受注残は「テラワット」級と発表
電気自動車(EV)用のバッテリー生産に対する投資がまた一段とヒートアップしてきました。SKイノベーションは2021年7月1日に経営戦略説明会『SKイノベーション・ストーリー・デー』を開き、キム・ジュン社長兼最高経営責任者(CEO)が『イノベーション完了(Innovation Completion)』計画を発表しました。
中長期計画としては、2017年の『イノベーションの方向性(Innovation Direction)』、2019年の『イノベーション戦略(Innovation Strategy)』の各計画に続く第3弾になります。
発表では、「カーボンからグリーンへ」を旗印に、2050年までに企業としての温室効果ガス排出をネットゼロにすることや、その前にまずはバッテリーやセパレーター事業で2035年までにネットゼロを達成することを目指すなどの最終目標が示されました。
この目標達成に向け、「2025年までに、グリーンエネルギー部門に合計30兆ウォンを投資し、グリーン資産の割合を70%に増やす」とキム・ジュン社長は宣言しました。
発表された計画の中で特筆すべきは、バッテリー生産に関するものでした。まず、SKイノベーションは現在、バッテリーについて「テラワット(1000GWh)+アルファ」の受注残を抱えていることをはじめて明らかにしました。金額にすると約130兆ウォン(約13兆円)相当になるそうです。
SKイノベーションのリリースによれば、テラワット以上の受注を受けたメーカーはSKの他に2社あります。リリースに名前は出てないのですが、おそらくは韓国のLG化学、中国のCATLではないかと推察されます。パナソニックは、テスラ以外に供給がどこまで広がるかによるかもしれません。
それにしてもテラワットって、数が大きすぎて頭がパンクします。仮にEV1台に100kWhのバッテリーを積んでいても、1000万台相当の容量になります。何年かけてこの台数を作っていくのか、現時点でどうしてこれだけの容量の需要があるのか、日本にいると想像がしにくいのが正直なところです。
2030年に500GWhのバッテリーを生産
SKイノベーションのバッテリー部門を統括するチ・ドンソブ社長はブリーフィングで、2022年末までに月間売上高と受注残で世界3位になると述べています。事業が伸びる要因として、「SKイノベーションのバッテリーを搭載した車は、これまでに一度も火災を起こしたことがない」からだと安全性を強調しました。
さらにチ・ドンソブ社長は今後の生産規模について、現在の40GWhから、2023年に85GWh、2025年に200GWh、2030年には500GWhに拡大するという見通しを示しました。EBITDA(税引前利益から支払利息、減価償却費などを引いた指標)では2023年に1兆ウォン(約1000億円)、2025年に2.5兆ウォン(約2500億円)になるとのことです。
利益の指標は各国で少しずつ計算方法が違うので比較しにくいですが、生産規模が2023年から2025年で約2.35倍になるのに対し、利益は2.5倍になるというのであれば、生産規模の拡大によってコスト低減が可能になるということかもしれません。
ちなみにバッテリーの生産容量の計画をEVの台数に換算してみると、こんな感じです。
2023年=85GWh 85万台/100kWh 170万台/50kWh
2025年=200GWh 200万台/100kWh 400万台/50kWh
2030年=500GWh 500万台/100kWh 1000万台/50kWh
すごい強気ですね。SKイノベーションだけで2025年に200万~400万台のEVにバッテリー容量を供給するということは、現在の3巨頭であるCATLやLG化学、パナソニックを合わせると少なくとも2000万台前後のEVが1年間に売れていくことになります。
最近の自動車全体の市場規模は年間で1億台弱なので、EVのシェアが20%を軽く超えます。今から5年後にこれだけのEVが出るというのは、やっぱり日本にいると想像し難いものがあります。哀しいかな、蚊帳の外っていう感じです。
バッテリーのリサイクル事業も推進
でも、世界の自動車メーカーは今後10年間で内燃機関からEVに切り替えることを公表しているので、この見通しはむしろ保守的かもしれません。それよりも、この数を作るための原材料獲得競争が激化するのは確実で、各社がどう対応していくのかが今以上に注目されるでしょう。
この点に関連し、SKイノベーションは発表の中で、バッテリーのリサイクル事業を拡充していく計画を明らかにしました。SKイノベーションでは、「電池から電池を取り出す」をスローガンに「Battery Metal Recycling(BMR)プロジェクト」を推進していて、これまでにリチウムの回収技術に関連した54件の特許を適用したそうです。
バッテリーのリサイクル事業では、2022年中に量産を開始する予定で、2025年には30GWhのバッテリーをリサイクル部門から生産することを目指します。この数字が、前述したバッテリー生産計画の内数なのかどうかが明示されていないのですが、仮に内数だとすると3~4割のバッテリーをリサイクル部門で生み出すわけで、これはまた野心的な計画だなあと思いました。
バッテリー部門を分社化、上場することも視野に
7月1日付のロイターによれば、説明会でSKイノベーションのキム・ジュン社長はバッテリー部門の分社化や上場について触れ、「バッテリー事業の分割方法はまだ決まっていない。伸びているバッテリー事業をさらに成長させるにはかなりのリソースが必要で、リソース確保のひとつの方法としてスピンオフを検討している」と述べました。
LG化学もテスラやGMにバッテリーを供給している事業部門を分社化し、2020年12月に発足した新会社のLGエナジー・ソリューションに移行することを発表しています。石油化学企業のSKイノベーションとしては、「カーボンからグリーンへ」というスローガンを具体化し、市場価値を高めるためにも、旧来の化石燃料を扱う本体からバッテリー部門の分離を目指したいのだと思われます。
今回の発表後にSKイノベーションの株価は29万6500ウォンから27万1000ウォンへ9.13%も下落し、その後も横ばいが続いています。もっともこの半年の株価は3月に20万2000ウォンで底値になった後、現在は27万ウォン前後に回復しているので、発表後の下落は振れ幅の範囲内なのかもしれません。いずれにしても今後のバッテリービジネスの動向は重要なポイントになります。
SKイノベーションは2021年5月20日に、フォードと、年間60GWhを生産する合弁会社『BlueOvalSK』の設立に関する覚書(MoU)に調印しました。フォードのリリースによれば、フォードのEV計画では2030年までに少なくとも240GWhのバッテリーセルが必要になります。このうち北米分は140GWhです。この計画に沿って、先日に発表があったピックアップトラック『F-150』のEVバージョンに、SKイノベーションのバッテリーが搭載されることになっています。
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●フォードが発表したピックアップトラックEV『F-150 LIGHTNING』が、かなり魅力的(2021年5月30日)
SKイノベーションは巨大なバッテリーの受注残を抱えていますが、これを順調に消化できるようであれば、10年先の事業見通しはさらに現実味を帯びると思います。今はまだ、フォードとの合弁会社も、その後のバッテリー部門への投資も計画の段階ですが、EV普及のためには必須の計画でもあるので、うまくいくことを祈りたいと思います。
(文/木野 龍逸)