eMPのネットワーク利用で利便性アップ
2023年2月9日、脱炭素テック企業のENECHANGE(エネチェンジ/本社:東京)と、主に急速充電インフラの整備を進めるe Mobility Power (以下、eMP/本社:東京)は、電気自動車(EV)やプラグインハイブリッド車(PHEV)ユーザーの利便性向上や、サービスの拡充などを目指して業務提携することを発表しました。
具体的には、eMPのネットワークで利用できる自動車メーカー各社やeMPの充電カードを、エネチェンジの普通充電器でも使えるようにします。告知やエネチェンジの充電器の改修などを進め、2023年4月から運用を開始する予定です。
エネチェンジは2022年11月から、「EV充電エネチェンジ」として出力6kWの普通充電器のインフラ整備を進めています。専用アプリを通して、会員登録や会費なしで使えるシステムにし、誰でも、いつでも充電器を利用できる課金方法を採用しているのが特徴です。
とは言え設置数が少ない間は、アプリ利用のメリットは限定的です。
エネチェンジの城口洋平・代表取締役CEOは発表会で、ユーザーからアプリをダウンロードして登録するのは面倒だという声があったほか、定額で使える自動車メーカーの充電カードを持っているユーザーから見ると「エネチェンジの充電器は、手間だけでなくお金もかかるという印象を与えていた」と、現状の課題を話しました。
そこでエネチェンジの充電器でeMPの充電カードが使えれば、1枚のカードで用が果たせるメリットがあるだけでなく、充電カードに含まれている利用料金を生かせる範囲が広がることになります。
発表会では、利用範囲が広がることによる料金の変更はないという説明もありました。
手持ちのカードに、これから広がる6kW普通充電器というオマケが付いてきたようなものです。ユーザーにとって嬉しさ倍増になるのは間違いありません。
旧来の普通充電器の更新が進む可能性も
発表会では、今回の提携はEV・PHEVユーザーにとってメリットが大きいだけでなく、充電器の設置者や、eMPにとってはプラスになることが多いこともわかりました。
eMPのネットワークにつながっている普通充電器は現在、約1万2600口あるそうです。でも多くの充電器は2013年頃から設定されていた補助金で一気に設置が進んだ設備です。その後、3G回線のネットワークが使用不可能になったことや設備の老朽化などが進み、更新などの対応が必要になっています。
eMPの四ツ柳尚子・代表取締役社長は発表会で、普通充電器の設置者から今後に関する問い合わせがきていると述べつつ、「急速充電器のインフラ拡大に精いっぱいで、普通充電器はお待ちいただけないかという対応をしていた」という現状を明らかにしました。
つまりエネチェンジとの提携はeMPにとっても渡りに船だったということです。普通充電器の対応(更新や新設)を任せることでができれば、急速充電器にリソースを集中できるようになります。対応が遅れそうだった6kWへの設備更新が進む期待も高まります。
eMPのネットワーク内にある1万2600台が一気に変わることはないと思いますが、設備更新ができて出力も大きくなれば、利用率が上がる可能性が高くなります。設置者にとっても大きな意味があるので、これで拡充が進むといいなあと思うのです。
eMPカード(提携カード含む)で利用できるのは、写真のカード認証機能付き充電器です。eMPと提携している充電スポットでは、その施設の利用者に限らず、充電だけのために立ち寄る人たちにも充電器を開放する必要があったり、予約できないといった制限もあるため、設置者がeMP提携を望まない場合などは、エネチェンジの独自アプリで認証&決済を行う充電器が設置されていくことになります。
超スピード展開になった両得の提携
エネチェンジの城口CEOは提携について、「(充電器を)アップグレードして、10年以上オペレーションしていくことが必要だと考えて提携をした」と話しました。充電器は、設置してお終いではなく、設置してからの運用が事業者にとっての本番です。
今回の提携はエネチェンジにとって、eMPのネットワークとつながることでのユーザビリティ向上は、そのまま利用増が期待できるというメリットになります。
さらにエネチェンジにとっては、設置時に強調できる大きなセールスポイントが生まれるという実務上の利益もあります。
城口CEOが発表会で何度が繰り返し発言していたのは、「補助金が使えて、なおかつeMPのカードで決済ができる普通充電器は、今のところエネチェンジしかない」ことでした。言われてみればその通りです。
設置者からすると、課金が明確化されれば安心して充電器を使ってもらうことができます。設置への抵抗感も薄らぐかもしれません。
エネチェンジとeMPの話し合いが始まったのは昨年11月頃だそうです。その提携発表が今回の2月初旬、運用開始が4月1日という超スピード展開は、両社の思惑が高い水準で一致した結果と言えそうです。課金方法乱立の抑止に繋がるかも知れません。なんにせよ、ユーザーにとってはありがたい話なのであります。
独自システムで行くか、合同で行くかは悩ましい選択
ところでエネチェンジの普通充電器でeMPカードが使えるということは、決済システムにeMPが入ることによるマージンが発生することになります。エネチェンジにとっては負担増です。
例えば日産自動車の『日産ゼロ・エミッションサポートプログラム3(ZESP3)』で充電をすると、料金はいったん日産に入り、そこから日産とeMPで分配します。
エネチェンジはこのシステムの上に乗っかることになるので、エネチェンジの充電器で発生した課金は、日産⇒eMP⇒エネチェンジというルートで決済されます。詳細の説明はありませんでしたが、通常はeMPの一般提携契約に沿ってeMPから事業者に電気料金相当が支払われます。これと同じ仕組みなのどうかは確認できていませんが、すべてを独自に決められないようになります。
また、eMPのシステムを介することで、エネチェンジに入る利用者情報が制限される可能性もあります。このため、エネチェンジ内部では提携に反対する意見も出ていたと、城口CEOは言います。
エネチェンジには、アメリカ最大の充電ネットワークを持つ『ChargePoint』の元役員のアドバイザーがいます。このアドバイザーは、利用者情報が確実に取得できる独自ネットワークにこだわったそうです。
『ChargePoint』は独自ネットワークで成功しているので、競争に勝てばメリットは大きいと考えたのかもしれません。一理あります。
このことについて城口CEOは、「エネチェンジが大きい企業なら独自でよかったかもしれない。そこで戦略的な議論はあった。でもシンプルにユーザーの視点で考えようと。細かい話はおいて、ユーザーにとって便利にしようということで提携を決定した」と説明しました。
さらに、eMPのカードが使えれば、「集客を自動車メーカーにお願いできるからこそ、充電器の運営、設置に集中できるようになる」と述べています。eMPが普通充電器の対応をエネチェンジに任せることで急速充電器に集中するのと、同じロジックです。
また発表会後のカコミ取材で城口CEOは、eMPのシステムを使うことによるマージンが発生するものの、「利用者が増えることで回収できると考えた」と話しました。
数がなければ利用者情報の収集は意味が薄れます。それよりも、設置数と利用者数が相互補完しながら増えることでの収益増を期待したということになります。
悩ましい選択ですが、eMPのネットワーク利用によってユーザビリティは間違いなく改善されるので、EV普及を優先的に考えると望ましい方法ではないかと思えます。
あとは、eMPのネットワークで使えるカードを持っていないユーザーへの対応をどうするかですが、現状では数が少ないこともあり、新しい計画はありません。eMPでエネチェンジのアプリを使えるようにする仕組みも、今は考えていないそうです。
エネチェンジが出力対応充電を開始
ところでエネチェンジは、2023年1月26日に、充電出力に応じた課金をスタートしました。エネチェンジの普通充電器は6kWですが、日産『サクラ』や三菱『eKクロス EV』の普通充電は3kW(正確なカタログスペックは2.9kW)です。
このため不公平感が生まれてしまっていましたが、エネチェンジは出力を自動判別して料金を算出するシステムを導入しました。自動判別なのでユーザーに余計な手間はかかりません。これからますます普及が期待される軽EVユーザーにとってはうれしいニュースです。
最後になりましたが、日本の充電インフラの現状と、エネチェンジ、eMPの目標について触れておきます。
発表会では両社から現状の説明がありました。まずエネチェンジの現状です。エネチェンジは2022年6月に事業計画を発表した際、2027年度までに3万台の6kW普通充電器を設置する計画を掲げました。
短期的には2023年第2四半期までに3000台を設置することを目指していて、現在までの進捗率は83%だそうです。目標に達成に向けて、マンションに無料で設置するプランや、楽天トラベルとの提携を実施しています。
一方のeMPは、ネットワークに接続している急速充電器が全国に約7800口、普通充電器が約1万2600口あります。急速充電器の数は、1年半ほど前にEVsmartブログで四ツ柳社長のインタビューをした時には7000口だったので、少し増えています。
ただ、問題は急速充電器の出力で、現状では7割が20~30kWという旧式の設備だそうです。eMPはまず、2025年までに今の2倍にあたる1万5000口に増やすことを目指しています。その際はミニマムでも50kWにしたい考えのようです。2025年を基準にした進捗率は、6割程度だそうです。
昨今は市販EVのバッテリー容量が、過剰とも感じるほど増えているので、出力が小さな急速充電器では歯が立たなくなってきています。けれども、今日本で一番売れている軽EVには、90kWや150kWのような巨大な充電器は無用の長物です。広くEVの利便性向上に繋がるのは、出力6kWの普通充電器が、駐車場に当たり前に設置されるようになることかもしれません。
急速充電器と普通充電器の数がどこで平衡するのかは「海外でも模索中」(城口CEO)です。日本では、模索以前にまったく足りていないのが実態です。今以上にEVが増えれば、ほとんどのSAPAで1口しかない高速道路上の充電器がパンクするのは確実です。
でも同時に、(高出力の)普通充電器がどこに行ってもあるのが当然というくらいまで拡充されたら、バッテリー容量の少ない軽EVや電動二輪車の利用価値が爆上げするのではないかと思います。
ということで、普通充電器の利便性が高まる今回の提携は、日本の電動化促進政策にとっても朗報だと思います。普通充電器を扱う他社が、これからどう動いてくるかにも注目です。続報があればお伝えしていきたいと思います。
取材・文/木野 龍逸