ガソリンの会社が電動スクーターシェア「ラクすく」を始めた理由〜新しい交通インフラに!

福岡県の博多で電動スクーターのシェアサービスを展開する新出光はもともと、ガソリンスタンドなど燃料販売を主とする会社です。それがなぜ、電動スクーターを始めたのか。事業の発案者でもあり今の責任者でもある、山口浩樹課長補佐に詳しくお話を聞きました。

ガソリンスタンドの会社が電動スクーターシェア「ラクすく」を始めた理由〜新しい交通インフラに!

老舗石油会社が電スクのシェアサービス

EVsmartブログでは、福岡県の博多を中心とした電動スクーターのシェアサービスについて、6月に第1弾の記事で紹介しました。その時に予告はしていたものの、間が開いてしまいまって申し訳ありません! 気を取り直して、第2弾として、なぜこの事業を始めたのかなど、詳しいお話を紹介したいと思います。

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対応していただいたのは、事業の発案者でもあり、現在はラクすくのサービスを取りまとめている、株式会社新出光ラクすくチームの山口浩樹課長補佐です。新出光は、福岡県の博多を本拠地に、石油販売を中心に多様な事業を手がける燃料会社で、なんと創業98年だそうです。

山口浩樹氏。

老舗の石油会社、新出光が2022年に始めたのが、電動スクーターのシェアサービス「ラクすく」です。なぜ石油会社が電動スクーターなのでしょうか。また現状はどのくらい使われているのでしょうか。

博多は車なしで生活可能なコンパクトシティー

そもそもなぜ、山口さんは電動スクーターのサービスを思いついたのでしょう。

山口さんは、以前の勤務地の広島では車を持っていたのですが、転勤で博多勤務になって手放したそうです。理由は、博多は公共交通機関が充実していて、車なしでも生活できるからです。そういえば博多って福岡空港もすごく近いし、地下鉄も便利です。空港から中心の駅まで電車で6分なんて、日本では他にありません。

また山口さんによれば、バスの本数も多く、車がマストではないという文化が一定程度根付いているそうです。

ちょうどその頃、自転車やキックスケーターのシェアサービスが博多にも出てきて、山口さんもカーシェアとあわせてよく利用していました。そんな中、「自転車よりもう少し長い距離をラクに移動できる、乗り捨てのサービスが欲しいなと思ったんです」と、山口さんは言います。

多角化と社会的責任で電動化に取り組み

それでも石油会社で電動スクーターというのは、会社としてはなかなかのハイジャンプです。経営層はどう考えていたのでしょうか。

意外なことに、山口さんによれば、「チャレンジしてみようっていう感じだった」そうです。

「なんでガソリンスタンドをやっているのに電気(EV)なんだって聞かれることも多いのですが、役員層も、今の時代なら絶対にEVの方がいい、先行してやっていくべきだろうという意見だったんです」

新出光は、創業100周年を機に事業を多角化していた最中だったことや、世界的にEV化の流れが加速していたこともあり、「役員層も、絶対にEVがいい」という前向きな反応だったそうです。

とはいえ、新規事業が投資に値するのかどうかの判断は簡単ではなかったと、山口さんは言います。

「EVについては理解が得られましたが、果たしてこの事業が世の中のニーズに合っているのかとか、収益が生まれるのかなどについて理解を得るのは、けっこう時間がかかりました。今でも検証中の部分はあります」

企業の社会的責任を考えれば当たり前のことでも、EV関連事業で利益を上げるのはラクではありません。CO2への認識が決して高くない日本ではハードル高そうです。

ユーザーは20~40歳代が約8割

ではラクすくの現状はどんな様子なのでしょうか。どんな人が使っているのでしょう。

まずユーザー層は、およそ8割が男性で、年代では20~40歳代がやはり8割くらいだそうです。最も多いのは20代です。男性の中では、ビジネスマンのほか、観光客の利用もボリュームゾーンになっています。

会員数は、取材に訪れた5月の時点で約1万5000人で、毎月、1000~1500人くらいのペースで増えていると言います。山口さんは会員数の増え方について、「予想以上に増えたとは思っていますが、今年は少し目線を上げて、もっと増やしていきたい」と言います。

なおポート数は、2024年5月末時点で130カ所。電動バイクの数は265台でした。今年は11月くらいまでに、ポート数は200カ所、バイクの数は390台まで増やす予定です。

ポートについては、新出光系列のガソリンスタンドや、コンビニエンスストア、ショッピングモールの他、駅の構内や高架下などの場所を確保しています。駅にあれば、レイルアンドライドの使い方が便利そうです。

山口さんは、「ラクすくに乗ることで、目的をもって行く場所を作ってもらいたい」と考えています。

ちょっとめんどうだなと思う場所でも、ラクすくがあることで目的地の候補になるわけです。駅から少し離れた行楽施設やショッピングモールなどにポートがあれば、ラクすくにとっても、施設側にとってもメリットが増えることになります。

充電、配車は人海戦術

ガチャコのバッテリー交換ステーション。

電動スクーターのシェアサービスで気になるのは充電対応です。バッテリーをポートで交換する「ゴゴロ」(関連記事)や「ガチャコ」(関連記事)のような形式でなければ、運用会社が1台、1台の状況を把握して、バッテリー交換をしなければなりません。

まず、バッテリーの交換、メンテナンスなどは、人海戦術です。といっても人数は現状で6人程度だそうです。そう聞くと、かなりたいへんそうですが、山口さんは「意外と回れます」と言います。

「1日で20カ所程度は回れます。ポートの距離がそれほど離れていないので、移動時間がかからない。ポートを確認する目安は1日か2日に1回です。必ず全部を回らないと行けないということでもないです。満充電で40kmくらい走れるので、1回乗ってもそれほど電力量は減らないんです」

バッテリーは交換式なので、60%を切ったら交換することにしています。また1カ所のポートにバイクが偏ったら、移動もします。

なおバッテリー残量は、リアルタイムでデータを取得できるシステムになっています。データはユーザーにも公開しているので、借りる時はバッテリー残量が多いバイクから借りることができます。

たまたま福岡に電動バイクの会社があった

ラクすくで使っている電動バイクは、福岡市を拠点に、スマホのアクセサリーなどを企画、販売しているMSソリューションズが展開している輸入電動バイクのブランド「ジーム(XEAM)」のスクーターです。車種は、中国のNIU(Niu Technologies)製「UQiスポーツ」です。

取材の前、ジームのスクーターだと知った時には、もしかして近くにジームがあったからラクすくを始めたのかな、と思ったのですが、違いました。

「私が、ラクすくのサービスを発案したのは2020年で、当時はまだ電動スクーターを日本で取り扱っている会社が限られていたんです。当時、そうした会社に、片っ端から話をしました。そんな中で、唯一、バイクの供給網がしっかりしていて、かつ、運営に必要なバイクのデータを出していただけたのが、UQiスポーツでした」

前述したように、運営にはバッテリーの残量や、電動スクーターがどこに置かれているかというGPSデータなどが必要です。後付けデバイスなどを経由して、こうした情報を新出光側に提供できたのが、UQiスポーツを製造しているNIUだけだったのでした。

加えて、扱っているのは同じ福岡市内のジームです。

「バッテリーの充電管理などのほか、トラブル対応も考えなければいけません。その点、メンテナンス拠点が近いジームは大きな強みがありました。いろいろな要素を考えても、総合点では今のUQiスポーツがいちばん高得点だと思います」

将来的には県外への展開も

山口さんは、今後のラクすくについて、個人的な意見としながらも次のようなことを考えているそうです。

「会社として決定したわけではないので、私の思いとしての目指したい方向なのですが、まずは福岡市内と、近郊の春日市、大野城市、糸島市、太宰府市などまでは拡大したいと思っています。ラクすくのサービスは、福岡市と近郊都市をつなげられる乗り物になると思っているので、第一段階の目標はそこまで広げることです」

サービスをこのくらいまで広げるとすると、ポートの数は福岡市内で300~400、それに加えて100カ所くらいを近郊都市に配置するイメージのようです。

さらにその先は、熊本、沖縄、長崎などで観光客向けにポートを設置していくことも考えられると言います。

数を増やしていけばバッテリー交換、バイクの保守点検など管理コスト、運営コストがかかるため簡単ではありませんが、観光地にスクーターがあるのは欧米、中南米、アジアなど、世界を見れば珍しくないし、便利だろうなあという印象はあります。

一方で、電動キックボードや電動自転車のループ(LUUP)のようなサービスと競合するのではないかとも思ったのですが、山口さんは、「ラクすくの走行距離の中央値は4~5kmくらい。電動キックボードはおよそ1~2kmと言われているので、利用用途が違うと思っています」とみています。

ラクすくならもう少し長い距離でも走ることができるので、自転車の走行距離よりも長いかもですね。

地方都市はこれから、どんどん公共交通の手段が貧弱になりそうです。デマンド交通など代替手段も検討されていますが、コストがかかるのが難。そうした状況に対しては、乗り物のシェアサービス、それも車ではなく簡便な移動手段のシェアが有効なのではないかと思うし、こういう所にこそ政府が補助をしていけばいいのではないかと思ったりします。

そんな未来の交通インフラのひとつとして、ラクすくなど電動スクーターシェアサービスにヒントが隠れていないかと思うのでした。

取材・文/木野 龍逸

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					木野 龍逸

木野 龍逸

編集プロダクション、オーストラリアの邦人向けフリーペーパー編集部などを経て独立。1990年代半ばから自動車に関する環境、エネルギー問題を中心に取材し、カーグラフィックや日経トレンディ他に寄稿。技術的、文化的、経済的、環境的側面から自動車社会を俯瞰してきた。福島の原発事故発生以後は、事故収束作業や避難者の状況のほか、社会問題全般を取材。Yahoo!ニュースやスローニュースなどに記事を寄稿中。原発事故については廃棄物問題、自治体や避難者、福島第一原発の現状などについてニコニコチャンネルなどでメルマガを配信。著作に、プリウスの開発経緯をルポした「ハイブリッド」(文春新書)の他、「検証 福島原発事故・記者会見3~欺瞞の連鎖」(岩波書店)など。

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