バンコク国際モーターショーへの旅で実感したタイにおける「EVシフト」の現在地

今年、45回目の開催となったバンコクモーターショーを取材した。タイではバンコクを中心にEVの人気が急上昇している。モーターショーでの反響や周辺取材を含めて、タイのEV事情をお伝えしたい。

バンコク国際モーターショーへの旅で実感したタイにおける「EVシフト」の現在地

購入予約台数のEVシェアはなんと32.8%!

バンコクモーターショーは日本のモーターショー(昨年からはモビリティショーになったが)と大きく異なる点がある。日本のモーターショーはクルマを展示してそれを観覧するのがメインだが、バンコクモーターショーはショー会場でクルマが販売される。ショー会場で契約すると、価格がディスカウントされたり、金利が優遇されたり、といったお得な制度が採用されているため、多くの方がショー会場での購入を考えている。

タイの2023年の自動車販売台数は商用車を含めて184万2000台だが、今年は3月27日から4月7日までの期間で四輪車は5万3438台(二輪車は5173台)も売れたというから驚きだ。四輪と二輪を合わせた予約件数は、昨年に比べて約28%増加したという。

2024年のバンコク国際モーターショーで際だったのはEVの台頭だ。発表されたOEM別の予約台数を見ると、トヨタが8540台でトップであるものの、EVに注力する中国のBYDが5345台で2位に躍進した。ほかにもMG、長安汽車、アイオン、GWMといった中国勢がランキングの上位に名を連ね、予約台数に占めるEVのシェアは32.8%に達したという。

日本の自動車産業はこのままで大丈夫か?

Aion Hyper SSR

今回のショーに出展した日本のメーカー(ブランド)はトヨタ、レクサス、日産、ホンダ、三菱、マツダ、スズキ、いすゞの8ブランドで、スバルとダイハツは出展がなかった。一方の中国勢はアイオン、BYD、チャンガン、ファイヤーブライト、GMW、ホンリ、MG、ネタ、シャオペン、ジーカーの11ブランドが出展した。

日本のメーカーではレクサスがRZ450e、ホンダがe:N1を展示。この2車は市販モデルで、そのほかにコンセプトカーとして日産がハイパーフォースを、いすゞがD-MAX EVコンセプトを展示したが、中国勢はほとんどがEVメインと言っていい展開であった。中国は国をあげてEVの覇権を広げようとしているとのことで、各国にEVを送り込んでいる。

とにかく中国ブランドのEVは華やかでバリエーションが豊富。BYDのU9、アイオンのハイパーSSR、MGのサイバースターといったスポーツカーはもとより、アイオンハイパーHTといったプレミアムSUV、ネタV2やGWMのオラ・グッドキャットなどコンパクトまで車種バリエーションの層が厚く、全方位体勢でEVを送り込んでいる。

ORA GOOD CAT(GWM)

中国EV勢は国策として動いてはいるのだが、そうしたなかでも各社は熾烈な競争を強いられているという。今回のショーでもライバルメーカーの出展車を見て、急所展示車を追加したメーカーもあるというのだから驚きである。

中国車の台頭によるEVのシェア増大を目の当たりにして、「日本の自動車産業はこのままで大丈夫か?」という危機感も生まれるほどだ。

中国メーカーだけじゃないEVの新興勢力

そうしたなか、今回が初出展となったのがベトナムのビンファストというメーカー。ビンファストは自動車製造のみならず、不動産、病院、リゾートなども手がけるコングロマリット(複合企業体)で、バンコクモーターショーにも数多くの車種を投入して注目を浴びた。

今回のショーでは多くの中国勢が参加したこと。ビンファストといった新しいメーカーが参加したことで、会場キャパがオーバーとなり、当初3ホールで開催予定だったものを開催直前に4ホールに拡大。主催者は初日の特別招待日にもプレス入場を許可するなどして対応した。

街なかで感じたタイのEV事情とは?

さて、バンコク国際モーターショーのレポートは別著者の記事もあるので、ここからは会場を飛び出して訪れた町なかで実感できたタイのEV事情について話をしよう。

GWMの急速充電器@バンコク。

バンコクでもっとも栄えている繁華街スクンビットではGWMが設置している急速充電器があった。このスクンビットという場所がどんな場所か? バンコクの人に聞くとバンコクの原宿みたいなところだと表現されることが多い。日本で、原宿にEV専用の駐車場を設けて何基もの急速充電器が設置されるといったことは考えにくい。中国メーカーがEVでタイの市場シェアを広げようとする力の入れようもレベルが違うということだろう。ももちろん、タイ政府もEV普及を進めようとしていて、具体的には2030年までに年間自動車生産台数の約30%をEVにする目標を掲げ、BYDなど中国EVメーカーの工場建設などが進んでいる。

空港にはEVのタクシーがズラリと並んでいたり、ショッピングモールでのテスラ・スーパーチャージャーも設置されていた。

というと、いかにもEV化が進行しているように思えるが、都市部と地方では事情がまったく違うのもタイの特徴。日本では地方といっても、そのインフラはほぼ都市部と変わらないが、タイは山岳部に行くとまるで事情が異なっている。今回移動時に乗った「グラブ」のドライバーのJOYさんに、話を聞いた。グラブというのはウーバーのようなシステムの配車アプリで、タイではウーバーではなく配車アプリといえばグラブである。

グラブドライバーのJOYさん。

今回モーターショーに登場したいすゞのD-MAX EVコンセプトなどはドライバーの仲間内の間でとても話題になっているとのこと。価格が安いという話や税金面でお得ということもあり、注目度がとても高いという。しかしながら、EVは都市部に住んでいる人しか注目しておらず、地方の人はもっぱらガソリン車を選ぶとのこと。

好まれるクルマのタイプについても都市部と地方では異なる。バンコクなどの都市部ではミニバンやクロスオーバーSUVが人気だが、ちょっと地方に行くと圧倒的にピックアップトラックの人気が高い。地方では舗装されていない道も多く、グランドクリアランスがしっかりとあるピックアップトラックでないと走れないという事情がある。

エネルギーインフラに関しても格差がある。もちろん地方でも電気は通っているので、夜になれば家で電灯を点すし、テレビも普通に観ている。タイの家庭用電源はもともと200Vで普通充電ならしやすいはずだ。

地方都市で販売されていた酒瓶ガソリン。日本ではあり得ない販売形態。

にもかかわらず地方に住む人は電気自動車を選ばないというのは、これまでのエネルギーインフラの普及状況が影響しているのかもしれない。地方に行くとガソリンスタンドの数が圧倒的に少なく、給油できる場所が限られている。そうしたなか、街の商店では酒瓶にガソリンを詰めて売っていたりする。スクーター利用者やガス欠でスタンドまで行き着けないような人が酒瓶ガソリンを利用しているが、そうした習慣のある人々に「EVは安心ですよ……」という理解を広げるのは、まだなかなか難しいのかもしれない。

地方になればEV急速充電用の大電力を供給できる「太い」インフラも少ないのだろう。でも、たとえば蓄電式急速充電器を活用すればいくつもの課題をクリアできるのではとも思う。なにより、今からガソリンスタンドを増やしたり、酒瓶ガソリンをさらに広めることよりも、充電インフラを拡充するほうが、さまざまな意味で合理的である。

EVのシェアが高まれば充電インフラは広がるだろうし、そうなると、さらにEVの使い勝手が向上する。あとは人々の気持ち次第なのだろうが、前出のJOYさんとの会話では、それがなかなか難しいのだろうなあとも感じた。今の生活習慣を「当たり前」とするあまり、EVへの拒絶感を抱いてしまう。このあたり、タイの地方部のユーザー感情は、日本の自動車ユーザーのメンタルと似ているのかも知れない。

取材・文/諸星 陽一

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					諸星 陽一

諸星 陽一

自動車雑誌の編集部員を経て、23歳でフリーランスのジャーナリストとなる。20歳代後半からは、富士フレッシュマンレースなどに7年間参戦。国産自動車メーカーの安全インストラクターも務めた。サーキットでは写真撮影も行う、フォトジャーナリストとして活動中。自動車一般を幅広く取材、執筆。メカニズム、メンテナンスなどにも明るい。評価の基準には基本的に価格などを含めたコストを重視する。ただし、あまりに高価なモデルは価格など関係ない層のクルマのため、その部分を排除することもある。趣味は料理。

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