリヤがスライド気味になります。今回は公道、それも市街地での試乗でしたので派手な走りはしませんでしたが、アクセルを踏んだ感覚からいえばドリフト走行も十分に可能なレベルのセッティングです。クラッチも装備しているので駆動力を断続できますし、レバー式のサイドブレーキもあるので後輪をブレーキロックすることもできます。AE86の楽しみ方といえばドリフト走行ですので、この仕様はかなり魅力的。上手に仕上がっています。
さて、「AE86 BEV Concept」はオリジナルのAE86とは違って、EVらしいところもたくさんあります。そのひとつが、実は変速しなくても走れることです。あらかじめギヤを3速に入れておくとスタートから何のストレスもなく走れます。今回の試乗では高速道路は走っていませんが、開発者の話によれば120~130kmくらいまでカバーできるとのことなので渋滞などのときは3速に入れっぱなしにしておけば、イージードライブが可能です。
一方で1速からの発進の際にクラッチ操作がうまくいかなかったりするとエンストしそうな挙動を見せるなど遊び心も忘れていません。今回の試乗距離はわずか7kmほどでした。スタート時の走行可能距離表示は95.0kmで、終了時は83.1km。7km走って12km分の電力を使ったことになります。いろいろ試しながらの結果なので、電費を気にして上手に走ればもう少し効率が上がるかもしれません。
トヨタが「AE86 BEV Concept」を通じて提言しているのは、ヒストリックモデルの延命です。今回はこのEVモデルのほかにも、GRヤリスのG16E型エンジンからターボを外して自然吸気化したユニットを搭載した「AE86 G16E Concept」も開発。こちらも試乗しましたが、エンジン車らしいトルクの出方が面白く、こちらも楽しいクルマに仕上げられていました。G16Eエンジンとしているのは、水素を燃料とすることも視野に入れているからで、「AE86 G16E Concept」はEVとは別のベクトルでカーボンニュートラルを目指しています。
エンジン車をEVに改造して、さらにナンバーを取得するのは簡単なことではありません。トヨタから信頼性の高い改造用のバッテリーやパワーユニットなどが入手できるようになれば、旧車をEVとして長く走らせ続ける可能性が広がるかも知れません。
トヨタではKINTOでのレンタルを行うことなどで、カスタマーの意見を広く拾い上げ、こうしたパワーユニットのコンバートモデルをどう広げていくかといった道筋を模索しています。この記事へのコメントもきっと見てもらえるでしょうから、トヨタだけでなく自動車メーカーが行うパワーユニットコンバートについてひとこと言いたい方は、ぜひコメントをいただければと思います。
取材・文/諸星 陽一