黒部ダム訪問で電気バス&トロリーバス一気乗り/電気の大切さを(ちょびっと)考えたレポート

夏の盛りの7月末、思い立って関西電力の黒部川第四発電所のダム、通称クロヨンダムに行ってみました。目的は、今年で最後になる立山のトロリーバスと、関電トンネルを走る電気バスの一気乗りです。山を貫くトンネルを走る電気バスがどんなものなのか、紹介したいと思います。

黒部ダム訪問で電気バス&トロリーバス一気乗り/電気の大切さを(少し)考えたレポート

電気バスとトロリーバスを6時間で一気乗り

黒部ダムに行くルートは、長野県側から関電トンネルの電気バスで行く方法と、富山県側から立山黒部アルペンルートを通り立山トンネルをトロリーバスで抜ける方法の2種類があります。

(立山黒部アルペンルートHPより転載)

2つのバスは運行会社が違います。長野県側から黒部ダムまでの関電トンネルを走る電気バスは、名前の通り関西電力が運行しています。一方、富山県側の室堂から大観峰の立山トンネルを走るトロリーバスは、官民合同で設立した立山黒部貫光株式会社(観光ではなく「貫光」です ※社名の由来)が運行しています。

この2つのバスの一気乗りを目指します。バスに乗っている時間は全部で30分弱ですが、待ち時間や、その間にあるロープウェイにケーブルカー、それにせっかくなので標高2450mの室堂で散策する時間を合わせると、往復5〜6時間の行程になります。交通費が往復で1万円以上するので楽しまないとです。

ということで、白馬で開催された日本EVクラブの「ジャパンEVラリー白馬」からの帰途だったこともあり、まずは長野県側の扇沢駅から黒部ダムを目指しました。

扇沢駅プラットフォーム

始発に乗るため朝7時過ぎに扇沢駅に着くと、もう改札に人が並んでいます。山の朝は早いです。

188kWでパンタグラフから急速充電

扇沢駅

事前予約で買った室堂までの往復チケットで、さっそく関電トンネルの電気バスに乗り込みます。見た目は普通のバスです。それもそのはず、車両は日野自動車のバス「ブルーリボン」を電気自動車(EV)にコンバートしたものです。定員は80人です。

関電では現在、電気バスを15台運用しています。

バスの改造は1995年創業のコンバート事業会社、フラットフィールドが手掛けました。企業概要を見るとユニバーサルスタジオにも車両を納入しているようです。

スペックを見ていくと、バッテリーは52.8kWhのリチウムイオンバッテリーで、東芝のSCiBを48モジュール搭載しています。モーターは永久磁石式同期式、最高出力は230kWです。

充電は、運行中は扇沢駅に設置した架線から、パンタグラフ形式のコネクターで超急速充電をしています。といっても出力は188kWなので、現在の感覚だと「パワーのある急速充電」というところでしょうか。

充電用のパンタグラフ。

充電時間は10分程度。これで、片道5.4kmの関電トンネルを含む往復約12kmのルートを往復できます。

さすがに10分では満充電になりませんが、188kWが出続けるなら3Cくらいで充電していることになります。高価で重いけど、さすがSCiB(急速充電性能が高く耐久性があります)です。

おもしろいのは、チャデモ方式の急速充電にも対応していることです。黒部ダムのさらに先、立山の室堂まで行って扇沢駅に戻った時に、ダメ元で取材のお願いをすると、快く受けていただけました。

整備担当者の話によれば、電気バスの整備は扇沢駅でも可能なのですが、普通のバスのように車検を受けているとのことでした。街中の車検場に行くのでナンバーも取得しています。

その関係で、チャデモ対応の急速充電コネクターを装備して一般道でも充電できるようにしているそうです。なるほど、豆知識をひとつ、いただきました。

そんなバスで走った関電トンネルは、アトラクションとしてもワクワクする場所なのでした。

ベガスループの巨大版!

難工事だった破砕帯では青い照明に。

電気バスは、数台を1編成にして運行しています。扇沢駅から少し勾配を上ると、もうそこはトンネルです。

トンネル幅は、思ったよりだいぶ狭いです。窓から手を出せば壁が触れそうです。そんな幅の中を、けっこうな速度で走り抜けます。

運行速度は最高で50km/h。ほとんどの行程は45km/hくらいで走っているようでした。

速度は決して速くないですが、道幅が狭いので超迫力です。ヤバいです。運転にはかなりの集中力がいりそうです。筆者には無理です。これで54年間無事故とか、信じられません。

途中、退避地点で反対方向行きのバスとすれ違います。このすれ違いもプロの腕という感じで、ちょっとドキドキします。

途中、青い照明がついている約80mの区間があります。毎秒660リットルの地下水と土砂が噴き出したため、突破するのに7カ月もかかった破砕帯です。でも、バスで走るとあっという間です。

実際、扇沢駅から黒部ダムに向かう時には徐行で通過したのですが、復路ではスピードを落とさず、あっと思ったら通り過ぎていました。これに7カ月とか、現場の苦労は想像を絶します。

そんなこんなを見ながら、感じながらの16分間は、アトラクションとしても楽しめる時間でした。

ところでトンネルに入って思い出したのが、ラスベガスの地下を走る「VEGAS LOOP(ベガスループ)」でした。

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ある意味、関電トンネルはベガスループを半世紀近く、はるかに壮大なスケールで先取りしていたわけです。その発想と実行力には脱帽するしかありません。

黒四ダムってどんなダム?

ここで、関電トンネルを含む黒四ダムの概要をおさらいしてみましょう。

黒四ダムは、関西電力黒部川第四発電所のための水をためているダムです。ダムの高さ186mは日本最高、世界でも最高レベルだそうです。

【黒部ダム・関西電力黒部川第四発電所】
形式:アーチ式ドーム越流型(ウイングダムは直線重力式非越流型)
アーチ長:367m(全長492m)
高さ:186m
総貯水量:1億9930万立方メートル
建設期間:1956年8月〜1963年6月
総工費:513億円
殉職者数:171人

消費者物価指数で総工費を考えると、今なら約2兆5000億円になります。費用もさることながら、171人の犠牲を出しながら工事を進めるというのは現代の感覚では想像できません。それだけ、電力不足に対する危機感が強かったのは間違いありません。

そんな黒部ダムは、ピーク時には年間100万人弱が訪れた観光名所です。特殊なバルブから放出される観光放水は有名ですね。

この観光客を運ぶのが、関電トンネルの電気バスと、立山トンネルのトロリーバスです。

トロリーバスから電気バスへ

一度は訪れたいと思っていた室堂でも、まずまずの好天に恵まれました。

扇沢駅から黒部ダムまでつながる関電トンネルはもともと、ダム工事の資機材運搬用に作られたトンネルでした。映画「黒部の太陽」でも描かれたように、途中、80mの破砕帯を抜けるのに約7カ月を要するなど難工事の末、1958年に貫通しました。

ところで環境省は、北アルプスに広がる中部山岳国立公園内にダムを建設するにあたり、工事用に建設した道路は竣工後に公衆利用に使うことという条件を付けていました。

そのため1963年に黒部ダムが竣工した翌年の64年8月には、早くも観光用のトロリーバスが運行を始めました。それ以来、2018年11月30日に運行停止するまで、約6162万人の乗客を運んだそうです。

トロリーバスから電気バスに変わったのは2019年。理由は、車両が老朽化したものの新たな車両製造のめどが立たなかったことや、安全対策にコストがかかることなどです。

安全対策というのは、運転士が急病で失神などをしても止まることができるデッドマン装置の装備などです。電車では必須の安全装置です。

そうなのです。トロリーバスは電車扱いなんです。モノレールなどと同様、特殊鉄道に分類されます。

だから運転するためには、大型二種免許のほか、トロリーバス用の「無軌条電車運転免許」が必要です。取材の対応をしていただいた関電の方も、この免許を持っていました。今は普通のバスなので二種免許だけでいいそうです。

電車の運転士の資格、ちょっと羨ましいです。電車でGOとか、上手なんでしょうか。

なお、電車扱いのトロリーバスが運行していた関係で、今でも停車場は「扇沢駅」、「黒部ダム駅」と呼ばれています。

立山トンネルの日本最後のトロリーバス

一方、富山県側から黒部ダムを目指す時に乗るのが、立山黒部貫光が運行する、立山トンネルのトロリーバスです。関電トンネルが電気バスになった時に、日本最後のトロリーバスになりました。

運行区間は、標高2316mの大観峰から、標高2450mの室堂までの3.7kmです。

立山トンネルは関電トンネルと違い、純粋に観光開発のために建設されました。観光のために標高3000m級の立山を貫通するトンネルを掘るとか、これはこれで想像を絶します。

立山トンネルは5年の歳月と54億円の建設費をかけて、1971年に完成しました。工事中、やっぱり破砕帯はあり、50mを突破するのに1年2カ月かかったそうです。

ただ、立山トンネルを走っていたのは、普通のディーゼルバスでした。排ガスがものすごかったのではないかと思います。蒸気機関車でトンネルを走るよりはマシなので許容されたのでしょうか。

 運転席のメーター類はほぼ電車。

トロリーバスに変わったのは1996年。観光客増で運行数が増えたために排ガス対策が必要になり、換気装置を設置したものの改善できず、導入に踏み切ったそうです。

立山トンネルに導入したトロリーバスは、関電が使っていたものと同じタイプでした。今でも基本的な構造に大きな変更はありません。運転席に並ぶ計器は、見た目が明らかに電車です。

車体は鉄道車両を製造している大阪車両工業で足回りは三菱自動車、電気系は東芝です。インバーターは主に鉄道で使われているVVVFという、電圧と周波数を変化させて速度調整をするタイプです。ほんとに構造は電車です。

トロリーバスからBYDのバスへ

このトロリーバスも老朽化が進み、代替車両もないため、今年(2024年)11月30日で引退になります。来年からどうなるのか気になり室堂駅の係員さんに聞いてみると、導入するのはBYDのバスになるそうです。

恐るべしBYD、こんな山の中にも進出です。それもこれも日本製の電気バスが乏しいためですが、大丈夫か、日本メーカー?

車両整備は、今は山中の室堂駅に隣接する秘密基地のような整備場で行っていますが、電気バスになったら一般道を走ることができるので、地上の整備工場になるかもしれないそうです。まだ決まっていないそうですが。

というわけで、日本でトロリーバスに乗れるのは今年が最後です。電気バスとはまた違った趣があります。いちど体験してみてはどうでしょうか。

黒部ダムの遠景。

などと観光案内のようなまとめ方になっていますが、北アルプスの山で環境負荷を減らすとなると、電気駆動が最適なのは今も昔も変わらないことがわかります。

だったら人間が入らなければいいなんていう野暮は言いっこなしで、そこはうまく折り合いを付けて、バランスを取りながらやっていけないかと思うのです。富士山ではありませんが、過剰になれば制限も必要でしょう。

個人的には、電力を補うために建設された黒部ダムを実感することで、電気の大切さについてもちょびっと考えることができました。多大な犠牲を払って建設された巨大構造物も、環境負荷の批判と隣り合わせです。そうまでして作った本意はどこにあり、現代では何を基準に考えればいいのだろうかと。

正解がどこにあるのか手探り中ではありますが、立山黒部アルペンルートで電気な乗り物に乗って、大自然の中で感じたことを忘れないようにしたいなあと思ったのでした。

●電気バス経緯
1963年 黒部ダム竣工
1964年 関電トンネルトロリーバス、通称トロバス運行開始(関電)
1996年 立山トンネルトロリーバス運行開始(立山黒部貫光)
2018年 関電トンネルのトロバス運行終了
2019年 関電トンネルで電気バス(愛称eバス)運行開始
2024年 立山トンネルトロリーバス運行終了
2025年 立山トンネルで電気バス運行開始予定

おいしい黒部ダムカレー、いただきました。

取材・文/木野 龍逸

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この記事の著者


					木野 龍逸

木野 龍逸

編集プロダクション、オーストラリアの邦人向けフリーペーパー編集部などを経て独立。1990年代半ばから自動車に関する環境、エネルギー問題を中心に取材し、カーグラフィックや日経トレンディ他に寄稿。技術的、文化的、経済的、環境的側面から自動車社会を俯瞰してきた。福島の原発事故発生以後は、事故収束作業や避難者の状況のほか、社会問題全般を取材。Yahoo!ニュースやスローニュースなどに記事を寄稿中。原発事故については廃棄物問題、自治体や避難者、福島第一原発の現状などについてニコニコチャンネルなどでメルマガを配信。著作に、プリウスの開発経緯をルポした「ハイブリッド」(文春新書)の他、「検証 福島原発事故・記者会見3~欺瞞の連鎖」(岩波書店)など。

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