新ルートが開通した『VEGAS LOOP』に試し乗り〜空港直結の路線ももうすぐ着工予定

ラスベガスにはちょっと変わった公共交通があります。テスラ社のイーロン・マスク氏が立ち上げた新会社による地下トンネルを使った公共交通システム『VEGAS LOOP』です。CESの会場とラスベガスのホテルを結ぶ短距離の新ルートが開通したので試し乗りをしてきました。『VEGAS LOOP』の近況とあわせてお伝えします。

新ルートが開通した『VEGAS LOOP』に試し乗り〜空港直結の路線ももうすぐ着工予定

新しいホテルとLVCCを結ぶ新ルート開通

毎年正月明けにラスベガスで開催されている世界最大の家電見本市『CES』の会場になっているラスベガス・コンベンションセンター(LVCC)は、噴水で有名なベラージオ・ホテル&カジノや、火山が噴火するザ・ミラージュ(ハードロックカフェのハードロックが買収し改装予定)など有名なホテルが建ち並ぶ、通称ラスベガス・ストリップの東側に位置しています。

LVCCからラスベガス・ストリップをはさんで西側には、2021年にできたばかりの真っ赤な建物が特徴的なホテル、リゾートワールドラスベガス(Resorts World Las Vegas)がそびえ立っています。

2022年6月、『The Boring Company』(以下ボーリングカンパニー)は、既存のLVCCの展示棟を結ぶルートに加えて、リゾートワールドとLVCCを地下トンネルで結びテスラの車で乗客を運ぶ『VEGAS LOOP』の新ルートを開業しました。ボーリングカンパニーとしては初めての、営業運転です。

ボーリングカンパニーは、テスラ社のイーロン・マスク最高経営責任者(CEO)が立ち上げた公共交通の会社です。EVsmartブログでも2021年に、LVCC内の『VEGAS LOOP』を紹介したことがあるので、ご記憶の方もいるかもしれません。

【関連記事】
イーロン・マスク氏が進めるEVによるラスベガスの地下交通システム『Loop』を体験!(2021年11月17日)

公共交通と言ってもイーロン・マスク氏が普通のことをするわけがありません。ボーリングカンパニーが建設&運営するのは、地下トンネルを利用した交通システムです。

ロサンゼルスでは議論沸騰

さらっとボーリングカンパニーについておさらいしてみます。かねてTwitterで交通渋滞の酷さを嘆いていたマスク氏は、トンネルネットワークで状況を改善する交通システムを構想しました。

そのための会社、ボーリングカンパニーを2016年に設立します。当初のアイデアスケッチでは『Hyperloop Alpha』という名前で、ロサンゼルスとサンフランシスコを2時間38分で結ぶ交通システムも提案していました。

移動体は28人乗りの「カプセル」で、空気を取り込んで浮上させて推進力にし、時速264kmで走ります。

その後、ボーリングカンパニーはスペースXの本社があるロサンゼルス近郊のホーソーンに試験用トンネルを掘削。テスラの車をエレベーターで地下に運んで、「スケート」と呼ばれる台に乗せてトンネル内を移動するシステムを建設しました。

2018年にこの計画が明らかになったときには、地元住民からも注目を浴び、歓迎する声と同時に、地下トンネルを作る事に対する不安も噴出したようです。実際、ボーリングカンパニーはロサンゼルスの西に位置するセプルベダでの計画を断念したと、ロサンゼルスタイムズは報じました(2018年12月17日付)。

ホーソーンに建設したトンネルはあくまでもテスト用で、一般へは開放されていません。ロサンゼルスタイムズは同じ記事で、セプルベダの計画が頓挫したこともあり、ロサンゼルスの交通計画担当者がマスク氏の計画の実現を疑問視していることを伝えています。

それから3年後の2021年10月、ボーリングカンパニーはラスベガスで実際にトンネルを掘ってテスラの車を走らせる交通システムをオープンしました。システムの形態はだいぶ変わりましたが、地下トンネルを渋滞解消の切り札にしようというアイデアはフロリダ州フォートローダーデールなどラスベガス以外でも受け入れる都市が出ていて、今後の動向が気になります。

歩いて20分、トンネルで約2分

そんなこんなで、まずは乗ってみないとわからんということで、『VEGAS LOOP』に乗ってきました。今のところ『VEGAS LOOP』はLVCCで大きなイベントがある時にしか動いていないようなので、この機会を逃す手はありません。

LVCCでCESの展示が始まった1月5日の午前9時ちょっと前。泊まっていたのが『VEGAS LOOP』の起点になっているリゾートワールドの北隣にあるサーカスサーカスという歴史ある(古い)ホテルだったので、10分くらいで乗り場に行けたのが幸いです。

LVCCセントラルホールの乗り場は西行きと東行きに分かれています。

リゾートワールドのストリップ側玄関から入るとすぐ、『VEGAS LOOP』の乗り場に行くエスカレーターがあります。乗り場はホテルの地下なので、最初から計画されていたのでしょう。なお『VEGAS LOOP』は、CESの参加者専用になっていました。

チケットは専用サイトで購入します。支払いはカードかGoogle PayかApple PayかBit Payです。最初、Apple Payで払おうとしたのですがうまくいかず、カード払いにしました。

支払いが済むとスマホの画面にQRコードが表示されます。これがチケットになります。料金は4.5ドルです。このルートが開通した当初は、1日券が2.5ドルだったようです。アメリカは物価上昇が激しいので、この半年の間に上がったのでしょうか。

600円弱は、日本人にとっては安くありません。日本の物価が安すぎるからそう感じるのかもしれませんが。

宿泊していたホテルからLVCCまでは、徒歩で20~25分くらいです。荷物を抱えているとちょっと厳しくて、かといってタクシーに乗るほどでもないという中途半端な距離なので、『VEGAS LOOP』は乗り場近くの宿泊者にとってはありがたいシステムになりそうです。

乗る前は、以前に『VEGAS LOOP』を使ったことのある人が「いつ来るかわからないので時間が読めない」と言っていたという話を人づてで聞いていたので一抹の不安があったのですが、リゾートワールドのステーションに行くと車に余裕があるようで、次々に乗客を運んでいました。

『VEGAS LOOP』は今のところ、LVCCでイベントがある時しか運用していません。筆者が乗ったドライバーは仕事をリタイアした男性で、イベントの時にパートタイムで運転手をしていると言っていました。『VEGAS LOOP』はちょっとした雇用も生み出しているようです。

トンネルは異次元空間への入口

『VEGAS LOOP』で使用している車は、あたりまえですがテスラの車です。車種は『モデル3』『モデルY』『モデルX』『モデルS』のオールラインナップでした。

係員に促されるまま、乗り場に並んでいた『モデルY』に乗り込むと、ゆっくりと動き出してトンネルに入って、行く前に少し信号待ちをしました。リゾートワールド線は今のところ、トンネルが一本しかないので交互通行になっているのでした。

信号青で、いよいよトンネルです。小さな細いトンネルの入口は異次元空間に入っていく感覚でした。ネズミの国の地底都市アトラクションと言われても不思議ではないです。

トンネル内のスピードは、昨年のリポートの時と同じく30マイルでした。細い道にしてはけっこうなスピードです。なおFSDの自動運転ではなく、ドライバーがハンドルを操作していました。

トンネルは、掘り進めながらトンネルの壁を構築していくシールドマシンという工作機械で掘削したものです。使用したシールドマシンはLVCCのステーションに展示されていました。

シールドマシン。

乗り込んでから約2分弱で、車は地上のリビエラステーションに出ました。LVCC西ホールのすぐ横です。

『VEGAS LOOP』にはLVCCの展示会場を結ぶルートもありますが、リビエラステーションはそのルートの乗り場とは少し離れています。今後、ルートをつなぐ計画はありますが、今は5分ほど歩く必要があります。

また、LVCC内のルートはトンネルが2本になっているので、信号待ちの必要はありません。

なおLVCCの展示会場を結ぶルートは、CES参加者は無料で利用できます。それならワールドリゾートのルートも無料にしてほしいなあと思うのですが、かなりの建設費がかかっているので、その一部でも回収したいのでしょうか。また、LVCCの外に伸びているので公共交通という位置付けになっているのかもしれません。

空港とダウンタウンを結ぶ計画も承認

ボーリングカンパニーは今後、『VEGAS LOOP』をラスベガスの中心部全体に拡張する計画を持っています。計画は2021年から2022年にかけて、ラスベガス市、ラスベガス市を含むクラーク郡、それにネバダ州の各当局に承認されていて、2023年春に着工する予定です。

2022年6月に承認された計画では、『VEGAS LOOP』のルートは総延長約50km(34マイル)のトンネルと55の駅で構成されています。

完成までには約50年かかると見込まれています。だとすると、実際にはさらに長い時間がかかるかもしれません。

輸送能力は、現在のLVCC内部のルートでは最大62台の車を使用して、1時間に4400人を運ぶことができるとされています。1分に約70人です。

もっとも、筆者が見る限り、1月5日~8日の4日間で11万5000人が訪れたCESの期間中、それほどの人数は利用している様子はありませんでした。だから混雑していなかったとも言えますが、事業費が4700万ドル(1ドル130円として約60億円)とされていること、加えてドライバーの人件費などのランニングコストを考えると、モデルケースだとしても採算が合うのかどうか疑問がわいてきます。

ラスベガスの渋滞を考えると、地下を利用した公共交通という発想はおもしろいと思います。一方で、車1台につき現在は最大3人、今後の計画でも最大12人という少人数で移動するとなると輸送能力に限界はあり、採算ラインがどのくらいなのか、どの程度の合理性があるのかは気になるところです。

高い料金を払っても早く行きたい、というビジネスマンがどのくらいいるかでしょうか。

まあ、こんなのは凡人の筆者が考えることなので、イーロン・マスク氏の目に何が見えているのかを的確に言い当てるのは不可能です。Twitterではやらかした感もありますが、『スペースX』や『スターリンク』は凡人の想像力を超えています。

少なくとも凡人は、自分でトンネルを掘って車を走らせようなんてことは考えないと思います。

けれども『VEGAS LOOP』の完成まで50年かかるのでは、筆者は見ることができなさそうなので、検証は次の世代に託したいと思うのであります。

取材・文/木野 龍逸

この記事のコメント(新着順)2件

  1. (続き)ではなく、モノレールを空港まで伸ばし、駅を増やし、車両を更新する「まともな」計画が必要ではないかと。

  2.  Loopも乗ると楽しいですし、小径浅深度のトンネルという発想は良いと思うんですよ。
     でも車両はただの市販車で手動運転だし…どうせ速度は出ないんで、もっと遅いeCOMの様な車両で、地面にマーカーでも描けば自動運転に出来んかな。それにLVCCに関して言えば、必要なのは動く歩道じゃないか、とも思います。
     ラスベガス、という観点で見ると、低速のピープルムーバー

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					木野 龍逸

木野 龍逸

編集プロダクション、オーストラリアの邦人向けフリーペーパー編集部などを経て独立。1990年代半ばから自動車に関する環境、エネルギー問題を中心に取材し、カーグラフィックや日経トレンディ他に寄稿。技術的、文化的、経済的、環境的側面から自動車社会を俯瞰してきた。福島の原発事故発生以後は、事故収束作業や避難者の状況のほか、社会問題全般を取材。Yahoo!ニュースやスローニュースなどに記事を寄稿中。原発事故については廃棄物問題、自治体や避難者、福島第一原発の現状などについてニコニコチャンネルなどでメルマガを配信。著作に、プリウスの開発経緯をルポした「ハイブリッド」(文春新書)の他、「検証 福島原発事故・記者会見3~欺瞞の連鎖」(岩波書店)など。

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